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第一章 異世界転生と新天地への旅立ち

1-8 リマージュ出奔

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 二振りの曲刀との対話を終えた後、ディエラの様子を見に行くことにした。

 彼女も盗賊として何年もやってきて荒事にも慣れてはいるが、今回のように仲間を殺されたとなれば話は別だ。自身も拘束された状態で暴行を受けたとなると、精神面での傷は計り知れない。

 俺の様に意識が変質し、どこか他人事のように考えられるわけではないのだ。十歳の身で出来ることなどたかが知れているが……一緒にいることで、心の安らぎくらいは得られるかもしれない。

 そんな想いから彼女が休んでいる寝室へ向かったものの、彼女は就寝中だった。

 考えてみれば当然でもある。夜中から昼頃まで宿の受付で働いて、その後に例の襲撃で緊張の連続だったわけだ。それに思い当たらなかった辺り、俺自身もまだ冷静でないのだろう……。

 一応別れの挨拶は済んでいたが、折角見舞いに来た手前何もせずに帰るというのもはばかられる。

 童貞の脳細胞を絞り熟考した結果、愛用していた短剣を置いていくことに決めた。

 本来は対で一つだったが、フードの人物に削り壊されてしまったので片割れしかない。「女の子に対するプレゼントが短剣ってどうなん?」と思わなくもないが、盗賊だしセーフ理論だ。

「まさか、こんな別れになるとはなあ」

 ぼやきながらも書置きをしたため、寝室を出て「異民と森」の女主人──メリーの下へ挨拶に向かう。

 白髪が目立ち始める年齢の彼女は、バルバロイに所属しているわけではないものの協力関係にある。この宿でディエラを雇ってもらっていたり、俺に仮身分である下働きを与えたりしてくれているのだ。

 既にディエラを連れ戻った段階で事情説明を終えているため、彼女の部屋につくと挨拶もそこそこに本題を切り出す。

「ご迷惑をおかけしてます、メリーさん。俺はバルバロイを襲った襲撃者の一人を逃していて、その時に背格好を見られているので、今日中にこの都市を出ようと思います」
「そうかい。小さな宿だし、ここに居ても足がつくことは無いと思うけどねえ」

 言いつつも、強く引き留めるようなことはしないメリー。俺が今回の任務を最後に盗賊団を抜けることは彼女も知っていたからだ。もっとも、バルバロイにとっても今回が最期になってしまったが。

「そういうわけで、迷惑料代わりにこれらを置いていきます。バルバロイが支援している孤児院の方へも、売却価格の一部を回してもらえると助かります」

 話しながら、バックパックに回収していたバルバロイの面々や襲撃者の装備、隠し資産である貴金属などを机に積み上げていく。

 本来なら俺やディエラが直接孤児院まで出向くべきだが、どこで盗賊の生き残りだと露見するか分からない。襲撃者を殲滅せんめつしたとはいえ、俺の姿を見ているフードの人物は取り逃してしまっているのだから。

 その点、メリーならば単なる宿の女主人。行動を起こしてもフードの目にはつきにくいだろう。そんな人物が何故資金援助をするのか疑問符がつくかもしれないが。

 その辺りは適当に誤魔化してもらうとしよう──そう思っていると、呆気に取られていたメリーがようやく口を開いた。

「なんとまあ、あんた、逞しいもんだね……襲撃されて仲間を殺されて、よく頭が回ったもんだ」
「そこはディエラさんが居たおかげですかね。実際拘束されてるディエラさんを見るまでは、この都市から早く出ようと考えてましたし」

 自分が周囲からどう思われるかなんて自己責任で片付けられるものが大部分だが、仲間や友人がいるとなるとそうはいかない。

 特にディエラにはこの宿の受付嬢という立場があった。それがある以上、バルバロイが壊滅してハイお仕舞いというわけにもいかないだろう。

 孤児院に関してはそこで育った俺自身の恩返し、自己満足の面も強いが……。メリーも孤児院から過去何人か雇い入れたこともあり、次いで本人にお人よしの部分があるし、協力してくれるだろうという算段もある。

