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マルチエンディング
BAD END 残像に縋る【ウィル・アドラー】
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「あの、しばらくわたし、ウィルさんとは会えなくなりそうです……」
そう言えば、ウィルは悲しそうに眉を下げる。
卒業してからも1、2ヶ月に一度程度は学園を訪れて植物園でウィルに会っていた。たくさんの花に囲まれて、優しいウィルと話をするのは本当に楽しくて、いつもリラックスできていた。
「どうして、と尋ねても?」
「はい、実は隣国に行くことになりまして……」
もっとたくさんのことを学びたい、と感じたわたしは使節団とともに隣国へ行くことを決めた。隣国は魔法にも長けていて、こちらの国にはない技術なども多い。隣国としても元とはいえ、花の乙女について知りたいようでわたしを快く迎え入れてくれることになったのだ。
「どのくらい行かれるのですか?」
「ええと、詳しくは分かりませんが、1、2年ほどかと……」
「そうですか」とウィルは残念そうに言ったものの、すぐにいつものように大袈裟に褒めつつ、「ローズさんならきっと大丈夫です!」と激励してくれたのだった。
***
「久しぶりの我が家の空気!」
馬車から降りたわたしはいっぱいに吸い込んで、笑う。あれから実に4年もの歳月が経っていた。隣国でまさか定職に就くとは思わなかったけれど。
その間、兄とはもちろんジルやラギーなど友人たちとは連絡を取り合っていた。毎週必ず届く手紙を楽しみにしつつ、文量のすごさに応えるべくてんてこまいになりながら返事を書いた。手紙の話をしながらわたしは久しぶりに家族との食卓を囲んでいた。すると、それまでにこやかに話を聞いていた兄が思い出したように尋ねてきた。
「そういえばローズ、あの植物園の彼とも手紙をやりとりしていたの?」
「えっ?」
植物園の彼って誰だっけ、と言いかけてはっと思い出す。そういえば、すっかりウィルのことを忘れていた。薄情かもしれないが、無理もない。隣国に行ってから手紙を出しはした。けれどわたしは彼の家は知らない。だからやむを得ず学園宛で出したのだ。
「それで返事が届かないということが続いて……しばらくして出すのをやめてしまったんです」
ウィルとは友人とも少し違うし、学園の職員と言ってしまえばそれまでの存在ともいえる。連絡を取り合っていなければ、忘れてしまうのも……仕方ない。
「わたし、明日学園に行ってウィルさんに会ってきます」
謝って、今までのことをたくさん話そう。向こうで見た素敵な花のことも話せたらいいな。
「ウィル・アドラーさんなら、だいぶ前に辞めましたよ?」
「え、そうなんですか?」
植物園には全然知らない人がいた。うきうきと買ってきた2人分のケーキを見つめて、どうしようかと項垂れる。
すると新しい植物園の管理人さんが「住所はなんとなくわかるよ」と教えてくれた。なんと、近所らしく何度か見かけたことがあるのだという。
わたしはその人に案内された通りの場所へ向かう。着いた場所は、ありきたりな平屋。ただ、わたしはここがウィルの家だとは信じられなかった。庭は荒れているし、花は枯れている。植物が大好きな彼の家とは思えない。
確認だけはしよう、と扉をノックした。けれど誰かが出てくる気配はない。
留守かな、と少し回り込んで窓を覗く。昼だというのにカーテンが閉められた部屋にまだ寝ているのかと首をひねる。けれど隙間からわずかに光が漏れていることに気がついた。わたしはもう一度ノックをして、ドアノブをひねる。キィ、と音を立ててドアが開いた。
「失礼します……ウィルさん、いらしてますか……? げっほ、ごほ、お掃除苦手なのかな……」
玄関は明らかに埃まみれで、掃除がされていない様子だった。それに家中暗くて、これでは廃屋も同然だ。しかも、所々ある窓には木の板が打ち付けられている。
ゆっくり奥の部屋へ近づいていくとぶつぶつと声が聞こえてきた。呪文か何かか、とますます首をかしげる。なんだか少し怖いとすら思う。やっぱりここはウィルの家ではないな、と判断した。しかしここが何か怪しい団体の家だったりしたら大変だ、ともう少し調べてから帰ることにした。
ドアノブをひねり、隙間から部屋を覗く。暗い部屋に灯りがいくつか灯っている。その灯りの1つが蹲る人の影を照らしている。
もう少し開けないと分からない。わたしは慎重にドアを開ける。
そこで見たものに、思わず小さく悲鳴をあげた。影が顔を上げたように見えた。
それは一種の宗教活動のようだった。
部屋は一面バラまみれになっていた。それも、全てピンク色の。魔法陣や、髪束らしいもの、それに像もあった。それも……どう見てもわたしを模したものだった。
――わたしを祀っている?
