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第二章 工業都市ボルドー

2-38 仇敵との対談

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 かつては殺し合った相手との対談当日、時刻は正午前。

 商業区大通沿いにある小綺麗な喫茶店で、現在時間潰しの真っ最中である。

 午前中の早い時間に服や靴を買い揃え、その足でマルトとの待ち合わせ場所にきている。待ち合わせ時間より早いため、相手はまだ到着していない。

 万が一敵対行動をとられた時のために建物の構造、周囲環境等を叩き込んでおきたかったので、待つ分には問題ないけど……これってアレだな。

(恋人と待ち合わせしてるみたいだってか?)
(はんっ。何を馬鹿なことを)

 嘲笑ちょうしょうを刻んだギルタブのお言葉が突き刺さるけど、デートみたいじゃない? 年の差凄いし、胸の高鳴りも期待でドキドキというより緊張でバクバクって感じだけどさ。

 襲撃の一件が無ければ天にも昇る気持ちになるのに。全く、ままならないもんだ。

「──悪い、待たせてしまったかな」
「いや、丁度今きたところ」

 声を掛けられ顔を上げると、そこには若葉色の美女がいた。

 上下ともにジャスミンイエローで揃えた彼女は、格好こそ町娘そのものだが、簡素な服がかえって彼女の端麗な容姿を引き立てている。美人は何を着ても絵になるということか。というか、他の客から滅茶苦茶注目されていた。

「そう、良かった。昼食を食べながら話そうか」

 独り占めしている視線の一切を無視して円形テーブルの席に腰を下ろし、マルトは店員を呼び寄せ注文を行う。

 俺も乗じて追加を注文するが、小洒落こじゃれたこの店にはガッツリ系の食べ物は無い。以前食べた窯焼かまやき平パンがこのお店にもあったので、それとサラダで我慢しておこう。

 それにしても──。

「──今日はあの長剣を持ってこなかったんだな」
「君を警戒させても仕方が無いからね。私なりの意思表示だよ」

 マルトは丸腰だった。

 昨日付けていた手甲やすね当ても外しているし、ほとんど武装解除しているといってよい状態だ。事前に対策練りまくり、その上完全武装な俺とは大違いじゃないですか。

(油断はしないで下さいね。ただでさえロウは、女性が相手だと鼻の下を伸ばしやすいのですから)

 え、マジで? と思い顔をペタペタ触って己をチェック。マルトに小首を傾げられたが我が顔面に不具合は見つからなかった。

 貴様、鎌をかけよったか!

(全く、分かりやすいくらいくテンションが高いですね。はぁ……)
(おいロウ、これ以上ギルタブが不機嫌になる前にさっさと話しを進めるんだ)

 へいへい。こいつら同伴な限りは、デート気分なんて味わえそうもないな。

「仲良く世間話って間柄でもないし本題に入りたいんだけど、俺からマルトさんに聞きたいことは一つしかないし、そっちの話が済んでからでいい。昨日の時点で所属と目的は十分わかったからな」

「分かった。……君からさん付けで呼ばれても違和感があるから、呼び捨てで良いよ」
「それじゃ遠慮なく。でも俺くらいの子供から呼び捨てにされるのって、抵抗があるんじゃない?」
「主従を結んでいるとよくあることだから、特に感じることもないかな。それに、君は口調も随分砕けているし」

 言われて気が付く話し方。出会いが出会いだから取りつくろう必要なかったし、そのせいだろうか。

「今更変えても違和感が残りそうだし、このままでいかせてくれ」

 タメ口許可証を頂いたところで、料理が届く。彼女は平たいフォカッチャっぽいものに、野菜がたくさん入ったスープとサラダ。こっちと似たようなもんか。

 俺の窯焼き平パンは、玉ねぎとマッシュポテト、薄切りのチキンを散らし、それらの上に香りのよいバジルソースとチーズをトッピングしてある、実に旨そうな逸品だ。所々に半切りで飾ってある、アクセントのオリーブの実も良い。温かいうちに頂こう。

