あたしが大黒柱

七瀬渚

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第4章/理解を得るのは困難で

2.おかえり

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 こっち、と外に案内されて花鈴ちゃんが車で来てたことがわかった。詳しいことは移動しながら車内で話すらしい。ちょうどまだ着替えてなかったあたしはそのままの姿で乗り込んだ。

 何せ突然のことで慌ててたからうっかりマフラー置いてきちまったけど……せっかく来てくれた花鈴ちゃんを待たせる訳にもいかねぇ。不安になってる場合でもねぇ。お守りが無くたって必ず蓮に辿り着いてみせると懸命に自分を奮い立たせた。


「蓮は金持ってんの?」

 出発前にそう聞かれたから大体これくらいだろうって金額を伝えた。生活費に回す分はあたしの口座に纏めて貰ってたから、蓮の口座に残ってたのは小遣い程度だったはず。でも魚たちと亀の餌を買うくらいにしか使ってないだろうから、多分多くて3万くらいだろうって。

「タクシーって線はなさそうね。そんな金額じゃ出られても隣県の端っこくらい。バスもないと思うわ。蓮はね、バスの運転手を怖いって思ってるからあまり乗りたがらないの。なんか昔、両替するタイミングがわからなくて降りる寸前にしようとしたらモロに嫌な顔されたらしくてさ、あいつそういうの過度にビビっちゃうんだよね」

「ってことはやっぱり電車……」

「それかまだ市内に居るかもね。外を1人で歩くのは慣れてないはずよ。知ってる範囲くらいしか移動しないと思うわ」

 国道をしばらく進んだところで車の速度が緩やかになった。花鈴ちゃんが顎で1つのビルを示す。

「蓮が知ってる宿泊施設ならここ。一緒に住んでたとき私の買い物に付き合ってもらったんだけどさ、大雨に降られて帰りの交通が麻痺して、仕方なくここに泊まったのよね。宿泊費安いから、2、3日ならなんとかなりそうよ」

「あたし聞いてきます!」

「教えてくれるといいんだけどね。あともう警察が聞いてるかも知れないけど、念の為行ってみた方がいいと思うわ」

「ありがとうございますっ!」

 歩道へ寄せてもらった車からあたしは降り立った。花鈴ちゃんは邪魔にならないところへとまた移動していく。


 ビジネスホテルのフロントで蓮の名前を出し、ここに来てないか聞くと、スタッフさんは少し困ったような顔をした。まぁしょうがねぇだろうな。客の情報なんてそう簡単に教えらんないだろうから警戒くらいするだろう。

 警察に電話して伝えてもらった方がいいか……そう考えていたとき、そういう名前の人は宿泊してないと返事が来た。名簿に無いってことか。あたしは諦めてビジネスホテルを後にする。


「……来てないです」

 迂回して戻ってきた花鈴ちゃんの車に乗り込みそう伝えると、小さなため息が聞こえた。でも花鈴ちゃんはもう気持ちを切り替えたように次の場所を提案する。


「あとは漫画喫茶、この辺なら2つはある。ショッピングモールも一応行ってみようと思うわ」

「金が尽きたらあいつ……どうするつもりなんだろう」

「知らないわよ。野宿でもする気なんじゃない?」

「もう寒くなってきてんのに……」

「ああもう、金が尽きたときの心配しててもしょうがないでしょ、おばさん。そうしてる時間にどんどん手がかりの場所を当たっていった方がいいわよ!」

 そうしてあたしたちは街中を次々と進むことになった。思考力の低下しているあたしを花鈴ちゃんは的確な動きで導いてくれる。なんだよ、凄く頼りになるじゃねぇかと思った。


「蓮のうじうじしてるとこ、イラついちゃう気持ちもわかるけどね……」

 ショッピングモールの駐車場。花鈴ちゃんがおもむろにサングラスを取り出した。中折れ帽子も頭に乗せる。そうだな、今やテレビにも出まくってる芸能人なんだ。これはこれで只者じゃないオーラが漂ってるように感じるけど。

