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7.これっぽっちもありません
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「シルちゃんー、後で俺と一緒に杖見に行こうよー」
「いいですね! 行きましょう!」
「まったく……シルヴィアはこの後僕とお茶をする約束だろう?」
「ああ! そうでしたわね!」
シルヴィアとヴェントゥスそれに王宮魔術師であるキースは並んで田舎町を歩いている。あまり見られない風景にキョロキョロとしているシルヴィアをよそにヴェントゥスとキースは何やらにこにこと微笑みあっている。キースは純粋に……というよりかはこの雰囲気を楽しんでいる様子なのだが、ヴェントゥスの目は笑っていない。
ちなみに、今日3人がここを訪れているのはこの穏やかな田舎町でとある奇怪な事件が起こっているという報告が入ったからだ。王宮魔術師であるキースに来た依頼なのだから大規模であることは間違いなく、第3王子であるヴェントゥスもなぜか駆り出された。おまけにシルヴィアも。
「依頼のあったお宅はここなのですか?」
田舎町に派手に構えているのはこの辺りでは権力があるという子爵家。
「ここの子爵夫人は行方不明、当主も怯えてばかりで何も話さず……1人娘も消息をたった……」
シルヴィアはキースから伝えられた情報をぶつぶつと呟いて家を見上げる。たとえそのことを知らなくても、この禍々しい雰囲気では気がついていたとは思うが。
「しかし、なぜお忙しい王宮魔術師様が……?」
そう尋ねかけてシルヴィアはやめた。わざわざ地方の子爵を助けるということはそれなりのメリットがあるからなのだろう。とにかく子爵様に何があったか聞かないと、と3人は子爵家の戸を叩いた。
「……ということなんです」
子爵家の当主はシルヴィアたちが知っている情報しかしゃべってくれなかった。あとはガタガタと震えるばかり。
「これでは何も分からないな……」
「何か良くないことが起きてるということは分かるのですけれど……」
ヴェントゥスとシルヴィアが2人揃って頭を抱えていると、当主が何かぶつぶつと呟き出す。
「あの女のせいだ……」
シルヴィアたちが「あの女?」と尋ねかけたその時、低い恨めしそうな声が聞こえてきた。
「ようやく思い出してくれたのね……」
「許してくれ! 君を裏切るつもりはなかったんだ!」
縋るように叫ぶ当主を見て、シルヴィアはこの事件がこの2人の愛憎劇によって引き起こされたものだと悟る。おそらく、この女の霊はこの当主の愛人か何かだろう。
「シルちゃん来るよ!」
キースの声で我に返ると黒い気配を身に纏った女がシルヴィアたちを睨め付けていることに気がつく。シルヴィアは咄嗟にヴェントゥスの前に躍り出た。
「いや全く何が起こっているのか分からないけれども! ここは僕が守るべきだろう!?」
「見えないんだから大人しく守られていてください!」
シルヴィアとヴェントゥスがどっちが守られる側かと揉めていると。
「恨めしい……愛のある2人恨めしい……!」
呻きながら女はシルヴィアたちに襲いかかる。キースが杖を振って魔法を発動させるもすれすれのところで避けられてしまう。女はシルヴィアを取り殺して、ヴェントゥスを襲うつもりのようだ。シルヴィアにもう少しで手が届く、というそのとき。
「私たちだって仮の婚約なんです! 愛とかこれっぽっちもありません!」
わっと叫んだシルヴィアが叫んだ。女はぴたりと手を止める。
「私だって、恋とかして結婚したいんです……でも私こんなだから避けられちゃってまともに好きな人もできなくて……」
めそめそと言い続けるシルヴィアに女はおろおろとヴェントゥスとキースを見る。ヴェントゥスはシルヴィアの言葉に呆然とし、キースはそれを見て必死に笑いを堪えている。
「でも……」
シルヴィアはそう呟いて女へと一歩近づく。その右手はドレスのポケットへと突っ込まれている。
「殿下に取り憑こうとするのはやめてください!」
色々と面倒なので! と心の中で叫びながらシルヴィアは術が書かれた紙をぶん投げる。それは見事に女の顔に張り付き、女は消えていった。
(どうかこの方が安らかに眠れますように……)
そう祈ってからシルヴィアは血相を変えてへたる当主へと歩み寄った。
「女性を傷つけるなんて最低ですわ」
シルヴィアはふんっと背を向けてつかつかと出口へと向かう。家を出ていくと丁度女性と女の子とすれ違った。シルヴィアはほっとしながらそれでも若干の怒りを覚えたまま近くに止めた馬車へと向かう。
おそらく、事の真相は、当主と愛人の恋愛関係のもつれにより、愛人が死んでしまった。自ら命を絶ったのか、当主が殺したのかは分からないが。そうして悪霊と化した女が当主の妻とその子供を連れ去り、消そうと企んだ。そんなところだろう。
「シルちゃん凄かったなあ」
感心するキースの隣で相変わらずヴェントゥスは魂の抜けたような顔をしていた。これにはさすがに心配になりシルヴィアは声をかける。
「殿……ヴェントゥス様大丈夫ですか?」
咳払いして言い直す。こうすれば少しは正気に戻るのではと思ったのだ。すると、ヴェントゥスはぐいっとシルヴィアの手を掴む。
「シルヴィア、今度2人きりでデートしよう!」
「へ? え、ええ。いいですけれど……」
ヴェントゥスは満足げに頷くとそのままシルヴィアの手の甲にキスを落とす。シルヴィアはあまりに突然すぎる出来事に固まった。
