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14.老舗和菓子屋へ

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 風情ある下町をかたかたと下駄の音を鳴らし、鏡花が清楚な着物で歩いているとたちまち目をひく。向かう先は老舗和菓子屋、久遠。のれんをくぐり顔を出す。すると店番をしていた女の子がそそくさと奥へと引っ込んでいく。数分後、パッと美男子が顔を覗かせた。

「葵。久しぶりね」
「やあ、鏡花。会いたかったよ」

 彼は今日、鏡花が仕事を頼む相手である。黄土色の真っ直ぐな絹の髪を結い上げ、クラシックな雰囲気の着物を着こなす姿は、まさに久遠を引き継いだ者としての威厳を感じさせる。

「で? 婚約破棄されて婚約しなおした今の感想は?」

 これである。
 鏡花はこのデリカシーの無さに顔を歪めた。おそらく客がいるときはそんな大胆発言はしないのだろう。この使い分けの良さが彼の嫌なところである。

「どうもこうもないわ。婚約なんて所詮利益なんだからなんだって一緒よ」
「ちぇ、変わってなくてつまんないな」
「どうもすみませんね、私はつまらない女なの。で、私も忙しいから早く話しちゃいましょ」

 ほんの少しだけ、利益と言い放った自分に嫌気がさしたけれど、すぐに葵への面倒くささでいっぱいになる。葵は頬を膨らませ、奥へと引っ込んだ。すぐにお茶菓子を持って帰ってきた葵は近くの椅子に腰掛ける。

「なるほど、春のお茶会を桜じゃなくて藤の下でねえ……」
「お願いできる?」
「ああ、それは全然構わないけれど。藤の花で和菓子を作るのも楽しいからいいよ」
「……何か不満?」

 口ではいいよと言いつつ、あまりやる気の見えない葵に鏡花は問う。たしかに後1ヶ月後しかない春のお茶会、しかも新作かつ50人近くの分を注文となると葵とて不満を覚えるかもしれない。

「いいや。ただいつもは皇室付きの和菓子屋が作っているだろ? だから今回だってそこでいいんじゃないかと思って」
「だって、あの和菓子屋体制が古いから嫌なんだもの」

 鏡花は当たり前でしょ、と言い放った。葵はこの反応にいくらか慣れてはいるため澄まし顔のまま「そうなの?」と聞き返した。

「だって、春のお茶会には毎年決まったものを出していたと聞いたわ。そんなの毎年儀式みたいでつまらないじゃない。でも話を聞く感じ、『これが正しい』って思ってる節があって、嫌いだったのよね」
「わあ、いつもより一段と饒舌だね、新しい旦那にも嫌われちゃうよ」
「うるさいわよ」

 きっと睨みつける。もしかしたら玲も心のどこかでは、怖いだの嫌いだの思っているかもと思うと胸が痛む。ふるふる首を振って自分のほっぺたを叩き喝を入れる。

「今回、私が取り仕切るからこそ、新しくてなおかつ、斬新で美しくしたいの。そのために久遠の和菓子が最適だと思ったのよ」

 こう断言してもなお、疑心暗鬼なのか葵は「他にもいい店がいっぱいあるよ」などといじけている。鏡花ははああ、と大きくため息をついた。

「私は葵の作る和菓子が好きなの。昔からいっぱい食べてきたから良さは十分理解してるはずだわ。だからこそ葵にやってもらいたいの」
「……本当に? 嬉しいなあ、頑張っちゃう」

 えへへと照れくさそうにしている葵を白けた目で見つつ、単純だと思った。もちろん葵のお菓子は絶品だからその言葉に嘘偽りもないのだが。
 その後淡々と日程などの計画を進めて、無事和菓子の件は終了した。鏡花はそろーりと立ち上がって何食わぬ顔でのれんを潜ろうとする。

「あれ、鏡花。ひっさしぶりに会う、こんな急な案件を飲んでくれる優しい優しい幼馴染に、何のお土産話も無しで帰るの?」
「ぐっ……」

 げんなりと顔を歪めた。帰る間際発生する謎のおしゃべりタイム。正直とてつもなく忙しいこの時期に、やめてほしい。

「何もないわよ、忙しかったもの」
「いやいや、あるくせに。薬指にペアリングまでつけちゃって。洒落てんじゃん」

 にこおっと笑って座るよう促す葵には逆らえず……鏡花は渋々椅子に座った。それから、葵のこういうどうでもいいところに発揮される観察眼。これが非常に厄介なのである。

「いやあ、嬉しいなあ。ついに鏡花がペアリングをつけている日が来るなんて。婚約者さんとはどこまで行ったの?」
「……真昼間からやめてくれる? どうもこうもないわよ」

 元婚約者とならあったけどね……というのは飲み込んだ。これを言えばそのままこの前20歳を迎えたばかりの葵飲んだくれコースへ突入してしまう。

「またまたあ」
「……そのデリカシーのなさを婚約者さんに見せてあげたいわ。人にはそんなこと聞いておいて自分はへっぴり腰なくせして」
「しょ、しょうがないだろ!!」

 クククッと鏡花はしたり顔で笑う。こうお互いをつつき合っているが2人ともそういうことに関しては耐性があまりにもなかった。
 葵にも婚約して数年経つ婚約者がいる。葵が久遠を引き継ぎ落ち着き始めたからそろそろ結婚してもおかしくないのだが、未だに手に触れるのがやっとらしい。なんて純情青年。

「じゃ、じゃあ、俺がキ、キスしたら鏡花もしろよ!!」
「はあ!? そんなこと誰が約束するの……」
「断ってもいいんだけど?」

 ひらひらと見せられた契約書に鏡花は思わず怯んだ。これは完全に脅し。それも葵が一歩前進するためのダシにされる形で。

「…………ああ、もう。でもこれから忙しいんだからそういうのは春のお茶会が無事終わってからよ!」
「ああ! 約束だからな!!」

 半ば叫ぶように言い合い、お互いなんてこと約束してしまったんだとひどく後悔した。しかしプライドが高いゆえに言い出すことはできなかった。

「……そうだ、これ持っていって。旦那と一緒に食べてくれよ。感想もほしいしさ」

 帰る間際、葵は包みを手渡した。中身は久遠名物の葉の形の上生菓子だ。鏡花はお気に入りのお土産に顔を綻ばせる。同時に玲と一緒に食べようと胸を躍らせた。


 ***


「ただいま」
「おかえりなさいませお嬢さま」

 邸に帰るとかよが出迎えた。掃除をしていたのだろうか、かよのほかにも使用人がいるように見えたが目的の人物はどうやらいなそうだった。

「玲さんはお部屋かしら?」
「ええ、そうなのですが……どうやらあまり元気ではなさそうで」

 声が心なしか沈んでいたと話すかよに鏡花は自然と二階に目を向けていた。早々に上生菓子を皿に盛りつけ、2人分をお盆にのせる。それから鏡花は急ぎ足で玲の部屋を目指した。

 部屋のあたりまで来て、部屋ではなくコレクションルームにいることに気がつく。それからすぐに邪魔をしてはいけないわ、という少し残念な気持ちが押し寄せる。

「互いに干渉しないことは、私が望んだことでしょ……」

 そうぽろりとこぼして、方向を変えた。お盆に乗る皿がかちゃかちゃと立てる音すらうるさく感じてしまう。すると。
 ばたばたと滑りそうな勢いで部屋を駆ける音が聞こえた。鏡花が振り返ったのと同時に部屋のドアが勢いよく開いた。そこから玲が顔をのぞかせている。

「待って、行かないでくれ」

 玲はどこか、懇願しているようにすら見えた。
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