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5.魔除けのアミュレット
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ヴェントゥスは大きくため息を吐いていた。
「……しばらく行きたくないね」
「まあまあ、きっとゲルさんも嬉しかったんですよ、なんだかんだで殿下は熱心に話を聞いてあげていたではありませんか」
「それは、魔術も面白いなと興味があってだね……」
馬車に揺られながらごにょごにょと呟くヴェントゥスにシルヴィアはくすりと笑う。あれからゲルさんフィーバーは続き、すっかり夜になってしまっている。
(それにしてもたくさん買えてよかったわ……)
シルヴィアは革のケースに入れた魔術道具たちのことを考えて顔を綻ばせた。薬学に必要な植物の苗や香水に必要な道具、新しい魔術書にそれから……
「ああ、そうだ少し止めてくれ」
ヴェントゥスがそう声を上げると馬車がゆっくりと停止する。
「どうしたのですか?」
「まあ、お楽しみさ」
ヴェントゥスはすっと手を差し伸べて、馬車から降りるように促す。シルヴィアは暗くなった辺りを見回して少し不安げに馬車から降りる。突然ヴェントゥスは手をすっと夜空へと掲げた。その手には煌く赤い宝石。月の明かりを反射してとても綺麗だ。
「それは……あの高価なアレキサンドライトですね!?」
シルヴィアはわなわなと震えながらそれを指さした。しかしヴェントゥスは「何がいけない?」というような表情だ。
「手持ちでは2個が限界だったけれどね」
しれっと言うヴェントゥスをシルヴィアはじとりと見つめる。
「はいこれ、あげるよ」
「ええ、頂いてもいいのですか!?」
ヴェントゥスはシルヴィアの手の平にアレキサンドライトを置くとニコッと笑う。
「今日は貴重な体験をさせてもらったし、これがあった方が色々捗るのだろう?」
シルヴィアは大きく頷くとありがたくそれを受け取ることにした。シルヴィアの手の中で赤く「宝石の王様」が輝いていた。
机に置かれた真新しい魔術書、赤紫のハイドレンジア、紫のラピスラズリ……その他もろもろの材料。シルヴィアは魔術書をパラパラとめくっていく。
「あったわ、これね……」
開かれたページには『魔除けのアミュレット』と書かれている。シルヴィアはドレスの上から白衣を羽織って頭に拡大鏡を取り付けている。側にはヘレンが仕えているのだが、わくわくした様子でシルヴィアを眺めている。
シルヴィアは袖を捲ると、拡大鏡を覗き込みながらピンセットで器用にハイドレンジアの花びらをちぎっていく。それからラピスラズリを大胆に叩き割る。
「これを少し削って……」
シルヴィアは丁寧にアレキサンドライトを削っていく。魔力が高い分、使い過ぎは禁物だ。もちろん、コスト的にもだが。そしてそれらを全てフラスコに入れてから棚から気味の悪い色の液体を持ってきて流し入れる。見るからに禍々しい液体を見つめながらシルヴィアはパチンと指を鳴らす。すると、フラスコの中身がボワッと燃え上がってぐつぐつと煮えたぎった。
「まあ、こんなものね」
「完成ですか、お嬢様!」
駆け寄ってきたヘレンにシルヴィアは大きく頷く。シルヴィアは満足げにそれを眺めてから次の工程に移る準備をした。
シルヴィアは完成した『魔除けのアミュレット』を手に持ってヴェントゥスの執務室を訪れていた。しかし、そこにヴェントゥスの姿はない。
(おかしいわね、いつもならここで仕事に追われているはずなのだけれど……)
「ヴェントゥスなら図書室にいるはずだよ」
そう声が聞こえてきて振り返る。執務室の入り口にもたれかかるように立つ美男子。金髪の癖のある髪に深い紺の瞳。
(誰かしら、名前が分からないわ……)
しかしながらヴェントゥスを呼び捨てにできるということは高い位の方だとシルヴィアは考えて、優雅に一礼してみせた。
「ありがとうございます」
それからシルヴィアはパタパタとその場を後にした。
「王宮魔術師希望の令嬢、ね」
その美男子がシルヴィアを見て笑みを浮かべていたことは、シルヴィアは知らない。
(仮にも私は殿下の婚約者なのだから……周りの方の名前くらいは覚えないとね)
シルヴィアは改めて自分の社会性のなさを恨めしく思いながらあの美男子に言われた図書室へと訪れていた。図書室は広く、天井ギリギリの高さまで埋め尽くされるほどの本がある。しかしながら利用者はあまりいないようで静まり返っている。
「殿下……いらっしゃいますか……」
