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第一章 いざ、竜狩りへ
002 出立のとき
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――時はしばらく前に遡る。
森の中に、広く開けた草原地帯があった。
そこは人が手入れして作られた空間であり、真っ先に目につくのは大樹を支えにして建てられた四階建ての立派な家。二階部分にはバルコニーエントランスが設けられ、階段を通じてそのまま外へ出かけられるようになっていた。
そこから少し距離を置いたところに、赤い屋根をかぶせた木造の小屋があった。見た目の汚れも少ない大樹の家とは打って変わり、白塗りの小屋は塗装も剥げて、作業場としての年季を物語っていた。
「それじゃあ、親父。行ってくるぜ」
大樹に寄りかかった赤い屋根の家から、白髪の少年が元気よく飛び出した。
「ちょっと待て、ザックス!」
直後、後ろで束ねた白髪を掴まれ、そのままエントランスの床板に叩きつけられた。
「ぐぇっ!」
「このアホンダラ。ガン・ソードも持たねぇで、どこに行こうってんだ」
仰向けで倒れたままザックスは、自身を引き留めた男をにらみつけた。陽光で輝く禿げた頭の厳めしい面がエプロンを纏い、大剣のような銃器を脇に抱えて顔を覗き込んでいる。
「ってぇなこのクソ親父。引き留めるなら、それなりのやり方ってもんがあんだろうがよ……」
「馬鹿野郎が。これが、それなりのやり方って奴だ」
親父と呼ばれた男は、脇に抱えたガン・ソードを、容赦なくザックスの腹へ突き刺すように振り落とした。
「ぐほぉっ!」
「今回が初めての竜狩りだろうが、ザックス。しっかりしやがれ、全く……」
「くっそぉ……。いつまでもドラゴン・チェイサー気取ってんじゃねぇぞ、この老いぼれが。『竜殺しのビゴット』はもう十年以上も前の杵柄だろうがよ」
「うるせぇ、ひよっこ。おめぇにガン・ソードの扱い方を教えたのは、この俺だ。おめぇが竜を狩れねぇうちは、引退なんかできねぇんだよ」
減らず口をたたくザックスをにらみ返しながら、ビゴットは呆れたように言い放った。
ザックスはホルスターに収められたガン・ソードを持ち上げて「よっこいせ」と掛け声を出しながら起き上がると、いつもの定位置である腰に装着した。
気を取り直し、ビゴットに人差し指を突き付けながら、
「待ってろよ、親父。ぜってぇ、狩ってくるかんな! そしたら、その言葉通りすぐに引退させてやっからよ」
「おう、期待しないで待っててやる。おめぇは身体だけは頑丈だからな。死ぬ心配はしてねぇから、夕飯までには帰ってこい」
「ガキの使いじゃねぇんだよ、バカにすんな!」
吐き捨てるように言い放ち、ザックスは階段を駆け下りる。
と、階段を降りる最中。
小柄な女性がちょうど階段を昇って来るところで、ザックスと鉢合わせた。
10代後半に見える女性はザックスの姿に気が付き顔を上げると、うなじの辺りを左右に結わったブロンドの長髪と豊満な胸をわずかに揺らした。
「あら、久しぶりね。これから、どこかへお出かけかしら?」
青い瞳を向けてにこりと微笑む。
「おう、久しぶりだな。これから、俺はワイバーンを狩ってくるんだ! 親父なら、家の中にいるぜ。じゃあな!」
ザックスは手短に返事をすると、そっけない態度ですれ違い、そのまま森の方へと駆けて行った。
「へぇ、あの子が、竜狩りをねぇ……」
感慨深げに、女性はザックスの後姿を見送った。
「おお、マーブルか。ちょうどいいところに来たな!」
ビゴットが玄関から顔をのぞかせる。
「おはよう、ビゴット。あの子、ついに竜狩りに行くのね。これで、あなたもようやく隠居かしら?」
階段をのぼりながらマーブルは、ビゴットを労うように言葉を返した。
「さあ、どうだかな。まあ、あがって行けよ。ちょうど依頼のことで、話があったんだ。つっても、もう察しはついたと思うがな」
「ええ。お願いしていたワイバーンの翼皮と尻尾。あの子が集めてくるのね」
でも、とマーブルは言葉を続ける。
「ワイバーンの巣って逆方向じゃなかったかしら……?」