うまく理解ができないでいると、ドアがゆっくりと開いた。見上げれば、ウィルが立っている。
いや、ウィルなのかどうかもよく分からない。あまりにも痩せ細りすぎていて、ほぼ骨と皮しかないのだ。髪も伸び切っていて、別人のようだった。
「おかえりなさい、帰ってきてくれたんだね」
「ウィ、ウィルさん、ですよね……?」
どうしたんですか、と続けようとするとウィルの顔が途端に無表情になる。凍ったようなその顔と、目の下の真っ黒なくまに思わず後ずさった。
「ちがう、ちがう……彼女はそんなふうに言わない、そんな顔しない……まだ足りないんだ、僕の祈りが足りないんだ……だから僕の妖精はずっと帰ってこない……」
ウィルはふらふらと部屋へ戻っていき、また蹲った。本物のわたしを探すために蹲って、祈っている。
わたしはここにいるのに。
そう言えば、ウィルは悲しそうに眉を下げる。
卒業してからも1、2ヶ月に一度程度は学園を訪れて植物園でウィルに会っていた。たくさんの花に囲まれて、優しいウィルと話をするのは本当に楽しくて、いつもリラックスできていた。
「どうして、と尋ねても?」
「はい、実は隣国に行くことになりまして……」
もっとたくさんのことを学びたい、と感じたわたしは使節団とともに隣国へ行くことを決めた。隣国は魔法にも長けていて、こちらの国にはない技術なども多い。隣国としても元とはいえ、花の乙女について知りたいようでわたしを快く迎え入れてくれることになったのだ。
「どのくらい行かれるのですか?」
「ええと、詳しくは分かりませんが、1、2年ほどかと……」
「そうですか」とウィルは残念そうに言ったものの、すぐにいつものように大袈裟に褒めつつ、「ローズさんならきっと大丈夫です!」と激励してくれたのだった。
***
「久しぶりの我が家の空気!」
馬車から降りたわたしはいっぱいに吸い込んで、笑う。あれから実に4年もの歳月が経っていた。隣国でまさか定職に就くとは思わなかったけれど。
その間、兄とはもちろんジルやラギーなど友人たちとは連絡を取り合っていた。毎週必ず届く手紙を楽しみにしつつ、文量のすごさに応えるべくてんてこまいになりながら返事を書いた。手紙の話をしながらわたしは久しぶりに家族との食卓を囲んでいた。すると、それまでにこやかに話を聞いていた兄が思い出したように尋ねてきた。
「そういえばローズ、あの植物園の彼とも手紙をやりとりしていたの?」
「えっ?」
植物園の彼って誰だっけ、と言いかけてはっと思い出す。そういえば、すっかりウィルのことを忘れていた。薄情かもしれないが、無理もない。隣国に行ってから手紙を出しはした。けれどわたしは彼の家は知らない。だからやむを得ず学園宛で出したのだ。
「それで返事が届かないということが続いて……しばらくして出すのをやめてしまったんです」
ウィルとは友人とも少し違うし、学園の職員と言ってしまえばそれまでの存在ともいえる。連絡を取り合っていなければ、忘れてしまうのも……仕方ない。
「わたし、明日学園に行ってウィルさんに会ってきます」
謝って、今までのことをたくさん話そう。向こうで見た素敵な花のことも話せたらいいな。
「ウィル・アドラーさんなら、だいぶ前に辞めましたよ?」
「え、そうなんですか?」
植物園には全然知らない人がいた。うきうきと買ってきた2人分のケーキを見つめて、どうしようかと項垂れる。
すると新しい植物園の管理人さんが「住所はなんとなくわかるよ」と教えてくれた。なんと、近所らしく何度か見かけたことがあるのだという。
わたしはその人に案内された通りの場所へ向かう。着いた場所は、ありきたりな平屋。ただ、わたしはここがウィルの家だとは信じられなかった。庭は荒れているし、花は枯れている。植物が大好きな彼の家とは思えない。
確認だけはしよう、と扉をノックした。けれど誰かが出てくる気配はない。
留守かな、と少し回り込んで窓を覗く。昼だというのにカーテンが閉められた部屋にまだ寝ているのかと首をひねる。けれど隙間からわずかに光が漏れていることに気がついた。わたしはもう一度ノックをして、ドアノブをひねる。キィ、と音を立ててドアが開いた。
「失礼します……ウィルさん、いらしてますか……? げっほ、ごほ、お掃除苦手なのかな……」
玄関は明らかに埃まみれで、掃除がされていない様子だった。それに家中暗くて、これでは廃屋も同然だ。しかも、所々ある窓には木の板が打ち付けられている。
ゆっくり奥の部屋へ近づいていくとぶつぶつと声が聞こえてきた。呪文か何かか、とますます首をかしげる。なんだか少し怖いとすら思う。やっぱりここはウィルの家ではないな、と判断した。しかしここが何か怪しい団体の家だったりしたら大変だ、ともう少し調べてから帰ることにした。
ドアノブをひねり、隙間から部屋を覗く。暗い部屋に灯りがいくつか灯っている。その灯りの1つが蹲る人の影を照らしている。
もう少し開けないと分からない。わたしは慎重にドアを開ける。
そこで見たものに、思わず小さく悲鳴をあげた。影が顔を上げたように見えた。
それは一種の宗教活動のようだった。
部屋は一面バラまみれになっていた。それも、全てピンク色の。魔法陣や、髪束らしいもの、それに像もあった。それも……どう見てもわたしを模したものだった。
――わたしを祀っている?
うまく理解ができないでいると、ドアがゆっくりと開いた。見上げれば、ウィルが立っている。
いや、ウィルなのかどうかもよく分からない。あまりにも痩せ細りすぎていて、ほぼ骨と皮しかないのだ。髪も伸び切っていて、別人のようだった。
「おかえりなさい、帰ってきてくれたんだね」
「ウィ、ウィルさん、ですよね……?」
どうしたんですか、と続けようとするとウィルの顔が途端に無表情になる。凍ったようなその顔と、目の下の真っ黒なくまに思わず後ずさった。
「ちがう、ちがう……彼女はそんなふうに言わない、そんな顔しない……まだ足りないんだ、僕の祈りが足りないんだ……だから僕の妖精はずっと帰ってこない……」
ウィルはふらふらと部屋へ戻っていき、また蹲った。本物のわたしを探すために蹲って、祈っている。
わたしはここにいるのに。
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