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第34話 僕は意気地無しじゃない!?
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アナグニエ副学長から聞いた昔話は、とても衝撃的な内容だった。僕らは、アナグニエ副学長のあまりの境遇に何も言えなかった。
そんな僕らを見てアナグニエ副学長は、しばらく一人にして欲しいと言う。僕とラディアさんは少し沈黙した後、アナグニエ副学長に「はい……」とだけ返した。そして、その場を後にした。
正直なところ、僕らはどうしたらいいか分からなかった。アナグニエ副学長の昔話に対してのリアクションもそうなんだけど、アカデミー本館も相当に滅茶苦茶だった。実験室の壁はぶち抜かれてるし、アナグニエ副学長の部屋も戦闘で大惨事。ちょっともう、僕らでは事態の収拾をつけられそうにない……。
アナグニエ副学長を残してアカデミー本館を出たあと、僕はラディアさんと話し合った。そうして、明日の朝、守衛さんが来た時に説明しようと決めて、いったん帰ることにしたんだ。
翌日。僕らはアカデミーに朝早くからきて守衛のお兄さんに事情を話をした。するとお兄さんは、すぐにアカデミーの関係者へ連絡してくれると言ってくれた。一度確認のため中の様子をうかがった時、守衛のお兄さんが目を丸くして固まってしまったのには、苦笑いで返すしかなかった。
ちょうどその時なんだけれど、僕らが実験室の中を覗いた時には、アナグニエ副学長の姿が見当たらなかったんだ。いったい、アナグニエ副学長はどこに行ったんだろう。
そう思って、守衛さんが連絡を取りにアカデミーの外へ向かったあと。僕らはアナグニエ副学長の行方を探しに向かった。
黒灰を引きずった跡があったので、僕らはそれを辿って行った。辿った先にあったのは、アナグニエ副学長の部屋の隣にある資材置き場だった。
僕は怪しいなと思いながら、資材置き場の中へと入る。たくさんの素材が積まれてる中、無造作に植物の根っこが落ちていた。近くの箱が倒れているから、ここから散らばったんだろう。
散らばっていた薬草は『金包蘭』だった。僕は『金包蘭』を手に取る。ふと、気になることがあったので僕は【創薬】を発動させた。そうしたら、手のひらには『エリクシール』が現れたんだけれど、『金包蘭』の根っこもその場に残されてたんだ。
という事はだ。アナグニエ副学長は二階にあるこの資材置き場までやって来て『金包蘭』が保管されている箱を倒し、『金包蘭』から『エリクシール』を【創薬】したと推測される。そうして、残された『金包蘭の根』をその場に置き去りにして、アナグニエ副学長はどこかへ行ってしまったんだ。
『エリクシール』は再生速度をあげる薬で、体の傷なんかは治せると思う。けれど、アナグニエ副学長の失われた下半身が『エリクシール』の効果で戻るとは考えづらい。たぶん、エインガナの身体が崩壊する直前で咄嗟におこなったのは、下半身が無くなっても生きていけるような体の構造に作りかえることだったんだと思う。だから、既に捨てたものを復活させるような再生は起こらないはず。
じゃあ、なんで『エリクシール』なんか作ったんだろう?
