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第一章 いざ、竜狩りへ
022 交渉再び
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「そんな身勝手な話、誰が認めるか」
ネルビスは開口一番、ザックスにぴしゃりと言い放った。ザックスはネルビス一団の拠点に着くなり、早速ワイバーン討伐遠征に参戦したい旨を伝えたのだった。が、当然のごとく即座に否定されていた。
「良いじゃねぇか。テメェの邪魔はしねぇからよ。ちょっくら、三、四匹俺に狩らせたって罰はあたらないだろ?」
「阿呆か貴様は。『ちょっくら三、四匹』じゃあないだろう。貴様が乗り込んでも死ぬだけだと分からんのか?」
「そんなこと、やってみなきゃ分かんねぇだろ」
「やらなくても分かるために試験をしたのだ。少しは学習しろ馬鹿が」
「なんで、テメェにそんなことが分かるんだよ」
「貴様、俺を舐めてるのか? 我々が幾年この狩りをしてると思っている」
ネルビスは苛立ちを隠そうともせず、腕を組んでザックスを睨めつける。
「ワイバーンの事は、我々が知り尽くしているのだ。奴らの習性、思考、狩りの手段から何から、全部だ。俺の判断に間違いはない。奴らは、貴様が行ってかなう相手ではない」
「俺だって、Bランクの翡翠竜を狩ったんだぜ? Dランクの竜くらい――」
「Dランクだから余裕だとでも? ぬかせ」
ネルビスはザックスに顔を近づけ、言葉を遮った。
「貴様は何もわかっていない。奴らは集団で獲物を狩る。力が弱いからだ。そして体も他の竜種に比べて小さい。だから数でそれを補う。それも、魔力が使えない環境に身を置くことで、他の強大な力を持つ竜種と渡り合おうとする知恵も駆使して、だ。そういう戦い方をする奴らに、魔力武器に頼りきった貴様が戦えるというのか?」
ネルビスの矢継ぎ早に繰り出される情報に、ザックスは押し黙る。ぐうの音も出なかった。
その様子を見て、ネルビスはため息をひとつ吐き、腰に手をあててザックスへ言う。
「いいか、ザックス。覚えておくがいい。ランクは、単純な力比べをする上での目安にすぎん。低ランクの竜だからと言って舐めてかかると、すぐに命を落とすことになる。命を粗末にするな」
ネルビスは、ザックスに目をやることなく言い放つと団員たちに「おい」と声をかける。
準備を終えた団員たちが、ぞろぞろとネルビスのもとへ集いだした。
その様子を押し黙ってみていたザックスだが、ネルビスが最終確認の点呼を始めた頃になって、ようやく口を開いた。
「おい、ネルビス」
ネルビスの小さな背中がピクリと動き、首だけをザックスに向ける。
「なんだ、ザックス。用がなくなったなら、さっさと帰れ」
「いーや、俺も行く」
ネルビスは呆れた顔をし、やれやれと忌々しげな表情を覗かせた。
「何度も言わせるな。そんなに行きたければひとりで行け」
ザックスの方向音痴っぷりはマーブルの証言で確認済み。すなわち、ザックス一人では絶対にたどり着けない。それを承知で、ネルビスは言い放った。
しかし、ここはザックスも譲れないところ。足元を見られたところで、ザックスは交渉に入った。
「じゃあ、とっておきの情報を教えてやる。あの琥珀色の角をどうやって採取したかを。それと交換でどうだ?」
ザックスの提案を受けて、ネルビスの目の色が変わった。同時に、周囲に集う男衆の気配も一変する。
「お、良い反応だな。どうやら、相当な値打ちもんのようだぜ」
ザックスはあっけらかんとした態度で周囲を一瞥してやった。マーブルは、ザックスの背後でそわそわとしている。翡翠竜の角――それも琥珀色の角はここ数年市場に出ていないとマーブルが言っていただけあり、その入手方法の貴重さがうかがえた。
「大した奴だ。貴様らにとって、それは重大な機密情報だろう? それをむざむざ商売敵に与えて……そうまでしてついて来たいというのか」
ネルビスが振り返り、疑いを込めた視線でザックスを射抜く。
「だってなぁ。俺一人じゃ、沼地までたどり着ける気がしねぇもん。仕方ねぇだろ? 道案内だけでも頼むよ」
「たかがそれしきの事で、そこまでの情報を取引しようとは思わん。貴様、何か企んでいるな?」
「疑り深い奴だな。そんなんじゃねぇよ」
ザックスは呆れ交じりに両手をわずかにあげて肩をすくめた。
ネルビスは剣幕を立てたまま、警戒を解かない。
しかし――事実、驚愕するほどの方向音痴っぷりを発揮したザックスが自分の土地勘を頼りに沼地へ行くことが出来ないことは、ネルビス自身が皮肉ったばかり。すぐに、してやられたといった面持ちで、ネルビスはため息を吐いた。
「ふん。まさか、貴様自身の欠点が説得力を持つとはな。貴様にとっては、それほどの価値を持つという事か、それとも、握っている情報がその程度のものだと思っているという事か……いいだろう。その取引、乗ってやる」
