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カニと海の宝石
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後部座席からモンスターの咆哮と、ゲーム機のボタンを連打する音が聞こえる。連打しなくても技は出るって言ってるのに。
内陸から沿岸地域へ向かう道路は空いていて、すかすかの道は走っていて心地が良い。路肩に茂る草木の瑞々しさと原色のインクを垂らしたような空色がますます気分を高める。外に出れば、冷房の利いた車内とは一変し、照り付ける日に焼かれるような暑さを食らうことだろう。ルームミラーをちらと見ると、両窓につけたサンシェードに囲まれたコハクが、シートに寝そべりながらゲームに勤しんでいた。項に刺さった充電ケーブルがひしゃげていて「ちゃんと充電出来てるか?」と声を掛けた。
「出来てるよ。ねえまだ着かないの?」
「あと半分」
「遠いなあ。そうだ、魚やカニもいるんでしょ?入れ物持ってきてないよ」
「捕まえても持って帰らねえよ」
え~と不満げに体を揺らすコハクが、実は今日という日をとても楽しみにしていたことを俺は知っている。パソコンで「海 生き物」「海 泳ぎ方」という検索履歴を見てしまったから。生き物はいると思うが、泳ぐのは無理だろ。心の中でつっこみながらパソコンの画面の前で口元を隠したことは記憶に新しい。
背後で再び狩りが始まったことを耳で確認して、前方に注意を向ける。蜃気楼が見えそうな暑さを待ち遠しく思うなんて、自分も大概子どもと一緒だ。
ぴったり二時間掛かって目当ての海岸へ辿り着いた。
途中の細道で三匹も蛇を踏みそうになり、俺が悲鳴を上げると、コハクが乗り出し目を輝かせ始めた為、急いで坂を上ったり下ったりした。
「初めて見たよ」
あっけらかんとしているコハクに比べて、爬虫類が苦手な俺は少しだけ気持ちが萎えていた。
「あ。ねえ、あれ」
コハクの人差し指がさす方を見る。
「ああ、海だな」
民家を避けて路上駐車し、藍色が飛沫を上げきらめく水面を眺めた。地元民しか知らなそうな小さな海岸を選んだのは、コハクが十分に楽しめるようにと考えたからだ。人慣れしていないヒューマノイドなんて本当に手が掛かる。
素足のコハクが踵の折れたスニーカーを履き、声を弾ませる。
「出てもいい?」
「ああ、このパーカー着て行けよ」
助手席から白色のラッシュガードを渡すと、いつもの数倍の速さで受け取り、車を出て行った。白い砂浜をぐんぐん駆けていく後ろ姿を見ながら、助手席からモバイルバッテリーを一つ、トランクから日傘とビーチサンダルを二つ取り出して、コハクを追いかけるる。
コハクは波打ち際に履いたばかりの靴を放って、素足を水に浸していた。
「おいおい何の為に靴履いたんだよ。身体の中に水入るだろ」
呆れながらコハクの靴を波から遠ざける。コハクは髪に天使の輪を作りながら、見たことないほど顔を綻ばせていた。屈んで水を掬い、あちこちへ投げ飛ばして、水面が弾けるのを面白がっている。
「こっちに掛けるなよ」
熱された磯の匂いを肺いっぱいに取り込み、閉じ込められていた車内の冷えた空気を一つ残さず吐き出すと、徐々に体が海に馴染んで、広大な胎内に埋め込まれていく気分になった。俺も靴と靴下を波から遠ざけて置き、ビーチサンダルに履き替える。水に膝まで浸かっているいるコハクの傍に向かうと、俺の気配を察している筈なのに腰を曲げて水面を見ながら、じっと動かず、と思ったらいきなり振り返り眉根を寄せた。
「あなたが来たから魚が逃げた」
「魚いたのか。良かったな」
「あなたのせいだ」
「悪かったよ」
