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17.藤の花の春のお茶会
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「今年の春のお茶会は藤の花の下なのですね」
「さすが白羽家のお嬢さんだ。良いセンスでいらっしゃる」
そんな話し声が聞こえてきて鏡花は内心誇らしげに笑みを浮かべる。
皇室主催の春のお茶会がいよいよ始まろうとしていた。集まってきた上流貴族や名のある商家の人々はまず藤の花が上一面に広がっていることに感嘆の声を漏らす。それから、白羽家が仕切っているという話を口にして「それは楽しみだ」と胸を躍らせるのである。
「うふふ、出だしは上々ね」
「鏡花、そろそろ和菓子の準備に入るよ」
「ええ、そうして頂戴」
鏡花の後ろでそう告げたのは幼馴染である和菓子職人の葵だ。葵は「本当笑顔だけは鉄壁だよなあ」とくつくつ笑いながら和菓子の盛り付けに取り掛かる。本日、鏡花は藤の花に同化するごとく紫色の着物に身を包んでいた。玲やオスカーも同じような服を着ているのだが、生憎2人は最終チェックに取り掛かっているためここにはいない。というか、今日一日ほぼ顔を合わせられるか怪しい。
「天皇皇后両陛下がご入場されます」
そんなアナウンスが入ったこと同時にわあっと歓声が巻き起こる。2人は手を取り合って現れた。今年37歳になられた、とのことだったがそんな風には感じられなかった。おっとりとした雰囲気の天皇さまにぱっと目を惹く皇后さま。あまりにも2人は美しすぎた。2人は藤の花にじっと目を向けた後、用意されていた東屋に入る。この東屋も余力があったオスカーに手直しをしてもらい、レースで飾りつけをしてある。
「サプライズに気がついたかしら」
そう呟き、目を凝らす。中央の机の上には玲が調達してきた宝石を使用した宝石花が挿してあったのだが、気がついてくれただろうか。いずれにせよ、玲の提案で細やかなところに宝石が散りばめられているのだが、招待客がすでにそれを発見し楽しんでくれている。それでも十分。
鏡花は人数の確認と、頃合いを見計らって声を上げた。
「では、これより春のお茶会を開始したします。本日のお菓子がみなさまの元にいきますのでしばしお待ちくださいませ」
それから合図と同時にお菓子が配られ始める。今頃オスカーがど緊張している頃だろうが、それは鏡花もだ。
「わあ、とっても素敵。美味しそうだわ」
「このお皿も素晴らしいな」
「藤の花の和菓子の下に、花びらが見えるのがセンスの良さを感じるわね」
藤の花を象った上生菓子を中心に優しい色合いの和菓子が並ぶ。その和菓子たちの下から覗くのは木彫りで花びらを模したオスカーお手製の皿。あっという間に沸きたった雰囲気に鏡花は胸を撫で下ろした。そんな鏡花の隣で葵が挨拶を始める。
「今回和菓子を作らせていただきました、久遠葵でございます」
すると「久遠の和菓子は美味しいよなあ」と絶賛する声が上がった。葵が藤の花をイメージして作った和菓子であることを説明している最中も嬉しげな声は絶えない。
「お皿にもこだわっております。皆さまのお皿一枚一枚を彼、彫刻家であるオスカー・チェンが作っています」
配膳から戻ってきたオスカーを紹介するとまたまた「1人で!?」や「味があるなあ」と褒め称える声が上がった。ちらりと東屋を伺えば、2人も美味しそうに和菓子を頬張っている。ひとまず葵とオスカーと顔を見合わせ、ほっと息をつく。後は、お茶会最後のサプライズだけ……と玲を思い浮かべて成功を祈った。
***
挨拶や嗜み程度に会話やお菓子を楽しんでいると、鏡花は見覚えのある背を見かけた。
「……優雅さん」
思わず声をかけてしまった、そう気がついてからでは遅くバッチリ目があってしまう。蔑まれた顔をされるだろうか、最後に見た顔が頭に浮かんできて鏡花は咄嗟に取り繕う。
「あの」
「この前はごめん」
鏡花の言葉を遮り、優雅は頭を下げた。人目も憚らず行われたそれに、ゴシップ付きの貴族たちが食いついている。
「謝らないで。今日は来てくれてありがとう」
ふわりと微笑み、周りに遠回しに牽制する。そうすると白羽家と城森家より立場が下の家はまあいなくなりはするが。
「本当に素敵な会だ。まさか君が取り仕切っているだなんて……さすがだね」
「そう言ってもらえて嬉しい」
あれから、優雅も色々考えてくれていたのだろうか。ずいぶん柔らかくなった雰囲気に、鏡花は少し安心を覚える。婚約していた頃よりきっと今の方が仲良くなれそうだわ、なんて思ってしまう。
「君のことだから、まだまだサプライズがあるんだろうな。楽しみだ」
「そうね、楽しみにしていてほしいわ」
