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第10章 花の祝祭
3. 終わった、よね?
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「始まったみたいですね!」
いよいよ花の祝祭当日、(おそらく)エンディングの日だ。学園から馬車に乗り込むぞ、というとき祝祭が始まった合図の鐘が鳴った。
わたしは兄と一緒にいるけれど、なんだか落ち着かない。今日は学園も町も出店が出ていたり綺麗な飾り付けがされていているというのに、当の主役であるわたしがそれを享受できないなんて。
「ローズ、さあ、手を」
白色のスーツを身に纏った兄の手を取る。わたしは王宮から届けられた白色のドレスを着ている。ふんわりしたシルエットで、動くと下層のピンクのフリルが見え隠れする花びらのようなデザインだ。ゆるく巻いた髪にはウィルが作ってくれた花冠が載っている。兄と並ぶとなんだかペアルックみたいだ。兄は今日はエスコート役だから当然だけれども。兄と一緒に馬車に乗り込む。横並びで座る兄はにこにこしていて、白いスーツのせいもあってやたら眩しい。
「学園を抜けて、町を通って、最後に王宮ですよね」
「そうだね。今日はとっても忙しいけれど頑張ろうね」
兄は満面の笑みを崩さずそう返す。
ヒロインであるわたしにとってはそれだけではない。たぶんロスト絡みで何かあるだろうし、エンディングまですんなり辿り着くかも怪しい。なんなら、これでエンディングなのかもよくわからないのだから。わたしがシナリオライターだったらこれで終わりにするだろうなあと思うだけで。
そんな不確定なことばかりで、思わずため息をつく。学園を軽快に抜けていく馬車の窓を覗きながら美味しそうな屋台たちを見つめる。「お腹空くよね。終わったらどこか寄って帰ろうか」なんて兄は笑う。
そんな兄を見てゲームが終わったら兄とはどうなるんだろう、と少し考える。兄はもちろん、他のみんなともだ。もし今日でシナリオが本当に終わったとしても実感がないままな気がする。そうして分からないせいで花の乙女という肩書きを抱えてずっとヒロインと攻略対象のままに思えてしまいそう。
「ローズ、そろそろ町に出るよ」
兄は考え込むわたしを心配そうに覗き込んだ。わたしはへらりと笑って窓に目を向けた。町に出ると一気に人が増えて、馬車に注目する人も多くなった。学園の生徒たちと違って、伯爵令嬢であるわたしを見かけることはあまりないからだろう。わたしは怖く見えてしまわないように(ヒロイン顔だからそれはないけれど)窓を開けて大きく手を振る。そうすると一気に祭りの沸き立った雰囲気が押し寄せてきて。笑顔で手を振りかえしてくれる人たち、花が飾られた色鮮やかな町並み、美味しそうな匂い。
わたしは目一杯それを目に焼き付けて、大きく深呼吸する。そうしてまた笑顔を浮かべた。
だんだん城が近づいてくると、見知った姿をいくつか見かけた。
セオドアが城門少し前の坂道を歩いていて馬車に目をとめる。少しぎこちなさそうにはにかんで小さく手を振る。
ウィルが小さな子供に花飾りを作ってあげていた。彼も馬車に気が付いてわたしに手を振る。ウィルは頭を指差してにっこりと笑う。花冠が似合っている、と伝えてくれているようだった。
城門には白い軍服を着用した騎士団が立っていて。その中にはラギーもいた。ラギーはぱあっと笑顔を浮かべてわたしを見つめる。
……なんていうか、とてもエンディングっぽいっていうか。
王宮の入り口に馬車がつき、わたしはバルコニーに向かって歩いていく。兄はわたしの手を優しく包んだままドレスを引きずっているわたしに歩幅を合わせてくれている。
バルコニー付近に辿り着くとそこにはレイの姿があった。隣にはルークの姿もある。わたしは2人に向かって礼式的な挨拶を済ませた。レイはわたしに向かって「お綺麗です」と小さな声で言うとバルコニーへと促す。ここで兄ともお別れだ。
バルコニーに出るとわっと歓声が上がった。隣には王様や王妃様がいらっしゃって、すぐ下にはたくさんの人々がわたしを見上げている。どうしよう、ここまでくるとなんだか緊張してきてしまう。手を振りながらそんな風に考える。それにここからどう祈りにもっていけばいいのかもさっぱりだ。
変に焦りが出てきてわたしは思わず下を覗いた。賑わう人々の中に、見慣れた黒髪を見つけた。ジルだ、と思ったのと同時に目がばっちりあった。ジルは『落ち着いて、リラックスしろ』と口パクで伝えてくれた。
わたしは小さく頷いて、落ち着かせようと深呼吸した。そのまま跪いて祈りの耐性に入る。
ロストがいなくなりますように、みんなが平和に暮らせますように、なんて花の乙女らしいことを考えると、徐々に周りがピンク色の光に包まれていく。どう見てもエンディングだった。
――あれ、ロストのくだりは? ラスボスとかないの? それにケイト以外の攻略対象は全員見かけたような……
そんな疑問が頭によぎったのもつかの間、一帯は光に包まれて、それは花びらに変わった。目を開けてその美しい光景と、歓声を上げる人々の姿を見て改めて「これはどう見たってエンディングだよなあ……」と反芻した。
あれ?