再び視線を彷徨わせ始めたコハクに倣い、浅い海の底をを見回すと、コハクの背後二メートル先で黒い影が動いたのが見えた。
「あっちにいるぞ」
屈んでいたコハクが腰を伸ばす。俺の視線の先をじっと見つながらゆっくりと近付き、恋焦がれるように魚の動きを目で追う。俺たちの他に誰もいない。ウミネコが澄んだ空のと雲の狭間で、また岩礁で羽を休めながら、甘い声で鳴いている。生物だらけのこの空間で、作り物の小さなヒューマノイドは人間に似せた体で人間のように動いていた。俺よりもずっと、人間らしく。
「捕まえられない」
「網ないとな。今度持ってくればいい」
うん、と目を伏せて、コハクはしゃがみ込み、鳩尾の高さまで水に浸かった。波が動く度にコハクの体が攫われていく。俺はその二の腕を掴んだ。
「あんまり深くまで入るなよ。内部が浸水したら大変なことになるぞ」
「冷たくて気持ちいいんだ。ここは暑いから、冷やさないと動けなくなりそうなんだよ」
「そうだけど。それ以上入るなよ。コンピュータは体の上の方にあるから」
「気を付けるよ。ねえ、今度はカニを探そうよ」
ザブザブと水滴を滴らせて海から上がるコハクを見て、着替えを持ってきておいて良かったと、自宅で念入りに準備と確認をした自分を称えた。
岩場まで歩くコハクの後ろに付きながら、砂と海藻がビーチサンダルや足首に纏わりつく感触に顔を顰めた。
しかし、俺より砂まみれのコハクの足取りは軽い。連れて来て良かった。甥が所望していたプレゼントを誕生日に献上し、大喜びされた過去を思い出す。甥よりも成熟しているし、無気力で小生意気だが、それでも共に過ごしていれば愛着も湧くし、普段退屈そうにしているだけの表情筋を動かしてやりたいと思ったのだ。連れて来て本当に良かった。
ハーフパンツのポケットから携帯を取り出しコハクに向ける。シャッター音に気付き、コハクが振り向いたところで再び画面をタップを押した。
「何してんの」
「海を撮ったんだよ」
「そう」
先に岩場に着いたコハクは、毛先を岩の上に引き摺りながら目を凝らしていた。岩の隙間や石の下にいるんだ、と教えると素直に石をどかし始め、すぐに短い悲鳴のような声を上げた。
「手を出すなよ。シリコンが切れたら水遊び出来なくなるぞ」
「じゃあ捕まえてよ。入れ物無いの?家に連れて帰って飼おうよ」
「やだよ。住み慣れたところから離れるなんて可哀想だろ」
コハクは頬を膨らませて、親指ほどの大きさのカニが逃げたと俺を責めた。
「海好きか?」
しゃがんでカニ探しに集中しているコハクに問い掛けると、「うん」とほとんど上の空で答えた。波に揺れる橙色のブイの列を見ると、イクラの粒々が思い浮かんだ。
「海の近くに住むのもいいな。俺はレトロ派じゃないから自然一色を崇拝しているわけじゃないが、、一緒に楽しめる奴がいるのは悪くない。お前が喜んでるのを見ると気分がいい」
「こんなところにで生活したら潮ですぐに錆びちゃうよ。あなたは僕の体を気にするのに、僕がしたいことを否定しない。人間はみんなそうなの?故障したら面倒臭いと思ってるくせに」
コハクは目線を下げたまま、ゴロゴロと持てる限りの石を転がす。濡れた服が肌に張り付いて、コハクの華奢な輪郭を浮かび上がらせている。コハクの知能は何をプログラムされ、何を学習しているのか、今一つ分からない。他のヒューマノイドのようにプログラムを遂行出来ない、自分の存在理由もわからない、しかしその不明確さがやたらと人間臭く思えて、俺はコハクを嫌いにはなれない。小さな体の中に抱える不安がもしあるとすれば、それを取り除いて安心させたいとも思うし、業者に依頼出来ない筐体の不具合も直してやりたいと思う。ヒナもコタローもサユリもハルも、そういう情を受け、大切にされている筈だ。
