1 / 22
プロローグ
しおりを挟む
「鏡花、君との婚約を破棄したい」
客間で婚約者、優雅はきまり悪そうに告げた。鹿威しがカコンと響く音だけが部屋の中に聞こえている。やたら言い淀んでいた彼を見かねて鏡花は庭をぼんやりと眺めていたが、これには鏡花も少しばかり目を見開く。視線を優雅に向けた。けれど、別段気には留めない。着慣れないスーツが苦しいのか、はたまたこの沈黙が辛いのか――優雅は机を向かいに正座している、姿勢はもちろん表情すら全く揺らぐことのない婚約者を伏せ目がちに窺っている。
「また、どうして急に」
「どうしても何も……」
びくびくする優雅などお構いなく鏡花はそのほどよく巻かれた瑠璃紺の髪を弄ぶ。まったくこれでは庭にある鹿威しに負けてしまうくらいだわ、と心の中で盛大にため息をつきながら。
「はっきり言って頂戴」
高圧的に言い放つと、優雅の口がかすかに動いた。何か言ったらしいが、相変わらず顔は伏せているので、声がくぐもってよく聞こえない。鏡花は眉を顰める。すると、その鏡花の表情を捉えた優雅の目つきが睨むようなものに変化した。
「…………そういうところだよ」
「どういうところ?」
「君は可愛げがないし、女なのに婚約者である僕を立てる気はないのか!?」
先ほどまで大人しくしていたのが嘘のように優雅は刺々しく言い放つ。優雅が声を荒げたことは一度もない。というか、彼はあまり頭がよくなかったから、いつも鏡花に言いくるめられていたのだが。鬱憤が溜まっていたのかしら、と思うのと同時に嫌な気分になる。
この変化している時代にまだ女がどうのと主張する人がいるとはなんとも残念である。
「それが理由? 存外つまらないわね」
「僕の気持ちなんてわからないんだろう……やり手な君と比較される僕の身にもなってくれ」
鏡花の家、白羽家は帝都でも有数の商家である。白羽家の令嬢として経営手腕や学問、様々な商品を見分ける新便含を叩きこまれた鏡花はその経営センスで抜群の売り上げを誇る。とはいえ、優雅の城森家もなかなか歴史のある大きな商家であることに間違いはないのだが。どうやら優雅にとってそれは酷く屈辱的らしかった。
「それは八つ当たりよね、私のせいじゃないわ」
優雅は口をつぐむ。冷たい一言だとは思う。彼のいう“可愛げ”がある、献身的な女性であればもっと何か、優しいおだてるような言葉をかけるのだろう。だけど、こうした理由で一度でもつっかかってきた人は今後も同じことを必ずする。それは嫌だった。鏡花は優雅に聞こえない程度に溜息をついた。
「しましょう、婚約破棄」
ツンと言い放ち、鏡花は立ち上がる。無論、元婚約者の家から立ち去るためである。視線は合わせず襖に手をかけた。優雅が一瞬顔を歪めたことには気がつかない。
「……君は本当に悪女なんだな」
背中から聞こえた声にピクリと眉が動いた。しかし振り返ることはせず、鏡花は襖を開けた。ぴしゃんと襖を閉め、数歩歩いて、周りに使用人がいないか確認してから鏡花はようやく思いの丈を口にする。
どうして、と喚くわけでもなければ後悔するわけでもない。吐いたのは、ただの疑問……それと若干のイライラを交えて。
「『本当に悪女』ってどういう意味よ……?」
客間で婚約者、優雅はきまり悪そうに告げた。鹿威しがカコンと響く音だけが部屋の中に聞こえている。やたら言い淀んでいた彼を見かねて鏡花は庭をぼんやりと眺めていたが、これには鏡花も少しばかり目を見開く。視線を優雅に向けた。けれど、別段気には留めない。着慣れないスーツが苦しいのか、はたまたこの沈黙が辛いのか――優雅は机を向かいに正座している、姿勢はもちろん表情すら全く揺らぐことのない婚約者を伏せ目がちに窺っている。
「また、どうして急に」
「どうしても何も……」
びくびくする優雅などお構いなく鏡花はそのほどよく巻かれた瑠璃紺の髪を弄ぶ。まったくこれでは庭にある鹿威しに負けてしまうくらいだわ、と心の中で盛大にため息をつきながら。
「はっきり言って頂戴」
高圧的に言い放つと、優雅の口がかすかに動いた。何か言ったらしいが、相変わらず顔は伏せているので、声がくぐもってよく聞こえない。鏡花は眉を顰める。すると、その鏡花の表情を捉えた優雅の目つきが睨むようなものに変化した。
「…………そういうところだよ」
「どういうところ?」
「君は可愛げがないし、女なのに婚約者である僕を立てる気はないのか!?」
先ほどまで大人しくしていたのが嘘のように優雅は刺々しく言い放つ。優雅が声を荒げたことは一度もない。というか、彼はあまり頭がよくなかったから、いつも鏡花に言いくるめられていたのだが。鬱憤が溜まっていたのかしら、と思うのと同時に嫌な気分になる。
この変化している時代にまだ女がどうのと主張する人がいるとはなんとも残念である。
「それが理由? 存外つまらないわね」
「僕の気持ちなんてわからないんだろう……やり手な君と比較される僕の身にもなってくれ」
鏡花の家、白羽家は帝都でも有数の商家である。白羽家の令嬢として経営手腕や学問、様々な商品を見分ける新便含を叩きこまれた鏡花はその経営センスで抜群の売り上げを誇る。とはいえ、優雅の城森家もなかなか歴史のある大きな商家であることに間違いはないのだが。どうやら優雅にとってそれは酷く屈辱的らしかった。
「それは八つ当たりよね、私のせいじゃないわ」
優雅は口をつぐむ。冷たい一言だとは思う。彼のいう“可愛げ”がある、献身的な女性であればもっと何か、優しいおだてるような言葉をかけるのだろう。だけど、こうした理由で一度でもつっかかってきた人は今後も同じことを必ずする。それは嫌だった。鏡花は優雅に聞こえない程度に溜息をついた。
「しましょう、婚約破棄」