あれれれ?
乙女ゲーム、終わった、よね?
目を瞬かせながら城外へと歩いていく。左隣には兄とレイがいて、右隣にはジルとラギーがいる。城の外にはたぶんウィルとセオドアが待っているだろう。あまりにもあっさりと、しかも攻略対象たちに囲まれて終わった花の祝祭にいまいち納得できないまま、呆然と歩いていく。しかも周りがうるさすぎて全く考え事もできやしない。
「ちょっとお手洗いに!!」とわたしは半ば強引に彼らを振り切って駆け出していた。ドレスをたくし上げて疾走。とりあえず1人で考えさせてほしい。
気がつけばわたしはバルコニー前まで戻ってきてしまっていた。
小1時間前まで悩んでいたわたしは一体。わたしの周りにいる攻略対象たちは一体。まさか、執着逆ハーにでもなってしまったのだろうか。それにしてもあっさりしすぎではないか。ぐるぐる考えが巡ってもう意味がわからない。
「ていうか、ロストは?! ラスボスは!?」
わっと叫ぶ。ないならないに越したことはないのだけれど、それでも、ラスボス感たっぷりな容姿をしておいて、今日一日中見かけなかったケイトが怪しいと思うのは当然ではないか。
「ケイト様って一体なんだったのよ……」
「あれ、俺のこと気になってたの?」
けらけら笑う声が聞こえてわたしは勢いよく振り返る。いつのまにかバルコニーにはケイトの姿があった。「花の祝祭おつかれさま、花の乙女ちゃん」とケイトは軽い口調でわたしを労うと距離を詰めてくる。
「ね、俺のこと気になるならさ。今から俺と一緒に着いてきてよ」
「どこへ?」
「んー、俺ん家?」
「はい?」
まさかケイトルートに突入してた? と内心焦るわたしを知ってか知らずかケイトはさらに爆弾を投下したのだった。
「実はさ、俺の家にロストの根源があるんだよね」
いよいよ花の祝祭当日、(おそらく)エンディングの日だ。学園から馬車に乗り込むぞ、というとき祝祭が始まった合図の鐘が鳴った。
わたしは兄と一緒にいるけれど、なんだか落ち着かない。今日は学園も町も出店が出ていたり綺麗な飾り付けがされていているというのに、当の主役であるわたしがそれを享受できないなんて。
「ローズ、さあ、手を」
白色のスーツを身に纏った兄の手を取る。わたしは王宮から届けられた白色のドレスを着ている。ふんわりしたシルエットで、動くと下層のピンクのフリルが見え隠れする花びらのようなデザインだ。ゆるく巻いた髪にはウィルが作ってくれた花冠が載っている。兄と並ぶとなんだかペアルックみたいだ。兄は今日はエスコート役だから当然だけれども。兄と一緒に馬車に乗り込む。横並びで座る兄はにこにこしていて、白いスーツのせいもあってやたら眩しい。
「学園を抜けて、町を通って、最後に王宮ですよね」
「そうだね。今日はとっても忙しいけれど頑張ろうね」
兄は満面の笑みを崩さずそう返す。
ヒロインであるわたしにとってはそれだけではない。たぶんロスト絡みで何かあるだろうし、エンディングまですんなり辿り着くかも怪しい。なんなら、これでエンディングなのかもよくわからないのだから。わたしがシナリオライターだったらこれで終わりにするだろうなあと思うだけで。
そんな不確定なことばかりで、思わずため息をつく。学園を軽快に抜けていく馬車の窓を覗きながら美味しそうな屋台たちを見つめる。「お腹空くよね。終わったらどこか寄って帰ろうか」なんて兄は笑う。
そんな兄を見てゲームが終わったら兄とはどうなるんだろう、と少し考える。兄はもちろん、他のみんなともだ。もし今日でシナリオが本当に終わったとしても実感がないままな気がする。そうして分からないせいで花の乙女という肩書きを抱えてずっとヒロインと攻略対象のままに思えてしまいそう。
「ローズ、そろそろ町に出るよ」
兄は考え込むわたしを心配そうに覗き込んだ。わたしはへらりと笑って窓に目を向けた。町に出ると一気に人が増えて、馬車に注目する人も多くなった。学園の生徒たちと違って、伯爵令嬢であるわたしを見かけることはあまりないからだろう。わたしは怖く見えてしまわないように(ヒロイン顔だからそれはないけれど)窓を開けて大きく手を振る。そうすると一気に祭りの沸き立った雰囲気が押し寄せてきて。笑顔で手を振りかえしてくれる人たち、花が飾られた色鮮やかな町並み、美味しそうな匂い。