かすれそうな声で呼びかけながらシルヴィアは辺りを見回す。パラパラ、とページをめくる音が聞こえてきてシルヴィアはそちらへと向かう。
「殿下、探したのです、よ……」
本棚の影から声をかけようとして、シルヴィアはピタリと止まる。3、4メートルほど先にヴェントゥスが座っているのだが、なんだか話しかけられない雰囲気を纏っているのだ。本を真剣に見つめる眼差し、ページをめくる綺麗な手。シルヴィアは思わずその美しさに見入ってしまう。
「何か用かな?」
その声にびくりと飛び上がる。それから本棚から姿を見せてヴェントゥスに歩み寄っていく。
「気付いていたんですね……」
「まあね。王子たるもの奇襲には備えておかないといけないからね」
「いや、奇襲ではないのですけど……」
奇襲と思われていたのか、となんだか複雑な気持ちのままシルヴィアは『魔除けのアミュレット』を差し出した。
「これは……?」
ヴェントゥスは受け取った『魔除けのアミュレット』――ミサンガを見つめてからシルヴィアに顔を向ける。
「霊的なものを寄せ付けないようにする魔除けですわ。普段使いならこういう方がよろしいと思いまして」
『魔除けのアミュレット』のベースとなる液体は鮮やかな青紫色だ。魔術書にはそれを「小瓶に移し替えて持ち歩くべし」と書かれているのだが……シルヴィアはその美しい色を生かそうと考えたのだ。
「もちろん、効果は期待できますわ。殿下に頂いた、アレキサンドライトも使用しましたし」
シルヴィアが効果を説明すると、ヴェントゥスはそれをじっと見つめる。
「僕のためにわざわざありがとう。大変だっただろう?」
「いえいえ! これが婚約者としての仕事ですわ。それに何より……」
「何より……?」
ヴェントゥスに尋ねられ、シルヴィアはにこっと笑顔で答える。
「何より、楽しかったのです! 誰かのために作るなんてこと、久しぶりでしたし……」
魔術で何かを作るのは本当に久しぶりのことだった。自分のために魔術を使用することはあっても誰かのために作るなんてこと滅多に無かったのだ。
「……お気に召しませんでしたか?」
何も言わず呆然ととシルヴィアを見つめるヴェントゥスに、シルヴィアは不安そうに尋ねる。
「ううん……ありがとう。シルヴィア」
ヴェントゥスはそう言って微笑む。シルヴィアは一瞬どきりとしてから微笑み返した。
「……しばらく行きたくないね」
「まあまあ、きっとゲルさんも嬉しかったんですよ、なんだかんだで殿下は熱心に話を聞いてあげていたではありませんか」
「それは、魔術も面白いなと興味があってだね……」
馬車に揺られながらごにょごにょと呟くヴェントゥスにシルヴィアはくすりと笑う。あれからゲルさんフィーバーは続き、すっかり夜になってしまっている。
(それにしてもたくさん買えてよかったわ……)
シルヴィアは革のケースに入れた魔術道具たちのことを考えて顔を綻ばせた。薬学に必要な植物の苗や香水に必要な道具、新しい魔術書にそれから……
「ああ、そうだ少し止めてくれ」
ヴェントゥスがそう声を上げると馬車がゆっくりと停止する。
「どうしたのですか?」
「まあ、お楽しみさ」
ヴェントゥスはすっと手を差し伸べて、馬車から降りるように促す。シルヴィアは暗くなった辺りを見回して少し不安げに馬車から降りる。突然ヴェントゥスは手をすっと夜空へと掲げた。その手には煌く赤い宝石。月の明かりを反射してとても綺麗だ。
「それは……あの高価なアレキサンドライトですね!?」
シルヴィアはわなわなと震えながらそれを指さした。しかしヴェントゥスは「何がいけない?」というような表情だ。
「手持ちでは2個が限界だったけれどね」
しれっと言うヴェントゥスをシルヴィアはじとりと見つめる。
「はいこれ、あげるよ」
「ええ、頂いてもいいのですか!?」
ヴェントゥスはシルヴィアの手の平にアレキサンドライトを置くとニコッと笑う。
「今日は貴重な体験をさせてもらったし、これがあった方が色々捗るのだろう?」
シルヴィアは大きく頷くとありがたくそれを受け取ることにした。シルヴィアの手の中で赤く「宝石の王様」が輝いていた。
机に置かれた真新しい魔術書、赤紫のハイドレンジア、紫のラピスラズリ……その他もろもろの材料。シルヴィアは魔術書をパラパラとめくっていく。
「あったわ、これね……」
開かれたページには『魔除けのアミュレット』と書かれている。シルヴィアはドレスの上から白衣を羽織って頭に拡大鏡を取り付けている。側にはヘレンが仕えているのだが、わくわくした様子でシルヴィアを眺めている。
