上 下
13 / 32

第13話 僕は菓子職人じゃない!?

しおりを挟む
 僕らはギルドを後にし、街へ繰り出していた。幸いにして、僕らの懐は暖かい。大体何でも買える状況だ。冒険の準備もあるけど、まずはフィークさんからの課題をこなさないといけないな。

「ハルガード君、ちょっとあそこ寄っていきませんか?」

 ラディアさんが指した先は、オシャレなカフェテラスだった。

「あそこのケーキ、凄く美味しいんですよ。甘いものを食べたら良いアイディアが出るかもしれませんし。どうですか?」

 なるほど。一理あるかもしれない。無闇にウィンドウショッピングをしててもしょうがないし。まずは、やる事をしっかり整理してから、買い物した方がいいもんね。

「それがいいね。やっぱり、冒険慣れしてる人がいると助かるなー」

 ラディアさんの提案に、僕はうなづいて答えた。ラディアさんは、ぱぁーっと顔を明るくして嬉しそうだ。

「それじゃ、行きましょう!」
「あ、ちょっと!」

 強引に手を引かれながら、僕はカフェ『アマテラス』に足を運んだ。

「ほら、見てください! あれもこれも美味しそうです! どれにしようか迷いますねー!」

 キャッキャと黄色い声を上げてはしゃぐラディアさん。凄く楽しそうだ。それにしても、ここは他とは雰囲気が違うお店だな。

 店内に入って真っ先に感じたのは、植物の香りだ。店内の壁面も木目調で、桜や松の枝が飾ってある。ショーケースには、緑や桃色のケーキが並んでいた。ディスプレイされているケーキ模型の断面には、まるで柘榴石に見紛う綺麗な小豆。本当に美味しそうだ。

「素敵なケーキ屋さんだね。ラディアさんはよく来るの?」
「いえ、結構お高い店なのであんまり来れないんですけど……今日は、お金に余裕がありますし、ハルガード君もいますから」

 そう言ってラディアさんは、ほんのり頬を染めながら屈託のない笑みを僕に向ける。そう言われてみると、そうかも。僕は視線を値札に向けた。ケーキひと切れに2000ルフ。一般的な一食あたりの値段は500ルフ程度だから、およそ四倍の価格設定だ。おやつにこの値段は中々だよ。

「いや、凄いね。『クリオロ』とか『ライフコット』とか……ほとんどが高級な食材を惜しげもなく使ってる。多少安価な素材を使ってるものもあるけど、意匠を凝らし、匠の技が揮われて見事な色合いを演出してる。これはお高いわけだ」

 僕には、このケーキの材料や製法までも見ることが出来てしまっていた。なまじ材料なんかが分かってしまうため、食べなくても何となく仄かに酸味があるのかなとか、癖のある苦味が売りなのかなとか。そんなことが想像出来てしまう。

 僕はひとしきりショーケースの中を眺めると、ラディアさんに視線を戻した。あれ、何かちょっぴり残念そうな顔をしている? 僕、何か悪いことしたかな……?

「ハルガード君には、ケーキの材料なんかも見えるんですか?」
「え、うん。まあ……」
「凄いんですね、【薬識】って。でも、何でもかんでも見境なく分析できるって言うのも、ちょっぴり寂しいかもしれませんね」

 寂しい、か……。そう思ったこと無かったけど、そういうものなのかな。そんな僕の考えをよそに、ラディアさんはショーケースを覗き込みながら言葉を続ける。

「なんて言いますか……想像の余地が少ないくて、寂しいなって思います。私なんかは、こうやって眺めてるだけで、このケーキはどんな味なのかなって考えたりだとか、実際に食べてみて見た目と中身のギャップに驚いたりとか出来ますけれど。ハルガード君は、そういう事を楽しめなさそうです」

 僕はラディアさんの言葉にドキリとした。言われてみると、そうなのかもしれない。未知との遭遇は、想像を膨らませる余地がたくさんある。その余地にこそ楽しみがあるというわけだ。

 僕にとって、ケーキはおやつというだけの代物だった。けれど、ラディアさんにとっては未知との出会いを楽しむツールなんだ。新しい商品、見慣れない商品というのは常に未知でいっぱいだ。それを一目で看破出来てしまうというのは、確かに寂しい事なのかもしれない。

「なんか……ごめんね」

 僕は自然と謝罪の言葉をこぼしていた。ラディアさんの言葉の意味を理解したら、何か悪いことをしたような気になってしまった。

「あ、いえ、謝らないでください! そういうつもりで言ったんじゃないんです。こちらこそ、すみません!」

 ラディアさんも僕に対して申し訳なくなったのか、あわてて謝ってきた。

 それはそうと、まさか僕のスキルにそんな弱点があったなんて。思ってもみなかったな。
 ラディアさんの視点は、僕にとっても大変興味深いものだった。

「えと、そろそろケーキを決めましょう。ハルガード君はどれにしますか? 私は『マッチャーズキ』にしようと思います」
「僕は『ライフコットランド』にするよ」

 僕らは食べたいケーキを決めると、店員のお姉さんに注文した。

「それにしても、ハルガード君。材料も作り方も分かるんですから、そのスキルがあればケーキ屋さんにだって成れちゃうんじゃないですか? 羨ましいです」
「え、いやー、それは流石にちょっと……」

 僕は、ラディアさんの提案に苦笑いで返した。材料と作り方が分かったとしても、僕には技術がないから。このケーキを作れる気はしないよ、さすがに……。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

絶対婚約いたしません。させられました。案の定、婚約破棄されました

toyjoy11
ファンタジー
婚約破棄ものではあるのだけど、どちらかと言うと反乱もの。 残酷シーンが多く含まれます。 誰も高位貴族が婚約者になりたがらない第一王子と婚約者になったミルフィーユ・レモナンド侯爵令嬢。 両親に 「絶対アレと婚約しません。もしも、させるんでしたら、私は、クーデターを起こしてやります。」 と宣言した彼女は有言実行をするのだった。 一応、転生者ではあるものの元10歳児。チートはありません。 4/5 21時完結予定。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

処理中です...