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第9章 物語は終盤へ
2. やらかした、のか
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「お前もきてたんだな」
黒い仮面をくいっと押し上げてにやっと笑ったのはジルだ。それからすぐに湧き上がってくる「なんで分かったの?」という疑問。顔に出ていたのだろうか、といっても口元でしか判断できないはずだが、ジルはさらっと説明する。
「この前仕立屋でお前の母さんと会ったとき、偶然注文内容が聞こえたから。ライトグリーンのドレスって」
「なるほど、それで」
「なんで全身緑なのかはじっくり吐かせたいところなんだけどな」
ぎくりと体を揺らしてすぐに「別に理由はない」と付け加える。ジルの視線は疑う目だったけれど、すぐにどうでもよくなったらしかった。
「ところでお前、それ、酒だけど」
「えっ」
慌ててグラスを確認する。カシスジュースだと思っていたけれど間違えてワインを取ってしまったのだろうか。匂いを嗅いだところでやはり分からずジルがそう言うのならそうかもしれない、とグラスをテーブルに置いた。そのグラスをジルはひょいっと取って奥のテーブルへ歩いて行く。ジルはどうやら水を入れてきてくれたらしい。グラスに注がれた水を半分ほど飲んだ。
「……もし酔ってお前が暴れるタイプだったら迷惑だろ」
「いや、さすがに暴れるなんてことは」
ないとも言い切れない。わたしはヒロインなのだ、泥酔して攻略対象に運ばれでもしたらその時点で死ぬ。泥酔していたらやり返して逃げることもできない。お酒には十分気をつけよう――
「うぁっ?」
突然視界がぼやけてわたしは膝から崩れ落ちてしまった。ジルが駆け寄り、言わんこっちゃないといったように呆れている。立ち上がろうにも力が抜けてしまっていて立ち上がれない。まさか、こんなに酒に弱いとは。
「おい、つかまれ。とりあえずここから出た方がいい」
「は、ふぁい」
呂律まで回らないのはいよいよまずい。なんだか急に暑くて汗が止まらない。視界もチカチカする。わたしは大人しくジルの肩を借りて会場の廊下へと出た。
「とりあえず、迎えの馬車まで時間があるだろうしどこか部屋へ――って、その感じだともう歩けないな」
我慢しろよ、とジルはわたしを軽々と抱き上げた。横抱きにされて姫みたいだ、などと考えるけれど肝心のジルの姿はもうほぼ見えない。それよりも苦しくてどうにかなりそうだった。ジルの首元に縋り付いて顔を埋める。寝たら治るのだろうか、苦しすぎて眠れる気がしない。
ジルはさっと空いている部屋へ入った。ゲストルームだろうか、それとも公爵身分のジルは王宮に自室があったりするのだろうか。ベッドに下ろされると途端にふわふわした感覚になった。けれどそれは一瞬で苦しいのは消えない。ジルの姿もよく見えない。部屋から出て行ってしまったら、こんなに苦しい思いをひとりでしながら待っていなければならないのか。
「まっ、ジル、さ、苦し……いかな、いで」
だめだ、声が小さすぎる。けれど視界にはぼんやりと黒い影が映る。ジルの髪だ。側にいることに安心して思わず手を伸ばす。なぜかその手を絡め取られて押さえつけられた。違うのに、暴れようとなんてしていないのに。
「……ごめん、すぐ楽にしてやるから」
何の謝罪だろう、と思った次の瞬間に腰を締め付けていたリボンが解かれた感覚がした。その下のコルセットも緩められている。介抱、してくれるのか。介抱してくれるのに謝罪なんて優しいな、治ったらお礼を言おう。安心感からか、ふっと力が抜けてわたしは瞼を閉じた。
