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第9章 物語は終盤へ

3. 心当たり的中

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「失礼します」

 威圧感を出そうと大きめの声でそう言い、生徒会室に入室した。今生徒会長の兄が不在のため、代わりにセオドアが代理で生徒会長を勤めている。
 わたしはセオドアが怪しいと踏んでいるわけで。つまり、今敵陣に踏み込んでいることになる。
 消去法かつ彼はわたしを嫌う純粋な理由がある。わたしだって自分の得意とする分野で常に負け続けたらその人を敵視する。だからセオドアがわたしに嫌悪感を抱いているなら、それは普通のことだと思う。セオドアは最初こそ紳士らしい笑顔を浮かべて出迎えたけれど、わたしの表情で何か察したらしく、すぐさま真顔になった。真顔が怖すぎて一瞬話を切り出すのを躊躇ってしまったくらいだ。

「単刀直入に言います。セオドア様はロストに憑かれているのではないですか?」

 セオドアの青い瞳が一瞬揺らいだ。これで疑問の表情をされた場合はケイトに言われた通り、ロストを引き摺り出す作業をしなければならなかったのだけど、どうやら必要ないみたいだ。

「やっぱり、そうなんですね。自らロストとの共生を望まれているんですか」
「…………しつこいですね」

 声色が打って変わって、とてつもなく低い声になる。目つきもメガネ越しでもわかるほど鋭く、睨まれている。これが本来の彼なのだろうか。

「大方、あなたの考え通りだと思います。僕はあなたのことが嫌いです。大嫌いだ。不本意だがロストと手を組めばあなたを陥れられると思いました」

 セオドアはくははっとかなり悪どい笑い声を上げて、わたしの鼻先に新聞を突き出した。今朝のもので、大きく昨夜の舞踏会での事件が報道されていた。

「ロストが現れ、あなたはその現場付近にいたというのに救出に向かうことはなかった……花の乙女失格ではないですか?」

 わたしはそれをまじまじと見つめた。
 今朝ジルにもそのことについて聞かれた。どちらかというとジルは「どうやって会場から抜け出したのか」に重点が置かれていたようだけど。ケイトが連れ出してきたことは知らないようだったので馬車が早めに到着して、とそれとなく嘘をついた。もちろん介抱へのお礼はきちんと言った。ジルはなんだか複雑そうな顔をしていたなあ、などと思いつつ改めて記事を読み返した。

 これはケイトが『暴れてきた』のだろう。ロストをどうやって、という質問は今更ケイトに対しては無粋といえるだろうが。ケイトはこの事件を引き起こしてわたしへの嫌悪感を高めて犯人を炙り出すつもりだったのだろう――わたしがさらっと犯人を突き止めたことで予想より早く炙り出せたことだろう。

「……それで脅しているつもりならなんだか期待はずれですね」
「は」
「そもそも、わたしがあの場にいたという証拠は無いんです。セオドア様はロストが内側にいるからこそ、わたしがあの場にいたとわかっているだけですからね」

 ロストにはやはり花の乙女に引き寄せられるらしい。匂いか何か知らないが。
 セオドアは少し顔を歪める。頭良いキャラではなかったのかと思ってしまうほど浅はかすぎる。セオドアがわたしを陥れるために騒いだとしてもセオドアが怪しまれるだけなのだから。それほど追い詰めてしまった、ということなのだろうか。

「学園内でロストを発生させたのもセオドア様ですね。大量発生させて怪我人でも出せばわたしは少なからず肩身の狭い思いをするでしょうし」
「ええ、でもすぐに片付けられてしまいましたね。本当、さすがすぎて呆れました」

 嫌味ったらしく言われてわたしは肩をすくめた。予想以上に嫌われていて、説得できる気もしない。そこでわたしは説得を諦めることにした。

「セオドア様だって、十分すごいですよ。ロストを取り込んで抑え込んで意のままにしている人間なんて、聞いたことがありません」

 少々大袈裟に言ってみせる。事情があることくらいわかる。けれど一応かよわい女子のわたしにうじうじと……若干、わたしも苛立ってはいる。「なので」と続けた。

「ぜひ、決闘で決めましょう。雪辱を果たしたいのなら……そうですね、やはり剣でしょうか」

 勝ったら殴らせていただきます、とにこやかに告げた。セオドアはプライドが高いせいかすぐさま了承した。


 決闘はすぐさま始まった。
 わたしたちはひらけた場所へ移動した。いつもは運動や魔法特訓に使われている訓練場だ。そこで剣を構えて向き合っている。久しぶりに持つ剣は少し重たく感じて、たるんでいることを痛感した。最近は拳ばかりだったから。観客はお断りしたため、訓練場には2人しかいない。先に膝をついた方が負けだ。

「では、始めましょうか、セオドア様」
「ああ」

 開始の合図をした途端、セオドアが切り掛かってきた。わたしはそれを受け止める。早くて重い。ハロイベの時も思ったけれどここまでにするにはかなりの練習量だっただろう。跳ね除けるとまたすぐに切り掛かってくる。手足が長いせいか、距離がすぐ詰められてしまう。12歳のときはよく圧勝できたな、と苦笑しつつわたしも反撃する。少し不恰好な攻撃だと思うけれど、わたしだって日々筋トレは欠かしていない。

「……それほどのお力なら、騎士団でだってやっていけますよ」

 セオドアは何か言いかけたが口をつぐむ。それから「生憎僕は剣だけを突き詰めるわけにはいかないので」と言った。
 セオドアはたしか、子爵家だったか。エドウィンという家名に聞き覚えがなかったわたしは、あのあと家族にセオドアについて聞いていた。エドウィン家には長らく男児が生まれなかったそうで。そこに生まれた待望の男児、セオドアは過度な期待を背負って生きてきたのではないか。父はそんなことを言っていた。そんな中わたしに負け続けるのは、やはり堪えたと思う。
 けれどここで手を抜く気は一切ない。情けをかけたりはしない。やはり力を出し切った上で勝たなければ、彼だって満足しないだろう。そこから一気に走り込み、振りかぶる。1度目は避けられてしまったけれど、すぐ角度を変えて下から斬り込むように――

「くっ……」
「わたしの勝ち、でよろしいですか?」

 わたしの剣先はセオドアの喉先ギリギリでストップしていた。呼吸をしたら刺さって血が出てしまうほどの近さだ。

 セオドアは複雑そうに顔を歪めてから、降参というように剣をその場に捨てた。

「さすがですね。さあ、どうぞ、殴ってください、思う存分!」
「ええ……さすがに一回しか殴りませんよ」

 おかしくなってしまったのか、というぐらいセオドアは笑いながら手を広げて待っている。頭をぶつけたりしてしまったのか、負けたことがショックすぎるのか……わたしは若干引き気味になりつつ、背中あたりを殴らせてもらった。ロストを3匹近く取り込んでいたらしかったがロスト自体はそれほど強くなく、あっけなく片付いた。
 これでハロイベから続いていたロスト事件の収拾がついた、と安堵しているとセオドアが「そんな程度の殴りでいいのですか」となぜか追加要求をしてきた。
 やはりどこか打ってしまったに違いない。わたしは療養室に行って診てもらうことを勧め、そそくさと退散したのだった。
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