鬱蒼とした青。

雪乃都鳥

文字の大きさ
上 下
23 / 28
第四章〜この世で最も苦しいもの〜

「母」

しおりを挟む
 仕方なく家に帰ってきた。粘ってはみたものの、深琴は頑なだった。どうしてしまったのだろうか。どうして君が一番輝いていた世界から、埃っぽく薄暗い塔に戻ってしまったのか。
 朧月を見ながら皿洗いをしていると、おじいちゃんが話しかけてきた。
「道流、来なさい」
「わかったよ、これ終わったら行くね」
 だが、おじいちゃんは神妙な面持ちで今している事を中断しなさいと言った。
 どうしてだろうか、まるで怒られにいくみたいで密かに溜息をついた。

 テーブルに着くと、いつものおじいちゃんだった。椅子にもたれると、おじいちゃんは湯飲みに茶を淹れてくれる。それを最後まで見届けると、おじいちゃんは「昔話をしようか」と口を開いた。
 おじいちゃんの視線は、僕の胸元に合わさる。ペンダントだ。
「それは道流の母親があげた形見だろう」
 うん、と返事をする。
「道流は。母親、いや友恵ともえとの最後の記憶はいつじゃったか」
 僕は両手を固く握った。そして天井を見上げる。お母さんとの記憶の限界を探す。
「僕は、青い海を見て無邪気に微笑んでいる。それから」
 言い出して、少し呼吸が苦しくなった。
「それから、服の匂い。それから、体温。それから」
 胸元のペンダントを、天井ランプに透かす。
「このペンダント」
 断片的にいうことしかできなかった。おじいちゃんは、頷いた。
「道流が七歳くらいの時だった。友恵は、自分の死期がわかっていたのだろう。動物と同じで人間も自分が死ぬのを悟る生き物じゃ。友恵は、知らせもなくこの家に道流を連れてきてしばらくここで暮らした。今は遠い昔の話じゃがの」
 それから、まもなく息を引き取った。おじいちゃんはその後の話を全て僕にしてくれた。懐かしそうに語るおじいちゃんの話を、遮ることはできなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

エロ・ファンタジー

フルーツパフェ
大衆娯楽
 物事は上手くいかない。  それは異世界でも同じこと。  夢と好奇心に溢れる異世界の少女達は、恥辱に塗れた現実を味わうことになる。

輪舞曲(ロンド)

司馬懿仲達
現代文学
並木冬子は、二十五歳。商社に勤務して三年のOLだったが、上司のセクハラに、耐え兼ねて退職した。 そんな不遇の冬子に、出版社の編集部に勤める叔父から、ある有望な作家の秘書をしてくれと依頼される。 迷う彼女だが、背に腹はかえられず引き受ける。 作家の名は、副島龍三。三十六歳。 長身で痩せていて、従姉妹だという美少女と車椅子の少年と暮らしていた。 しばらくして、龍三の大学時代の恋人だった、流行作家、冴島奈緒子も同居することになり、今まで会ったこともない他人同士が、一つ屋根に同居することによる様々な人間模様。 冬子の奮闘が始まる。

誓い

時和 シノブ
現代文学
登山に訪れ、一人はぐれてしまった少年の行方は…… (表紙写真はPhoto AC様よりお借りしています)

秘密の恋に誘われて花が散る

藤崎 柚葉
恋愛
高嶺の花に触れてはいけない。その蜜はただの毒である。 約1800文字の甘く痺れる苦い恋愛物語。 憧れの女性と再会してしまった男性の葛藤を描く。

発露-SS-

煙 亜月
現代文学
ふつうの家に生まれ、ふつうの育ち方をし、しかし19歳になった今、新宿歌舞伎町——その雑居ビルの屋上でハイライトを吸っている。 ハイライトはいい。美味くも不味くもないし、何より略さずに呼ばれるからだ。 これまでに——今すぐお前に使うために暴力を学んだ。売って生計を立てるために情欲を学んだ。与えた苦しみを表現するために計算を学んだ。 じゃあ、今のおれにはどれが相応しいんだ——?

漱石先生たると考

神笠 京樹
歴史・時代
かつての松山藩の藩都、そして今も愛媛県の県庁所在地である城下町・松山に、『たると』と呼ばれる菓子が伝わっている。この『たると』は、洋菓子のタルトにはまったく似ておらず、「カステラのような生地で、小豆餡を巻き込んだもの」なのだが、伝承によれば江戸時代のかなり初期、すなわち1647年頃に当時の松山藩主松平定行によって考案されたものだという。なぜ、松山にたるとという菓子は生まれたのか?定行は実際にはどのような役割を果たしていたのか?本作品は、松山に英語教師として赴任してきた若き日の夏目漱石が、そのような『たると』発祥の謎を追い求める物語である。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

LINEに使う一言~飛行機雲・日常~

幸桜
現代文学
あなたは空を翔ける飛行機乗りです。 〝空〟その特別な空間の中で、日常を思い描きます。 『一言』と、『作者のちょっとした呟き』のコントラスト。 考えさせるもの、直球に伝えるもの。 あなたの飛行機は何処に向かって飛びますか?

処理中です...