七草渚冴はループする

kyouta

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第四話 月曜日

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 日付が変わるまであと数時間。僕は自室で、1人作戦会議をしていた。

 白いマグカップに入ったコーヒーと、バターの塩味が効いた市販のクッキーが今日のお供だ。どうせ日付が変わったら強制的に寝落ちするし、この時間にカフェインを摂取しても問題はない。

 まず、僕が楽しくサッカーをすることが、このループを抜け出すためのゴールだと仮定しよう。
  
 じゃあ楽しいサッカーとは?

 沢山点を取るとか?
 
 いやいや、僕の技術じゃ一点取ることでさえ難しいと思う。それに、1人でそんなに点をとっても、楽しいとは思えないな。

 いつも後ろを守ってた奴が、いきなり相手ゴールに近い位置にいるのも変だ。彼女は僕のやりたいようにやれと言ってくれたけど、それは点を取れって意味じゃない。

 普段よりボールの近くに行って、ボールに触る回数を増やす。クラスのサッカー部は1人だけだけど、その人は1人で無双するタイプじゃなくて、上手い下手関係なくパスを出してくれる。ボールを持った時、どうしたらいいか分からなくても指示をしてくれるからほんとに良い人なんだ。

 方針は決まった。最初はいつも通り後ろにいて、でもボールに近づくことは忘れない。だんだんポジションを前に前にしていく。授業のサッカーなんて、ちゃんとしたポジションはキーパーくらいしかない。他の人は、常に流動的にポジションチェンジしていく。

 こうゆう日に限ってキーパーに選ばれたら最悪だけど。

 その後、僕は海外サッカーのプレー集を意識が奪われるまで漁っていた。



 朝7時にアラームが鳴った。つまり月曜日だ。
 
 僕は眠い目を擦りながら洗面所へ顔を洗いに行く。6月末はもう夏と言ってもいいんじゃないかと思うくらいに暑く、顔につけた水が冷たくて気持ちいい。

 既に制服に着替え、朝の支度が終わっている中学生の妹が僕の後ろに立っていた。てっきり邪魔とか、どいてよと言われると思っていけど、そんな罵声を浴びることはなく、意外な事を言われた。

「お兄、今日何かあるの? 顔、気合い入り過ぎじゃない?」

 そんなに僕、気合入っていたのか……。顔が熱いのはきっと、気温が高いせいだと思いたい。でも、今日が特別な日であることは確かだ。

「うん、ちょっとね。頑張らないといけないことがあるんだ」

 僕は妹の目を真っ直ぐ見てそう言った。言った後になって、妹相手に恥ずかしい事言ったなって少し後悔した。それは妹も同じみたいで、そっぽ向いてしまった。

「あっそ……。頑張ればいいんじゃない」
 用があって洗面台に来たと思った妹は、駆け足でリビングの方へ行ってしまった。


 ついに体育の時間がやってきた。月曜日は6限だから、それまでずっと体育の事を考えてしまって授業が全く頭に入っていない。まぁもう何回も受けている授業だから、真面目に受けなくても内容は嫌ってほど頭に叩き込まれている。

 ジャージに着替えてグランドへ向かう。まだ太陽は沈む気配が無く、外に出ただけで体の水分が抜けていきそうだ。

 教科担任の先生がチャイムと同時にやってきて、ストレッチが始まる。すぐにペアでパス練習をし、それが終わればゲームが始まる。

 さて、とりあえずいつも通り後ろにいよう。キーパーは、ちょうど筋肉痛であまり動きたくないクラスメイトが立候補してくれた。

 試合開始。プロの試合のように華麗なパスが繋がることはなく、ボールが敵へ味方へと行ったり来たりしている。ゴチャゴチャしていると言ったら分かりやすいな。

 それでも、今はうちのクラスが優勢だ。サッカー用語でいうと、押し込んでいると言う。ハーフラインよりも相手側のフィールドで攻めれている。サッカーにはオフサイドと言うルールがあるのは、何となく聞いたことがあると思う。僕と、もう一人のクラスメイトがキーパーを除いた一番後ろの位置に今いる。

 このままだと簡単にカウンターを食らってしまうので、最低でもハーフラインの辺りまで上がらなくてはいけない。ただ、サッカー用語で指示しても意味がわからないと思うから、それっぽい理由でクラスメイトに指示を出す。

「小林君、あんまりボールから遠くにいるとサボってるって思われそうだから、もう少し前に言ってライン上げよう」

 小林君は縦に頷いてくれて、僕らはハーフラインの辺りまで移動した。

 ちょうどボールがフィールドの外に出たタイミングだった。ボールのある方を見ると、うちのクラス唯一のサッカー部である橋本君がこちらを見ていた。

 ボールがスローインされるとすぐにボールの方に行ってしまったので、単純にフィールドを見渡していただけかもしれない。

 その後、クラスメイトのパスしたボールがカットされて奪われた。相手はカウンターを狙っていたらしく、フォワードの選手が走り出したタイミングで強いパスを出した。

 僕と小林君が抜かれたら、多分誰も追いつくことが出来ずにキーパーと一対一になってしまう。いつもの僕なら簡単に抜かれていたけど、今日は本気でやると決めているのでボールを奪いに行く。

 幸いにも、走り出した選手は僕の方に向かって走ってきたので、その選手と入れ替わるように僕は前に出た。

 その行動は、多くの人には『こいつ何やってんだ』って思われたかもしれないけど、僕はパスコースに入ってボールを奪えた。

 横には小林君、後ろには走り抜けた相手選手がいる。今なら、焦らずゆっくりとボールを持てる。

 僕は少しずつボールを運びながら、パスコースを探す。後ろからボールを奪いに来ているのが分かるから、早めにパスを出したい。

 首を振って探していると、前の方から橋本くんがボールを受けに下りてきてくれた。

「七草! ここ!」

 良い位置にいる。橋本君は今僕の方に体を向けている。ゴールは反対側。でも、橋本君の背中にはゴールまでの道が出来ている。
 
 僕は迷わずパスを出した。優しいパスじゃなくて、強めのパスだ。

「おっ」
 
 橋本君は、トラップと同時に体を回転させて前を向いた。その一瞬の動きに周りはついて行けず、ドリブルで抜き去っていく。最後はフリーの味方にパスして、うちのクラスが先制した。同時に前半が終了し、五分間のハーフタイムとなった。

 今の攻撃は、僕から始まった。そして点が取れた。

 そのことが嬉しくて、いてもたってもいられなかった。僕は近くの水道場に早足で行き、乾いた喉を潤す。

 それでも足りず、顔を冷たい水で洗った。この高揚感は何なんだ。自分が点を決めたわけでもないのに、胸の高鳴りが治まらない。

 ああ、楽しいな。

「なぁ七草、ちょっといいか?」
 
 え。
 
 すぐ近くに橋本君が立っていた。
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