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ざまあしちゃうよ!

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 気付いたら赤ん坊で、暢気にしていたら成長し、4歳の頃から双剣を握らされ、毎日稽古をつけられた。木刀で体を殴られると赤く腫れあがり、治癒しないまま再び殴られ血が滲む。同じくらいの子どもたちも稽古を受けていたが、俺よりも怪我の数は少なかったように思う。大人の剣を弾き、隙をついて剣を振る、その姿は俺のはちゃめちゃな剣裁きとは比べられないほど大人びていた。

 それもそうだ。だって俺は日本の中学二年生。だった。

 友人と駄弁りながら下校していた際に、飲酒運転の車に跳ねられそのまま亡くなった、筈なんだが何故かこのゲームの中のような世界に転生し、盗賊団の一員となっている。不幸なことに美術部に所属して長い俺は運動神経が嘘のように悪く、ついでにリズム感もない。体育会系のノリにもついていけない。転生前の能力を引き継ぐなんて、手札悪過ぎだろ。
 この調子で俺だけずっとしごかれていて、歩けば笑われ後ろ指をさされ、唾を吐きかける者までいて、学校のいじめのような陰鬱さとは真逆の、オープン過ぎる嫌がらせを生まれて、いや、一度死んでから15年も受けているのである。



 しかし転機は訪れる。



 初めて盗みに連れていかれ、やっと一人前と認められたと思った俺は、野営の最中ずっと首領に酒をついでいた。正直調子に乗っていた。
 稽古の時間外にも豆が潰れるくらい剣を振る練習をした。一人いのししを追い駈け回したこともある。その努力が報われたと思った。早朝、先頭に立つ首領が向かった先は大きな口を開けた先の見えない洞窟だった。
「この先に大きな村がある。そこへ向かう」
 首領の合図で深くまで入って行った。物音が聞こえ、獣の目を避ける為にランプを消した。辺りは暗闇に包まれ、仲間の息遣いだけが聞こえてくる。首領の声は一向に上がらなかった。
 だんだんと心細くなってきて、思わずランプをつけてしまった。すると目の前には狼が4頭、よだれを滴らせて俺の様子を見ていた。

「ぎゃあああああッ」

 瞬間的に出てしまった悲鳴が洞窟内にこだまする。狼もひるんだ様子で後退り、しかし一番大きな狼が俺の方へ駆け出すと、他の狼もそれに倣った。
 体に齧りつく狼を遠ざけようと腕を振り、出口がどこにあるかも分からないまま走り続けた。どこもかしこも痛い体で熱された鉄球が転がるように走る。
 走っても走っても追ってくる鳴き声を聞き、覚悟を決めた俺は、ついに狼と対峙する。二対の剣を構えた。握った両手が壊れたようにぶるぶると震える。俺はただの中学二年生だったのに。
 狼は穿つように駆けてくる。脅威が目の前まで迫った時、俺は両手を振り上げていた。





