あたしが大黒柱

七瀬渚

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第2章/恋人時代はこんなんで

14.正反対の兄弟

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 10月にあたしのマンションを蓮が訪れ、間取りを確認してもらった。

 不思議そうに室内を眺めるばかりだったけど、水槽の位置、家具をどう動かすかなどを1つ1つ説明していくうちにある程度は飲み込んでくれたらしい。少しずつ表情が柔らかになっていった。


 そして11月中旬。出会いから約半年目というキリの良さもあって、蓮の実家へ向かうことが決まった。今までの訪問とは訳が違う。顔合わせの為だ。

 これまであえて予定をずらしていたのだろう男性陣が全員揃っているそうだ。みんな本来なら休日の人付き合いも多い環境に居るらしいんだけど、なんとかして予定を合わせてくれたらしい。

 レンタカーで到着したのは今までと同じくらいの時刻の昼過ぎ。


「はっ、初めてまして! 茅ヶ崎葉月と申します。今日は宜しくお願い致します……!」


 ママさんもいるから大丈夫! と思ってたけど、いざ勢揃いしたご家族を目の前にしたら見事に声が上ずった。

「よく来てくれたね。面接じゃないのだから、どうか楽にして下さい」

 玄関先で何度も頭を下げるあたしに、如何にも知的な雰囲気の蓮パパ・利仁さんが微笑む。実年齢聞いてないけど背筋がシャンと伸びていて若々しい。眼鏡の奥は優しい色。ちょっと癖毛なのか、斜めに分けた黒髪がワルツのようにふわ、ふわ、と風に揺れる。

「初めまして、茅ヶ崎さん。長男の葉山翼と申します」

 挨拶のお手本といった完璧な振る舞いの翼さんは、清潔感のあるシンプルな髪型、きれい目な服装が似合う好青年だ。眼鏡をかけているから余計そう見えるのか、パパさんによく似ている。

「……宜しくお願いします」

 逞しい見た目の割に小さな声で返したのは弟の陸さん。晩秋でもこんがり日焼けした肌に茶色の短髪。背は一番高い。私服でもスポーツマンらしさ抜群だ。こちらには目を合わせたものの、蓮の方はちらりちらりと時折伺う程度。あたし以上に兄に対して緊張しているのがわかる。やっぱりまだ複雑な心境なのかな。


 部屋に案内された後もあたしの脳内はフル活動。静かな蓮の横で結構な量の汗を滲ませてた。

(思いっきりパンツスーツで来ちゃったけど、しとやかなワンピースとかの方が良かったんじゃあ……)

 よく考えて決めたはずなんだけどな。デキる女気取りに見えないだろうかと今更心配になる。


 事実自分ではバリキャリだと思ってるけど、予想以上に昇進してきたからこその心配事。出る杭として打たれてきたからこその不安。

 更に相手はエリート家族。ママさんはあたしに見慣れてると思うんだ、多分。だけど男性目線から見るとどうなんだろうと思っちまう。


 蓮は服の締め付けが大の苦手だから、今日は大きめのシャツとジャケットを羽織っている。下は黒のスラックスだ。目にかかっていた前髪も少し短く切り揃えてやった。

 彼も服装について勉強したんだ。この先の冠婚葬祭、可能な範囲でだけど出ることはあるかも知れないし多少の慣れは必要。しょうがねぇ。だけど本人が頑張ろうとしてるから、出来るだけ新しいことにも挑戦させてやりてぇんだ。


 部屋の中に案内されたとき、一瞬模様替えをしたのかと思った。

 この場に集まったのはあたしを入れて計6人。いつもの硝子のテーブルの席じゃ狭いからだろう。ソファと大きな木製のテーブル、その向かいに椅子が3つ集められている。

 陸さんは当然といったふうに椅子の方へドカッと腰を下ろす。パパさんとママさんも隣へ続く。

 最後についてきた翼さんは悪いねと苦笑しながらソファの端に座った。こっちこそ悪いな! と思いつつも客の立場じゃどうしようもない。あたしと蓮も同じソファに座らされる。程よい反発具合の座り心地。だけどくつろぐ場ではないとあたしは背筋を伸ばす。

