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第7章 夏休みは安全快適?
1. 引きこもりライフ
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「…………暇だ」
ベッドに大の字になって呟く。
夏休みが始まってかれこれ2週間、わたしは家族で田舎の領地にやってきていた。別荘周りは一面大自然で、初めこそ走り回って楽しく過ごしたが、こうも暑いとそれも面倒になってきた。
文化祭が終わってすぐさま夏休みに突入したのは、たぶん秋ぐらいまで次のイベントがないからなのだと思う。それにしてもあまりにも急すぎた。ジルから手紙がきていた気がするけれど、開封する隙すら与えられなかった。
父曰く、超マイナー領地なのでたぶんほぼ知られていないだろうとのこと。領地がそれでいいのかとは思ったが、住民が幸せそうなので良しとする。まあ、つまりわたしがここにいることは友達はもちろん、レイやケイトなんかも知らない、というわけで。攻略対象たちから逃れた安全ライフを送っているのである。ただ、唯一気掛かりなのが……
「ローズ、今日は一日何をして過ごそうか。外で日向ぼっこでもいいし、川で遊ぶのもいいね。何したい?」
そう、この兄の過保護っぷりである。もはやそのセリフは5、6歳児に向けるような言葉な気がする。毎日満面の笑みで部屋を訪れては、お遊びのお誘いをしてくるのだ。
ちなみに両親もここぞとばかりにいちゃついている。メイドたちもリラックス気味で、基本わたしやナインのことは放置気味である。
「えっと……じゃあ、湖に行って涼みたいです」
「分かった。用意しておくよ」
兄はにっこり笑って部屋を出て行く。わたしは大きくため息をついた。以前、この質問に「じゃあ、市場に行ってみたいです」だとか「一度家に戻りたいです」とか言ったら「それは無理かな」と返された。目が笑ってなくて怖かった。ここ最近わたしは驚異のヒロイン力で危険な目にあってばかりだったこともあり、敷地外にあまり出てほしくないらしい。シスコンっぷりに拍車が掛かっている気がする。
「あー、でもシスコンの方がまだマシ、なのかな?」
恋愛対象になるよりは。わたしは頭を捻らせる。すると、ドアが開いて兄が顔を出した。どうやら用意ができたらしい。
それにしても敷地内に湖があるなんて、さすが伯爵家だ。
わたしと兄は木陰で軽いティーパーティをしている。冷たいレモンティーを飲みながら、水浴びをする鳥たちを眺めて頬を緩ませる。
「もう少しで夏休みも終わりですねえ」
「そうだね。また生徒会で忙しくなると思うと少し憂鬱かな」
「そうですね、おにいさまとは学園でなかなか会いませんものね」
やめたいなあ、なんて冗談まじりに言う兄にわたしは苦笑した。
乙女ゲームの舞台だけあって、のんびりしていられる時間が少ない。日々の勉強だって大変なのに、文化祭まであって。兄にしてみればその上、妹が事件に巻き込まれまくっているとなると心労も半端ないと思う。
「ローズは巻き込まれ体質なのかな? そろそろ僕も予測出来なくなってきて大変なんだけど……」
予測、とは。けれど中等部のときの合宿から始まって、兄が駆けつけるのは異常に早い気もする。この前のケイトに誘拐されたときも見つけるのが早いなあ、などと思っていたけれど。
「例えば、今後もわたしが事件に巻き込まれる可能性は、と聞けば分かるんですか?」
探るような目を向けると、兄はそれにものともせずに頷く。
「まずローズは花の乙女だからね。危険に巻き込まれる可能性は他の人よりも多いだろうね」
「ですよね……」
うーん、だいぶベールに隠されているような。危険人物がいるだとか、何月何日に起こるだとかはさすがの兄でも分からないのだろうか。そんな風に考えていると、兄がふいに真面目な顔つきになる。
「僕がローズのことを守るよ」
ひぇ、と声が出かけた。我が兄ながら整った顔すぎる。そんな顔からそんなイケメンなセリフが出てきたらひっくり返りそうだ。
「……頼もしいおにいさまがいて、わたしは幸運ですね」
これはきっと妹を心配するあまり出たセリフ。兄がうん、と応えた気がするけれど、わたしは湖に視線を戻して表情は見なかった。
こんこん。
夜中、目を覚ますと窓の方から音がした。風が吹いていて枝でも当たっているのだろうと思ったわたしはまた寝ようとするけれど、音は大きくなって行く。
刺客、とか?