「うむ。旨い。窯焼き平パンはトマトソースのイメージだけど、バジルソースもよく合うな」
「……それ、美味しそうだね。一つ頂けないかな?」
「どうぞどうぞ。そっちの平パンも美味しそうだ。ちょっとくれよ」
「ええ。ナイフで切るから少し待って」

 そう言いつつ、テーブルの上のナイフで目にもとまらぬ斬撃を数閃させるマルト。平パンは見事に八等分となったが、猟奇的りょうきてきである。

「今の、皿まで切れてない? 大丈夫?」
「大丈夫……ん、君、頬に何かついているよ」
「マジ? どの辺?」
「待って。取れた、玉ねぎだったか。うん、美味しい」

 年上のお姉さんに食べかすの位置を聞いたら、ぬぐわれた上に食べられてしまったでござる。

 そんなことされるとなんだか本格的にデートみたいな気がしてきて、無性にドキドキしちゃうわ。

 落ち着け、深呼吸だ。ひっひっふー。

((イチャイチャかっッ!))

◇◆◇◆

 閑話休題。

「──それで、君はボルドーへ来たと? 確かに、君程の腕なら生活に困らないくらいは稼げるだろうけれど」
「あの時は仮面を外してたから別邸にいた衛兵に顔見られてたし、誘拐の実行犯として指名手配受けたと思ってたからな。ボルドーもサクッと稼いだ後は、他所に行こうかと思ってたし」

 現在、マルトにリマージュからボルドーへ拠点を移した事情を説明中。

 向こうとしても、ムスターファ邸宅で俺と遭遇したことは想定外だったことだろう。

「そう……こちらが大きく考えすぎていただけか」

 彼女は目をつむり眉を寄せて大きく息をつく。その様子は安堵したというより、取り越し苦労を嘆く感じだ。

「一体どんな想像してたんだ?」
「お嬢様の特殊な境遇を利用し、公爵家をおとしいれようとするたくらみ。ふたを開けてみれば、何のことは無かったけれど」
「なるほどねえ。そういえば、誘拐依頼の時もそういう話をチラリと聞いたか」

 依頼内容が公爵家令嬢の誘拐という危険なものだったため、俺は団長のルーカスに詳細を問うていた。

 その時に公爵家がきな臭いという情報がどうだこうだ言っていた……はずだ。地球時代の記憶が混ざる前の話だし、もはやうろ覚えだけど。

「君の力は尋常じゃなかったから、子爵の企みに賛同する力ある者と考えたのだけれど……裏が無いならそれが一番かな」

 優美な所作で紅茶を含みマルトは語る。周囲の客や従業員がうっとりするほどに、その所作は洗練されていた。つまり町娘風の変装が台無しである。

「こほん。俺の事情は大体こんなもんだ。聞きたいことが済んだならこっちの質問と行きたいんだけど、どう?」

「細かい点は幾つかあるけれど、この場で全て聞くようなことでも無い。君の質問とは?」
「たった一つだ──あんたが襲撃の時に殺した、俺の仲間の詳細を教えてほしい」

 俺自身の心の内、装飾を排した言葉を伝える。

「別に俺の仲間を何人殺していようが、今ここに居るあんたに危害を加えることは無い。ただ、自分の気持ちに折り合いを付けたいっていうことと、後はあいつらの墓を作った時に仇取れないことを謝りたいっていうこと。それだけだ」

 あの襲撃の時、仮にこの女が直接手を下さずとも周りの連中が殺していただろうし、襲撃依頼が成立した時点でバルバロイの壊滅は決定づけられていた。

 無論、思うところはあるが……。こうして関係性ができてしまった以上、それを飲み込んで付き合うしかないだろう。

 こいつを八つ裂きにしたところで何かが変わるわけでもなし。公爵家の恨みを買うだけだ。

 何より、彼女はこちらの行ったエスリウ誘拐について見逃すと言っている。

 ただでさえ元盗賊の人外という人目を忍ばねばならない身分なのだから、そこに誘拐犯という肩書が加わらないのならもろ手を上げて喜ぶべきだ。

「……私が手を下したものはいないよ。あの時、襲撃側にも被害が出ていた方が、後で私が始末する時に楽が出来ると考えていたからね。結局のところ、君の仲間の殺害に加担した事には変わりは無いのだけれど」

 そうやって怒りと理性との狭間で煩悶はんもんとしつつ返答を待っていたが、彼女が吐いた言葉は予想に反したものだった。

 確かに彼女は子爵の手勢を襲撃する目的があったのだから、消耗していた方が……。って、襲撃者は雇われだから、子爵の手勢ではないのか。

 ということは、こいつも襲撃に関わるものは皆殺しの予定だった、のか?

