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曙菫
2 いつものように
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次の日も、僕は学校帰りにいつもの公園に寄った。
この公園の風景は何度来ても同じ、変わらない。
遊んでいる子供たちとそれを見守る若い主婦。スーツを着た紳士がコーヒー片手にベンチで寛いでいたり、近所のおばあちゃんたちが話に花を咲かせている。
そんな中、僕はベンチにランドセルを降ろして、その隣に腰掛けた。
少しの間、春の風を肌に感じて、目を閉じる。
今日の楽しかったことを思い出しながら、体をだらりとベンチに預けて心と体を落ち着かせていく。
だけど、それは体だけで、心はどこかそわそわしていて落ち着かない。
必死に少しでも楽しかったことの欠片を少しずつかき集めていく。
そのどれもが、プリントに書く名前が上手に書けただとか、本をペラペラとめくっていたら読みたいところが当たったとか、そんな小さなことしか見つからない。
......あ、でも、図工の授業でお花の絵を描いたのは楽しかったかも。
少し、心が穏やかになった気がして、繊細に図工の授業を思い出す。
絵を描いていたら鉛筆を折られちゃって最後まで描ききれなかったけど、でも、描いてる途中はとでも楽しかった。
先生に提出しなきゃならなかったから、未完成のまま提出しちゃって、もうあの画用紙には当分触れられないだろう。
でも、完成まではまだまだ程遠い。
いつか続き描けたらいいな。
その時は鉛筆5本くらい持っていった方がいいかも。
そんなことを考えて、ゆっくりと瞼を上げた。
空を見上げると、いつの間にか灰色の曇り空に小さな隙間ができていて、太陽の真っ直ぐな光が差し込んで、公園が少しだけ暖かい雰囲気になっていた。
それを見ただけで、僕の心の曇り空が一気に晴れ渡って、太陽の光が降り注いだ。
傍から見れば目を瞑っていただけだけど、僕から見ればそれは世界が変わる扉のようなもの。
僕の中で学校と、この場を分ける境界線。
景色は何一つ変わっていないのに、どこかひんやりとした風がすり抜けて、スッキリとした気持ちになれる。
ふ、と小さく息を吐いて肩の力を抜くと、ランドセルから一冊の本を取りだした。
ペラペラとページをめくって、前回読み終えたところで止まると、挟まっていた曙菫の栞を取る。
昨日まで、僕は学校の授業で作った折り鶴を栞として使っていた。だけどもうヨレヨレで新しくまたなにか作ろうかと考えていた。
少年がくれた曙菫はまさにちょうどいい栞の材料だった。だから、僕はそれを押し花の栞にして使うことにした。
そうしたら、花は枯れずに永遠と咲き続ける。
それは、上部に淡いクリーム色の紐が結びつけられた栞で曙菫の紫色と淡黄色が純和した優しいデザインの栞だ。
ままが家に帰ってきたのにもかかわらず、僕がラミネートしたいと言うと、何か忘れもしたようで、忘れものを取りに行くついでに、会社まで行ってラミネートしてくれた。
完成したものを受け取ったとき、無意識に口角が上がってしまうくらいに上手くできているその栞は、花以外の部分が透明で、外の自然や風景を透かすことが出来る。
僕は栞を持って空へ腕を伸ばした。
夕方になりかけた淡い水色とほのかに染っていく橙を背景にした曙菫の栞。
強い色合いの菫と穏やかな空の色がお互いを引き立たせ、かき消すことの出来ない朗らかな色を作り出していた。
それを見ていると、ままに「上手にできたね。」と褒められたときを思い出して、不自然にも口角が上がり、胸が踊る。
嬉しくてどきどきとなる心臓が鼓膜に響いた。
栞の背景を橙から爽緑に移り変わるように、伸ばしていた腕を降ろす。
早速、本を読み始めようと視線を本に移した。
そして、本の世界へ旅をしはじめた数分後、
「こんにちは!」
とある明るい声で現実に呼び覚まされた。
聞き覚えのあるその声は頭上でして、上をむくと、意図せず視線の先が菫の硝子玉と合った。
