変異の町―create new life―

家頁愛造(やこうあいぞう)

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第二章 二葉藍子

一家団欒

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 金属を高速で連打するかすような鋭い音が耳に入ると、爽やかな光の漏れる白いカーテンが目に入った。

 反射的に体を起こし、眠っていたベッドのヘッドボードにあるアナログ目覚まし時計に触れ、ベルを止めて時刻を確認すれば、二つの針は間違いなく午前六時四十五分を指している。

 もう朝になったの……
 
 窓の向こうから来る小鳥のさえずりが聞こえる中、眠りの余韻を残したままどこか一点を見つめて少しの間ボーッとした後、両腕を天へと伸ばし、上半身を反らして『うーん』と唸って軽いストレッチをした。

 意識を現実へと切り替え終わるとさっそく部屋を出て、踊り場の窓から光の射す、淡い茶色の階段を降りて洗面所へ向かった。

 まず最初にやること、それは食事ではなく身だしなみ。睡眠によって乱れた髪を整えることから一日が始まる。

 べつに気になるクラスメイトがいるというわけではないけど、自分はもうそんなに幼くはない。少しくらいは可愛くなりたいという人並みの女心くらいはある。
 
 酷い寝癖ね。
 
 鏡へと向かい、いかり肩まで伸びたボリュームのある髪をブラシとドライヤーで整え、お気に入りのヘアスタイルへと完成させてゆく。

 眉毛よりやや長い前髪を下ろして七三に分け、鼻のライン辺りにまで伸びた横髪は耳の内側へ通すと、ドライヤーで髪を全体的に後ろへ流してゆく。

 セットが整い、鏡に映った大きな瞳を見開いて左右を向いて確認し、最後に引き締まった表情を作ると、満足して朝一番の作業を終えた。

 「藍子、ご飯よ~!」

 その時、頃合いの良いところで母の呼ぶ声が聞こえた。

 「は~い、今行くから~!」

 急ぎ足で和室の居間へ向かうと、朝食が用意された大きな座卓に両親と祖父の三人がすでに着席しており、私が来るのを待っていた。

 皆に『おはよう』と朝の挨拶を交わして座布団へ座ると、その次は『いただきます』と家族みんなで合掌して食事を始める。
 
 「藍子や、新しい学校にはそろそろ馴染めてきたかの?」

 ご飯を口いっぱいにほおばっていると、右隣に座る祖父が笑顔で語りかけてきた。

 祖父はよわい七十の高齢者である。
 見た目こそ年相応な年季の感じる老人ではあるが、そのひょうきんともいえる陽気すぎる性格によってどこか少年のような雰囲気を醸し出している。
 なので自分にとっては年の離れた兄のような存在である。
 戦時中に少年時代を生き延び、猟師で生計を立て、その経験のせいか現代の大人たちにはあまりないような精神的なたくましさも見受けられる。
 でも本当のところは細かい所はあまり気にしないズボラな性格からして、ただ能天気なだけなのかもしれない。

 「う~ん、まだちょっと慣れてないかなあ……でも、玲子が一緒にいるから大丈夫よ」

 「藍子は本当に玲子ちゃんとは仲良しなんじゃのう」

 「まあね。玲子は家族みたいなもんだから」

 おじいちゃんの表情が何かニヤついてくる。
 私には分かる。これは何かよからぬことを企んでいる時の顔だ。

 「ところで、気になる男子はおらんのか?」

 ほーら、やっぱり仕掛けてきた!
 おじいちゃんの悪い癖がまた出てきちゃうんだから。

 「い な い わ よ!」

 おちょくられていると思い、ちょっと怒った呆れた様子で言い返してやった。

 「そんなこと言って、本当は隠しているんじゃないかの?」

 「そんなことあるわけないでしょ!」

 「年頃の子はそうやって誤魔化すからのう。わしも婆さんを見初めた頃は、誰にも気付かれぬようにこっそりと手紙のやりとりをしていたもんじゃ」

 「だからそうじゃないって言ってるでしょ!」

 バンと手のひらで机を叩く力強い音が聞こえた。

 「ほら二人ともさっさとご飯を食べなさい! 藍子、学校遠いんだから遅刻するわよ!」

 終わりそうにないしつこい会話のやり取りに、ついに母の怒号が飛んだ。

 おじいちゃんは一瞬で大人しくなり、何食わぬ顔で味噌汁をすすり始める。
 お父さんといえばおじいちゃんとまるで一緒で、触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに目線を下に向けて黙々と食事を続けている。
 この二人はやはり親子なんだなと実感する。

 お母さんはすごく几帳面でしっかりしていて、家庭のことは何でも一人でこなしている器用な人間だ。
 亭主関白という言葉があるけど、うちではその逆。
 きっと私はお父さんの方に似ているに違いない。
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