 まだ昼メシも食ってない。あたしたちはここのカフェで休憩することにした。


「あいつさ、本当は出来ることいっぱいあるはずなのよ。だけど自分に自信失くしちゃってるから、何もかも自分には無理だと思い込んじゃってるとこがあるの」

「わかる。あたしもなんとかあいつの自信を取り戻してやりたくて必死になってた。ちょっと押し付けがましくなってたかも」

「加減が難しいわよね。何処までプッシュしていいのか私も結局わかんなかったもん」

「でも怒鳴るのはやっぱ駄目だったなって……」

「私も人のこと言えないけどね」


 サンドイッチを一口嚙った花鈴ちゃんは頬杖をつき、また気怠いため息を零した。気の強い女がこうして2人、難題を前に悩んでる。


 少なくともあたしは、どんなに難しいことに直面しても立ち向かうのが当たり前だった。ヤンキー時代に喧嘩だって幾つも経験した。拳でやり合うか話し合うか、そのどっちがだった。

 だから相手を怒らせたら失踪するっていう思考がどうしてもわかんねぇ。大好きな奴のこと、なんでも共感してやりたいけど、無理な範囲もあるんだって痛感してる。

「まだ幾つか回ってみるけど、後は警察の力を信じるしかないわね」

 花鈴ちゃんの一声で次へ向かうべく気合いを入れ直した。全部わかってやることは出来なくても、再会できたときは蓮の話を沢山聞いてやりたいと思った。



 結局その後、蓮を確実に見たという声は聞けないままだった。似た人なら見たような気がするって声はあったんだけど、服装が違ったんだよな。明らかに蓮の格好じゃなかった。


「おばさん、降りるのここでいい? 私、この後用事があるの。悪いわね」

「大丈夫だ。本当にありがとうございます、花鈴さん」

「なんかあったら連絡して。なるべく出られるようにしとくから。私も何かあったら連絡してあげるわ」

「ああ、本当にありがとう! 恩に着るよ」


 日は暮れてもう夕方。この1日でだいぶ打ち解け合い、連絡先まで交換したあたしたちは、自宅最寄り駅から見て職場方向とは逆の位置で別れた。駅もすぐ側。あんま歩き慣れない場所だけど、警察署と市役所が近いってことは知ってる。数駅でまた自宅に戻ることが出来る距離だ。

 走り去る車を見送った後、疲れがどっと押し寄せた。

 だいぶしんどいけど、帰りに隣駅の警察署に顔出してみるかな。急かしてるみたいになっちまうかな。

「…………!」

 そんなことを考えたばかりなのに、あたしは夕暮れ時の紫色した街中へふらりと歩き出した。凄く惹きつけられる光景があったからだ。

(こんなところにもペットショップが……それも魚たちの種類が多い)

 窓際からでもはっきり見える沢山の水槽。ネオンテトラにグッピーにエンゼルフィッシュ。あいつの好きな魚ばかりがいっぱい、伸び伸びと泳いでる。

(一緒に来たかったな……)

 あたしの中に浮かんでくる言葉が過去形になっているのに気付いて涙が滲んだ。人目もはばからず唇を噛み締め、氷のようなショーウィンドウを片手で撫でる。肩が、震えてくる。

「もう、駄目なのかな、あたしたち。このまま……ずっと……」

 すん、と鼻を啜った。そのとき店の自動ドアが開く気配がした。

 ありがとうございましたーという店員さんの声を聞いて少し我に返った。こんなところで硝子にへばりついて泣いてる女なんて気持ち悪いよな、と思いきびすを返した。観念して帰る気だった。




 葉月……ちゃ……




 気のせいかと思うくらい小さな声を背中に受けるまで。





「…………蓮」



 気のせいなら、しょうがない。そんなつもりで振り返った。


 だけどそこには彼が居た。

 幻でもなんでもない、確かな姿で。


 思った通り、白いパーカーとストレートデニム、麻のトートバッグを肩にかけている。イヤーマフももちろん。


 眉を寄せ、驚きながらも泣きそうな顔であたしを見てる。



「蓮……なのか? 本当に、お前なのか?」


「葉月ちゃ……僕……」


 こんな近くに居たのに何故見つけられなかったんだろう。プロの力だって借りてるのに。そんな考えもすぐに夜空へ砕けた。

 静かに、だけど力強く、あたしは蓮を抱き締めた。おかえり、と、一言だけ言った。

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