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第一章 相田一郎
歪んだ木
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渋滞で特にストレスを感じることもなくこの町唯一のショッピングセンター前を通り抜けてさらに進んでゆくと、ここからは長い一本道となる。
いわゆる郊外というやつでここまで来ると店や民家はほとんどなくてせいぜい労働者向けの個人経営の飲食店がいくつかとガソリンスタンドが一軒だけこの99号線沿いにある程度だ。
車内から右側を覗けばガードレールの向こうにそれはそれはこの上なく美しい日本海が遥か彼方まで広がっている。
今日はとても天気が良いので尚更その美しさに磨きがかかる。雲の少ない鮮やかな青空、それに波も穏やかときた。最高の条件だ。
この通りは建築物がほとんどないので視界を遮るものもなく、この大空と大海のパノラマを目一杯存分に堪能できる。
大きな緩いカーブを高速で抜けてゆく。気持ちの良いドライブだ。やはり自然は素晴らしい。自然とは地球の宝、不変の存在、人類が滅んだ後もそれは残り続ける。そして…
!?
なんだろう? 何かを感じる。
なにか変なもの、不自然なもの、奇妙なもの…
木だ。
近づくにつれて大きくなってゆくそれを観察するために思わずアクセルを緩める。視線の先は海岸沿いの浅い草の茂みに何本か生えているうちの一本、二階建ての家くらいの背丈の木。周りの別の木と同じくらいの大きさだ。
葉のない本体と枝だけの灰色のそれからは生命力を感じない。だが、こういう木はわりとどこにでも見かける。俺が気になったのはそこじゃない。
とにかく枝がおかしい。無数の枝が異様にクネクネと曲がっている。先端に至ってはカールしてるじゃないか。まるで自由自在なタコの触手のようだ。よく見れば本体のほうもどことなく捻れているようにも見える。
しかもなぜだろう? なぜこの一本だけそうなってる?
ほかの木はどれも葉を茂らせた健全な成長を遂げているというのに。
外来種かな?
何度もここを通っているというのに今まで見た記憶がない。
いつの間にこんなものが……誰かが植えたのだろうか?
なんのためにわざわざこんなものを、一体何がしたいのか……
嫌なものを見た気分だ。
台無しだ、この美しい景色と似つかわしくない。できれば撤去してもらいたいと思う。
気分を取り直しアクセルを踏み込む。もうすぐ職場だ、今日もまた仕事が始まるのだから。
脇道へと曲がり少し進むとこの町の工業地帯へと入った。
いくつかの大小の工場が建ち並ぶが、俺の勤め先はとりわけその中でも小さな鉄工所。
だが創業から百年以上経過しているらしく無駄に歴史は長い。
従業員は14名。昔はもっと多かったらしいがこれも過疎化の影響か。
当然俺がこの中で一番若い。
出入り口の貧相な錆びついたゲートを通過し、所々雑草の生える、砂利が撒かれた駐車場へと車を停めるとタイムカードを押すために事務所のある大きめのプレハブ小屋へと向かう。
まず最初にこれから今日一番の大仕事が始まる。
それは「挨拶」だ。
ただでさえ大きな声が出せないというのに朝はますます声が出ない。特に「おはようございます」の低いイントネーションは発音しにくい。
いつも事務所にいる社長はとにかく挨拶に厳しい体育会系の男だ。昔ながらの昭和中期のオッサン。
この男を怒らせると少し厄介になる。なぜなら精神論の説教が始まるからだ。聖徳太子の話はもうたくさんだ。
だが挨拶さえちゃんとやれば後は問題ない。仕事の内容までは首を突っ込んではこない。
さあ行くぞ。
いわゆる郊外というやつでここまで来ると店や民家はほとんどなくてせいぜい労働者向けの個人経営の飲食店がいくつかとガソリンスタンドが一軒だけこの99号線沿いにある程度だ。
車内から右側を覗けばガードレールの向こうにそれはそれはこの上なく美しい日本海が遥か彼方まで広がっている。
今日はとても天気が良いので尚更その美しさに磨きがかかる。雲の少ない鮮やかな青空、それに波も穏やかときた。最高の条件だ。
この通りは建築物がほとんどないので視界を遮るものもなく、この大空と大海のパノラマを目一杯存分に堪能できる。
大きな緩いカーブを高速で抜けてゆく。気持ちの良いドライブだ。やはり自然は素晴らしい。自然とは地球の宝、不変の存在、人類が滅んだ後もそれは残り続ける。そして…
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なんだろう? 何かを感じる。
なにか変なもの、不自然なもの、奇妙なもの…
木だ。
近づくにつれて大きくなってゆくそれを観察するために思わずアクセルを緩める。視線の先は海岸沿いの浅い草の茂みに何本か生えているうちの一本、二階建ての家くらいの背丈の木。周りの別の木と同じくらいの大きさだ。
葉のない本体と枝だけの灰色のそれからは生命力を感じない。だが、こういう木はわりとどこにでも見かける。俺が気になったのはそこじゃない。
とにかく枝がおかしい。無数の枝が異様にクネクネと曲がっている。先端に至ってはカールしてるじゃないか。まるで自由自在なタコの触手のようだ。よく見れば本体のほうもどことなく捻れているようにも見える。
しかもなぜだろう? なぜこの一本だけそうなってる?
ほかの木はどれも葉を茂らせた健全な成長を遂げているというのに。
外来種かな?
何度もここを通っているというのに今まで見た記憶がない。
いつの間にこんなものが……誰かが植えたのだろうか?
なんのためにわざわざこんなものを、一体何がしたいのか……
嫌なものを見た気分だ。
台無しだ、この美しい景色と似つかわしくない。できれば撤去してもらいたいと思う。
気分を取り直しアクセルを踏み込む。もうすぐ職場だ、今日もまた仕事が始まるのだから。
脇道へと曲がり少し進むとこの町の工業地帯へと入った。
いくつかの大小の工場が建ち並ぶが、俺の勤め先はとりわけその中でも小さな鉄工所。
だが創業から百年以上経過しているらしく無駄に歴史は長い。
従業員は14名。昔はもっと多かったらしいがこれも過疎化の影響か。
当然俺がこの中で一番若い。
出入り口の貧相な錆びついたゲートを通過し、所々雑草の生える、砂利が撒かれた駐車場へと車を停めるとタイムカードを押すために事務所のある大きめのプレハブ小屋へと向かう。
まず最初にこれから今日一番の大仕事が始まる。
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ただでさえ大きな声が出せないというのに朝はますます声が出ない。特に「おはようございます」の低いイントネーションは発音しにくい。
いつも事務所にいる社長はとにかく挨拶に厳しい体育会系の男だ。昔ながらの昭和中期のオッサン。
この男を怒らせると少し厄介になる。なぜなら精神論の説教が始まるからだ。聖徳太子の話はもうたくさんだ。
だが挨拶さえちゃんとやれば後は問題ない。仕事の内容までは首を突っ込んではこない。
さあ行くぞ。
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