なんだろう、さっきまであんなに暑かったのに今は涼しい。外に出てきてしまったのだろうか。
目を開けると「あ、起きた?」とヘラっとした笑い声が聞こえた。どうやらまたしても横抱きにされて運ばれているらしい。視界にぼんやり映ったのはウェイターのような服装の男性。酔ってジルも対応できないほど暴れたせいで連行されているのか。
すみません、と謝罪をしつつ下りようとするとぐっと押さえつけられた。ウェイターにしては力が強いな、と顔を覗き込むとわたしは目を丸くした。
「ケ、ケイト様!?」
「あ、ようやく気づいた?」
「なんでそんな呑気に……今までどこに行っていたんですか!? もう学園に来なくなって1ヶ月経つんですよ!?」
「分かった分かった、落ち着こ、とりあえず」
落ち着いていられません、と叫ぶとケイトは観念したようにわたしを地面に下ろした。
「自分の心配を先にしようね?」
「あ……やっぱり酔って盛大にやらかした感じですかね。でもケイト様がウェイターでよかったかもしれませんね」
「うっわ……なるほど、酔ってたと思ってるんだ」
ケイトは怪訝な顔でそう言うと「サイテーだなあ」と呟いた。一体どれほどやらかしたのか、と想像して青ざめる。
「違う、ローズちゃんは酔ってなんてなかったよ。俺はウェイターじゃないし、たぶんローズちゃんが考えてること全部はずれだから」
「はい? 酔ってなかったとしたらどうしてあんなおかしくなるんですか」
「…………ね、ジルくんは大切な友達なんだよね?」
突然改まって聞かれて、戸惑いながらも頷いた。ジルにも盛大に迷惑をかけたに違いないから、今すぐにでも謝りにいきたいくらいだ。
「じゃあ、言わないでおくよ。ローズちゃんが傷つくのは、なんか不本意なんだ」
「……出会った頃のこと忘れてます?」
「あれはあれ、これはこれ。俺の方が聞きたいくらい」
ケイトは困ったような笑みを浮かべた。わたしは慌てて話題を変えた。
「あの、ところで会場がなんだか騒がしい気がするんですけど……」
「そりゃ俺が暴れてきたから!」
「は、何してんですか、戻りますよ!?」
強いケイトは暴れたりなんかしたら王宮が穴ぼこだらけになってしまう。わたしは顔面蒼白になり駆け出そうとする。けれどケイトが「いいから、行かないで、行かない方がいいから」と制する。
「そんな被害はないから大丈夫だって。それよりも、俺あんまり時間ないからさっと要件伝えてローズちゃんのこと送りたいんだけど」
被害はあるのか、と大きな被害ではないことを祈る。この様子では次にケイトに会えるのがいつになるか分からないから、わたしも聞くべきことは聞かなければ。
「ケイト様はロストについてどこまで知っているんですか」
そう尋ねればケイトは「直球ー」と苦笑しつつ首を横に振った。これは言わない、の意だろう。
「でも俺なりに色々考えてるんだから……もう少し、俺の答えが出るまで待って」
「……わかりました」
「本当、俺、おかしーや」
ケイトはなぜか自嘲気味にそう言った。それからわたしの目を真っ直ぐ見て「学園にいるときは特に気をつけて」と注意した。
「ロストに操られていても自我を失わないタイプの人間がいる。たぶん今日のローズちゃんの行動と俺の誘導でそろそろやつは動くと思うから」
「え、誰が」
「花の乙女、つまりローズちゃんのことを大っ嫌いな人。心当たりはどうせないだろうけど」
ぐっと一瞬詰まりかけたけれど、心当たりがないこともなかった。というよりかは乙女ゲームの情報と推理で導き出せる気がする。
完全な悪役、とかではない限りやられるなら攻略対象だ。
ジル……は先ほどの一件で嫌われていないことを祈るが、基本嫌われてはいない。ラギーやレイ、もちろん兄も。ケイトはこの通り助言までしているのだ、乙女ゲームに裏をかいてプレイヤーを惑わせる必要はない。
