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第10章 花の祝祭

Side ケイト・グリンデルバルド

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 グリンデルバルド家は昔から魔術に長けた家系だった。魔術の研究、それも際どいラインのものまでしていたせいか寿命も長い。俺が当主になって軽く500年は超えているだろう。見た目は若くてイケメンだけど。曽祖父は長年心の研究をしていた。心から負の感情を抜き取れば、人々は幸せに生きられるのではないか。そんな考えによって始めた研究だったらしい。
 研究を重ねるごとに狂っていった曽祖父は、そのままロストへと変わり果てた。まだ幼かった祖父が奔走し、変わり果てた曽祖父だけはなんとか家の脇の洞窟になんとか縛りつけたが、それでも増殖が留まることはなかった。

 そこに現れたのが、初代花の乙女だった。
 俺は彼女がどんなひとだったのかはっきりとは知らない。ただ、彼女は美しく優しい、花の乙女と呼ぶべき人間だったらしい。けれど彼女でも増えすぎたロストを抑えるので精一杯だった。彼女が亡くなって、2代目の花の乙女が現れた。彼女は初代花の乙女の妹で、姉の意志をよく継いでいた。彼女のおかげでロストはだいぶ抑えられた。たまに現れる程度くらいにはなり、ようやく国は平穏を取り戻したのだそうで。
 その後しばらく花の乙女が現れることはなかった。祖父が洞窟の封印を強固にし、グリンデルバルド家はずっと国を危険に晒した責任を背負ってこの封印を守りながら生きなくてはならないと決めた。

 物心がついた頃には、俺はすっかりうんざりしていた。
 父は善良な花の乙女を何人か知っているようだったけれど、俺はそんな花の乙女は見たことがなかった。いつか、俺をこの最悪な責任から解放してくれる花の乙女が現れるかもしれない、なんて願いはすぐなくなった。

 花の乙女はクズばっかりだ。

 先代たちの足元にも及ばない魔力、肩書きだけもらって何もしないやつもいた。いつしか花の乙女は政略結婚の道具として扱われるようになっていったし、花の乙女は男を好きに籠絡していい、なんて雰囲気になって。人々を守る善良な存在とはいえない、町の人々を襲うように誘導している花の乙女だっていた。
 今まで俺のヘイトはずっとロストになった曽祖父だけに向けられていた。もちろん好きになることはきっと一生ないけれど。だけど花の乙女だって同じくらい黒い存在じゃないか。

 俺の僅かに残っていた期待はある事件によって完璧に断たれた。

 学園の生徒たちが面白がって行なっている行事――ブラッディ・ブライドの追悼日。彼女――俺にとっては遠い親戚筋にあたる――は花の乙女に殺されたも同然だった。王族の血が少しだけしか混じっていない彼女は、時の花の乙女である王女に憎まれていた。王女は彼女が公爵家の子息と結婚間近だったときに彼を寝取ったらしかった。無論、それは嘘だったのだが責任を感じた彼はどうしてそう思ったのか、共に死のうとしたらしい。まあ、彼女があの世で幸せなら、いいけれど……今はそう思えるほどには回復したが。
 彼女はこんな俺とも仲良くしてくれる、姉のような存在だった。彼女を見送るために王宮に向かったとき、嘲笑うように陰で笑う花の乙女が許せなかった。

 夢物語だ、いつか曽祖父を解放して、俺たちも解放されるなんて。グリンデルバルド家は一生縛られたまま、長い寿命を生きていく。なら、花の乙女だって傷付けばいい。糞みたいなお前らなら、どうなったっていいよ。
 当主になった俺は、封印を少し緩くした。


 そんなときに久方ぶりに花の乙女が現れた。
 伯爵令嬢だと聞き、様子を見に行く。ピンク色の髪がいかにも男好きそうな雰囲気だった。実際周りには男しかいない。王子に公爵子息、騎士団員に……俺は顔を歪める。こいつも今までと一緒だ。自分が可愛い女。
 けれど自分より身分が下、というのは少し珍しかった。侯爵なら伯爵令嬢くらい虐めたって問題ないだろう。上手く揉み消せばいいだけだ。ロストは花の乙女の匂いを辿ることができる。俺は少々ロストを使ってその甘ったるい花の匂いを辿る。

