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プロローグ
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「鏡花、君との婚約を破棄したい」
客間で婚約者、優雅はきまり悪そうに告げた。鹿威しがカコンと響く音だけが部屋の中に聞こえている。やたら言い淀んでいた彼を見かねて鏡花は庭をぼんやりと眺めていたが、これには鏡花も少しばかり目を見開く。視線を優雅に向けた。けれど、別段気には留めない。着慣れないスーツが苦しいのか、はたまたこの沈黙が辛いのか――優雅は机を向かいに正座している、姿勢はもちろん表情すら全く揺らぐことのない婚約者を伏せ目がちに窺っている。
「また、どうして急に」
「どうしても何も……」
びくびくする優雅などお構いなく鏡花はそのほどよく巻かれた瑠璃紺の髪を弄ぶ。まったくこれでは庭にある鹿威しに負けてしまうくらいだわ、と心の中で盛大にため息をつきながら。
「はっきり言って頂戴」
高圧的に言い放つと、優雅の口がかすかに動いた。何か言ったらしいが、相変わらず顔は伏せているので、声がくぐもってよく聞こえない。鏡花は眉を顰める。すると、その鏡花の表情を捉えた優雅の目つきが睨むようなものに変化した。
「…………そういうところだよ」
「どういうところ?」
「君は可愛げがないし、女なのに婚約者である僕を立てる気はないのか!?」
先ほどまで大人しくしていたのが嘘のように優雅は刺々しく言い放つ。優雅が声を荒げたことは一度もない。というか、彼はあまり頭がよくなかったから、いつも鏡花に言いくるめられていたのだが。鬱憤が溜まっていたのかしら、と思うのと同時に嫌な気分になる。
この変化している時代にまだ女がどうのと主張する人がいるとはなんとも残念である。
「それが理由? 存外つまらないわね」
「僕の気持ちなんてわからないんだろう……やり手な君と比較される僕の身にもなってくれ」
鏡花の家、白羽家は帝都でも有数の商家である。白羽家の令嬢として経営手腕や学問、様々な商品を見分ける新便含を叩きこまれた鏡花はその経営センスで抜群の売り上げを誇る。とはいえ、優雅の城森家もなかなか歴史のある大きな商家であることに間違いはないのだが。どうやら優雅にとってそれは酷く屈辱的らしかった。
「それは八つ当たりよね、私のせいじゃないわ」
優雅は口をつぐむ。冷たい一言だとは思う。彼のいう“可愛げ”がある、献身的な女性であればもっと何か、優しいおだてるような言葉をかけるのだろう。だけど、こうした理由で一度でもつっかかってきた人は今後も同じことを必ずする。それは嫌だった。鏡花は優雅に聞こえない程度に溜息をついた。
「しましょう、婚約破棄」
ツンと言い放ち、鏡花は立ち上がる。無論、元婚約者の家から立ち去るためである。視線は合わせず襖に手をかけた。優雅が一瞬顔を歪めたことには気がつかない。
「……君は本当に悪女なんだな」
背中から聞こえた声にピクリと眉が動いた。しかし振り返ることはせず、鏡花は襖を開けた。ぴしゃんと襖を閉め、数歩歩いて、周りに使用人がいないか確認してから鏡花はようやく思いの丈を口にする。
どうして、と喚くわけでもなければ後悔するわけでもない。吐いたのは、ただの疑問……それと若干のイライラを交えて。
「『本当に悪女』ってどういう意味よ……?」
客間で婚約者、優雅はきまり悪そうに告げた。鹿威しがカコンと響く音だけが部屋の中に聞こえている。やたら言い淀んでいた彼を見かねて鏡花は庭をぼんやりと眺めていたが、これには鏡花も少しばかり目を見開く。視線を優雅に向けた。けれど、別段気には留めない。着慣れないスーツが苦しいのか、はたまたこの沈黙が辛いのか――優雅は机を向かいに正座している、姿勢はもちろん表情すら全く揺らぐことのない婚約者を伏せ目がちに窺っている。
「また、どうして急に」
「どうしても何も……」
びくびくする優雅などお構いなく鏡花はそのほどよく巻かれた瑠璃紺の髪を弄ぶ。まったくこれでは庭にある鹿威しに負けてしまうくらいだわ、と心の中で盛大にため息をつきながら。
「はっきり言って頂戴」
高圧的に言い放つと、優雅の口がかすかに動いた。何か言ったらしいが、相変わらず顔は伏せているので、声がくぐもってよく聞こえない。鏡花は眉を顰める。すると、その鏡花の表情を捉えた優雅の目つきが睨むようなものに変化した。
「…………そういうところだよ」
「どういうところ?」
「君は可愛げがないし、女なのに婚約者である僕を立てる気はないのか!?」
先ほどまで大人しくしていたのが嘘のように優雅は刺々しく言い放つ。優雅が声を荒げたことは一度もない。というか、彼はあまり頭がよくなかったから、いつも鏡花に言いくるめられていたのだが。鬱憤が溜まっていたのかしら、と思うのと同時に嫌な気分になる。
この変化している時代にまだ女がどうのと主張する人がいるとはなんとも残念である。
「それが理由? 存外つまらないわね」
「僕の気持ちなんてわからないんだろう……やり手な君と比較される僕の身にもなってくれ」
鏡花の家、白羽家は帝都でも有数の商家である。白羽家の令嬢として経営手腕や学問、様々な商品を見分ける新便含を叩きこまれた鏡花はその経営センスで抜群の売り上げを誇る。とはいえ、優雅の城森家もなかなか歴史のある大きな商家であることに間違いはないのだが。どうやら優雅にとってそれは酷く屈辱的らしかった。
「それは八つ当たりよね、私のせいじゃないわ」
優雅は口をつぐむ。冷たい一言だとは思う。彼のいう“可愛げ”がある、献身的な女性であればもっと何か、優しいおだてるような言葉をかけるのだろう。だけど、こうした理由で一度でもつっかかってきた人は今後も同じことを必ずする。それは嫌だった。鏡花は優雅に聞こえない程度に溜息をついた。
「しましょう、婚約破棄」
ツンと言い放ち、鏡花は立ち上がる。無論、元婚約者の家から立ち去るためである。視線は合わせず襖に手をかけた。優雅が一瞬顔を歪めたことには気がつかない。
「……君は本当に悪女なんだな」
背中から聞こえた声にピクリと眉が動いた。しかし振り返ることはせず、鏡花は襖を開けた。ぴしゃんと襖を閉め、数歩歩いて、周りに使用人がいないか確認してから鏡花はようやく思いの丈を口にする。
どうして、と喚くわけでもなければ後悔するわけでもない。吐いたのは、ただの疑問……それと若干のイライラを交えて。
「『本当に悪女』ってどういう意味よ……?」
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