ツンと言い放ち、鏡花は立ち上がる。無論、元婚約者の家から立ち去るためである。視線は合わせず襖に手をかけた。優雅が一瞬顔を歪めたことには気がつかない。
「……君は本当に悪女なんだな」
背中から聞こえた声にピクリと眉が動いた。しかし振り返ることはせず、鏡花は襖を開けた。ぴしゃんと襖を閉め、数歩歩いて、周りに使用人がいないか確認してから鏡花はようやく思いの丈を口にする。
どうして、と喚くわけでもなければ後悔するわけでもない。吐いたのは、ただの疑問……それと若干のイライラを交えて。
「『本当に悪女』ってどういう意味よ……?」
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
生贄巫女はあやかし旦那様を溺愛します
桜桃-サクランボ-
恋愛
人身御供(ひとみごくう)は、人間を神への生贄とすること。
天魔神社の跡取り巫女の私、天魔華鈴(てんまかりん)は、今年の人身御供の生贄に選ばれた。
昔から続く儀式を、どうせ、いない神に対して行う。
私で最後、そうなるだろう。
親戚達も信じていない、神のために、私は命をささげる。
人身御供と言う口実で、厄介払いをされる。そのために。
親に捨てられ、親戚に捨てられて。
もう、誰も私を求めてはいない。
そう思っていたのに――……
『ぬし、一つ、我の願いを叶えてはくれぬか?』
『え、九尾の狐の、願い?』
『そうだ。ぬし、我の嫁となれ』
もう、全てを諦めた私目の前に現れたのは、顔を黒く、四角い布で顔を隠した、一人の九尾の狐でした。
※カクヨム・なろうでも公開中!
※表紙、挿絵:あニキさん

私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。
火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。
王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。
そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。
エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。
それがこの国の終わりの始まりだった。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
【第一部・完結】七龍国物語〜冷涼な青龍さまも嫁御寮には甘く情熱的〜
四片霞彩
恋愛
七体の龍が守護する国・七龍国(しちりゅうこく)。
その内の一体である青龍の伴侶に選ばれた和華(わか)の身代わりとして、青龍の元に嫁ぐことになった海音(みおん)だったが、輿入れの道中に嫁入り道具を持ち逃げされた挙句、青龍が住まう山中に置き去りにされてしまう。
日が暮れても輿入れ先に到着しない海音は、とうとう山に住まう獣たちの餌食になることを覚悟する。しかしそんな海音を心配して迎えに来てくれたのは、和華を伴侶に望んだ青龍にして、巷では「人嫌いな冷涼者」として有名な蛍流(ほたる)であった。
冷酷無慈悲の噂まである蛍流だったが、怪我を負っていた海音を心配すると、自ら背負って輿入れ先まで運んでくれる。
身代わりがバレないまま話は進んでいき、身代わりの花嫁として役目を達成するという時、喉元に突き付けられたのは海音と和華の入れ替わりを見破った蛍流の刃であった。
「和華ではないな。お前、何者だ?」
疑いの眼差しを向ける蛍流。そんな蛍流に海音は正直に身の内を打ち明けるのだった。
「信じてもらえないかもしれませんが、私は今から三日前、こことは違う世界――『日本』からやって来ました……」
現代日本から転移したという海音を信じる蛍流の誘いでしばらく身を寄せることになるが、生活を共にする中で知るのは、蛍流と先代青龍との師弟関係、蛍流と兄弟同然に育った兄の存在。
そして、蛍流自身の誰にも打ち明けられない秘められた過去と噂の真相。
その過去を知った海音は決意する。
たとえ伴侶になれなくても、蛍流の心を救いたいと。
その結果、この身がどうなったとしても――。
転移先で身代わりの花嫁となった少女ד青龍”に選ばれて国を守護する人嫌い青年。
これは、遠い過去に願い事を分かち合った2人の「再会」から始まる「約束」された恋の物語。
「人嫌い」と噂の国の守護龍に嫁いだ身代わり娘に、冷涼な青龍さまは甘雨よりも甘く熱い愛を注ぐ。
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁┈┈┈┈┈┈┈┈
第一部完結しました。最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございました。
第二部開始まで今しばらくお待ちください。
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁┈┈┈┈┈┈┈┈
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
鉄格子のゆりかご
永久(時永)めぐる
恋愛
下働きとして雇われた千代は、座敷牢の主である朝霧の世話を任される。
お互いを気遣い合う穏やかな日々。
それはずっと続くと思っていたのに……。
※五話完結。
※2015年8月に発行した同人誌に収録した短編を加筆修正のうえ投稿しました。
※小説家になろうさん、魔法のiらんどさんにも投稿しています。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる