避けられ令嬢、王宮魔術師を目指します~条件付き婚約ですが割と甘々生活です~

陽海

文字の大きさ
上 下
5 / 15

5.魔除けのアミュレット

しおりを挟む
 ヴェントゥスは大きくため息を吐いていた。

「……しばらく行きたくないね」
「まあまあ、きっとゲルさんも嬉しかったんですよ、なんだかんだで殿下は熱心に話を聞いてあげていたではありませんか」
「それは、魔術も面白いなと興味があってだね……」

 馬車に揺られながらごにょごにょと呟くヴェントゥスにシルヴィアはくすりと笑う。あれからゲルさんフィーバーは続き、すっかり夜になってしまっている。

 (それにしてもたくさん買えてよかったわ……)

 シルヴィアは革のケースに入れた魔術道具たちのことを考えて顔を綻ばせた。薬学に必要な植物の苗や香水に必要な道具、新しい魔術書にそれから……

「ああ、そうだ少し止めてくれ」

 ヴェントゥスがそう声を上げると馬車がゆっくりと停止する。

「どうしたのですか?」
「まあ、お楽しみさ」

 ヴェントゥスはすっと手を差し伸べて、馬車から降りるように促す。シルヴィアは暗くなった辺りを見回して少し不安げに馬車から降りる。突然ヴェントゥスは手をすっと夜空へと掲げた。その手には煌く赤い宝石。月の明かりを反射してとても綺麗だ。

「それは……あの高価なアレキサンドライトですね!?」

 シルヴィアはわなわなと震えながらそれを指さした。しかしヴェントゥスは「何がいけない?」というような表情だ。

「手持ちでは2個が限界だったけれどね」

 しれっと言うヴェントゥスをシルヴィアはじとりと見つめる。

「はいこれ、あげるよ」
「ええ、頂いてもいいのですか!?」

 ヴェントゥスはシルヴィアの手の平にアレキサンドライトを置くとニコッと笑う。

「今日は貴重な体験をさせてもらったし、これがあった方が色々捗るのだろう?」

 シルヴィアは大きく頷くとありがたくそれを受け取ることにした。シルヴィアの手の中で赤く「宝石の王様」が輝いていた。



 机に置かれた真新しい魔術書、赤紫のハイドレンジア、紫のラピスラズリ……その他もろもろの材料。シルヴィアは魔術書をパラパラとめくっていく。

「あったわ、これね……」

 開かれたページには『魔除けのアミュレット』と書かれている。シルヴィアはドレスの上から白衣を羽織って頭に拡大鏡を取り付けている。側にはヘレンが仕えているのだが、わくわくした様子でシルヴィアを眺めている。
 シルヴィアは袖を捲ると、拡大鏡を覗き込みながらピンセットで器用にハイドレンジアの花びらをちぎっていく。それからラピスラズリを大胆に叩き割る。

「これを少し削って……」

 シルヴィアは丁寧にアレキサンドライトを削っていく。魔力が高い分、使い過ぎは禁物だ。もちろん、コスト的にもだが。そしてそれらを全てフラスコに入れてから棚から気味の悪い色の液体を持ってきて流し入れる。見るからに禍々しい液体を見つめながらシルヴィアはパチンと指を鳴らす。すると、フラスコの中身がボワッと燃え上がってぐつぐつと煮えたぎった。

「まあ、こんなものね」
「完成ですか、お嬢様!」

 駆け寄ってきたヘレンにシルヴィアは大きく頷く。シルヴィアは満足げにそれを眺めてから次の工程に移る準備をした。



 シルヴィアは完成した『魔除けのアミュレット』を手に持ってヴェントゥスの執務室を訪れていた。しかし、そこにヴェントゥスの姿はない。

 (おかしいわね、いつもならここで仕事に追われているはずなのだけれど……)

「ヴェントゥスなら図書室にいるはずだよ」

 そう声が聞こえてきて振り返る。執務室の入り口にもたれかかるように立つ美男子。金髪の癖のある髪に深い紺の瞳。

 (誰かしら、名前が分からないわ……)

 しかしながらヴェントゥスを呼び捨てにできるということは高い位の方だとシルヴィアは考えて、優雅に一礼してみせた。

「ありがとうございます」

 それからシルヴィアはパタパタとその場を後にした。

「王宮魔術師希望の令嬢、ね」

 その美男子がシルヴィアを見て笑みを浮かべていたことは、シルヴィアは知らない。



 (仮にも私は殿下の婚約者なのだから……周りの方の名前くらいは覚えないとね)

 シルヴィアは改めて自分の社会性のなさを恨めしく思いながらあの美男子に言われた図書室へと訪れていた。図書室は広く、天井ギリギリの高さまで埋め尽くされるほどの本がある。しかしながら利用者はあまりいないようで静まり返っている。

「殿下……いらっしゃいますか……」

 かすれそうな声で呼びかけながらシルヴィアは辺りを見回す。パラパラ、とページをめくる音が聞こえてきてシルヴィアはそちらへと向かう。

「殿下、探したのです、よ……」

 本棚の影から声をかけようとして、シルヴィアはピタリと止まる。3、4メートルほど先にヴェントゥスが座っているのだが、なんだか話しかけられない雰囲気を纏っているのだ。本を真剣に見つめる眼差し、ページをめくる綺麗な手。シルヴィアは思わずその美しさに見入ってしまう。

「何か用かな?」

 その声にびくりと飛び上がる。それから本棚から姿を見せてヴェントゥスに歩み寄っていく。

「気付いていたんですね……」
「まあね。王子たるもの奇襲には備えておかないといけないからね」
「いや、奇襲ではないのですけど……」

 奇襲と思われていたのか、となんだか複雑な気持ちのままシルヴィアは『魔除けのアミュレット』を差し出した。

「これは……?」

 ヴェントゥスは受け取った『魔除けのアミュレット』――ミサンガを見つめてからシルヴィアに顔を向ける。

「霊的なものを寄せ付けないようにする魔除けですわ。普段使いならこういう方がよろしいと思いまして」

『魔除けのアミュレット』のベースとなる液体は鮮やかな青紫色だ。魔術書にはそれを「小瓶に移し替えて持ち歩くべし」と書かれているのだが……シルヴィアはその美しい色を生かそうと考えたのだ。

「もちろん、効果は期待できますわ。殿下に頂いた、アレキサンドライトも使用しましたし」

 シルヴィアが効果を説明すると、ヴェントゥスはそれをじっと見つめる。

「僕のためにわざわざありがとう。大変だっただろう?」
「いえいえ! これが婚約者としての仕事ですわ。それに何より……」
「何より……?」

 ヴェントゥスに尋ねられ、シルヴィアはにこっと笑顔で答える。

「何より、楽しかったのです! 誰かのために作るなんてこと、久しぶりでしたし……」

 魔術で何かを作るのは本当に久しぶりのことだった。自分のために魔術を使用することはあっても誰かのために作るなんてこと滅多に無かったのだ。

「……お気に召しませんでしたか?」

 何も言わず呆然ととシルヴィアを見つめるヴェントゥスに、シルヴィアは不安そうに尋ねる。

「ううん……ありがとう。シルヴィア」

 ヴェントゥスはそう言って微笑む。シルヴィアは一瞬どきりとしてから微笑み返した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔法の使えない不良品伯爵令嬢、魔導公爵に溺愛される

ねこいかいち
恋愛
魔法で栄えた国家グリスタニア。人々にとって魔力の有無や保有する魔力《オド》の量が存在価値ともいえる中、魔力の量は多くとも魔法が使えない『不良品』というレッテルを貼られた伯爵令嬢レティシア。両親や妹すらまともに接してくれない日々をずっと送っていた。成人間近のある日、魔導公爵が嫁探しのパーティーを開くという話が持ち上がる。妹のおまけとして参加させられたパーティーで、もの静かな青年に声をかけられ……。 一度は書いてみたかった王道恋愛ファンタジーです!

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

【書籍化・3/7取り下げ予定】あなたたちのことなんて知らない

gacchi
恋愛
母親と旅をしていたニナは精霊の愛し子だということが知られ、精霊教会に捕まってしまった。母親を人質にされ、この国にとどまることを国王に強要される。仕方なく侯爵家の養女ニネットとなったが、精霊の愛し子だとは知らない義母と義妹、そして婚約者の第三王子カミーユには愛人の子だと思われて嫌われていた。だが、ニネットに虐げられたと嘘をついた義妹のおかげで婚約は解消される。それでも精霊の愛し子を利用したい国王はニネットに新しい婚約者候補を用意した。そこで出会ったのは、ニネットの本当の姿が見える公爵令息ルシアンだった。書籍化予定です。取り下げになります。詳しい情報は決まり次第お知らせいたします。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

愛しの貴方にサヨナラのキスを

百川凛
恋愛
王立学園に通う伯爵令嬢シャロンは、王太子の側近候補で騎士を目指すラルストン侯爵家の次男、テオドールと婚約している。 良い関係を築いてきた2人だが、ある1人の男爵令嬢によりその関係は崩れてしまう。王太子やその側近候補たちが、その男爵令嬢に心惹かれてしまったのだ。 愛する婚約者から婚約破棄を告げられる日。想いを断ち切るため最後に一度だけテオドールの唇にキスをする──と、彼はバタリと倒れてしまった。 後に、王太子をはじめ数人の男子生徒に魅了魔法がかけられている事が判明する。 テオドールは魅了にかかってしまった自分を悔い、必死にシャロンの愛と信用を取り戻そうとするが……。

【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人

白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。 だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。 罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。 そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。 切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》

愛人をつくればと夫に言われたので。

まめまめ
恋愛
 "氷の宝石”と呼ばれる美しい侯爵家嫡男シルヴェスターに嫁いだメルヴィーナは3年間夫と寝室が別なことに悩んでいる。  初夜で彼女の背中の傷跡に触れた夫は、それ以降別室で寝ているのだ。  仮面夫婦として過ごす中、ついには夫の愛人が選んだ宝石を誕生日プレゼントに渡される始末。  傷つきながらも何とか気丈に振る舞う彼女に、シルヴェスターはとどめの一言を突き刺す。 「君も愛人をつくればいい。」  …ええ!もう分かりました!私だって愛人の一人や二人!  あなたのことなんてちっとも愛しておりません!  横暴で冷たい夫と結婚して以降散々な目に遭うメルヴィーナは素敵な愛人をゲットできるのか!?それとも…?なすれ違い恋愛小説です。 ※感想欄では読者様がせっかく気を遣ってネタバレ抑えてくれているのに、作者がネタバレ返信しているので閲覧注意でお願いします…

処理中です...