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1話 お前の席ねーから

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「ようやく、戻れる日が来たか……」

 俺、リスト・バノンは、クラミレスという酒場の前で、しみじみと呟いた。

 この酒場の中に、俺の仲間がいる。
 一緒に、冒険者パーティーを組んでいる仲間だ。
 冒険者とは、ダンジョンなどの危険な場所に行き、宝を取ってくる危険極まりない仕事だ。
 十四歳くらい、金を稼ぐために俺は冒険者になり、二十歳となった今も続けている。
 長いこと続けているだけあって、それなりに腕はある方だと自負していた。

 そんな俺だが、九十日前、仕事中に重傷を負った。

 仲間をかばっての名誉の負傷だ。
 断じて、油断して負った怪我とか自業自得な怪我ではない。

 冒険者に怪我はつきものだが、今回負った怪我は、今まで一番の重傷だった。
 怪我をしたのは右腕だったので、命に別状はなかったけど、もう少しで右腕が使い物にならなくなるくらいの大怪我だった。
 俺のパーティーでの役割は、剣を振り近接戦闘をすることだ。
 腕が一本使えないとなると、もう戦えなくなる。

 幸い腕は完治したが、それまでに九十日もかかる。
 腕の治療をした治療師からは、驚異的な速さで完治したと驚かれた。
 俺からしてみれば九十日もパーティーを休み、歯がゆい思いをしていたので、決して早いとは思わない。

 とにかく今の俺は、怪我を完治させ、戦えるようになり、パーティーに戻ろうとしているというわけだ。

 クラミレスは、パーティーの溜まり場になっており、ダンジョン攻略に行っていないなら、ここにいるだろう。

 パーティーメンバーとは九十日間顔を合わせていない。
 見舞いにも来ない薄情な奴らだ、と思う人もいるかもしれないが、それは違う。
 俺は性格的に、あまり他人に弱ったところを見せたくないタイプだ。
 パーティーメンバーとも、もう五年はずっと一緒で、俺を熟知している。
 来てほしくないと俺が思っていると、知っているから来なかったのだろう。

 そんな仲間の気づかいに答えるために、一秒でも早くパーティーに戻って元気な姿を見せないとな。
 あいつらにこれ以上、心配をかけてはいけない。

 俺はクラミレスの扉を開けて中に入った。

 メンバーがいつも溜まり場にしている席に向かう。

 いた。

 店の端っこの席で、見知った顔が談笑している。

 パーティーリーダーのトルダ・ヴァイス。
 褐色肌でイケメンな男だ。結構モテる。
 リーダーというだけあって、実力もパーティー内ではトップだ。
 しかしながら、攻略中に気を抜いてしまう癖がある。それでよく怪我をするのだが、一向にその癖は治らない。
 今回、俺が怪我をしたときに、庇ったパーティーメンバーは、トルダだった。
 後ろから斬られそうになっているところを、間一髪で助けたら、腕に深く斬られてしまった。

 トルダと喋っている女が、魔法使いのリサ・ルーパ。
 真っ黒いローブを着ており、怖い顔をしている。
 性格は意地の悪いところがある。
 魔法の実力は高く、パーティーには欠かせない存在だ。

 その横で、ひたすら飯を食べている太った男が、グラーシ・ドメルド。
 パーティーの壁役である男だ。ものすごい巨漢であるが、ああ見えて以外と動きが早い。
 普段は食べることしか頭にない。

 眠そうにあくびをしているハーフエルフ女が、弓使いのアーシェ・ベルドール。
 普段はだらしのない怠け者だが、戦闘になると、精密な射撃を見せる。
 他人に興味がないのか、あまり積極的に喋ってこない。酒が入ると、ベラベラ喋るようになる。