ヒロインだし、夜襲われる可能性は大いにある。けれど、こういうときのために鍛えてきたのだ。わたしはベッドの下から剣を引っ張り出して、壁際に沿って窓へと近づいていく。
「曲者、覚悟!!」
なぜか武士のような声を上げて、わたしは窓に振りかぶる。
「ぎゃああ、ストップストップ!! 俺だよ、俺!」
「怪しい奴の常套句なんだよ、それは!!」
もう一度剣を振ろうとして、聞いたことがある声だと少し動きを止めた。窓を覗くと、黒尽くめの男が木に登っているのが分かる。目を凝らすと、その男が亜麻色の髪を持つことに気がついた。
「ケ、ケイト様……?」
なんで、と言いかけたわたしに、黒い男――ケイトはいたずらっぽく笑って見せた。
「来ちゃった」
ベッドに大の字になって呟く。
夏休みが始まってかれこれ2週間、わたしは家族で田舎の領地にやってきていた。別荘周りは一面大自然で、初めこそ走り回って楽しく過ごしたが、こうも暑いとそれも面倒になってきた。
文化祭が終わってすぐさま夏休みに突入したのは、たぶん秋ぐらいまで次のイベントがないからなのだと思う。それにしてもあまりにも急すぎた。ジルから手紙がきていた気がするけれど、開封する隙すら与えられなかった。
父曰く、超マイナー領地なのでたぶんほぼ知られていないだろうとのこと。領地がそれでいいのかとは思ったが、住民が幸せそうなので良しとする。まあ、つまりわたしがここにいることは友達はもちろん、レイやケイトなんかも知らない、というわけで。攻略対象たちから逃れた安全ライフを送っているのである。ただ、唯一気掛かりなのが……
「ローズ、今日は一日何をして過ごそうか。外で日向ぼっこでもいいし、川で遊ぶのもいいね。何したい?」
そう、この兄の過保護っぷりである。もはやそのセリフは5、6歳児に向けるような言葉な気がする。毎日満面の笑みで部屋を訪れては、お遊びのお誘いをしてくるのだ。
ちなみに両親もここぞとばかりにいちゃついている。メイドたちもリラックス気味で、基本わたしやナインのことは放置気味である。
「えっと……じゃあ、湖に行って涼みたいです」
「分かった。用意しておくよ」
兄はにっこり笑って部屋を出て行く。わたしは大きくため息をついた。以前、この質問に「じゃあ、市場に行ってみたいです」だとか「一度家に戻りたいです」とか言ったら「それは無理かな」と返された。目が笑ってなくて怖かった。ここ最近わたしは驚異のヒロイン力で危険な目にあってばかりだったこともあり、敷地外にあまり出てほしくないらしい。シスコンっぷりに拍車が掛かっている気がする。
「あー、でもシスコンの方がまだマシ、なのかな?」
恋愛対象になるよりは。わたしは頭を捻らせる。すると、ドアが開いて兄が顔を出した。どうやら用意ができたらしい。
それにしても敷地内に湖があるなんて、さすが伯爵家だ。
わたしと兄は木陰で軽いティーパーティをしている。冷たいレモンティーを飲みながら、水浴びをする鳥たちを眺めて頬を緩ませる。
「もう少しで夏休みも終わりですねえ」
「そうだね。また生徒会で忙しくなると思うと少し憂鬱かな」
「そうですね、おにいさまとは学園でなかなか会いませんものね」
やめたいなあ、なんて冗談まじりに言う兄にわたしは苦笑した。
乙女ゲームの舞台だけあって、のんびりしていられる時間が少ない。日々の勉強だって大変なのに、文化祭まであって。兄にしてみればその上、妹が事件に巻き込まれまくっているとなると心労も半端ないと思う。
「ローズは巻き込まれ体質なのかな? そろそろ僕も予測出来なくなってきて大変なんだけど……」
予測、とは。けれど中等部のときの合宿から始まって、兄が駆けつけるのは異常に早い気もする。この前のケイトに誘拐されたときも見つけるのが早いなあ、などと思っていたけれど。
「例えば、今後もわたしが事件に巻き込まれる可能性は、と聞けば分かるんですか?」
探るような目を向けると、兄はそれにものともせずに頷く。
「まずローズは花の乙女だからね。危険に巻き込まれる可能性は他の人よりも多いだろうね」
「ですよね……」
うーん、だいぶベールに隠されているような。危険人物がいるだとか、何月何日に起こるだとかはさすがの兄でも分からないのだろうか。そんな風に考えていると、兄がふいに真面目な顔つきになる。
「僕がローズのことを守るよ」
ひぇ、と声が出かけた。我が兄ながら整った顔すぎる。そんな顔からそんなイケメンなセリフが出てきたらひっくり返りそうだ。
「……頼もしいおにいさまがいて、わたしは幸運ですね」
これはきっと妹を心配するあまり出たセリフ。兄がうん、と応えた気がするけれど、わたしは湖に視線を戻して表情は見なかった。
こんこん。
夜中、目を覚ますと窓の方から音がした。風が吹いていて枝でも当たっているのだろうと思ったわたしはまた寝ようとするけれど、音は大きくなって行く。
刺客、とか?
ヒロインだし、夜襲われる可能性は大いにある。けれど、こういうときのために鍛えてきたのだ。わたしはベッドの下から剣を引っ張り出して、壁際に沿って窓へと近づいていく。
「曲者、覚悟!!」
なぜか武士のような声を上げて、わたしは窓に振りかぶる。
「ぎゃああ、ストップストップ!! 俺だよ、俺!」
「怪しい奴の常套句なんだよ、それは!!」
もう一度剣を振ろうとして、聞いたことがある声だと少し動きを止めた。窓を覗くと、黒尽くめの男が木に登っているのが分かる。目を凝らすと、その男が亜麻色の髪を持つことに気がついた。
「ケ、ケイト様……?」
なんで、と言いかけたわたしに、黒い男――ケイトはいたずらっぽく笑って見せた。
「来ちゃった」
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