「何故お前がここに……!」

 目の前で血を吐き、這いつくばりながら目を見開くジジイの傍でしゃがみ込んでその顔を眺めると、体中にまんべんなく傷があり、そのどれもが自分がつけたものだと思うと気分が良かった。
「剣技の上達しない俺を見放し、二度戻れぬという洞窟に置き去りにしたこと、あんた忘れたっていうのか?」
 俺の綻んだ顔に対して、親の仇を前にしたような表情の、ここ一帯をねぐらとしている盗賊団の首領ガルフはグフグフと血を零しながら「子どもの分際で盗んだ財宝をくすねていたからだろう。罰を与えて何が悪い」と額に筋を浮かせた。
「ひどい稽古に耐え続けた子供の可愛い反抗だろ。どうしたって出来の悪い奴は淘汰されるんだ。あれから魔物相手に幾多の実戦経験を積んで俺は強くなった。こんな小さな盗賊団の壊滅なんて朝飯前なんだよ。さあジジイ、俺の相手をしろよ。あとはあんた一人だ」
 ガルフはよろよろと立ち上がり、腰のベルトにぶら下げてある鞘から二刀のダガーを抜いた。足腰の立たない老いぼれのそれだ。
 俺は声を上げて笑った。ああ、不様。幼い俺を𠮟り、虐げた大きな口も、無遠慮に殴りつけた太い腕と大きな拳も、逃げる俺を熊のような速さで追ってきた足も、いつも誰かの返り血がついて固まっていた長髪も、全てが醜く弱弱しく老いて、萎み、威厳など欠片も残っていない。
「なあ、お前んとこの神童ジーマはどこ行ったんだ?」
 俺の機嫌の良い問いに、一瞬にしてガルフは表情を無くした。しかし、スイッチを押したように、瞬時にその顔を整えた。
「あいつは、……この砦にはいない」
 隠しているつもりでも表情が曇っているのが分かる。俺はこれ以上上がらないくらい口角を上げて、背に担いでいた長剣を取り出した。
「ここへくる途中に仲睦まじい男女を見た。女は赤ん坊を抱いていた。男は俺を見て驚いていた」
 剣身を指の腹でなぞる。ガルフとの距離は5メートル程度。剣を持っていない方の腕を、晴天高く伸ばす。手の甲が陰る。
「『お前のこのこと生きていやがったのか』『お前みたいな出来損ないは戻ったところで残飯処理係だ』『この恥さらしめ』そうジーマは言った。ひどいだろ?……だからさ」
 ガルフが体を固くして、血液の混じる唾を飲んだ。ダガーの先が今まで以上に震えていた。
 とんびが静かに砦の上を飛んでいる。街からも森からも外れた荒地にある盗賊の住処。多くの家族が協力し合い、身を寄せ合って過ごす、小さく頑なな世界。砦上部にある首領の居室前の庭で、向き合う俺たち以外の声は、もはやどこからも聞こえない。
 だってもう、皆俺が喉笛を掻っ切った。
「殺してやった、一番に。次に逃げる女と子どもを殺した。躯はその辺に転がってる筈だよ。拾いに入ってあげなよ。もし、あんたが生きてたら」
 俺の声が鳴りやむ前に、ガルフは雄叫びを上げながら突進してきた。がしゃがしゃと楔帷子が鳴る。俺は長剣を斜めに構え、腰を落とした。ガキンッ、と鉄が弾ける。重たい一撃を受けた両手がびりびりと痺れた。ガルフが再び振り被ったのを見て、今度は下に構えて受け止める。この勢いを受けたら骨まで断たれそうだ。先程あれだけ痛めつけたのに、まだ力が残っているとは恐れ入る。相変わらず油断ならないジジイだ。
 俺はガルフの繰り出す大ぶりな攻撃の隙を狙った。
 長剣のガードとグリップを割き、2本の小刀を生み出すと、そのままガルフの懐に飛び込み、胸を裂いた。肋骨を上から順番に抉った感触がし、その中の臓器は風船よりも柔らかくて、切っ先は軽々と肺を破った。顔に血しぶきが飛んできて、思わず目を瞑る。
「強くなった、な……」
 頭の上からガルフの掠れた声が降ってきて、何故か昔、ガルフに稽古をつけてもらったことを思い出した。

「諦めなければこれが身になる日がくる。励め」

 厚い手の平が俺の頭を撫で、また恐い顔で他の団員に指示を出しに行く背中を見ていた。
 閉じたままの眼球が熱くなる。
 この復讐は成功した。そう思った。心底清々した。
 しかし何故だか目を開けるのを躊躇っている。重量のある荷袋が落ちるような音が聞こえてから、暫くぼうっと立っていた。
 何人殺しただろう。
 平凡な男子中学生が犯すには重すぎる罪を背負って、俺はこれからどうやって生きていくのだろう。
 迷子の子どものように途方に暮れてしまった。

 どろどろと目を開ける。

 





 目の前には真っ白い天井があった。

「こら修二!ちゃんと朝飯食ってけ!」
 じいちゃんの声が寝起きの頭によく響く。兄の総一は既にダイニングテーブルに向かっていて、その前には焼き鮭と玉ねぎの味噌汁、山盛りの白米が盛られていた。背中を搔きながら眉を顰める。
「ほら、食え」
「じいちゃん、朝からこれは多いって」
「文句言うじゃねえ。食わねえと大きくならんぞ」
 うええ、と絶望しながら箸を取る。隣で総一が「修二はチビだからな」と煽ってきた。
「くそ兄貴め。タンスに角に小指ぶつけろ」
「おめえら喧嘩してねえで早く食え!遅刻したらただじゃ済まねえぞ!」
 ジジイの大声に体を揺らして、総一と俺は飯を吸収することに集中した。
 腹が物理的に膨れ上がった後、自室から、汚い足跡とカッターでつけられた傷だらけの教科書を詰めたの通学鞄と畳んだ柔道着を手に、玄関に出た。靴箱の上で微笑む両親を一瞥する。総一は先に出たようだった。桃色のエプロンをつけたジジイが近付いてきて俺の肩に手を置く。
「物事はすべて、諦めなければ身になる日が来る。頑張れよ。駄目になりそうな日にはこのジジイが助けてやる」
「……行ってきます」
 顔を背ける俺に、ジジイは満面の笑みを浮かべ、最後に力強く双肩を叩いた。
「いってらっしゃい。気ぃ付けてな」

 あー夢でよかった。
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