それから少しの間談笑し、鏡花は優雅と別れる。これからもこうして時折話すことができたら嬉しい、と思うのと同時に優雅を傷つけていた罪悪感を少しだけ拭えたような気がしていた。
「よし、色々スッキリしたわ。さあ、最後の大仕上げといきましょう」
鏡花はそう不敵に笑って、玲に託すように心の中で呼びかける。それとほぼ同時に天皇さまがすっと立ち上がる。
「今日はこんな素敵な春のお茶会をどうもありがとう」
そう言葉を紡ぐさまに会場にいた全員が口を閉じた。気のせいか、鏡花に向かって微笑んだように見えた。そんな微笑みすら美しい、と女性客は倒れてしまう者もいて。
「最後ではあるけれど、今日この場で私は妻に感謝を伝えたいと思う」
そうして、東屋に姿を見せたのは包みを抱えた玲。天皇さまは玲に微笑みかけ包みを受け取ると、不思議そうにしている皇后さまの手を取る。
「今までずっと私と共に歩んできてくれてありがとう」
「私こそいつもありがとうございます」
優しい手つきで包みを解いていく皇后さまをみんなが見守っている。それから一様に箱の中身に食いつく。
箱の中から現れたのは美しい金細工の髪飾り。玲が見立てたデザインでダイヤモンドやルビーなどの宝石が控えめにしかし存在感をしっかり放っている。
「とっても綺麗ですわ。嬉しいです」
「そう言ってもらえてよかった」
髪飾りをつけて微笑む皇后さまと、優しい表情の天皇さまの、2人の素敵すぎる雰囲気にみな胸を打たれた。その瞬間、風がそよいで太陽の光がうまい具合に差し込みあたりは一面藤の花模様の影が広がる。甘い香りに美しい風景……わあっと歓声と拍手が起こり、会場は一気に良い雰囲気でいっぱいになる。
「今日は集まってくれてありがとう。今一度、この素晴らしい会を率いてくれた若人たちに拍手を」
そう天皇さまが指し示すのはもちろん鏡花、それから戻ってきた玲、葵、それからオスカー。思わず頬が緩みそうになるのを我慢して、鏡花は精一杯の社交的な笑顔を浮かべ深々とお辞儀をしてみせる。
「成功、だな」
鳴り止まぬ拍手の最中、玲はそっと鏡花に耳打ちする。
急に決まった春のお茶会。予定外もたくさんあって、難題な条件を出されていたり。和菓子の準備に、お皿作り、やることはみんないっぱいで忙しかったけれど。
「大成功、ね!」
ひとまず、今くらい笑ってしまおう。
鏡花は玲にそう言う。弾けるような笑顔はこの会場にいる誰よりも眩しく、鏡花は改めて成功に浸るのだった。
「さすが白羽家のお嬢さんだ。良いセンスでいらっしゃる」
そんな話し声が聞こえてきて鏡花は内心誇らしげに笑みを浮かべる。
皇室主催の春のお茶会がいよいよ始まろうとしていた。集まってきた上流貴族や名のある商家の人々はまず藤の花が上一面に広がっていることに感嘆の声を漏らす。それから、白羽家が仕切っているという話を口にして「それは楽しみだ」と胸を躍らせるのである。
「うふふ、出だしは上々ね」
「鏡花、そろそろ和菓子の準備に入るよ」
「ええ、そうして頂戴」
鏡花の後ろでそう告げたのは幼馴染である和菓子職人の葵だ。葵は「本当笑顔だけは鉄壁だよなあ」とくつくつ笑いながら和菓子の盛り付けに取り掛かる。本日、鏡花は藤の花に同化するごとく紫色の着物に身を包んでいた。玲やオスカーも同じような服を着ているのだが、生憎2人は最終チェックに取り掛かっているためここにはいない。というか、今日一日ほぼ顔を合わせられるか怪しい。
「天皇皇后両陛下がご入場されます」
そんなアナウンスが入ったこと同時にわあっと歓声が巻き起こる。2人は手を取り合って現れた。今年37歳になられた、とのことだったがそんな風には感じられなかった。おっとりとした雰囲気の天皇さまにぱっと目を惹く皇后さま。あまりにも2人は美しすぎた。2人は藤の花にじっと目を向けた後、用意されていた東屋に入る。この東屋も余力があったオスカーに手直しをしてもらい、レースで飾りつけをしてある。
「サプライズに気がついたかしら」
そう呟き、目を凝らす。中央の机の上には玲が調達してきた宝石を使用した宝石花が挿してあったのだが、気がついてくれただろうか。いずれにせよ、玲の提案で細やかなところに宝石が散りばめられているのだが、招待客がすでにそれを発見し楽しんでくれている。それでも十分。
鏡花は人数の確認と、頃合いを見計らって声を上げた。
「では、これより春のお茶会を開始したします。本日のお菓子がみなさまの元にいきますのでしばしお待ちくださいませ」
それから合図と同時にお菓子が配られ始める。今頃オスカーがど緊張している頃だろうが、それは鏡花もだ。
「わあ、とっても素敵。美味しそうだわ」
「このお皿も素晴らしいな」
「藤の花の和菓子の下に、花びらが見えるのがセンスの良さを感じるわね」