 やっぱりこいつやべー奴だわ!

「そうか。墓の前で詫びずに済んでホッとしたよ」
「信じるの? 私が君から恨みを買わないようにするために嘘を吐いているとは考えないの?」

 脳内での動揺を押し殺して言葉を受け取ると、マルトは怪訝そうな表情を作る。

「事実の究明なんて出来ないだろ、当事者があんたしかいないんだから。それなら疑ったり憎んだり不毛なエネルギーを溜め込むより、相手の言い分を信じた方が建設的だ」

 ついでに、美人を恨むのも抵抗あるし。

(ロウにとってはそのついでこそが大きいのではないですか?)

 脳内でおどけると、しばらくだんまり状態だった黒刀より突っ込みを頂いてしまった。

 建前でこう伝えているけど、一応バルバロイ襲撃での唯一の生存者であるディエラに、襲撃時の詳細を聞いてみようとは考えている。そういうところまでマルトに話す必要はないだろう。

 元々皆殺しの予定だったみたいだし、口封じなんて手段をとられても困るし。

(表では信用すると言いながら、裏では事実を解明せんとする。お前さん、意外としたたかなところがあるよな)

 銀刀からもお言葉頂戴。二枚舌三枚舌なんて人間の基本装備だぞ。ガハハハ。

「そう……信じてくれて、ありがとう。礼を言うのも変なことだけれど」

 俺の言葉を咀嚼そしゃくしたマルトは眼を何度かしばたかせ、頭を下げた。

 そういうことされると罪悪感で胸がキリキリ痛むから止めてほしい。裏で策謀巡らせてる俺が浄化されてしまいそうだ。

「こちらこそ、今後ともよろしくってことで」
「ええ、よろしく……ふふっ」

 固い表情をほころばせ、マルトは穏やかな笑みを見せる。
 花が咲いたような笑みとはこのことか。童貞には刺激が強すぎる。ぐえー。

(はぁ……またですか。その内背後から首をねられそうですよね、ロウって)

 突っ込みを入れてくるギルタブの想像が、段々と過激になっていくのが怖い。

 むしろ、俺はお前から首を刎ねられそうで心配だよ。

 ──そんな一幕がありながらもつつがなく会食が進み、いざ支払いという段で。

「じゃあ、俺が支払うから。今日は良い店が知れたしマルトの人柄も知れたし、充実した時間だったよ」
「……君、外見と中身が一致していないところがあるよね。奢ってもらえるのは嬉しいけれど」

 マルトにいぶかし気な、それでいて妙に口角が上がっている、何とも微妙な表情をされつつ支払いを済ませ店を出た。

 ──そこまでは良かったのだが。

「そこの素敵なお姉さん、少し俺たちと飲みに行かない? そっちの坊やも連れてていいからさ」
「さっきのお店より上等なところに案内するよ。きっとあなたが気に入ってくれると思う」

 などと話しかける、五人の野郎集団現る。

 先ほどの喫茶店でマルトの美貌にあてられて、彼女をナンパしにきたようだった。

「お誘いありがとうございます。ですが、この後予定がありますので。失礼します」

 そんな野郎たちを一刀両断するマルト氏。取り付く島もないとはこのことか。

 美人にこんな態度取られたら、俺なら一日中不貞寝ふてねするね。

「ッ……まあまあ固いこと言わずに、少しだけでいいからさ、見ていかない? すごっく良いところなんだって」
「そうそう! この子も一緒に行きたいみたいだからさ」

 すげない態度のマルトをふさぐように前に出る男と、まるで逃がさないぞとでもいうように俺の両肩に手を置く男。

 少し奥まっているとはいえ大通り沿い、なんとも古典的な絡み方だ。ナンパへ繰り出す行動力は買うが、しつこい態度はいただけない。

 マルトも俺と同じ印象を持ったのか、ほんのりと険のある声音で男たちに問いかけた。

「何のつもりですか?」
「いやいや、何もしないって。この子がお店に行きたがってるからさ、あなたが行かないならこの子だけ連れていくことになる。それはちょっと問題じゃないかな?」