 仲間たちの遺品を売り払うことに抵抗を覚えないこともないが、そこは盗賊。有効活用してなんぼというのが矜持きょうじであろう。

 落ち着いたら立派なお墓を建てるから、どうかそれで許してほしい。

「なるほどねえ。まだまだ坊やかと思ってたが、随分男見せたね」

 何を思ったのかニヤニヤと笑みを深めるメリーおばさん。

 何を言ってやがるんだこの婆は──と思うも、そんな内心をおくびにも出さず別れの挨拶を口にする。

「それでは城門が閉じる前に発ちますね。お世話になりました、メリーさん」

「ふん。ふてぶてしいのは変わらずかい。落ち着いたら顔を見せに出てくるんだよ」

 内心を見透かしたのか、鼻を鳴らされてしまった。馬鹿な、俺のポーカーフェイスを暴くとは!

 下らないことを考えながら挨拶を終え、「異民と森」を後にした。

 日が暮れだし都市部の出入り口である城門の閉門時間が近づいてきているため、足早に都市の南門へ進む。

 もう一泊し翌朝出発でも良かったのだが、公爵令嬢誘拐の際に衛兵たちから背格好を把握されているし、何よりフードの件もある。出来る限り早くこの地を去りたかった。

(それにしてもロウよ、娘っ子への贈り物に短剣というのは如何なものかと思うぞ)

「うひょぃ!?」

 そういえば曲刀どもが居たんだった。完全に一人旅気分だったから不意打ちだったぜ。

(そんなことは無いのですよサルガス。あの女性はロウとそれなりに長い付き合いだったようですし、ロウがあの短剣を愛用していたことも知っているでしょう。親しい間柄なればこそ、あの短剣に特別な価値が生まれるのです)

 清涼感を感じる美声で長々と解説している曲刀B──もといギルタブ。フォローしてくれて嬉しいんだけど、実のところそんなに考えてなかったんだ……。

(へぇー適当かと思ってたけど結構考えられていたんだな? ロウよ、悪かった)

 サルガス、正解だ。ギルタブの梯子外すのは可哀そうだから黙っとくけどな。

 武器たちの会話を音声チャット気分で聞きながら歩いていき、都市部の端の南門へ到着。

「おや、もう日が暮れるが外に出るのかい?」

 こちらを見て心配そうな声音で聞いてくる衛兵のおっさん。

 夜間は視界が閉ざされることはもちろん、夜行性の動物や魔物が活性化する時間帯だ。大人でも出歩かないのに子供が出るとなると、当然心配だろう。

「大丈夫ですよ。すぐ近くの村へ泊りに行くだけですから。一応動物に襲われたときのために、武器だってありますし」

 この大都市リマージュ近隣には魔物の出没などまずない。出ても野獣で、それもすぐに冒険者や騎士たちによって撃退されるため、危険は皆無だ。夜間に出歩く者は少ないとはいえ、実際に危険が及ぶことなどそう多くないと言える。

「そうか。街道沿いから外れるんじゃないぞ」

 受け答えがしっかりしていたからかすぐに解放された。日頃の行いって奴か……と思ったが、盗人が何を言うかって話になるか。

 さて、まずは南の都市へ向かって、そこで魔物を狩って金稼ぎといこう。俺の冒険はまだ始まったばかりだ! デデン!

◇◆◇◆

 すっかり夜のとばりが下りたころ。

 星明りが照らす中、現在南方の都市ボルドーへ向かう街道をばく進中。既に都市からは随分と距離が開き、周囲には街道と林、森以外には何も見当たらない地域である。

 そんな夜の街道を疾風の如く駆け、たまに遭遇する野獣を置き去りにし、進路上に立ちふさがる動物を蹴り飛ばしている。さながら自動車の衝突事故だ。

(そういえば、ロウは何しに南に行くんだ?)

