七草渚冴はループする

kyouta

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第二話 彼女の瞳は全てを見透かす

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 朝学校に行くと、まず昇降口で隣のクラスの先生と挨拶を交わし、教室に入ろうとしたタイミングでクラス委員長が出てくる。

「お先にどうぞ~」
 優しい委員長は僕に道を譲ってくれて、自分の席についた5分後にホームルームが始まる。

 何度ループしても変わることのない皆の行動は、不変過ぎて気味が悪い。昨夜、奇妙な体験をしたからだろう。いつも大人しい僕だけど、今日はそこに気持ちが萎えている雰囲気が漂っていることだろう。

「ねぇ、なんかあった?」

 隣の席に座る女子が、萎えてる僕を見兼ねて話しかけてきた。普段話すことなんて滅多にないのに珍しい。

「ちょっと困ったことがあってね。どうしたらいいか分からなくて」

 ループから抜け出せませんなんて言えないよね。大人しい男子ってイメージから、に変わったら悲しいし……。

「そっか、苦労してるんだ」
 彼女は無理し過ぎないでねと、関心のないように言った。これ以上は踏み込めないと判断したんだろう。

 でも、今までこのタイミングで彼女に話しかけられることは無かった。昨夜の一件から、少し変化が起きているのかも? しれない。もしそうであれば半歩くらいは前進かな。


 月曜日は一つだけ嫌なことがある。体育の授業でサッカーをやることだ。僕は週末になると海外サッカーを夜中ネットで観戦している。ただ、授業のサッカーは嫌いだ。

 経験は無いから下手くそだし、誰も僕が下手なプレーをしても責める人はいないだろうし、馬鹿にする人もいないと思う。でも、下手な所を誰かに見られるのが嫌なんだ。

 とにかく上手くやろう、足を引っ張らないようにやろうとする気持ちが強くなるから、全く楽しめない。

 だからこの時間をサボることが多い。サボりすぎると単位が危ないから調整はしているけど、怪我で見学したりトイレに篭ったりする。

 ここまでのループは全て腹痛で見学していた。今回のループでもそのつもりだ。

 本当はやりたいんだけどな。


 結局今回のループで変化があったのは最初だけ。残りの4日間は何一つ変化はなかった。

 時間も金曜日の夕方、今更何かしたところで、何も変わらないだろうな。思い切って何かしてみようかなって考えはするんだけど、もしそのままループが終わってしまったら大問題になるから、なかなか行動に移せない。

 例えば、クラスの可愛い女の子に告白をしたとする。ループする前提であれば相手が自分のことをどう思っているか知ることが出来る。ただ、ループがそこで終わってしまった場合、僕が彼女に告白した事実が残ってしまって、僕はきっと後悔する。

 まぁそもそも好きでもない相手に告白なんてしないけど。

 犯罪も同じ。痴漢、万引き、未成年飲酒とかも、ループがそこで終わったら……。想像したくもないね。

 月曜日の朝に感じた体の重みはとっくに無くなり、金曜日の放課後のせいかテンションが少しハイになっている。土曜日は来ないけど、体は明日が休日だと勝手に思い込んでいるようだ。

 きっとそのせいだ。普段寄り道なんてせず真っ直ぐ家に帰るのに、この日は家の近くの公園に寄った。ここは小さい頃によく遊んでいた場所で、夕方は近所の小さな子どもたちと、その保護者の憩いの場となっている。

 でも、今日は子どもたちの笑い声が聞こえてこない。おかしいな、いつもなら近くを通るだけで元気な声が聞こえてくるのに、外から見た公園の中には誰もいない。

 僕はいつもと違う公園に恐る恐る足を踏み入れる。滑り台、ブランコ、ベンチ、砂場。定番の遊具しかないし、大きな公園というわけでもない。それなのに、今日はとても広く感じる。体育館の真ん中に立っている気分だ。少し歩けばブランコがあるはずなのに、何メートルも離れて感じる。

 ハイになったテンションはとっくに下がり、西日が強く照りつけて体の表面は暑いのに、寒気がする。

 おかしい。

 あれ。

 今どこだっけ。


「そんな所で突っ立ていては、子どもたちの邪魔になるぞ少年」

 いきなり後ろから声をかけられてハッとした。心臓が飛び出るくらい驚いてしまった。

 すぐに後ろを振り返ると、僕とほぼ同じくらいの背をしたショートカットのお姉さんが立っていた。

「えっと、子どもたちは何処へ?」

 てっきり、僕のせいで子どもたちが遊べないから声をかけられたと思ったから、お姉さん以外だれもいなくて困惑している。

「すまない、私は今嘘をついた。君の顔が、夏だというのに、まるで雪のように白い顔をしていたものでね。何回か声はかけたんだよ? でも君は気づいてくれなかったんだ」

 まじか。全く気づかなかった。僕は、そんなに自分の世界に入っていたのか。

「すみませんでした。心配してくださりありがとうございます。失礼します」
 僕は彼女に一度頭を下げてからその場を立ち去ろうとした。しかし、それは叶わなかった。

「まぁ待ちたまえ。悩んでいる少年をこのまま返すほど、私は薄情じゃないんだ」

 いや、知らない人だし。それに何故か腕を組んでウインクも決めてきた。不審者じゃないよね?

 彼女は近くのベンチに腰を下ろすと、自分の隣を叩いてこっちに来いと目で訴えてきた。女優さんみたいなきれいな人だし、ドラマのシーンみたいだなとは思うけど、やっぱり怖い。

「ああなるほど。膝の上が良かったかな?」

 太ももの辺りを軽く叩いて誘ってくる。デニムパンツだから露出はしていないけど、細すぎず太すぎない彼女の太ももはとても目に毒だ。男子高校生には刺激が強すぎる。

 僕は諦めて彼女の隣に座る。もちろん1人分スペースを開けて。

「これが私と少年の心の距離か。寂しいじゃないか」
 にやにやとそんな事を言っているが、心の距離はもっと離れてるっつうの。

「さて、からかうのはここまでにしよう。君は今、誰にも言えないことで悩んでいるんだろう?」

 ドキッとした。この人は今さっき初めて出会ったばかりだ。僕の心の中を盗み見られているのか?

「無言は同意と受け取って構わないかな? では続けよう。誰にも言えないことーー少年浮気は良くないと思うなー」

 からかうように彼女は言った。僕は呆れてため息を付いてしまった。

「違いますよ。そんなことしませんし、そもそも彼女いません」

「なるほど、恋愛の線は無しということか」

 誘導尋問とまではいかないけど、ちょっとだけ誘導された気がして悔しい。別に相談に乗ってくれなんて言ってないから、全部素直に答える必要ないじゃないか。

「そんな不満そうな顔しないでくれ。そーいえば明日は土曜日だが、何か予定はあるかな?」

 予定ーーか。いつもなら家でダラダラするだけって即答出来たと思う。でも、土曜日が来ないことが分かっている今は、なんて答えたらいいか分からなかった。

「なるほど。君は奇妙な体験をしているようだ」

 彼女は僕の目を真っ直ぐ見る。彼女のラピスラズリのように美しい瞳から、逃れることは出来なかった。

 この人は、全て知っているのか? 本当に僕の心の中を見られているんじゃないのか?

「少年、詳しく聞かせてもらおうか」

 まだ西日は、僕たちを強く照りつけていた。
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