僕は疑問に思いながら、『金包蘭の根』を拾った。
【金包蘭の根】
効能:金包蘭による回復効果と副作用を減弱させる。
レアリティ:★★★
どうやら、『金包蘭の根』には『金包蘭』の作用そのものをコントロールする効果があるようだ。なるほど。『エリクシール』の効果は『金包蘭の根』による抑制効果を取り除くことで、突出した回復効果を生み出してたんだ。とすると、アナグニエ副学長は『エリクシール』を開発する過程でこのことにも気付いていたに違いない。
「そこにおるのは、誰じゃ?」
僕らが振り返ると、そこにはハーブレット学長がいた。
「ハーブレット学長! お戻りになられてたんですね!」
「そなたらは、ハルガードとラディアではないか」
ハーブレット学長は僕らの姿を認めると、大仰に驚いていた。
「そなたらは、こんな所でいったい何をしておるんじゃ?」
アカデミーがこんな状態になってるんだもんね。その現場に僕らがいて、資材置き場なんか漁ってるんだ。状況的に考えれば、かなり怪しい。
僕らは、ハーブレット学長に事の経緯を説明した。昨日のアナグニエ副学長との戦いから、僕らが何故ここにいるのかとか。全部事細かにハーブレット学長へ話した。
「そういうことじゃったのか……よく無事じゃったの」
ハーブレット学長が、安堵の表情を浮かべて言った。
「いえ、ハーブレット学長こそお忙しい中、戻ってきて下さって助かりました。守衛さんから話は聞いてないのですか?」
「いや、ワシは出張からちょうど戻ってきたところでの。アカデミーに戻ってきたら酷い有様じゃったのでな。状況把握のために見回りをしとったんじゃよ」
僕が質問すると、ハーブレット学長は答えてため息をついた。まあ、こんな惨状だもの。ため息もつきたくなるだろう。
「ハーブレット学長は、どこに行かれてたのですか?」
「うむ。ワシは、友人から連絡を受けてな」
僕の質問に、ハーブレット学長は便箋をとり出して答えた。ハーブレット学長は話を続ける。
「なんでも、『エリクスの薬』が遺跡の中から発見されたようでの。昔の『エリクスの薬』は大変貴重な『フレングラス』を材料に作られたものじゃ。中身が使えるかは微妙じゃが、学術的な価値が非常に高い。持ち帰って、アナグニエ殿に話をうかがおうと思っとったんじゃが……」
ハーブレット学長は言って、肩を落とす。そのアナグニエ副学長がいま、姿をくらませてしまったんだ。せめて、逃げないようにラディアさんの持ってたロープで縛っておけばよかったのかもしれない。失敗したなぁ……。
とはいえ、アナグニエ副学長が居たとしてもそれどころじゃないか。
「ハーブレット学長。僕でよければ、その薬を見せていただいてもよろしいでしょうか? 僕は【薬識】を持っていますし、お役に立てるかもしれません」
「おお、そうじゃったな。とりあえず、現地で『エリクスの薬』であることは鑑定師に確認してもらったんじゃ。現在の『エリクシール』との違いなどが分かれば、教えてくれるかの」
僕の提案を、ハーブレット学長は快く承諾してくれた。そして、僕は桐箱に入った『エリクスの薬』をハーブレット学長から受け取った。
【エリクスの薬】
効能:生命力を補い、体力と魔力を徐々に全回復する。体力および精神力を充足させ、状態異常も解消する。
材料:フレングラス
レアリティ:★★★★★
これは驚いた。これは『エリクシール』と似て非なる薬物だ。『エリクシール』にあった副作用が、『エリクスの薬』では存在しない。体力と魔力を徐々に回復するから、たぶん魔力酔いも起きにくい。
「ハーブレット学長。これは大発見かもしれません。『エリクスの薬』と『エリクシール』は、違う薬品です」
僕が言うと、ハーブレット学長は驚いて目を丸くした。
「なんと、それはどういう事か!?」
ハーブレット学長が言う。それは、僕も聞きたいくらいだ。『エリクシール』と『エリクスの薬』は同じものだと、教科書にも載っていたのに。これじゃあ、まるで話が違ってくる。
「ハーブレット学長、ひとつお聞きしたいのですが。僕らは教科書から『エリクシール』と『エリクスの薬』は同一のものと教わりました。しかし、僕らが生まれる前……『エリクシール』が登場したとき、その話はどこから出てきたのでしょうか?」