外を見やると、ザックスはすでに遠くの森へ駆けていた。ビゴットは額に手をあて、「あの馬鹿野郎……」と嘆息したのだった。
森の中に、広く開けた草原地帯があった。
そこは人が手入れして作られた空間であり、真っ先に目につくのは大樹を支えにして建てられた四階建ての立派な家。二階部分にはバルコニーエントランスが設けられ、階段を通じてそのまま外へ出かけられるようになっていた。
そこから少し距離を置いたところに、赤い屋根をかぶせた木造の小屋があった。見た目の汚れも少ない大樹の家とは打って変わり、白塗りの小屋は塗装も剥げて、作業場としての年季を物語っていた。
「それじゃあ、親父。行ってくるぜ」
大樹に寄りかかった赤い屋根の家から、白髪の少年が元気よく飛び出した。
「ちょっと待て、ザックス!」
直後、後ろで束ねた白髪を掴まれ、そのままエントランスの床板に叩きつけられた。
「ぐぇっ!」
「このアホンダラ。ガン・ソードも持たねぇで、どこに行こうってんだ」
仰向けで倒れたままザックスは、自身を引き留めた男をにらみつけた。陽光で輝く禿げた頭の厳めしい面がエプロンを纏い、大剣のような銃器を脇に抱えて顔を覗き込んでいる。
「ってぇなこのクソ親父。引き留めるなら、それなりのやり方ってもんがあんだろうがよ……」
「馬鹿野郎が。これが、それなりのやり方って奴だ」
親父と呼ばれた男は、脇に抱えたガン・ソードを、容赦なくザックスの腹へ突き刺すように振り落とした。
「ぐほぉっ!」
「今回が初めての竜狩りだろうが、ザックス。しっかりしやがれ、全く……」
「くっそぉ……。いつまでもドラゴン・チェイサー気取ってんじゃねぇぞ、この老いぼれが。『竜殺しのビゴット』はもう十年以上も前の杵柄だろうがよ」
「うるせぇ、ひよっこ。おめぇにガン・ソードの扱い方を教えたのは、この俺だ。おめぇが竜を狩れねぇうちは、引退なんかできねぇんだよ」
減らず口をたたくザックスをにらみ返しながら、ビゴットは呆れたように言い放った。
ザックスはホルスターに収められたガン・ソードを持ち上げて「よっこいせ」と掛け声を出しながら起き上がると、いつもの定位置である腰に装着した。
気を取り直し、ビゴットに人差し指を突き付けながら、
「待ってろよ、親父。ぜってぇ、狩ってくるかんな! そしたら、その言葉通りすぐに引退させてやっからよ」
「おう、期待しないで待っててやる。おめぇは身体だけは頑丈だからな。死ぬ心配はしてねぇから、夕飯までには帰ってこい」
「ガキの使いじゃねぇんだよ、バカにすんな!」
吐き捨てるように言い放ち、ザックスは階段を駆け下りる。
と、階段を降りる最中。
小柄な女性がちょうど階段を昇って来るところで、ザックスと鉢合わせた。
10代後半に見える女性はザックスの姿に気が付き顔を上げると、うなじの辺りを左右に結わったブロンドの長髪と豊満な胸をわずかに揺らした。
「あら、久しぶりね。これから、どこかへお出かけかしら?」
青い瞳を向けてにこりと微笑む。
「おう、久しぶりだな。これから、俺はワイバーンを狩ってくるんだ! 親父なら、家の中にいるぜ。じゃあな!」
ザックスは手短に返事をすると、そっけない態度ですれ違い、そのまま森の方へと駆けて行った。
「へぇ、あの子が、竜狩りをねぇ……」
感慨深げに、女性はザックスの後姿を見送った。
「おお、マーブルか。ちょうどいいところに来たな!」
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「おはよう、ビゴット。あの子、ついに竜狩りに行くのね。これで、あなたもようやく隠居かしら?」
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「さあ、どうだかな。まあ、あがって行けよ。ちょうど依頼のことで、話があったんだ。つっても、もう察しはついたと思うがな」
「ええ。お願いしていたワイバーンの翼皮と尻尾。あの子が集めてくるのね」
でも、とマーブルは言葉を続ける。
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