精巧に作られた葡萄の目を持つ少年は、小さく笑って
「また会ったね!」
と元気いっぱいに口にした。
少年は僕の隣に腰掛けた。
そして、僕の手元に目を向けると、夏の向日葵のようなキラキラした笑顔で、
「それ、昨日の!しおりにしてくれたんだ!かわいいね!大切にしてくれるの、すっごくうれしい!ありがとう!!」
その声は弾んでいてほんとうに嬉しいのだと感じて、栞にして良かったと改めて思った。
「そういえば名前聞いてなかった!ぼくは柳瀬 茉白《やなせましろ》君は?」
名前...言ってもいいのかな。
言ったらきっと、戻れない。
嫌われなきゃ、いけないのに。
僕は数十秒、逡巡したあと、耳を澄まさないと聞こえないくらいの小さな声で言った。
「......、みや、ま、...ここ、...こ、は......く......」
それでも、少年には聞こえていて、
「こはく!よろしくね!こはくっ!」
少年は何度も僕の名前を呼んで賑やかに笑う。
「こはくも!ぼくの名前呼んで!!」
そう、少年は嬉々として言う。
僕なんかが、名前を呼んでもいいのだろうか。僕に名前を呼ばれたら、少年が"カタオヤ"の呪いにかけられてしまうのではないだろうか。
何より、少年はきっとすごいおうちの子だ。あの私立の小学校の制服を来ている限り、間違いないだろう。そんな子に呪いなんてかけたら、みんなからなんて言われる?
きっと、今以上に蔑まれて、疎まれて。
嫌だ。嫌だ。嫌なのに。
名前を呼んだら、どんな反応してくれるだろう。って思う僕がいて。
少年がピカピカに磨かれたローファーを地面にとんっ、と足裏をつける仕草はそれだけで目に余るほどに洗練されている。全ての動作が綺麗で瞬きする暇もない。
それほどに、少年は秀麗で、華麗で。
少年は僕の顔を覗き込むようにして、期待に満ち溢れた顔を晒す。
庶民なんかに呼ばれたって、何も嬉しくないはずなのに。その明るい笑顔に惹かれてしまって。
僕なんかが、呼んじゃいけないはずなのに。
「...ま、......し、ろ...くん...」
その言葉に、茉白くんは嬉しそうに目を輝かせて、
「こはくっ!!!」
と、元気いっぱいに僕の名前を読んだ。
この公園の風景は何度来ても同じ、変わらない。
遊んでいる子供たちとそれを見守る若い主婦。スーツを着た紳士がコーヒー片手にベンチで寛いでいたり、近所のおばあちゃんたちが話に花を咲かせている。
そんな中、僕はベンチにランドセルを降ろして、その隣に腰掛けた。
少しの間、春の風を肌に感じて、目を閉じる。
今日の楽しかったことを思い出しながら、体をだらりとベンチに預けて心と体を落ち着かせていく。
だけど、それは体だけで、心はどこかそわそわしていて落ち着かない。
必死に少しでも楽しかったことの欠片を少しずつかき集めていく。
そのどれもが、プリントに書く名前が上手に書けただとか、本をペラペラとめくっていたら読みたいところが当たったとか、そんな小さなことしか見つからない。
......あ、でも、図工の授業でお花の絵を描いたのは楽しかったかも。
少し、心が穏やかになった気がして、繊細に図工の授業を思い出す。
絵を描いていたら鉛筆を折られちゃって最後まで描ききれなかったけど、でも、描いてる途中はとでも楽しかった。
先生に提出しなきゃならなかったから、未完成のまま提出しちゃって、もうあの画用紙には当分触れられないだろう。
でも、完成まではまだまだ程遠い。
いつか続き描けたらいいな。
その時は鉛筆5本くらい持っていった方がいいかも。
そんなことを考えて、ゆっくりと瞼を上げた。
空を見上げると、いつの間にか灰色の曇り空に小さな隙間ができていて、太陽の真っ直ぐな光が差し込んで、公園が少しだけ暖かい雰囲気になっていた。
それを見ただけで、僕の心の曇り空が一気に晴れ渡って、太陽の光が降り注いだ。
傍から見れば目を瞑っていただけだけど、僕から見ればそれは世界が変わる扉のようなもの。
僕の中で学校と、この場を分ける境界線。
景色は何一つ変わっていないのに、どこかひんやりとした風がすり抜けて、スッキリとした気持ちになれる。