僕はハーブレット学長にたずねた。僕も今まで当たり前のように信じてきた常識だったのだけれど……よくよく思い返してみれば神農様の祠に行った時、『エリクスの薬』の記述にちょっと違和感を覚えたんだよね。まあ、僕は『エリクスの薬』の材料を知らなかったから、そこだけ気になったんだけれど。それに、あの時はフィークさんの課題で頭がいっぱいだったしなぁ。
「……だいぶ前のことじゃからのう。あれはたしか、アナグニエ副学長から聞いたような気がするのう」
ハーブレット学長が顎髭をさすりながら言った。やっぱり、アナグニエ副学長か……なんだか、きな臭いな。『エリクシール』が関わることは大抵アナグニエ副学長に繋がってくる。『エリクシール』を開発したのがアナグニエ副学長だからそれは当然なんだけれど、なんて言うか……『エリクシール』にまつわることには色んな違和感がある気がする。
僕は、ハーブレット学長の顔をチラリと見た。ハーブレット学長が僕と視線を合わせて、頭に疑問符を浮かべる。
「あの、アナグニエ副学長が嘘を言ったり色々と工作していたり、という線はありませんかね……?」
こういう事は言わない方がいい気がするんだけれど、僕は言っちゃう性分だから仕方がない。案の定、ハーブレット学長が難しい顔をしてしまった。あー、やっぱり失言だよね。超極悪人とは言え、表向きは色んな面での権力者だもん、アナグニエ副学長。
「うむ。その線は、有り得る話じゃ。アナグニエ副学長に限ったことではないが、上流貴族には昔から、様々な黒い噂があるからの」
ハーブレット学長はそう言って、難しい顔のままで腕を組んだ。あれ、意外と真剣に取り合ってくれたぞ。よかった。
アナグニエ副学長の話から、僕も上流貴族たちには底知れない闇を感じているんだ。今回のエリクシール事件の首謀者はアナグニエ副学長だった。けれど、もしかしたら本当の敵は、彼ら上流貴族たちなのかもしれない。
魔王の存在だって上流貴族が作り出した幻想だし、『エリクシール』だってとんでもない秘密が隠されていたんだ。そのために、史実そのものを改ざんしてきても不思議じゃない。情報操作が上流貴族たちのお家芸だとしたら、相当厄介な話だぞ。
「まあ、その件はいずれ調査を進めておこう。こちらに任せておくがよい」
「はい。よろしくお願いします。それと、いま気がついたことなので、急なお願いになってしまうんですけど……」
僕は言って、ラディアさんの方をちらりと見る。ラディアさんは僕の視線に気付いて、小首を傾げた。
これ、すごく言い出しづらいな。それは、『エリクスの薬』の学術的価値がすごく高いっていうからなんだけど……実は、この『エリクスの薬』を素材としたアイテムが作れることに、僕は気が付いたんだよね。
「ハーブレット学長。この『エリクスの薬』を、僕に譲っていただきたいんです……ラディアさんを助けるためにも、お願いします!」
僕は言って、ハーブレット学長に頭を下げた。
「ハルガードよ、どういう事じゃ?」
「はい。実は、アナグニエ副学長との戦いの中で、ラディアさんに『エリクシール』を使わざるを得ない状況となりました。そのため、ラディアさんは『エリクシール』の効果により、寿命が縮んでしまっているんです。しかし、この『エリクスの薬』を素材に使った薬なら、その副作用に対処出来る可能性があるんです。だから、お願いします!」
ハーブレット学長の疑問に、僕は素直に答えた。『エリクスの薬』と『金包蘭の根』は、『ライフシール』という薬の材料になる。これは、【創薬】で作れるアイテムリストに出てきた薬であり、さらに僕は【薬識】によってこの薬が何なのか理解出来た。
【ライフシール】
効能:生命力を補い、寿命をのばす。また、一定期間、即死効果を持つスキルを受け付けなくなる。
レアリティ:★★★★★
この薬なら、『エリクシール』で縮んでしまったラディアさんの寿命を延ばすことができる。僕は、これまでにたくさん力を貸してくれたラディアさんを、どうしても救いたいんだ!
