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マルチエンディング
BAD END 凍てついたまま【ナイン・アメリア】
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「ごめんなさい」
兄のナインに好きだと告白された。わたしはその場でどう返答しようか迷い、けれどやはり兄妹以上に見ることはできない、と断った。
「無理言ってごめんね、そうだよね」
兄はそう苦しそうに口角を上げて見せた。
何て言ったらいいかわからなくて、わたしは俯いてしまう。兄はそんなわたしを待っていてくれているようだった。
やがて顔を跳ね上げてわたしは、「これからも兄妹でいてくれますか」と問いかけた。告白を断っておいて図々しいことこの上ないと思うけれど、兄と仲違いしてしまうなんて、辛すぎる。
兄は少しだけ笑みを浮かべた。それからすぐに「夜にごめんね、明日から遠方でのパーティに出るんだったよね」と慌てて休むように促された。
わたしは兄に部屋まで送ってもらっておやすみなさい、と小さく声をかけて部屋の扉を閉めた。
――まさか、これが最後のおやすみ、になるなんて。
「おにいさまは夕食にはいらっしゃらないのですか?」
3日後、パーティを終えて帰宅したわたしは夕食の席に現れない兄について両親に尋ねていた。いつもだったらわたしの隣の席には兄がいる。わたしよりも早くやってきていて今日のメニューを教えてくれるのに。それともたまにある地方の領地訪問だろうか。爵位継承を控えた兄は最近父の仕事の一部を任されていて、その仕事のうちに領地の管理も任されていた。そうならそうと言ってくれればいいのにな、なんて寂しく思いながら両親を見ればなぜか気まずそうにしている。
先日の告白してきたときのナインの表情が急によぎった。
「おにいさまは、今日は、どちらに?」
震える声で尋ねる。すると両親は顔を見合わせて「本当に何も聞かされていないのね……」と母が呟いた。
「ナインはこの前、公爵家に婿入りしたんだ」
「え……?」
どういうこと……? 理解が追いつかないまま、両親はぽつりぽつりと話していく。
以前から筆頭公爵家の一人娘から婚約の打診が来ていたこと、アメリア家にはわたしがいるから大丈夫だと言っていたこと、やり残したことの結果次第で婚約を受け入れること、わたしには黙っていてほしいということ。
「私たちにはやり残したこと、というのが……その、はっきりわかっているわけではないのだけれど、ローズが出かけた日の夜に婚約することを伝えてきたのよ」
「もう少し準備期間や、それこそローズにだって挨拶していくべきじゃないかと言ったんだよ。けれどただでさえ私事都合で先延ばしにしていたのだから公爵家に迷惑がかかる、と次の日には出て行ってしまってね……」
わたしの、せいだ。わたしが、断ったから。わたしが兄の気持ちに応えなかったから、兄は家を出ていってしまった。あの日、兄はどんな気持ちで告白してきたのだろう。兄妹でいてほしい、とわたしはどんな顔で伝えた?
思えば、兄は兄妹でいてほしい、という問いかけには明確な返事をしてくれなかった。つまり、それはもう、兄妹としては関われない、ということなのかな。
ぽろぽろと涙がこぼれる。えぐえぐと、ひどい顔で泣きじゃくった。たぶん両親は全て気がついているのだと思う。ローズが責任を感じる必要はない、と慰め続けてくれた。
それでも責任を感じずにはいられなかった。両親にとってナインは大事な一人息子で、わたしは義理の娘に変わりはない。爵位だってわたしにはどうしていいかわからない。それに、わたしのせいで大事な家族を失ってしまったということが何よりも辛くて、どうしようもなく悲しかった。
全てわたしのせいで、わたしには嘆く権利なんか、ないのに。
***
20歳になり、国の法律に則り爵位を継げる年齢となったわたしは伯爵の爵位を異例の若さと性別で継いだ。
今日はわたしが爵位を継いで初めてのパーティである。お披露目会、というべきかもしれない。
会場内には爵位を持つ高位貴族で溢れかえっている。どれもこれも、若くして伯爵位を継いだ女性、それも元花の乙女という異例づくめの存在を一目見ようと集まった者ばかりだ。普段なら滅多にこういうパーティには現れない王族絡みの人までいる。
わたしはなんとか笑顔を貼り付けて会場内を歩いていた。
重くて暑苦しいワインレッドのマントを引き摺って、白いスーツを着ている。これから先、伯爵として出席するパーティではドレスを着ることは少なくなるだろう。
やっとひと段落してふう、と息を吐き出したところへ声がかかった。女性が声をかけてくる、ということはわたしよりも高位の方だろう、と思いもう一度笑顔を装備する。
――しかし顔を上げて、わたしの笑顔は剥がれ落ちた。
女性はそんなわたしを気にせずに自己紹介をした。「夫の妹君に挨拶したいと思っておりましたのよ」と女性は笑った。
彼女の隣には、およそ3年ぶりに会う兄、ナインの姿があった。
たぶん、兄はもう22歳だろうか。大人びた姿だったけれど、まだあの頃の優しい面影は残ったままで自然と目が潤む。
「おにいさ――」
「お久しぶりです、アメリア伯爵。この度は爵位継承心からお祝いします」
あからさまな他人行儀にわたしは口をつぐんだ。言いかけていた兄の名前を飲み込んで、精一杯の礼をする。少なくとも、仲の良い兄妹がするであろう礼ではないようなものだった。
「こちらこそ、パーティへご出席していただきありがとうございます」
それから公爵家の名前を呼んだ。女性はずいぶんお堅いのね、なんて気にせずに笑ってそのままその場を後にした。
それからしばらく何も頭に入ってこなかった。