シルヴィアは袖を捲ると、拡大鏡を覗き込みながらピンセットで器用にハイドレンジアの花びらをちぎっていく。それからラピスラズリを大胆に叩き割る。
「これを少し削って……」
シルヴィアは丁寧にアレキサンドライトを削っていく。魔力が高い分、使い過ぎは禁物だ。もちろん、コスト的にもだが。そしてそれらを全てフラスコに入れてから棚から気味の悪い色の液体を持ってきて流し入れる。見るからに禍々しい液体を見つめながらシルヴィアはパチンと指を鳴らす。すると、フラスコの中身がボワッと燃え上がってぐつぐつと煮えたぎった。
「まあ、こんなものね」
「完成ですか、お嬢様!」
駆け寄ってきたヘレンにシルヴィアは大きく頷く。シルヴィアは満足げにそれを眺めてから次の工程に移る準備をした。
シルヴィアは完成した『魔除けのアミュレット』を手に持ってヴェントゥスの執務室を訪れていた。しかし、そこにヴェントゥスの姿はない。
(おかしいわね、いつもならここで仕事に追われているはずなのだけれど……)
「ヴェントゥスなら図書室にいるはずだよ」
そう声が聞こえてきて振り返る。執務室の入り口にもたれかかるように立つ美男子。金髪の癖のある髪に深い紺の瞳。
(誰かしら、名前が分からないわ……)
しかしながらヴェントゥスを呼び捨てにできるということは高い位の方だとシルヴィアは考えて、優雅に一礼してみせた。
「ありがとうございます」
それからシルヴィアはパタパタとその場を後にした。
「王宮魔術師希望の令嬢、ね」
その美男子がシルヴィアを見て笑みを浮かべていたことは、シルヴィアは知らない。
(仮にも私は殿下の婚約者なのだから……周りの方の名前くらいは覚えないとね)
シルヴィアは改めて自分の社会性のなさを恨めしく思いながらあの美男子に言われた図書室へと訪れていた。図書室は広く、天井ギリギリの高さまで埋め尽くされるほどの本がある。しかしながら利用者はあまりいないようで静まり返っている。
「殿下……いらっしゃいますか……」
かすれそうな声で呼びかけながらシルヴィアは辺りを見回す。パラパラ、とページをめくる音が聞こえてきてシルヴィアはそちらへと向かう。
「殿下、探したのです、よ……」
本棚の影から声をかけようとして、シルヴィアはピタリと止まる。3、4メートルほど先にヴェントゥスが座っているのだが、なんだか話しかけられない雰囲気を纏っているのだ。本を真剣に見つめる眼差し、ページをめくる綺麗な手。シルヴィアは思わずその美しさに見入ってしまう。
「何か用かな?」
その声にびくりと飛び上がる。それから本棚から姿を見せてヴェントゥスに歩み寄っていく。
「気付いていたんですね……」
「まあね。王子たるもの奇襲には備えておかないといけないからね」
「いや、奇襲ではないのですけど……」
奇襲と思われていたのか、となんだか複雑な気持ちのままシルヴィアは『魔除けのアミュレット』を差し出した。
「これは……?」
ヴェントゥスは受け取った『魔除けのアミュレット』――ミサンガを見つめてからシルヴィアに顔を向ける。
「霊的なものを寄せ付けないようにする魔除けですわ。普段使いならこういう方がよろしいと思いまして」
『魔除けのアミュレット』のベースとなる液体は鮮やかな青紫色だ。魔術書にはそれを「小瓶に移し替えて持ち歩くべし」と書かれているのだが……シルヴィアはその美しい色を生かそうと考えたのだ。
「もちろん、効果は期待できますわ。殿下に頂いた、アレキサンドライトも使用しましたし」
シルヴィアが効果を説明すると、ヴェントゥスはそれをじっと見つめる。
「僕のためにわざわざありがとう。大変だっただろう?」
「いえいえ! これが婚約者としての仕事ですわ。それに何より……」
「何より……?」
ヴェントゥスに尋ねられ、シルヴィアはにこっと笑顔で答える。
「何より、楽しかったのです! 誰かのために作るなんてこと、久しぶりでしたし……」
魔術で何かを作るのは本当に久しぶりのことだった。自分のために魔術を使用することはあっても誰かのために作るなんてこと滅多に無かったのだ。
「……お気に召しませんでしたか?」
何も言わず呆然ととシルヴィアを見つめるヴェントゥスに、シルヴィアは不安そうに尋ねる。
「ううん……ありがとう。シルヴィア」
ヴェントゥスはそう言って微笑む。シルヴィアは一瞬どきりとしてから微笑み返した。
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