そんな僕らを見てアナグニエ副学長は、しばらく一人にして欲しいと言う。僕とラディアさんは少し沈黙した後、アナグニエ副学長に「はい……」とだけ返した。そして、その場を後にした。
正直なところ、僕らはどうしたらいいか分からなかった。アナグニエ副学長の昔話に対してのリアクションもそうなんだけど、アカデミー本館も相当に滅茶苦茶だった。実験室の壁はぶち抜かれてるし、アナグニエ副学長の部屋も戦闘で大惨事。ちょっともう、僕らでは事態の収拾をつけられそうにない……。
アナグニエ副学長を残してアカデミー本館を出たあと、僕はラディアさんと話し合った。そうして、明日の朝、守衛さんが来た時に説明しようと決めて、いったん帰ることにしたんだ。
翌日。僕らはアカデミーに朝早くからきて守衛のお兄さんに事情を話をした。するとお兄さんは、すぐにアカデミーの関係者へ連絡してくれると言ってくれた。一度確認のため中の様子をうかがった時、守衛のお兄さんが目を丸くして固まってしまったのには、苦笑いで返すしかなかった。
ちょうどその時なんだけれど、僕らが実験室の中を覗いた時には、アナグニエ副学長の姿が見当たらなかったんだ。いったい、アナグニエ副学長はどこに行ったんだろう。
そう思って、守衛さんが連絡を取りにアカデミーの外へ向かったあと。僕らはアナグニエ副学長の行方を探しに向かった。
黒灰を引きずった跡があったので、僕らはそれを辿って行った。辿った先にあったのは、アナグニエ副学長の部屋の隣にある資材置き場だった。
僕は怪しいなと思いながら、資材置き場の中へと入る。たくさんの素材が積まれてる中、無造作に植物の根っこが落ちていた。近くの箱が倒れているから、ここから散らばったんだろう。
散らばっていた薬草は『金包蘭』だった。僕は『金包蘭』を手に取る。ふと、気になることがあったので僕は【創薬】を発動させた。そうしたら、手のひらには『エリクシール』が現れたんだけれど、『金包蘭』の根っこもその場に残されてたんだ。
という事はだ。アナグニエ副学長は二階にあるこの資材置き場までやって来て『金包蘭』が保管されている箱を倒し、『金包蘭』から『エリクシール』を【創薬】したと推測される。そうして、残された『金包蘭の根』をその場に置き去りにして、アナグニエ副学長はどこかへ行ってしまったんだ。
『エリクシール』は再生速度をあげる薬で、体の傷なんかは治せると思う。けれど、アナグニエ副学長の失われた下半身が『エリクシール』の効果で戻るとは考えづらい。たぶん、エインガナの身体が崩壊する直前で咄嗟におこなったのは、下半身が無くなっても生きていけるような体の構造に作りかえることだったんだと思う。だから、既に捨てたものを復活させるような再生は起こらないはず。
じゃあ、なんで『エリクシール』なんか作ったんだろう?