となると残りは1人しかいない。
「心当たり、あります」
黒い仮面をくいっと押し上げてにやっと笑ったのはジルだ。それからすぐに湧き上がってくる「なんで分かったの?」という疑問。顔に出ていたのだろうか、といっても口元でしか判断できないはずだが、ジルはさらっと説明する。
「この前仕立屋でお前の母さんと会ったとき、偶然注文内容が聞こえたから。ライトグリーンのドレスって」
「なるほど、それで」
「なんで全身緑なのかはじっくり吐かせたいところなんだけどな」
ぎくりと体を揺らしてすぐに「別に理由はない」と付け加える。ジルの視線は疑う目だったけれど、すぐにどうでもよくなったらしかった。
「ところでお前、それ、酒だけど」
「えっ」
慌ててグラスを確認する。カシスジュースだと思っていたけれど間違えてワインを取ってしまったのだろうか。匂いを嗅いだところでやはり分からずジルがそう言うのならそうかもしれない、とグラスをテーブルに置いた。そのグラスをジルはひょいっと取って奥のテーブルへ歩いて行く。ジルはどうやら水を入れてきてくれたらしい。グラスに注がれた水を半分ほど飲んだ。
「……もし酔ってお前が暴れるタイプだったら迷惑だろ」
「いや、さすがに暴れるなんてことは」
ないとも言い切れない。わたしはヒロインなのだ、泥酔して攻略対象に運ばれでもしたらその時点で死ぬ。泥酔していたらやり返して逃げることもできない。お酒には十分気をつけよう――
「うぁっ?」
突然視界がぼやけてわたしは膝から崩れ落ちてしまった。ジルが駆け寄り、言わんこっちゃないといったように呆れている。立ち上がろうにも力が抜けてしまっていて立ち上がれない。まさか、こんなに酒に弱いとは。
「おい、つかまれ。とりあえずここから出た方がいい」
「は、ふぁい」
呂律まで回らないのはいよいよまずい。なんだか急に暑くて汗が止まらない。視界もチカチカする。わたしは大人しくジルの肩を借りて会場の廊下へと出た。
「とりあえず、迎えの馬車まで時間があるだろうしどこか部屋へ――って、その感じだともう歩けないな」
我慢しろよ、とジルはわたしを軽々と抱き上げた。横抱きにされて姫みたいだ、などと考えるけれど肝心のジルの姿はもうほぼ見えない。それよりも苦しくてどうにかなりそうだった。ジルの首元に縋り付いて顔を埋める。寝たら治るのだろうか、苦しすぎて眠れる気がしない。
ジルはさっと空いている部屋へ入った。ゲストルームだろうか、それとも公爵身分のジルは王宮に自室があったりするのだろうか。ベッドに下ろされると途端にふわふわした感覚になった。けれどそれは一瞬で苦しいのは消えない。ジルの姿もよく見えない。部屋から出て行ってしまったら、こんなに苦しい思いをひとりでしながら待っていなければならないのか。
「まっ、ジル、さ、苦し……いかな、いで」
だめだ、声が小さすぎる。けれど視界にはぼんやりと黒い影が映る。ジルの髪だ。側にいることに安心して思わず手を伸ばす。なぜかその手を絡め取られて押さえつけられた。違うのに、暴れようとなんてしていないのに。
「……ごめん、すぐ楽にしてやるから」
何の謝罪だろう、と思った次の瞬間に腰を締め付けていたリボンが解かれた感覚がした。その下のコルセットも緩められている。介抱、してくれるのか。介抱してくれるのに謝罪なんて優しいな、治ったらお礼を言おう。安心感からか、ふっと力が抜けてわたしは瞼を閉じた。
なんだろう、さっきまであんなに暑かったのに今は涼しい。外に出てきてしまったのだろうか。
目を開けると「あ、起きた?」とヘラっとした笑い声が聞こえた。どうやらまたしても横抱きにされて運ばれているらしい。視界にぼんやり映ったのはウェイターのような服装の男性。酔ってジルも対応できないほど暴れたせいで連行されているのか。