 とここまでが俺の知っているパーティーメンバーだが、一人知らない女がいる。
 金色の髪の美人な女だ。
 トルダ、リサと談笑している。
 日本の剣を腰に差している。剣士なのだろうか。
 俺の代わりにパーティーに入ったやつなのか?
 まあ、一人欠けたまま、ダンジョン攻略はやりにくいだろ。
 たぶん臨時で入っているメンバーなんだな。

 さて、早く話しかけて、俺の復帰を告げないとな。

「よう、戻ったぞ」

 俺は声をかけるが、

「だから、ほんとだって!」
「えー、そう嘘でしょ!」

 届いていないのか、気付かず談笑を続けている。

「戻ったぞ!!」

 さっきより大声で声をかけた。
 さすがに聞こえたようで、パーティーメンバーはこちらを見る。

「あ?」
「あんた、リスト?」
「リスト以外に見えるか? 怪我治ったから帰ってきたんだよ」

 これで皆は大喜びするはず、と思っていたのだが、

「え? もう戦えなくなったんじゃないのあんた」
「今更戻ってくるって言われてもな……」

 なんだか微妙な雰囲気になる。
 おかしいな。予想外だ。
 何かあったのだろうか。

「もう、お前の席ねーから。悪いからほか探してくれ」
「は?」

 席がない? ほかを探せ?
 トルダのセリフを、俺は理解できなかった。
 いや、意味としては理解できる。
 なぜそんなこと言われなければ、ならないのかがわからなかった。

「どういうことだよ」
「めんどくさいから二度言わせるな。新しく入ったのが優秀だから、お前もういらねーんだよ」
「ま、待てよ! 新しく入ったのってその女か?」
「見りゃ分んだろ」
「そいつが優秀だからって…………本気で言ってるのかお前」
「嘘はつかねーよ。これは決定事項だからさっさと帰れ」
「仮にそいつが、俺より優秀でも、六人でやればいいじゃないか!」
「一人増えれば、分け前が減って嫌だろ。そんなこともわからんのか」

 トルダは馬鹿にするような表情で俺を見てくる。
 なんでこいつはこんな目で俺を見れるんだ。
 俺が怪我することになったのは、元はといえばこいつが油断して、斬られそうになったからなんだぞ。
 俺があそこで助けていなければ、死んでいた可能性すらあった。
 別に恩返しをしろとか、恩着せがましく言うつもりはない。
 でも、助けたのに、こんな扱いを受けて納得がいくはずはない。

 トルダは、そんなに性格のいいやつだとは思っていなかったが、ここまで性根の曲がったやつだとも思っていなかった。

「とにかく面倒だからマジで帰れ」
「そうそう。次に行くダンジョンの話し合いしていたところなのよ。邪魔よあんた」

 トルダとリサが、俺を迷惑そうな目で見てくる。
 かつての仲間に向ける目つきではなかった。

「いいんですか?」

 新しく入った女が、トルダに質問する。

「いいんだよ。こいつ大したことないやつだしな」
「そうそう、弱くもねーけど、特別強くもないって感じ
「ぶっちゃけいなくてもどうでもいいんだよ」」

 ハハハハハ、とパーティーメンバーは、俺を馬鹿にするように笑い声をあげる。

 何だこれは。
 何なんだこれは。

 怒り、悲しみ、羞恥心、戸惑い、さまざまな感情が胸からとめどなく溢れでてくる。
 その感情が目の奥を刺激し、涙が出そうになったが、何とか堪える。

 こいつらは、俺を必要としてくれていると思っていた。気のいい仲間たちだと思っていた。一緒に戦っていて友情が芽生えていたと思っていた。

 でもそれは大きな勘違いだったのか?

 こいつらは、俺のことを内心馬鹿にしていたのか?

 仲間なんて思っていたのは、俺一人だったのか?

 俺は拳を握りしめた。
 一人ずつぶん殴りたいが、必死で抑える。
 俺を嘲笑う声は、まだやまない。
 もうこれ以上この場に居たくない。
 すぐに席から離れ、酒場を出た。

 俺はこの日、五年一緒にいた冒険者パーティーから追放された。


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