僕は疑問に思いながら、『金包蘭の根』を拾った。
【金包蘭の根】
効能:金包蘭による回復効果と副作用を減弱させる。
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どうやら、『金包蘭の根』には『金包蘭』の作用そのものをコントロールする効果があるようだ。なるほど。『エリクシール』の効果は『金包蘭の根』による抑制効果を取り除くことで、突出した回復効果を生み出してたんだ。とすると、アナグニエ副学長は『エリクシール』を開発する過程でこのことにも気付いていたに違いない。
「そこにおるのは、誰じゃ?」
僕らが振り返ると、そこにはハーブレット学長がいた。
「ハーブレット学長! お戻りになられてたんですね!」
「そなたらは、ハルガードとラディアではないか」
ハーブレット学長は僕らの姿を認めると、大仰に驚いていた。
「そなたらは、こんな所でいったい何をしておるんじゃ?」
アカデミーがこんな状態になってるんだもんね。その現場に僕らがいて、資材置き場なんか漁ってるんだ。状況的に考えれば、かなり怪しい。
僕らは、ハーブレット学長に事の経緯を説明した。昨日のアナグニエ副学長との戦いから、僕らが何故ここにいるのかとか。全部事細かにハーブレット学長へ話した。
「そういうことじゃったのか……よく無事じゃったの」
ハーブレット学長が、安堵の表情を浮かべて言った。
「いえ、ハーブレット学長こそお忙しい中、戻ってきて下さって助かりました。守衛さんから話は聞いてないのですか?」
「いや、ワシは出張からちょうど戻ってきたところでの。アカデミーに戻ってきたら酷い有様じゃったのでな。状況把握のために見回りをしとったんじゃよ」
僕が質問すると、ハーブレット学長は答えてため息をついた。まあ、こんな惨状だもの。ため息もつきたくなるだろう。
「ハーブレット学長は、どこに行かれてたのですか?」
「うむ。ワシは、友人から連絡を受けてな」
僕の質問に、ハーブレット学長は便箋をとり出して答えた。ハーブレット学長は話を続ける。
「なんでも、『エリクスの薬』が遺跡の中から発見されたようでの。昔の『エリクスの薬』は大変貴重な『フレングラス』を材料に作られたものじゃ。中身が使えるかは微妙じゃが、学術的な価値が非常に高い。持ち帰って、アナグニエ殿に話をうかがおうと思っとったんじゃが……」
ハーブレット学長は言って、肩を落とす。そのアナグニエ副学長がいま、姿をくらませてしまったんだ。せめて、逃げないようにラディアさんの持ってたロープで縛っておけばよかったのかもしれない。失敗したなぁ……。
とはいえ、アナグニエ副学長が居たとしてもそれどころじゃないか。
「ハーブレット学長。僕でよければ、その薬を見せていただいてもよろしいでしょうか? 僕は【薬識】を持っていますし、お役に立てるかもしれません」
「おお、そうじゃったな。とりあえず、現地で『エリクスの薬』であることは鑑定師に確認してもらったんじゃ。現在の『エリクシール』との違いなどが分かれば、教えてくれるかの」
僕の提案を、ハーブレット学長は快く承諾してくれた。そして、僕は桐箱に入った『エリクスの薬』をハーブレット学長から受け取った。
【エリクスの薬】
効能:生命力を補い、体力と魔力を徐々に全回復する。体力および精神力を充足させ、状態異常も解消する。
材料:フレングラス
レアリティ:★★★★★
これは驚いた。これは『エリクシール』と似て非なる薬物だ。『エリクシール』にあった副作用が、『エリクスの薬』では存在しない。体力と魔力を徐々に回復するから、たぶん魔力酔いも起きにくい。
「ハーブレット学長。これは大発見かもしれません。『エリクスの薬』と『エリクシール』は、違う薬品です」
僕が言うと、ハーブレット学長は驚いて目を丸くした。
「なんと、それはどういう事か!?」
ハーブレット学長が言う。それは、僕も聞きたいくらいだ。『エリクシール』と『エリクスの薬』は同じものだと、教科書にも載っていたのに。これじゃあ、まるで話が違ってくる。
「ハーブレット学長、ひとつお聞きしたいのですが。僕らは教科書から『エリクシール』と『エリクスの薬』は同一のものと教わりました。しかし、僕らが生まれる前……『エリクシール』が登場したとき、その話はどこから出てきたのでしょうか?」