わたしは目一杯それを目に焼き付けて、大きく深呼吸する。そうしてまた笑顔を浮かべた。
だんだん城が近づいてくると、見知った姿をいくつか見かけた。
セオドアが城門少し前の坂道を歩いていて馬車に目をとめる。少しぎこちなさそうにはにかんで小さく手を振る。
ウィルが小さな子供に花飾りを作ってあげていた。彼も馬車に気が付いてわたしに手を振る。ウィルは頭を指差してにっこりと笑う。花冠が似合っている、と伝えてくれているようだった。
城門には白い軍服を着用した騎士団が立っていて。その中にはラギーもいた。ラギーはぱあっと笑顔を浮かべてわたしを見つめる。
……なんていうか、とてもエンディングっぽいっていうか。
王宮の入り口に馬車がつき、わたしはバルコニーに向かって歩いていく。兄はわたしの手を優しく包んだままドレスを引きずっているわたしに歩幅を合わせてくれている。
バルコニー付近に辿り着くとそこにはレイの姿があった。隣にはルークの姿もある。わたしは2人に向かって礼式的な挨拶を済ませた。レイはわたしに向かって「お綺麗です」と小さな声で言うとバルコニーへと促す。ここで兄ともお別れだ。
バルコニーに出るとわっと歓声が上がった。隣には王様や王妃様がいらっしゃって、すぐ下にはたくさんの人々がわたしを見上げている。どうしよう、ここまでくるとなんだか緊張してきてしまう。手を振りながらそんな風に考える。それにここからどう祈りにもっていけばいいのかもさっぱりだ。
変に焦りが出てきてわたしは思わず下を覗いた。賑わう人々の中に、見慣れた黒髪を見つけた。ジルだ、と思ったのと同時に目がばっちりあった。ジルは『落ち着いて、リラックスしろ』と口パクで伝えてくれた。
わたしは小さく頷いて、落ち着かせようと深呼吸した。そのまま跪いて祈りの耐性に入る。
ロストがいなくなりますように、みんなが平和に暮らせますように、なんて花の乙女らしいことを考えると、徐々に周りがピンク色の光に包まれていく。どう見てもエンディングだった。
――あれ、ロストのくだりは? ラスボスとかないの? それにケイト以外の攻略対象は全員見かけたような……
そんな疑問が頭によぎったのもつかの間、一帯は光に包まれて、それは花びらに変わった。目を開けてその美しい光景と、歓声を上げる人々の姿を見て改めて「これはどう見たってエンディングだよなあ……」と反芻した。
あれ?
あれれれ?
乙女ゲーム、終わった、よね?
目を瞬かせながら城外へと歩いていく。左隣には兄とレイがいて、右隣にはジルとラギーがいる。城の外にはたぶんウィルとセオドアが待っているだろう。あまりにもあっさりと、しかも攻略対象たちに囲まれて終わった花の祝祭にいまいち納得できないまま、呆然と歩いていく。しかも周りがうるさすぎて全く考え事もできやしない。
「ちょっとお手洗いに!!」とわたしは半ば強引に彼らを振り切って駆け出していた。ドレスをたくし上げて疾走。とりあえず1人で考えさせてほしい。
気がつけばわたしはバルコニー前まで戻ってきてしまっていた。
小1時間前まで悩んでいたわたしは一体。わたしの周りにいる攻略対象たちは一体。まさか、執着逆ハーにでもなってしまったのだろうか。それにしてもあっさりしすぎではないか。ぐるぐる考えが巡ってもう意味がわからない。
「ていうか、ロストは?! ラスボスは!?」
わっと叫ぶ。ないならないに越したことはないのだけれど、それでも、ラスボス感たっぷりな容姿をしておいて、今日一日中見かけなかったケイトが怪しいと思うのは当然ではないか。
「ケイト様って一体なんだったのよ……」
「あれ、俺のこと気になってたの?」
けらけら笑う声が聞こえてわたしは勢いよく振り返る。いつのまにかバルコニーにはケイトの姿があった。「花の祝祭おつかれさま、花の乙女ちゃん」とケイトは軽い口調でわたしを労うと距離を詰めてくる。
「ね、俺のこと気になるならさ。今から俺と一緒に着いてきてよ」
「どこへ?」
「んー、俺ん家?」
「はい?」
まさかケイトルートに突入してた? と内心焦るわたしを知ってか知らずかケイトはさらに爆弾を投下したのだった。
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