「葉月さんが良かったら、今夜はみんなでレストランに行こうと思うんだ。どうだい?」

「はっ、はい! お誘いありがとうございます!」

「ふふ。元気が良くて頼もしい女性だね。本当にそんな畏まらなくていいんだよ。葉月さんがどんな人か知りたいから、楽にしてもらった方が助かるくらいだ」

 パパさんは優しい笑顔でそう言ってくれるんだけど……加減が難しいんだよなぁ~。


 ママさんがルイボスティーとお手製のパウンドケーキを用意してくれた。やべぇシャレオツ。香りが空気全体の色まで変えていくみてぇだ。

「葉月さんは、葉山の家に嫁いでくれるつもりでいるのかな?」

「はい! そのつもりでおります」

「ありがとう。男ばかりの暑苦しい家庭だけど宜しく頼むよ」

 大丈夫だ、パパさん。ここにあたしの知ってる類(たぐい)の男くささは無い。ヤンキー時代に男連中とばかりつるんでたからわかる。

 あれはあれで嫌いじゃなかったけど、ここは恐れ多いくらい洗練されてる。ティーカップがここまで似合う男性陣を今、初めて目にしてるんだぜ……! あたしの男くささの方が浮くんじゃねぇかと心配だよ(女だけど)


 嫁に行くかどうかって点は、あらかじめ答えを決めてた。

 あたしの実家は見事な放任主義で、長女だから婿を取れなんて言われることも無い。だからどっちでもいいってのが本音だけど、曖昧な返事は誠意に欠けると取られる可能性もあるだろ。実際覚悟は出来てる。


「うちには勿体ないくらいのお嫁さんだね」

「本当。まさか蓮がこんな素敵な人と縁を持つことが出来るなんて」

「蓮の体調のことも気遣ってくれたと聞きました。本当にありがとうございます」


「い、いえ……!!」


 あまりにも優しい言葉が飛び交ってあたしの頭の中はぐるぐるする。だけどあたし、こんな状況でも案外観察力は衰えないんだ。


「こちらこそ宜しくお願い致します。家族の一員として責任を持ってやっていきます」


 ご家族全員の顔を見渡してやはりと思った。

「…………」

 やはり陸さんだけが押し黙っている。怒ってる表情、じゃないと思う。時折泳ぐ視線は何か言いたげにも見えるんだけど、口がチャックになったみたいに皺が寄るほど結んでいた。



 夜はパパさんの提案した通りレストランへ食事に行くことになった。

 車は2台に分けようということで、パパさんの運転する方に翼さんと陸さんが、ママさんの運転する方に蓮とあたしが乗ることになった。レンタカーはナンバーで一目瞭然だからガソリン代を気遣ってくれたんだろう。


 店内に入ると店員さんが葉山の姓を復唱した上、テーブルの上の札をサッと外す。どう見ても予約席だ。もとより誘いを断るつもりはなかったけど、やはり素直に従って正解だったと安堵した。

 柔らかな照明の店内。シャンデリアの輝く天井。フランス料理だろうか。適当なメシばっか食ってきたからどうリアクションしていいかわかんねぇぞ、あたし。


 やがて運ばれてきたやたら名前の長い料理に対しても……

(なんだこれ、うんめぇ~~!!)

 くらいの感想しかなくて。それをなんとかこの場に合った言葉に変換するんだけど、結局“美味しい”の連呼ばかり。ちょっとアレンジしても“香りがいい”とか“コクがある”くらいのもんだ。いや、アレンジでもなんでもねぇな。


「す、すみません……私、あまり品の良い家庭の育ちでもないので大した感想も言えなくて。若い頃から女らしくもなかったですし」

「ああ。もしかしてやんちゃだった? ふふ、ごめんね。失礼だけどそうかな~とは思っていたよ」

「えっ! 名残りあります!?」

「でもうちだって品の良い家庭なんかじゃないよね、父さん。弁護士業界も堅苦しく見られがちだけど、オフになればみんなそう見えないくらいですよ」


 パパさんと翼さんが中心となって場を和ませてくれる中、あたしは時折斜め向かいを伺う。

(陸さん喋んねぇなぁ……)