 疾走しながら街道上にたむろしていた小鬼のような魔物──ゴブリンの集団を、すれ違いざまに殴り飛ばしていると、暇をしていたサルガスからそんな問いかけが飛んでくる。

「あれ? アルベルトたちと話したときは居なかったんだっけ」

 色々と事が重なったため把握できていなかったが、そういえば彼らと話した後に曲刀を手に入れたんだったか。

「南の方で魔物被害が増えているらしくてな、そこで金を稼ごうと思ったわけだ。首都やリマージュまで被害の話が聞こえてくるくらいだ、人手は足りないだろう。そうなれば、俺のようなガキでも実力さえ示せば仕事が回されるんじゃないかって考えてな」

 大陸拳法による掌打と体当たりである靠撃こうげきによって、無残な肉塊と化すゴブリンたち。

 襲い掛かるもあえなく返り討ちにされた者たちの悲鳴を遠くに聞きながら、何事も無かったかのように虚空へ語り掛ける俺。

 何とも奇妙な絵だが、意志ある装備との対話なのだからこうなるのは避けられない。

 表層心理を読み取らせることで独り言を行わずに会話することもできたが、心に思っていることのどこまでが曲刀たちへ伝わっているか俺には判断がつかない。そう言った事態を避けるべく、他人の目が無いときは口に出して話すことに決めていた。

(金か。お前さんくらいの力があればどうにでもなりそうなもんだが、年齢がかせになるんだろうな。人の世は難儀なもんだねえ)

(ロウの魔力は、私を振るった者たちや製作者の魔族を遥かに凌いでいるように感じます。私を打った鍛冶師の魔族などは魔力的にも特に優れた人物だったはずですから、それを上回る力を持つロウが年若いというだけで軽んじられるのは、理解しがたいのです)

 サルガスとの会話に乱入してくるギルタブさん。この曲刀はどうにもこちらを過大評価しているふしがあるようだ。

「いやいや、まだ想像の話でしかないし。それに、若くて大して経験を積んでないような人物が信用出来ないっていうのは至極当然だと思うぞ? 任せていた人物が失敗したとき、自分たちがその尻拭いしなければならん訳だしな」

 若くとも信用されている人物も中にはいるだろうが、そういった者は見合う実績を持って他者から信を置けると評価されているのだ。何の実績もない俺を信じる道理がないのである。

(やはり、人間族は面倒なのですね。魔族ならば力を示すことで簡単に話が通るのですが)

 恐るべし魔族。力こそ真理。パワーイズゴッド。人の感覚を持つ身からすれば、力あるものが暴走する未来しか見えない。

 そんな疑問を読み取ったのか、黒刀は解説を付け加える。

(力とは何も個人の武力だけではなく、群としての力や軍としての力でもあります。捻じ伏せられてしまえば、力及ばなかった自分や自国が至らなかった。それまでのことなのです)

「単純明快だし理解もできるけど、何というか犠牲が大きそうな理念だなと思うよ」

 理解はできるしある程度共感する部分もあるが、それだけだとあまりにも融通が利かないのではないか? 地球で様々な戦争の歴史を学んできた俺にとっては、やはりそう思わざるを得なかった。

(ロウは魔族っぽくない考え方をするんだな? 力ある種族としては珍しいものだ)

 弱肉強食論をもやもやと考えていると、銀刀から的外れな指摘が投げ込まれる。

「は? 魔族じゃねーよ! いきなり何を真面目口調で言ってやがるんだ」

((えっッ!?))

 曲刀の思念がステレオサウンドで脳内に響き、思わず足を止めてしまった。

「い、いや、俺の母親は人間族だし、俺は……あ」

 そう、確かに俺の母親は人間族だった。しかし、父親に関しては自分に似た容姿をしているということしか情報が無かったと思い当たる。

(魔力の味的に魔族の、それも上等な種族の血が流れてるのは間違いないぞ? ロウよ)

「マジかよ。やっぱり人外じゃん」

 思わぬ形で父親が人間ではなかった事を知ってしまい、俺はしばし呆然とするのだった。
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