交渉成立。
ネルビスは開口一番、ザックスにぴしゃりと言い放った。ザックスはネルビス一団の拠点に着くなり、早速ワイバーン討伐遠征に参戦したい旨を伝えたのだった。が、当然のごとく即座に否定されていた。
「良いじゃねぇか。テメェの邪魔はしねぇからよ。ちょっくら、三、四匹俺に狩らせたって罰はあたらないだろ?」
「阿呆か貴様は。『ちょっくら三、四匹』じゃあないだろう。貴様が乗り込んでも死ぬだけだと分からんのか?」
「そんなこと、やってみなきゃ分かんねぇだろ」
「やらなくても分かるために試験をしたのだ。少しは学習しろ馬鹿が」
「なんで、テメェにそんなことが分かるんだよ」
「貴様、俺を舐めてるのか? 我々が幾年この狩りをしてると思っている」
ネルビスは苛立ちを隠そうともせず、腕を組んでザックスを睨めつける。
「ワイバーンの事は、我々が知り尽くしているのだ。奴らの習性、思考、狩りの手段から何から、全部だ。俺の判断に間違いはない。奴らは、貴様が行ってかなう相手ではない」
「俺だって、Bランクの翡翠竜を狩ったんだぜ? Dランクの竜くらい――」
「Dランクだから余裕だとでも? ぬかせ」
ネルビスはザックスに顔を近づけ、言葉を遮った。
「貴様は何もわかっていない。奴らは集団で獲物を狩る。力が弱いからだ。そして体も他の竜種に比べて小さい。だから数でそれを補う。それも、魔力が使えない環境に身を置くことで、他の強大な力を持つ竜種と渡り合おうとする知恵も駆使して、だ。そういう戦い方をする奴らに、魔力武器に頼りきった貴様が戦えるというのか?」
ネルビスの矢継ぎ早に繰り出される情報に、ザックスは押し黙る。ぐうの音も出なかった。
その様子を見て、ネルビスはため息をひとつ吐き、腰に手をあててザックスへ言う。
「いいか、ザックス。覚えておくがいい。ランクは、単純な力比べをする上での目安にすぎん。低ランクの竜だからと言って舐めてかかると、すぐに命を落とすことになる。命を粗末にするな」
ネルビスは、ザックスに目をやることなく言い放つと団員たちに「おい」と声をかける。
準備を終えた団員たちが、ぞろぞろとネルビスのもとへ集いだした。
その様子を押し黙ってみていたザックスだが、ネルビスが最終確認の点呼を始めた頃になって、ようやく口を開いた。
「おい、ネルビス」
ネルビスの小さな背中がピクリと動き、首だけをザックスに向ける。
「なんだ、ザックス。用がなくなったなら、さっさと帰れ」
「いーや、俺も行く」
ネルビスは呆れた顔をし、やれやれと忌々しげな表情を覗かせた。
「何度も言わせるな。そんなに行きたければひとりで行け」
ザックスの方向音痴っぷりはマーブルの証言で確認済み。すなわち、ザックス一人では絶対にたどり着けない。それを承知で、ネルビスは言い放った。
しかし、ここはザックスも譲れないところ。足元を見られたところで、ザックスは交渉に入った。
「じゃあ、とっておきの情報を教えてやる。あの琥珀色の角をどうやって採取したかを。それと交換でどうだ?」
ザックスの提案を受けて、ネルビスの目の色が変わった。同時に、周囲に集う男衆の気配も一変する。
「お、良い反応だな。どうやら、相当な値打ちもんのようだぜ」
ザックスはあっけらかんとした態度で周囲を一瞥してやった。マーブルは、ザックスの背後でそわそわとしている。翡翠竜の角――それも琥珀色の角はここ数年市場に出ていないとマーブルが言っていただけあり、その入手方法の貴重さがうかがえた。
「大した奴だ。貴様らにとって、それは重大な機密情報だろう? それをむざむざ商売敵に与えて……そうまでしてついて来たいというのか」
ネルビスが振り返り、疑いを込めた視線でザックスを射抜く。
「だってなぁ。俺一人じゃ、沼地までたどり着ける気がしねぇもん。仕方ねぇだろ? 道案内だけでも頼むよ」
「たかがそれしきの事で、そこまでの情報を取引しようとは思わん。貴様、何か企んでいるな?」
「疑り深い奴だな。そんなんじゃねぇよ」
ザックスは呆れ交じりに両手をわずかにあげて肩をすくめた。
ネルビスは剣幕を立てたまま、警戒を解かない。
しかし――事実、驚愕するほどの方向音痴っぷりを発揮したザックスが自分の土地勘を頼りに沼地へ行くことが出来ないことは、ネルビス自身が皮肉ったばかり。すぐに、してやられたといった面持ちで、ネルビスはため息を吐いた。
「ふん。まさか、貴様自身の欠点が説得力を持つとはな。貴様にとっては、それほどの価値を持つという事か、それとも、握っている情報がその程度のものだと思っているという事か……いいだろう。その取引、乗ってやる」
交渉成立。
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