永遠のヴァンパイアと海の恋人

七瀬渚

文字の大きさ
上 下
6 / 11

6.再会

しおりを挟む

 入り組んだ街並みを抜けてついに道が開けてきました。潮風に飛ばされそうな帽子を片手で押さえながらスノウは真っ直ぐ前を見据えます。穏やかな海。月の落とした蜜が海面にとろりと溶け出しています。
 今こそ待ちわびたとき。救いになれたらそれに越したことはない。でももし拒絶されたとしてもいいんだ、一目その姿が見られたなら……スノウはそんな思いでいました。

――姫。

 夜が好きだと言っていた姫。それは今も変わらずにいてほしい。願いを込めて呼びかけてみます。高まる想いはスノウの身体に再び変化をもたらしました。全身からみなぎるヴァンパイアの波長。人ならざる者の能力。血潮の瞳が懇願します。普段は閉じ込めておかねばならない全てを遥か彼方へ送り込むように。

「応えておくれ、僕の姫……!」

 実に一方的かつ身勝手な言葉だと知りながら、口にせずにはいられませんでした。直後に凪が訪れました。うねる砂に足を掴まれたのもほぼ同時です。

――――!

 息の飲む頃にはもう遅くて。ずぶずぶと砂に飲み込まれたスノウの身体はもう上半身しか動かせません。だけどスノウはこんな事態にも希望を見たのです。海と砂を自在に操る、この能力を持っている者は人魚の中でも限られた者だけであったはずと知っていたから。

「まさか私を呼んだんじゃないよね?」

 冷たい声を受けてスノウはすぐに顔を上げました。人魚が一人、砂浜から少し離れた岩の上に居ました。
 あの頃とは違う声。あの頃とは違う身体。だけど艶やかな青い髪も漂う気品もあの頃のまま。そして今も胸に光っている。変わったものと変わらないものを同時に受け止めたスノウに変化が起きました。目頭が熱を持ったのです。もう二度と潤うことはない思っていた瞳、そこがみるみるうちに光を帯びていきます。

「僕が呼んだのは君だよ。君以外にいない」

「どうして」

「やっと記憶を取り戻したから。誰よりも先に恩人である君に逢いに行こうと決めていた」

「恩人? なんのことだか知らないけど、君の目的ならわかったよ。人魚の生き血探しだね。君も欲望の為に私を利用する気なんでしょう」

 湿った前髪を搔き上げ、蔑んだ目で見下ろす人魚。だけどその声は何処か切羽詰まっていて、まるで小動物の威嚇のようです。両腕で砂を押し分けるスノウも諦める気はありません。

「僕は人間じゃない。幼い頃、君に助けてもらった吸血鬼だよ」

「そう。ならますます信用できないね。母から聞いたよ。吸血鬼が人魚の血を吸うと、不老不死になるだけでなく絶対無敵と言っていいくらいの能力まで手にするって。正直に言いなよ。君はそれが欲しいだけなんでしょう!? 人魚は他の種族の影響を受けないから、仲間にする為の儀式も必要無い。ただ利用するだけの道具としてはちょうどいいもんね」

「まずは受け取って。これを……!」

 スノウは片手で荷物を手繰り寄せ、中からピンクの薔薇を一輪取り出して放ちました。それはあとわずか海には届かず砂の上で乾いた音を立てて落ち着きました。
 人魚は静かに見つめていました。吸血鬼と薔薇を交互に。そして次の瞬間、悶えるようにかぶりを振りました。精一杯と思しき声で叫びました。

「要らない。そんなの要らない! 今すぐここから立ち去ると誓え!! さもないと今ここで息の根を止めてやる。私だって仲間を守らなくてはいけないのだからね!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

【完結】元妃は多くを望まない

つくも茄子
恋愛
シャーロット・カールストン侯爵令嬢は、元上級妃。 このたび、めでたく(?)国王陛下の信頼厚い側近に下賜された。 花嫁は下賜された翌日に一人の侍女を伴って郵便局に赴いたのだ。理由はお世話になった人達にある書類を郵送するために。 その足で実家に出戻ったシャーロット。 実はこの下賜、王命でのものだった。 それもシャーロットを公の場で断罪したうえでの下賜。 断罪理由は「寵妃の悪質な嫌がらせ」だった。 シャーロットには全く覚えのないモノ。当然、これは冤罪。 私は、あなたたちに「誠意」を求めます。 誠意ある対応。 彼女が求めるのは微々たるもの。 果たしてその結果は如何に!?

処理中です...