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第6章 揺らぐ文化祭

歪 ジル・ブラックウェル

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 俺はあいつが、ローズ・アメリアが好きだ。おそらくはっきり顔が見えるようになったあの日から、ずっと。
 自慢ではないが、俺は苦手なものはないつもりだった。けれどあいつを前にした時だけ、めっきりどうしていいか分からなくなる。変な行動をしてしまったり、格好悪い。この非効率的なことがあの、恋というものなのだろう。
 俺も人のことを言えないが、あいつも大概だった。鈍感、これに尽きる。あいつは恋愛面に関する受信力だけが、どこかへなおざりになっているのではないか。

 手始めに婚約者候補という立場を使ってみようと思った。
『婚約者』らしく振る舞ってみたり、ドレスを贈ったり。けれどびっくりするほど気がつかない。たぶん俺が仕方なしにやっていると思ってる。

 さらにあいつの周りには、あいつを熱っぽい目で見ているやつが多い。
 まず兄のナイン・アメリア。義妹という時点であり得る話だとは思ったが。けれど彼に関して唯一幸いなのが、あいつがそれに少し気がついていることだ。まだ対処しようという心がけがあるらしい。

 それからレイ・ウィステリア。最近死にたがりが改善された気がしていたが、おそらくあいつが絡んでいるのだと思う。顔はより一層黒く塗りつぶされていて表情は見えないが、話し方などから『本気で』好きになったのだとわかった。

 売店の店主で植物園を管理しているという男もだ。ただ彼はあいつを好きというよりかは崇拝に近いとみて今のところ放っておくことにはしていたが……歪んだ『崇拝』という気持ちがこもっているのも知らずに、ミニヒマワリを抱えて笑うあいつに、そろそろ我慢もできないなと思った。

 部屋で2人きりになって演劇のセリフ合わせをした。まだところどころ棒読みで一生懸命暗記したセリフを口にするあいつを見ながら、どこか上の空でいた。好きだと伝えたら、あいつもさすがに意識してくれるだろうか。少しでも照れたりするだろうか。そうしたらだんだん俺のことを好きになってくれるだろうか。などと柄にもなく考えた。壁際に追い込んで返事を聞き逃さまいとする。あとは好きだと伝えるだけ――

「ごめんなさい」

 あいつは泣き出しそうな顔で部屋を飛び出して行った。一瞬訳が分からなくなった。慌てて部屋から出たがどちらに曲がったのかも分からない。とにかく探さなければ、と駆け出す。

 ――拒絶された?

 ふとそんな考えがよぎって足を止めた。
 拒絶、拒絶、拒絶、と頭の中が占められていく。あいつの顔までまた見えなくなってしまったら、俺は一体どうしたらいい? いや、でも今までもずっとそうだっただろ、となんとか暗い感情を振り払おうとする。けれど、あいつを探せば探すほど苦しさが募る。

 俺の気持ちに気がついて、もう一緒にはいられないと言われたら。俺の知らない、見えない誰かの隣であいつが笑っていたら。それすらも、見えなくなってしまったら――

「顔が険しいですよ、ブラックウェル卿」

 視界にはバツが大きくついた男、ケイト・グリンデルバルドがいた。ただでさえ怪しくて嫌いなこの男は最近よくあいつに絡んでいる。俺は精一杯笑顔を作った。たぶん、だいぶ無理矢理だったとは思うが。

「あなたには関係のないことです」
「関係ならありますよ」

 それしか言わなかったが、おそらくあいつのことを言っているのだろうと直感した。にやついた顔が憎たらしい。

「聞き流していただいても構いませんが……1人にしてあげるべきかと」

 彼はそれだけ言うと俺の脇を通りすぎていく。そういう風に言うということは、あいつは泣いていた……のか。
 俺が思いを告げようとしたせいで?
 しかもその姿をこの男にさらしたのかと思うと苛立って苛立って仕方ない。
 俺はその場で蹲った。苦しさと苛立ちとで、吐きそうだった。


「頑張りましょうね」

 演劇直前、少しぎこちない笑顔であいつは声をかけてきた。
 相変わらずバラ色の髪が綺麗で、演劇のために化粧を少ししていて不覚にもどきりとした。それと同時に、これが大衆に晒されるのかと思うともやもやする。そんな不安定な気持ちのまま演劇が始まった。
 書き直させた『ロミーとジュリアンヌ』は少々演劇性に欠けてしまうようなハッピーエンドだった。悲恋で成り立つ物語を無理矢理変えたのだから無理もない。当たり前にお互い恋に落ちて、結ばれる。
 少し前まで俺もこんな風に恋が実ると思っていた。しかし現実はこんな綺麗ごとで片付けられるほど甘くない。セリフを言いながら、はた、と気がついた。

 元々俺はこんなに甘い考え方の人間なんかではない。顔が判別出来なくなるくらいには、効率と利益を求めて生きてきたのだから。目的のためなら、どんな手段も厭わず手に入れるべきではないか。
 ――だったら、あいつだってどんな手を使ってでも手に入れればいいんじゃないか。

「どんな男でも貴女は受け入れてくださいますか」

 俺がどんなに醜い性格をしていても、お前は俺を受け入れてくれるよな。
 頷いたあいつに、俺は笑みをこぼした。


「お前、俺に告白されそうだと思ったんだろ?」

 冗談だった、とさらりと告げた。あれは紛れもなく本気だったが、それは今は必要ない。
 あいつがどう思おうと、俺はあいつのそばにいるし、あいつの隣は俺だって分からせるためならなんだってやる。心よりも先に、あいつ自身を手に入れる。順序が変わっただけだ。嫌がることをするのは不本意だが、事実上の契約であいつを縛って、それから身体を奪って……そうやって、絶対に逃さない。

「ジェラートを食べよう」とあいつを誘った。あいつの『友達』でいるのは今日で最後だから。

「家に帰ったら、婚約について話を進めておかないとな」

 軽い足取りで部屋を出て行ったあいつを――ローズを見送ってから、俺はひとり笑った。
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