「若いねえ」とによによと笑うキースのおかげでシルヴィアは我に返ったものの、ヴェントゥスの謎行動はしばらく頭から離れてくれそうもなかった。
「いいですね! 行きましょう!」
「まったく……シルヴィアはこの後僕とお茶をする約束だろう?」
「ああ! そうでしたわね!」
シルヴィアとヴェントゥスそれに王宮魔術師であるキースは並んで田舎町を歩いている。あまり見られない風景にキョロキョロとしているシルヴィアをよそにヴェントゥスとキースは何やらにこにこと微笑みあっている。キースは純粋に……というよりかはこの雰囲気を楽しんでいる様子なのだが、ヴェントゥスの目は笑っていない。
ちなみに、今日3人がここを訪れているのはこの穏やかな田舎町でとある奇怪な事件が起こっているという報告が入ったからだ。王宮魔術師であるキースに来た依頼なのだから大規模であることは間違いなく、第3王子であるヴェントゥスもなぜか駆り出された。おまけにシルヴィアも。
「依頼のあったお宅はここなのですか?」
田舎町に派手に構えているのはこの辺りでは権力があるという子爵家。
「ここの子爵夫人は行方不明、当主も怯えてばかりで何も話さず……1人娘も消息をたった……」
シルヴィアはキースから伝えられた情報をぶつぶつと呟いて家を見上げる。たとえそのことを知らなくても、この禍々しい雰囲気では気がついていたとは思うが。
「しかし、なぜお忙しい王宮魔術師様が……?」
そう尋ねかけてシルヴィアはやめた。わざわざ地方の子爵を助けるということはそれなりのメリットがあるからなのだろう。とにかく子爵様に何があったか聞かないと、と3人は子爵家の戸を叩いた。
「……ということなんです」
子爵家の当主はシルヴィアたちが知っている情報しかしゃべってくれなかった。あとはガタガタと震えるばかり。
「これでは何も分からないな……」
「何か良くないことが起きてるということは分かるのですけれど……」
ヴェントゥスとシルヴィアが2人揃って頭を抱えていると、当主が何かぶつぶつと呟き出す。
「あの女のせいだ……」
シルヴィアたちが「あの女?」と尋ねかけたその時、低い恨めしそうな声が聞こえてきた。
「ようやく思い出してくれたのね……」
「許してくれ! 君を裏切るつもりはなかったんだ!」
縋るように叫ぶ当主を見て、シルヴィアはこの事件がこの2人の愛憎劇によって引き起こされたものだと悟る。おそらく、この女の霊はこの当主の愛人か何かだろう。
「シルちゃん来るよ!」
キースの声で我に返ると黒い気配を身に纏った女がシルヴィアたちを睨め付けていることに気がつく。シルヴィアは咄嗟にヴェントゥスの前に躍り出た。
「いや全く何が起こっているのか分からないけれども! ここは僕が守るべきだろう!?」
「見えないんだから大人しく守られていてください!」
シルヴィアとヴェントゥスがどっちが守られる側かと揉めていると。
「恨めしい……愛のある2人恨めしい……!」
呻きながら女はシルヴィアたちに襲いかかる。キースが杖を振って魔法を発動させるもすれすれのところで避けられてしまう。女はシルヴィアを取り殺して、ヴェントゥスを襲うつもりのようだ。シルヴィアにもう少しで手が届く、というそのとき。
「私たちだって仮の婚約なんです! 愛とかこれっぽっちもありません!」
わっと叫んだシルヴィアが叫んだ。女はぴたりと手を止める。
「私だって、恋とかして結婚したいんです……でも私こんなだから避けられちゃってまともに好きな人もできなくて……」
めそめそと言い続けるシルヴィアに女はおろおろとヴェントゥスとキースを見る。ヴェントゥスはシルヴィアの言葉に呆然とし、キースはそれを見て必死に笑いを堪えている。
「でも……」
シルヴィアはそう呟いて女へと一歩近づく。その右手はドレスのポケットへと突っ込まれている。
「殿下に取り憑こうとするのはやめてください!」
色々と面倒なので! と心の中で叫びながらシルヴィアは術が書かれた紙をぶん投げる。それは見事に女の顔に張り付き、女は消えていった。
(どうかこの方が安らかに眠れますように……)
そう祈ってからシルヴィアは血相を変えてへたる当主へと歩み寄った。
「女性を傷つけるなんて最低ですわ」
シルヴィアはふんっと背を向けてつかつかと出口へと向かう。家を出ていくと丁度女性と女の子とすれ違った。シルヴィアはほっとしながらそれでも若干の怒りを覚えたまま近くに止めた馬車へと向かう。
おそらく、事の真相は、当主と愛人の恋愛関係のもつれにより、愛人が死んでしまった。自ら命を絶ったのか、当主が殺したのかは分からないが。そうして悪霊と化した女が当主の妻とその子供を連れ去り、消そうと企んだ。そんなところだろう。
「シルちゃん凄かったなあ」
感心するキースの隣で相変わらずヴェントゥスは魂の抜けたような顔をしていた。これにはさすがに心配になりシルヴィアは声をかける。
「殿……ヴェントゥス様大丈夫ですか?」
咳払いして言い直す。こうすれば少しは正気に戻るのではと思ったのだ。すると、ヴェントゥスはぐいっとシルヴィアの手を掴む。
「シルヴィア、今度2人きりでデートしよう!」
「へ? え、ええ。いいですけれど……」
ヴェントゥスは満足げに頷くとそのままシルヴィアの手の甲にキスを落とす。シルヴィアはあまりに突然すぎる出来事に固まった。
「若いねえ」とによによと笑うキースのおかげでシルヴィアは我に返ったものの、ヴェントゥスの謎行動はしばらく頭から離れてくれそうもなかった。
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