藤の花を象った上生菓子を中心に優しい色合いの和菓子が並ぶ。その和菓子たちの下から覗くのは木彫りで花びらを模したオスカーお手製の皿。あっという間に沸きたった雰囲気に鏡花は胸を撫で下ろした。そんな鏡花の隣で葵が挨拶を始める。
「今回和菓子を作らせていただきました、久遠葵でございます」
すると「久遠の和菓子は美味しいよなあ」と絶賛する声が上がった。葵が藤の花をイメージして作った和菓子であることを説明している最中も嬉しげな声は絶えない。
「お皿にもこだわっております。皆さまのお皿一枚一枚を彼、彫刻家であるオスカー・チェンが作っています」
配膳から戻ってきたオスカーを紹介するとまたまた「1人で!?」や「味があるなあ」と褒め称える声が上がった。ちらりと東屋を伺えば、2人も美味しそうに和菓子を頬張っている。ひとまず葵とオスカーと顔を見合わせ、ほっと息をつく。後は、お茶会最後のサプライズだけ……と玲を思い浮かべて成功を祈った。
***
挨拶や嗜み程度に会話やお菓子を楽しんでいると、鏡花は見覚えのある背を見かけた。
「……優雅さん」
思わず声をかけてしまった、そう気がついてからでは遅くバッチリ目があってしまう。蔑まれた顔をされるだろうか、最後に見た顔が頭に浮かんできて鏡花は咄嗟に取り繕う。
「あの」
「この前はごめん」
鏡花の言葉を遮り、優雅は頭を下げた。人目も憚らず行われたそれに、ゴシップ付きの貴族たちが食いついている。
「謝らないで。今日は来てくれてありがとう」
ふわりと微笑み、周りに遠回しに牽制する。そうすると白羽家と城森家より立場が下の家はまあいなくなりはするが。
「本当に素敵な会だ。まさか君が取り仕切っているだなんて……さすがだね」
「そう言ってもらえて嬉しい」
あれから、優雅も色々考えてくれていたのだろうか。ずいぶん柔らかくなった雰囲気に、鏡花は少し安心を覚える。婚約していた頃よりきっと今の方が仲良くなれそうだわ、なんて思ってしまう。
「君のことだから、まだまだサプライズがあるんだろうな。楽しみだ」
「そうね、楽しみにしていてほしいわ」
それから少しの間談笑し、鏡花は優雅と別れる。これからもこうして時折話すことができたら嬉しい、と思うのと同時に優雅を傷つけていた罪悪感を少しだけ拭えたような気がしていた。
「よし、色々スッキリしたわ。さあ、最後の大仕上げといきましょう」
鏡花はそう不敵に笑って、玲に託すように心の中で呼びかける。それとほぼ同時に天皇さまがすっと立ち上がる。
「今日はこんな素敵な春のお茶会をどうもありがとう」
そう言葉を紡ぐさまに会場にいた全員が口を閉じた。気のせいか、鏡花に向かって微笑んだように見えた。そんな微笑みすら美しい、と女性客は倒れてしまう者もいて。
「最後ではあるけれど、今日この場で私は妻に感謝を伝えたいと思う」
そうして、東屋に姿を見せたのは包みを抱えた玲。天皇さまは玲に微笑みかけ包みを受け取ると、不思議そうにしている皇后さまの手を取る。
「今までずっと私と共に歩んできてくれてありがとう」
「私こそいつもありがとうございます」
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箱の中から現れたのは美しい金細工の髪飾り。玲が見立てたデザインでダイヤモンドやルビーなどの宝石が控えめにしかし存在感をしっかり放っている。
「とっても綺麗ですわ。嬉しいです」
「そう言ってもらえてよかった」
髪飾りをつけて微笑む皇后さまと、優しい表情の天皇さまの、2人の素敵すぎる雰囲気にみな胸を打たれた。その瞬間、風がそよいで太陽の光がうまい具合に差し込みあたりは一面藤の花模様の影が広がる。甘い香りに美しい風景……わあっと歓声と拍手が起こり、会場は一気に良い雰囲気でいっぱいになる。
「今日は集まってくれてありがとう。今一度、この素晴らしい会を率いてくれた若人たちに拍手を」
そう天皇さまが指し示すのはもちろん鏡花、それから戻ってきた玲、葵、それからオスカー。思わず頬が緩みそうになるのを我慢して、鏡花は精一杯の社交的な笑顔を浮かべ深々とお辞儀をしてみせる。
「成功、だな」
鳴り止まぬ拍手の最中、玲はそっと鏡花に耳打ちする。
急に決まった春のお茶会。予定外もたくさんあって、難題な条件を出されていたり。和菓子の準備に、お皿作り、やることはみんないっぱいで忙しかったけれど。
「大成功、ね!」
ひとまず、今くらい笑ってしまおう。
鏡花は玲にそう言う。弾けるような笑顔はこの会場にいる誰よりも眩しく、鏡花は改めて成功に浸るのだった。
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