 けれどそいつは、花の乙女ローズ・アメリアはロストを倒して快進撃を見せるうえに、ヘドロまみれの手でもあっさりしている。あれ、俺だってあんまり触りたくないのに。さらには俺の誘拐すらあっさり脱出してきた。煽り文が残してあったときはさすがに少し笑ってしまった。いじめ半分、様子見半分で近づいた。話しているうちに彼女は男好きでもなんでもないことが分かったし(むしろ変に好かれているだけ)、存外彼女といるのは心地よかった。善良か、と問われると微妙だったけれどたぶん祖父や父が知る花の乙女に近いのかもしれない、と思うようになった。

 俺はロストの発生をなんとなく予期できるけれど、規模や量は分からない。ただロストが発生しそうだなとゾワゾワする感覚があるだけだ。はずれるときもある。だから時々彼女にヒントをあげに向かった。それをなぜか楽しみに思っていることも気がついていたし、いいかげんやばいかもしれない、くらいには動揺していた。
 泣いているときは、どうにかしてやりたいと思ったし。いざロストが発生して彼女が危機に晒されていたらまずい、と思った。だから文化祭のとき咄嗟にシャンデリアの落下軌道を魔法で変えたことに自分で自分を疑った。
 ついこの前までは花の乙女はどうなったって構わないと思っていたし、だから封印も緩めたというのに。

 嫌いなんだ、花の乙女はクズばっかりだ。そう言い聞かせても彼女は違うじゃん、と心の中で俺が否定する。
 ぐちゃぐちゃの気持ちを抱えているのが嫌になって、俺は突然家を飛び出して彼女がいる田舎の領地まで匂いをたどった。彼女が強くて、本気でロストを倒していることを再認識して、過去に誘拐したことを謝った。俺の心の中はまだぐちゃぐちゃのままで、整理が追いついていないけれど、きっと彼女は信用してもいい気がした。
 その日俺は帰って封印を強固にし直した。祖父よりもさらに、もっと強力になるように。


 ブラッディ・ブライドの追悼日、よりにもよってその日に、学園でロストが発生した。しかも寄生を伴わない自然発生。訳がわからなかった。俺はそこから家に引き篭もって封印を強化し続けた。書物を読み漁って、研究して。原因はロストに寄生をされても自我を保っている人間がいるのだとすぐにわかったけれど。
 もうそろそろこの封印も限界に近いのだと気がついた。

 学園の生徒が多く集まって、なおかつ顔が割れないなんていう都合のいいパーティがあれば犯人も顔を出すはずだ、そう考えて仮面舞踏会で一暴れして、彼女が助けに来れなかった、という舞台を作り上げた。
 彼女は何をしているだろう、とつい匂いを辿った。不思議と彼女の匂いは嫌いじゃなくなっていた。
 そこで会場内の奥の部屋にいることに気がついた。そこは男女がそういうこと、をするゲストルームだった。もやもやして、やっぱりか、なんて思ったりもして魔法で姿を変えて部屋に殴り込んだ。中には彼女が友達だ、と言っていたジルに襲われかかっている彼女の姿があって。媚薬か何かで身体が赤く火照った彼女を抱き抱えて窓から外へ飛び出した。回復魔法を少しかけると彼女はようやくすうすうと寝息を立て始めた。

 襲われなくて、彼女が誰かのものにならなくてよかった。友達だってやつに裏切られただなんて知りたくないだろうな。そんな気持ちが頭を支配していた。さすがにこの考えが出てきてしまったら、もう否定しようがない。

 じゃあ、俺は、花の乙女の彼女を――

 そこまで考えかけて、顔が熱くなったとき、彼女が目を覚ました。「出会った頃のことを忘れたんですか」なんてじと目で見る彼女に「もう少しだけ待って」と伝えた。

 伝えてどうする? 好きだという? ロストについて話す? 俺、本当にどうかしちゃったな。


 花の祝祭の日、俺は洞窟に入って封印を眺めていた。

「俺もアンタももうそろそろ解放されていいと思うんだけど」

 何千年も縛り付けられたままの曽祖父にそう語りかける。俺は背を向けて王宮へと向かった。

 待ってて、の答えがようやく出たんだ。
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