tomari〜私の時計は進まない〜

七瀬渚

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第2章/記憶を辿って(Tomari Katsuragi)

37.わかってないのは私だけ?

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 あまり覚えていないとは言っても、こうして話してみると記憶の内容がある程度整理されてくるものだ。

 残りわずかになったクリームソーダはわずかにクリーミーな味がする。なんて口に出したら当たり前じゃないかと言われそうなのだが、今まで炭酸のたぐいは大抵“パチパチ”しか印象に残っていなかった。
 どうやら私は、あの人との思い出に浸ると味がハッキリ感じられるらしい。一体いつからこんな奇妙な体質に。

 最後の一口を吸い終えたところで顔を上げた。グラスの中で氷がカランと涼やかに鳴る。

「私が覚えているのは大体こんな感じで……」

 言いかけて私はすぐさま驚いた。

 ぐす、と鼻を啜る音。和希が目の下をティッシュで荒っぽく拭っているではないか。
 何があった。恐る恐る声をかけてみる。

「か、和希……?」

「おう!」

 返事したそばから再びだばぁと大量の涙を放出する彼女。それも真顔のまま。
 どうしよう、なんだかわからないけど只事ではなさそうだ。私はオロオロするばかり。

「大丈夫か」

「私は大丈夫だけどよぉ……! こんなの千秋さん泣くだろ!」

「え、えぇ……」

 そして困惑だ。その言い方だと原因は私にあるようではないか。地元の花火大会を思い出し感極まったと彼は言っていたのだが……違うのか?

「やはり迷惑だったのだろうか。本当は早く帰りたかったとか」

「そんな訳ねぇだろ」

「楽しくなかったとか」

「楽しいに決まってるだろ!」

「では何故……!?」

 和希の言いたいことが読めない。これまでだって会話が食い違ったことは何度もあるから今更とも言えるが、今回は特にピンときてくれない。困った。
 私がそんな状態でも話は進んでいく。


「あんたさ、特別な光景を共有された側がどんな気持ちになるか考えたことあるか」

「それは花火のことだろうか?」

「そうだよ。早く仕事終わらせて帰りたい、絶対見逃したくないと思うくらいあんたは楽しみにしてたんだろ。誘われた千秋さんは、そこに自分がいる意味を考えたりしたんじゃないのか」

「何故だ? 花火が上がっていれば花火に集中するものではないのか。意味とはなんのことだ?」


 問いかけの後に静けさが訪れると、それがほんの数秒であっても心細くなる。

「それは……」

「和希、やはり私が変なのか……?」

 スムーズな会話も成り立たないほどに。そう思ってしまうからだ。

 和希はなんだかばつが悪そうな顔をして後頭部をポリポリとかいた。
 目だけでこちらへ向き直りすぐ詫びてくる。

「いや、価値観は人それぞれだよな。押し付けがましく聞こえたならわりぃ」

「こちらこそ気を遣わせてすまない」

「ただ、この際だからあんたも一応覚えておいた方がいいと思う。“何を見るか”よりも“誰と見るか”を大切にしている人間もいるってことを」

「誰と、か。つまり千秋さんは……」

「後者だろうな。あんただってハンパない人混みの中でいくら綺麗なものを見たって集中できないタイプだろ。静かな場所であることが大事。その感覚に似てるんじゃねぇか」

「なるほど」

 確かにそう説明されれば多少はわかる気がする。価値観の違いというのは本当に軽視できないものだと実感した。
 自分と同じように見えているとは限らないと、私も今後は肝に銘じなくてはなるまい。

「しかし妙だな。“地元の花火大会を思い出した”って千秋さんは言ったんだろ」

「そうだが?」

「ん~……あっちにも花火大会なんてあるのか。聞いたことねぇけどな」

「そう、なのか?」

 私は首を捻った。
 和希は千秋さんの地元を知っているんだろうか。そんな口ぶりに聞こえるのだが。

「あとなんで“ダニエル”なのかだよなぁ」

「ダニエルがどうした」

「あ、いや。こっちの話」

 さらりとかわされてさすがにモヤモヤした。

 さっきからあっちとかこっちとか、一体なんのことだ。ぼかすなんて和希らしくもない。
 そうは思うのだけど、私はどんな切り口で問いかけるかを考えるのが苦手だった。

「まぁいいや。その後のことも聞いていいか。例えば北島の反応とか。私はあいつに男と間違われて一方的に突っかかられたから、ぶっちゃけムカツク野郎っていう印象しかなくて、詳しいことまではわかんねぇんだよ」

「ああ、和希を巻き込んでしまってすまなかった。肇くんをあんなにも傷付けてしまうとは思わなかったから……」

「すでに突っ込みどころは満載だけど、とりあえずそれは片隅に置いとくことにするよ。北島が関わってきたことで、千秋さんとも離れざるを得なかったんだろ」

「肇くんは悪くない」

「悪いとは言ってねぇよ。悪者探しが目的じゃねぇんだ、この話は。何せいくつもの誤解が発生してるせいでこんがらがってるんだからな」

 和希はストローを軽く指でよけ、グラスに直接口をつけると残りのクリームソーダを一気に飲み干した。見届けてから私はそっと閉じた。

 胸が苦しくなる記憶だ。
 きっと私に何かしらの落ち度があった。それはわかるのだけど、具体的なところまではまだ理解できていない。
 和希と一緒なら……きっと。
 喉に力を込めてから再び彼女を見つめた。

「こんがらがったもの、ちゃんとほどけるだろうか」

「やってみるしかねぇだろ」

 彼女は少し眉を寄せ、それでも豪快な口調で言った。
 その通りだな。“無意識の領域”とは未知の世界。手探りでもぎこちなくても、手を伸ばさなきゃ何も掴めないのだ。
 覚悟を決めて、あの頃に思いを馳せた。
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