王子様と僕

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曙菫

25 ケーキ

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「こはく!食べてもいい?」

「うん」

「では、切りましょうね」

 先生は包丁でホールケーキを6等分し、お皿に分けた。

 カットされた三角ケーキを小皿にうつしていく。1番いちごが多いものを茉白くんに、チョコプレートが乗っているものを僕のものにした。

 誕生日だからね。1番美味しそうなものを選んだ。

 ケーキを食べるのは茉白くんと僕、それから先生しかいない。
だから、みっつの小皿が余ってしまった。

 でも、6等分にするのは、僕が事前に頼んでおいたのだ。きっと、あの2人はこのあとすぐに来てくれるだろう。

もうひとつの小皿は...

「とても、美味しそうですね」

 執事さんが目尻を細めて紳士のように笑った。

「し、しー、しつじさん....も、た、たべ、まー、すか」

 僕は、言った。

 初めてだ。
 執事さんと面と向かって話したのは。

 これまで何度も茉白くんは施設に来て、必ずその背後には執事さんがいた。でも、直接話したことは無かった。

 話したいときは、茉白くんが仲介してくれるから。

 緊張で声が震えてしまう。かすれてしまいそうな小さな声で届いたかも分からない。

 でも、今日くらいは、勇気を出して話したかった。

 茉白くんの大切な人と、話してみたかった。

 いろんな人に、自ら声をかけて話したかった。

 最近は茉白くんの前では吃ってしまう症状が減り、少しだけ、自信が出ていた。

 茉白くんの前で、上手く話せたからもしかしたら、他の人にも上手く言葉が出るようになっているんじゃないかって。

 今まで、何度も試そうとしたけど、怖くて、勇気が出なくて。

 もし、笑われたり、指をさされたりしたらどうしようって。

 でも、茉白くんがそばにいるから、そんな気持ちは薄らいで話しかけることが出来た。

 それに、茉白くんの手紙から、執事さんは『怒るとこわいけど、やさしくて、作ってくれるごはんがおいしい!』と書かれていた。

執事さんとの出来事がたくさん書かれていて、そのどれもが茉白くんが喜んでいたから、この人なら、茉白くんが信頼してる人なら大丈夫だと思えた。

 執事さんは僕が放った言葉に驚いたのか、目を見開いていた。

 そして、柔らかく目尻を下げた。

「では、頂きます。」

 執事さんはそう言って、ケーキの乗ったお皿を手に取った。

「こはく、話せるようになったの...!?」

 一方、茉白くんは大きな目をさらに大きくして僕を見つめた。

「うん...!ま、茉白くんが、いー、いたから、がんばれた」

「こはくっ!」

 僕は慣れたかのように、抱きついてきた茉白くんの体に腕をまきつけた。

「好き!」

「ん」

「大好き!」

「....うん、ぼくも」

 茉白くんの腕の中は暖かくて、心地よかった。

 心臓の音が、早鐘を打っている。僕のも、茉白くんのも。

「あ、ありがと」

「ふふ、どういたしまして!」

 茉白くんの腕の中は暖かい。
 僕と腕の長さもそんなに変わらないのに、全てが包まれているようでとても安心する。

 そしてお互い、示したかのように体を離すと、どたどたと廊下を走る音が聞こえてきた。

「琥珀!ケーキあるのか!」

「花も!花もたべたい!」

 勢いよく開いた扉の向こうから、拓海兄と花ちゃんが息を切らしてそこ立っていた。
 
 2人の目は期待に満ちたようにきらきらと輝いている。

 じつは、2人に向けて机の上に手紙を置いておいたのだ。

『ケーキあるよ』と。

 拓海兄には部屋の使用許可を貰って、僕が出来なかった高いところの装飾を手伝ってくれた。
 花ちゃんはたくさんの折り紙のうさぎさんを一緒に作った。

 たくさん助けて貰った2人にも、ケーキを食べて欲しかった。

「やったあ!いちごケーキだ!せんせっ!花も、花もたべる!」

「お皿に分けてありますよ。はい花。拓海も。」

 先生は丁寧に切り分けたケーキをふたつの皿に取り分けた。

「うまそう!ありがとな!琥珀!」

 拓海兄が僕を見て嬉しそうな声音で言った。

 僕の隣にドカッと座り、肩に腕を回してきた。

「ど、いたし...ま、まして」

 茉白くん以外の友達にありがとうなんて、施設に来るまで言われたこともなかった。

 茉白くんのおかげで、友達が出来て、たくさん喋りかけてくれて。

 "カタオヤ"なんて言葉、僕は忘れるくらいにこの生活が楽しかった。

 施設に来る前に僕とままを縛り付けていた言葉。

 でも今では学校で"カタオヤ"なんて言ってくるともだちは一人もいなくて、もちろん、机に落書きされることもないし、悪口を言われることもない。

 僕が行く学校は海外から来た子などが多く、僕のことは少し変わった子、として受け入れてくれたのかもしれない。

 みんな、僕に優しくしてくれる。

 拓海兄は学年は違うけど廊下ですれ違ったりしたら話しかけてくれるし、僕のことを「こは」と愛称で呼んでくれる友達もできた。

 僕はもう、ひとりじゃなくなった。

 ままのことを思い出さないなんてことはまだできないけれど、それでも、ままにいつも楽しいよって、言える日々になった。

 でもやっぱり、この場にままとぱぱにいて欲しかった。なんて思ってしまう。

 誕生日おめでとうって、言って欲しかった。

「ねぇ!俺が仕切ってもいい?」

 考え事が独り歩きしてしまったらしい。

 僕は思考を元に戻して、拓海兄に顔を向けた。

 拓海兄はこういう、司会や何かを仕切るのが好きみたいで、学校でも学級委員とかやってるらしく、もちろん、その返事には大きく頷いた。

 拓海兄が司会なら、きっと素敵な誕生日会になる。
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