僕はハーブレット学長にたずねた。僕も今まで当たり前のように信じてきた常識だったのだけれど……よくよく思い返してみれば神農様の祠に行った時、『エリクスの薬』の記述にちょっと違和感を覚えたんだよね。まあ、僕は『エリクスの薬』の材料を知らなかったから、そこだけ気になったんだけれど。それに、あの時はフィークさんの課題で頭がいっぱいだったしなぁ。
「……だいぶ前のことじゃからのう。あれはたしか、アナグニエ副学長から聞いたような気がするのう」
ハーブレット学長が顎髭をさすりながら言った。やっぱり、アナグニエ副学長か……なんだか、きな臭いな。『エリクシール』が関わることは大抵アナグニエ副学長に繋がってくる。『エリクシール』を開発したのがアナグニエ副学長だからそれは当然なんだけれど、なんて言うか……『エリクシール』にまつわることには色んな違和感がある気がする。
僕は、ハーブレット学長の顔をチラリと見た。ハーブレット学長が僕と視線を合わせて、頭に疑問符を浮かべる。
「あの、アナグニエ副学長が嘘を言ったり色々と工作していたり、という線はありませんかね……?」
こういう事は言わない方がいい気がするんだけれど、僕は言っちゃう性分だから仕方がない。案の定、ハーブレット学長が難しい顔をしてしまった。あー、やっぱり失言だよね。超極悪人とは言え、表向きは色んな面での権力者だもん、アナグニエ副学長。
「うむ。その線は、有り得る話じゃ。アナグニエ副学長に限ったことではないが、上流貴族には昔から、様々な黒い噂があるからの」
ハーブレット学長はそう言って、難しい顔のままで腕を組んだ。あれ、意外と真剣に取り合ってくれたぞ。よかった。
アナグニエ副学長の話から、僕も上流貴族たちには底知れない闇を感じているんだ。今回のエリクシール事件の首謀者はアナグニエ副学長だった。けれど、もしかしたら本当の敵は、彼ら上流貴族たちなのかもしれない。
魔王の存在だって上流貴族が作り出した幻想だし、『エリクシール』だってとんでもない秘密が隠されていたんだ。そのために、史実そのものを改ざんしてきても不思議じゃない。情報操作が上流貴族たちのお家芸だとしたら、相当厄介な話だぞ。
「まあ、その件はいずれ調査を進めておこう。こちらに任せておくがよい」
「はい。よろしくお願いします。それと、いま気がついたことなので、急なお願いになってしまうんですけど……」
僕は言って、ラディアさんの方をちらりと見る。ラディアさんは僕の視線に気付いて、小首を傾げた。
これ、すごく言い出しづらいな。それは、『エリクスの薬』の学術的価値がすごく高いっていうからなんだけど……実は、この『エリクスの薬』を素材としたアイテムが作れることに、僕は気が付いたんだよね。
「ハーブレット学長。この『エリクスの薬』を、僕に譲っていただきたいんです……ラディアさんを助けるためにも、お願いします!」
僕は言って、ハーブレット学長に頭を下げた。
「ハルガードよ、どういう事じゃ?」
「はい。実は、アナグニエ副学長との戦いの中で、ラディアさんに『エリクシール』を使わざるを得ない状況となりました。そのため、ラディアさんは『エリクシール』の効果により、寿命が縮んでしまっているんです。しかし、この『エリクスの薬』を素材に使った薬なら、その副作用に対処出来る可能性があるんです。だから、お願いします!」
ハーブレット学長の疑問に、僕は素直に答えた。『エリクスの薬』と『金包蘭の根』は、『ライフシール』という薬の材料になる。これは、【創薬】で作れるアイテムリストに出てきた薬であり、さらに僕は【薬識】によってこの薬が何なのか理解出来た。
【ライフシール】
効能:生命力を補い、寿命をのばす。また、一定期間、即死効果を持つスキルを受け付けなくなる。
レアリティ:★★★★★
この薬なら、『エリクシール』で縮んでしまったラディアさんの寿命を延ばすことができる。僕は、これまでにたくさん力を貸してくれたラディアさんを、どうしても救いたいんだ!
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2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
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