 身体自体は大きくて目立つのに、まるで存在感そのものを消しているみたい。たまにママさんの何気ない言葉に頷くくらいだ。

 この子まだ21歳、早生まれだったらハタチだよな。ここは年上らしくあたしからも話を振った方がいいのか……でも余計なお節介になる可能性も大。なんて悩んでいるうちにもうシメのデザートが来ちまった。

 あ~あ、本当は蓮との距離を縮めてやりたいのに。何処まで踏み込んでいいのかわかんねぇよ。いくら嫁候補とは言え、既に出来上がってる家族からしたらまだまだ部外者の立場なんだと実感する。正直、なんとも歯痒い時間だった。


 食事を終えてキリのいいところで店を出ることなった。

 もちろん自分の分くらい払う気でいたけど、パパさんはせっかく時間をかけて来てくれたのだからと微笑みながら店員さんにクレジットカードを渡す。結構いくらかかったのかもわからなかった。

 蓮には魚たちの世話をする時間がある。あまり長くは居られない。葉山家に一旦帰ったらあたしらもすぐにアパートへ帰ることになりそうだ。


 ところがレストランの駐車場で車に乗り込む寸前。


「あっ……あの、さ……!」


 あたしは驚いて振り返る。最初、誰の声なのかわからなかった。

 みんなから少し離れたところで、眉をわずかに寄せて口ごもる陸さんが居た。

「えっと、その……」

(な、なんだ? というかまず誰に話しかけようとしてるんだ?)

 あたしの疑問もすぐに解決することになった。

「…………っ、ちょっと、こっち」

「え……」

 陸さんが蓮の手をぐいっと引いてあたしたちと距離を取ったからだ。蓮は泣きそうな顔でちらちらとこちらを振り返る。明らかに戸惑っている。


「蓮……」

 家族の前にも関わらず、つい呼び捨てで呟いてちまった。ママさんがそっとあたしの方に触れる。あたし、不安そうな顔でもしてたのか。優しい眼差しをしながらこくりと頷くママさん。小さく頷きを返して2人が戻ってくるのを待つことにした。


 駐車場の端っこで向かい合う兄弟の姿。何も知らない人が見たらきっと蓮の方が弟に見える。それもずっと年下の。


 やがて一通り話を終えたらしい陸さんが、蓮の細い肩を自分側へバシッと叩くのが見えた。小枝のような身体が大きく揺れる。

「!?」

 その勢いが結構強かったからあたしは焦った。反射的に少し身を乗り出した。

 だけどママさんは目の前の光景に対して、くす、と微笑む。そしてあたしに言う。


「大丈夫そうよ。陸の癖なの。昔の蓮は怖がってたけど……」


 並んで戻ってくる2人の姿が次第に大きく鮮明になってくる。陸さんが頰を染め鼻の下をこすっている仕草も、蓮がシャツの裾を握り締める仕草もはっきりと。


「おかえりなさい」


 あたしは自然と口にしていた。もうわかる。安心できる。悪い話じゃなかったんだって。


「すみません、茅ヶ崎さん。待たせてしまって」

「いえ、大丈夫ですよ!」

 気まずそうな陸さんに明るく返した矢先、腰にぎゅっと何かが巻き付く感触がした。


「葉月ちゃ……」

「お、おぉぉ。蓮、どうした」

「ちょっ!? おまっ、こんなとこでイチャつくんじゃねーよ!! こっちが恥ずかしいっつーの!」

「うふふ、蓮の甘えん坊は相変わらずね。葉月さん、甘やかしすぎない程度に仲良くしてやって下さい」


「はい!!」


 家族に近付きつつあるあたしたちは笑い合った。蓮だけが大真面目だけど。

 ぶっきらぼうな弟と臆病な兄。一見わかり合えそうにない2人でも、歩み寄る気持ちを持つだけで、少しずつでも近付くことは出来そうだ。

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