すみません、と謝罪をしつつ下りようとするとぐっと押さえつけられた。ウェイターにしては力が強いな、と顔を覗き込むとわたしは目を丸くした。
「ケ、ケイト様!?」
「あ、ようやく気づいた?」
「なんでそんな呑気に……今までどこに行っていたんですか!? もう学園に来なくなって1ヶ月経つんですよ!?」
「分かった分かった、落ち着こ、とりあえず」
落ち着いていられません、と叫ぶとケイトは観念したようにわたしを地面に下ろした。
「自分の心配を先にしようね?」
「あ……やっぱり酔って盛大にやらかした感じですかね。でもケイト様がウェイターでよかったかもしれませんね」
「うっわ……なるほど、酔ってたと思ってるんだ」
ケイトは怪訝な顔でそう言うと「サイテーだなあ」と呟いた。一体どれほどやらかしたのか、と想像して青ざめる。
「違う、ローズちゃんは酔ってなんてなかったよ。俺はウェイターじゃないし、たぶんローズちゃんが考えてること全部はずれだから」
「はい? 酔ってなかったとしたらどうしてあんなおかしくなるんですか」
「…………ね、ジルくんは大切な友達なんだよね?」
突然改まって聞かれて、戸惑いながらも頷いた。ジルにも盛大に迷惑をかけたに違いないから、今すぐにでも謝りにいきたいくらいだ。
「じゃあ、言わないでおくよ。ローズちゃんが傷つくのは、なんか不本意なんだ」
「……出会った頃のこと忘れてます?」
「あれはあれ、これはこれ。俺の方が聞きたいくらい」
ケイトは困ったような笑みを浮かべた。わたしは慌てて話題を変えた。
「あの、ところで会場がなんだか騒がしい気がするんですけど……」
「そりゃ俺が暴れてきたから!」
「は、何してんですか、戻りますよ!?」
強いケイトは暴れたりなんかしたら王宮が穴ぼこだらけになってしまう。わたしは顔面蒼白になり駆け出そうとする。けれどケイトが「いいから、行かないで、行かない方がいいから」と制する。
「そんな被害はないから大丈夫だって。それよりも、俺あんまり時間ないからさっと要件伝えてローズちゃんのこと送りたいんだけど」
被害はあるのか、と大きな被害ではないことを祈る。この様子では次にケイトに会えるのがいつになるか分からないから、わたしも聞くべきことは聞かなければ。
「ケイト様はロストについてどこまで知っているんですか」
そう尋ねればケイトは「直球ー」と苦笑しつつ首を横に振った。これは言わない、の意だろう。
「でも俺なりに色々考えてるんだから……もう少し、俺の答えが出るまで待って」
「……わかりました」
「本当、俺、おかしーや」
ケイトはなぜか自嘲気味にそう言った。それからわたしの目を真っ直ぐ見て「学園にいるときは特に気をつけて」と注意した。
「ロストに操られていても自我を失わないタイプの人間がいる。たぶん今日のローズちゃんの行動と俺の誘導でそろそろやつは動くと思うから」
「え、誰が」
「花の乙女、つまりローズちゃんのことを大っ嫌いな人。心当たりはどうせないだろうけど」
ぐっと一瞬詰まりかけたけれど、心当たりがないこともなかった。というよりかは乙女ゲームの情報と推理で導き出せる気がする。
完全な悪役、とかではない限りやられるなら攻略対象だ。
ジル……は先ほどの一件で嫌われていないことを祈るが、基本嫌われてはいない。ラギーやレイ、もちろん兄も。ケイトはこの通り助言までしているのだ、乙女ゲームに裏をかいてプレイヤーを惑わせる必要はない。
となると残りは1人しかいない。
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