わたしは大事な家族を自分の手で失った。もう、わたしは彼を兄と呼ぶことすら、きっとできない。
兄のナインに好きだと告白された。わたしはその場でどう返答しようか迷い、けれどやはり兄妹以上に見ることはできない、と断った。
「無理言ってごめんね、そうだよね」
兄はそう苦しそうに口角を上げて見せた。
何て言ったらいいかわからなくて、わたしは俯いてしまう。兄はそんなわたしを待っていてくれているようだった。
やがて顔を跳ね上げてわたしは、「これからも兄妹でいてくれますか」と問いかけた。告白を断っておいて図々しいことこの上ないと思うけれど、兄と仲違いしてしまうなんて、辛すぎる。
兄は少しだけ笑みを浮かべた。それからすぐに「夜にごめんね、明日から遠方でのパーティに出るんだったよね」と慌てて休むように促された。
わたしは兄に部屋まで送ってもらっておやすみなさい、と小さく声をかけて部屋の扉を閉めた。
――まさか、これが最後のおやすみ、になるなんて。
「おにいさまは夕食にはいらっしゃらないのですか?」
3日後、パーティを終えて帰宅したわたしは夕食の席に現れない兄について両親に尋ねていた。いつもだったらわたしの隣の席には兄がいる。わたしよりも早くやってきていて今日のメニューを教えてくれるのに。それともたまにある地方の領地訪問だろうか。爵位継承を控えた兄は最近父の仕事の一部を任されていて、その仕事のうちに領地の管理も任されていた。そうならそうと言ってくれればいいのにな、なんて寂しく思いながら両親を見ればなぜか気まずそうにしている。
先日の告白してきたときのナインの表情が急によぎった。
「おにいさまは、今日は、どちらに?」
震える声で尋ねる。すると両親は顔を見合わせて「本当に何も聞かされていないのね……」と母が呟いた。
「ナインはこの前、公爵家に婿入りしたんだ」
「え……?」
どういうこと……? 理解が追いつかないまま、両親はぽつりぽつりと話していく。
以前から筆頭公爵家の一人娘から婚約の打診が来ていたこと、アメリア家にはわたしがいるから大丈夫だと言っていたこと、やり残したことの結果次第で婚約を受け入れること、わたしには黙っていてほしいということ。
「私たちにはやり残したこと、というのが……その、はっきりわかっているわけではないのだけれど、ローズが出かけた日の夜に婚約することを伝えてきたのよ」
「もう少し準備期間や、それこそローズにだって挨拶していくべきじゃないかと言ったんだよ。けれどただでさえ私事都合で先延ばしにしていたのだから公爵家に迷惑がかかる、と次の日には出て行ってしまってね……」
わたしの、せいだ。わたしが、断ったから。わたしが兄の気持ちに応えなかったから、兄は家を出ていってしまった。あの日、兄はどんな気持ちで告白してきたのだろう。兄妹でいてほしい、とわたしはどんな顔で伝えた?
思えば、兄は兄妹でいてほしい、という問いかけには明確な返事をしてくれなかった。つまり、それはもう、兄妹としては関われない、ということなのかな。
ぽろぽろと涙がこぼれる。えぐえぐと、ひどい顔で泣きじゃくった。たぶん両親は全て気がついているのだと思う。ローズが責任を感じる必要はない、と慰め続けてくれた。
それでも責任を感じずにはいられなかった。両親にとってナインは大事な一人息子で、わたしは義理の娘に変わりはない。爵位だってわたしにはどうしていいかわからない。それに、わたしのせいで大事な家族を失ってしまったということが何よりも辛くて、どうしようもなく悲しかった。
全てわたしのせいで、わたしには嘆く権利なんか、ないのに。
***
20歳になり、国の法律に則り爵位を継げる年齢となったわたしは伯爵の爵位を異例の若さと性別で継いだ。
今日はわたしが爵位を継いで初めてのパーティである。お披露目会、というべきかもしれない。
会場内には爵位を持つ高位貴族で溢れかえっている。どれもこれも、若くして伯爵位を継いだ女性、それも元花の乙女という異例づくめの存在を一目見ようと集まった者ばかりだ。普段なら滅多にこういうパーティには現れない王族絡みの人までいる。
わたしはなんとか笑顔を貼り付けて会場内を歩いていた。
重くて暑苦しいワインレッドのマントを引き摺って、白いスーツを着ている。これから先、伯爵として出席するパーティではドレスを着ることは少なくなるだろう。
やっとひと段落してふう、と息を吐き出したところへ声がかかった。女性が声をかけてくる、ということはわたしよりも高位の方だろう、と思いもう一度笑顔を装備する。
――しかし顔を上げて、わたしの笑顔は剥がれ落ちた。
女性はそんなわたしを気にせずに自己紹介をした。「夫の妹君に挨拶したいと思っておりましたのよ」と女性は笑った。
彼女の隣には、およそ3年ぶりに会う兄、ナインの姿があった。
たぶん、兄はもう22歳だろうか。大人びた姿だったけれど、まだあの頃の優しい面影は残ったままで自然と目が潤む。
「おにいさ――」
「お久しぶりです、アメリア伯爵。この度は爵位継承心からお祝いします」
あからさまな他人行儀にわたしは口をつぐんだ。言いかけていた兄の名前を飲み込んで、精一杯の礼をする。少なくとも、仲の良い兄妹がするであろう礼ではないようなものだった。
「こちらこそ、パーティへご出席していただきありがとうございます」
それから公爵家の名前を呼んだ。女性はずいぶんお堅いのね、なんて気にせずに笑ってそのままその場を後にした。
それからしばらく何も頭に入ってこなかった。
わたしは大事な家族を自分の手で失った。もう、わたしは彼を兄と呼ぶことすら、きっとできない。
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