ふ、と小さく息を吐いて肩の力を抜くと、ランドセルから一冊の本を取りだした。
ペラペラとページをめくって、前回読み終えたところで止まると、挟まっていた曙菫の栞を取る。
昨日まで、僕は学校の授業で作った折り鶴を栞として使っていた。だけどもうヨレヨレで新しくまたなにか作ろうかと考えていた。
少年がくれた曙菫はまさにちょうどいい栞の材料だった。だから、僕はそれを押し花の栞にして使うことにした。
そうしたら、花は枯れずに永遠と咲き続ける。
それは、上部に淡いクリーム色の紐が結びつけられた栞で曙菫の紫色と淡黄色が純和した優しいデザインの栞だ。
ままが家に帰ってきたのにもかかわらず、僕がラミネートしたいと言うと、何か忘れもしたようで、忘れものを取りに行くついでに、会社まで行ってラミネートしてくれた。
完成したものを受け取ったとき、無意識に口角が上がってしまうくらいに上手くできているその栞は、花以外の部分が透明で、外の自然や風景を透かすことが出来る。
僕は栞を持って空へ腕を伸ばした。
夕方になりかけた淡い水色とほのかに染っていく橙を背景にした曙菫の栞。
強い色合いの菫と穏やかな空の色がお互いを引き立たせ、かき消すことの出来ない朗らかな色を作り出していた。
それを見ていると、ままに「上手にできたね。」と褒められたときを思い出して、不自然にも口角が上がり、胸が踊る。
嬉しくてどきどきとなる心臓が鼓膜に響いた。
栞の背景を橙から爽緑に移り変わるように、伸ばしていた腕を降ろす。
早速、本を読み始めようと視線を本に移した。
そして、本の世界へ旅をしはじめた数分後、
「こんにちは!」
とある明るい声で現実に呼び覚まされた。
聞き覚えのあるその声は頭上でして、上をむくと、意図せず視線の先が菫の硝子玉と合った。
精巧に作られた葡萄の目を持つ少年は、小さく笑って
「また会ったね!」
と元気いっぱいに口にした。
少年は僕の隣に腰掛けた。
そして、僕の手元に目を向けると、夏の向日葵のようなキラキラした笑顔で、
「それ、昨日の!しおりにしてくれたんだ!かわいいね!大切にしてくれるの、すっごくうれしい!ありがとう!!」
その声は弾んでいてほんとうに嬉しいのだと感じて、栞にして良かったと改めて思った。
「そういえば名前聞いてなかった!ぼくは柳瀬 茉白《やなせましろ》君は?」
名前...言ってもいいのかな。
言ったらきっと、戻れない。
嫌われなきゃ、いけないのに。
僕は数十秒、逡巡したあと、耳を澄まさないと聞こえないくらいの小さな声で言った。
「......、みや、ま、...ここ、...こ、は......く......」
それでも、少年には聞こえていて、
「こはく!よろしくね!こはくっ!」
少年は何度も僕の名前を呼んで賑やかに笑う。
「こはくも!ぼくの名前呼んで!!」
そう、少年は嬉々として言う。
僕なんかが、名前を呼んでもいいのだろうか。僕に名前を呼ばれたら、少年が"カタオヤ"の呪いにかけられてしまうのではないだろうか。
何より、少年はきっとすごいおうちの子だ。あの私立の小学校の制服を来ている限り、間違いないだろう。そんな子に呪いなんてかけたら、みんなからなんて言われる?
きっと、今以上に蔑まれて、疎まれて。
嫌だ。嫌だ。嫌なのに。
名前を呼んだら、どんな反応してくれるだろう。って思う僕がいて。
少年がピカピカに磨かれたローファーを地面にとんっ、と足裏をつける仕草はそれだけで目に余るほどに洗練されている。全ての動作が綺麗で瞬きする暇もない。
それほどに、少年は秀麗で、華麗で。
少年は僕の顔を覗き込むようにして、期待に満ち溢れた顔を晒す。
庶民なんかに呼ばれたって、何も嬉しくないはずなのに。その明るい笑顔に惹かれてしまって。
僕なんかが、呼んじゃいけないはずなのに。
「...ま、......し、ろ...くん...」
その言葉に、茉白くんは嬉しそうに目を輝かせて、
「こはくっ!!!」
と、元気いっぱいに僕の名前を読んだ。
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