 俺をおどしに使うとはナンパ師の風上にも置けない連中だ。ナンパしたことないけども。

「いやー、俺もこの後用事入ってるんですけど?」
「あ? さっき行きたいって言ってただろ?」

 低い声で問い、両肩に置いた手に力を籠める男。

 ハッ、それで脅してるつもりか? 肩もみレベルじゃ阿呆め。

「最近悩み事が多くて肩が凝っているので、もっと力を入れて揉んでいただいてもいいですよ。まさか、それが全力ってこともないでしょう?」
「ふふっ。ロウ、この男たちに君の肩の凝りをほぐせというのは無理だよ。全力で力を込めたところで、君にとっては真綿で包むようなものだろう」

「あぁ!? 馬鹿にしてんのかガキが!」

 マルトに笑われたのが決定打になったのか、俺の肩に手を置いていた男がいきり立つ。

 強引に腕を掴んだ彼は、投げ飛ばさんとりきむが──。

「──ッ!? ふんッ! ……な、動かねえッ!?」

 残念! 足を土魔法で固定していたのでしたー!

(お前さんって、時々性格悪くなるよな)
(ヤームルを指導しているときもその傾向があるのです)

「おい、何遊んでんだよ?」「もういい、ちょっと静かにしてもらおうぜ」

 曲刀たちに小言をもらっていると、まとめ役らしき男が舌なめずりしながら指示を出す。

 所詮女子供、腕っぷしで黙らせてしまえというところか。

「──浅はかな」

「ぐぇッ!?」「──ごッ!?」

 短い言葉と共に風の如く動いたマルトは、目の前にいた男の腹に容赦のない掌底。そこから瞬時に身をひるがえして上段回し蹴りを男の延髄を一撃。数秒間で二人の意識を刈り取った。

 それに合わせてこちらも動く。

 足元の魔法を解除し、後方へと身を開くように脚を踏み出す。

 身をひねりながら背後へ繰り出すは、お仕置きとなる肘打ち──八極拳はっきょくけん小八極しょうはっきょく退歩挑肘たいほちょうちゅう

ッ!」
「おごッ……」

 腹部に肘を打ち込まれた男は壁に激突、そして埋没。……死んで無いよな。

「──は?」「んなッ!?」

 大の男が壁へと吹っ飛ぶ珍事に呆然としていた男の腹へ、問答無用の掌底一発。その隣で驚愕していた男のあごには前蹴りを叩き込み、鎮圧完了。

 ものの十数秒とは呆気ない。

(容赦ないな。最後の二人は見逃しても良かったんじゃないか?)

 大通りに行かれても面倒だし、眠っていてもらったんだよ。致し方なしってな。

「流石の動きだ。もっと早く手を出すかと思っていたのに、君って意外と甘いんだね」
「いやいや、手を出されたわけでもないのに、こっちから手を出したんじゃ短気もいいところだろ。……それに、やり方は雑だったけど、この男どもの気持ちも分からんでもなかったし」
「?」

 顎に手を当てて首をかしげるマルト。

 そんな可愛らしい仕草しても教えんぞ。美人とお話ししたいなどというごくごく単純な動機だからな!

 まあ、あの野郎どもにはそれに加えて、もっと下半身的な理由もあったかもしれないが。

「衛兵がきたら事情説明するのも面倒だし、サクッと撤収しよう。じゃあな」
「……ええ。また今度」

 彼女は不思議そうに首を傾げていたが、俺が説明する気の無いことを知ると特に言及することもなく頷き、挨拶を返してくれた。

 マルトと別れ冒険者組合を目指す。これで誘拐関連の悩みの種はひとまず消化できたし、後は異形の魔物の一件を片付ければ当面問題は無さそうだ。

 ──ヨシ、組合での訓練、気合入れて頑張るかね!
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