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第一章 相田一郎

メタモルフォーゼ

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 それは確かに見えた。

 確かに見えたはずなのにその現実とはかけ離れた視覚情報を認めようとしないせいか、脳が混乱してなかなか受け入れてくれない。

 この地球上のあらゆる図鑑にも載っていないであろう、進化や生態系を根本から否定し、多様性すらも外れた未だかつて見たことのない禍々しい生命体だ。

 人類が長い時間の中で受け継がれてゆく、遺伝子という記憶に刻み込まれている未知の存在への感情、それは好奇心ではない。

 本能で分かる……これは危険なものだ!!

 木なのかイカなのかタコなのか、もはやそんな水準のものではない。
 ヌメヌメした粘液質に覆われた『何か』だ。

 地面から直立し、薄紫に染め上げられた蛇腹模様の張りのある胴体に無数の触手が生えていた。
 それはまるで巨大なミミズの木であるかのように。

 高速走行と霧のせいでわずか数秒しかそれを目視できなかったが俺は確かに見たんだ……
 確信を持って言える。

 あの触手は動いていた●●●●●!!

 これは一体どういうことなのだろうか?
 脳の整理がまだ追い付かない。
 あの場所は確か、俺が通勤時に何度も目撃した不気味な木があった位置だ。
 
 だが、あれは確かに奇妙ではあったものの、まだ木だと認識できる程度のものだった。
 それが今、この有様は何だ?
 あれからまだ一時間も経っていないんだぞ!
 全く異質な生命体だ、もはや確実に植物の範疇から外れている。とても同じ物体だとは思えない!

 きっと誰かが同じ場所に植え替えたんだろう。

 ――それは誰が? いつ? こんな短時間で? こんな辺境の町で? あんな得体の知れないものを? そもそも何のために?

 違う……
 そうじゃない……

 頭の中で点と点が一つの直線となった。
 もうこれ以外に原因を考えられそうにない。とても信じられないが、辻褄を合わせるにはこう結論づけるしかないだろう。
 
 名残りがある。大きさも形状も……

 進化したんだ……物凄い速さで!!

 不快感が止まらない。吐きそうな気分だ。
 車の加速と重なるように不安と恐怖が増加してゆく。
 人々が、そして母さんが謎のウイルスと思われるものによって精神汚染されていく中、追い打ちをかけるように理解し難い負の現象がまた新たに起きてしまったのだ。

 そして俺は何かを察し始める。
 
 これは偶然なのだろうか●●●●●●●●●●●

 同じ日にこれ程までの極めて珍しい出来事が重なる確率はどのくらいだろうか?
 もしこれがただの偶然だとすれば、限りなく0%に近いのではないだろうか?
 再現できない程の幾つもの偶然が重なった時、大体の場合はそこに何らかの連続性や因果が隠されている。

 これは必然だと考えるべきではないだろうか●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

 予感だ。それが何かは分からないが、とてつもなく恐ろしい何かが始まろうとしている予感がする。

 もしかするとそれはもう始まっているのかもしれない。
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