コハクの隣に腰を落とす。俺を一瞥して、コハクは岩場にびっしりと張り付いているフジツボをつついた。
「子どもがやりたいと言ったら叶えてやるのが大人なんだよ」
「僕は子どもじゃないだろ」
「毎日一緒にいるんだから家族と変わりないだろ。楽しいならいいじゃねえか、それで。今のところ体も
大丈夫そうだし」
コハクは俺の顔を見て眉を寄せた。
「そういうものなの?」
「そういうもんだ」
岩の陰からカニが横歩きしてきたので、コハクはまた瞳を輝かせてそちらを見た。両手を握って、触るのを我慢しているように見える。代わりにカニの甲羅を持ち上げた。
「わあ、挟まれるよ。裏側こんななんだ。すごい、動いてる」
俺の肩に寄り添い、興奮したように喋るコハクを見て、思わず顔を綻ばせた。岩が日よけになり、少しだけ暑さが緩和されている。燦燦と照り付けられている砂浜とたっぷりとした海を見る。波のさざめく音が脳内の汚れも取り去ってくれそうだ。
カニに飽きると、コハクは再び海に浸かって体を冷やし、俺を標的にして水を掛けてきた。反撃出来ず砂浜に上がる俺を追いかけ、角の取れた流木で砂の上に猫のようなものを描き、それが波によって消えるのを見て満足げな表情を浮かべていた。コンビニで飼っておいたおにぎりを食べる俺の隣でモバイルバッテリーを刺し、大人しくしていたと思ったら、コハクが砂の中から、空と海が混ざったようなシーグラスを見つけて「宝石だ!」と叫ぶので、米粒を吹き出した。
「汚いなあ。ほら、これ。何ていう宝石?」
「お前、それ、宝石じゃない」
不完全に嚙み殺した笑い声に顔を顰め、コハクが俺の肩を拳で叩く。
「ガラスだよ。海の中で揉まれて丸くなったの」
「いや、宝石だね。こんなにきれいなんだから。あなたが知らないやつだ」
堪えられず声を出して笑った。腹を抱える俺の肩を先程より強く叩いて、コハクが「あなたにはあげないからな。これは僕のだ」と胸の前で抱き締めるようにそれを両手で包むの見て、目尻の涙を拭った。
「大事にしろよ。ああ、宝箱買ってやるか」
「絶対にあげないからな」
威嚇するコハクの頭をぐしゃぐしゃと掻き混ぜる。
「分かったよ」
コハクがじっとりと疑わしそうな目つきを寄こすので、俺は再び腹を抱え、コハクは下唇を嚙みながら砂を蹴った。
内陸から沿岸地域へ向かう道路は空いていて、すかすかの道は走っていて心地が良い。路肩に茂る草木の瑞々しさと原色のインクを垂らしたような空色がますます気分を高める。外に出れば、冷房の利いた車内とは一変し、照り付ける日に焼かれるような暑さを食らうことだろう。ルームミラーをちらと見ると、両窓につけたサンシェードに囲まれたコハクが、シートに寝そべりながらゲームに勤しんでいた。項に刺さった充電ケーブルがひしゃげていて「ちゃんと充電出来てるか?」と声を掛けた。
「出来てるよ。ねえまだ着かないの?」
「あと半分」
「遠いなあ。そうだ、魚やカニもいるんでしょ?入れ物持ってきてないよ」
「捕まえても持って帰らねえよ」
え~と不満げに体を揺らすコハクが、実は今日という日をとても楽しみにしていたことを俺は知っている。パソコンで「海 生き物」「海 泳ぎ方」という検索履歴を見てしまったから。生き物はいると思うが、泳ぐのは無理だろ。心の中でつっこみながらパソコンの画面の前で口元を隠したことは記憶に新しい。
背後で再び狩りが始まったことを耳で確認して、前方に注意を向ける。蜃気楼が見えそうな暑さを待ち遠しく思うなんて、自分も大概子どもと一緒だ。
ぴったり二時間掛かって目当ての海岸へ辿り着いた。
途中の細道で三匹も蛇を踏みそうになり、俺が悲鳴を上げると、コハクが乗り出し目を輝かせ始めた為、急いで坂を上ったり下ったりした。
「初めて見たよ」
あっけらかんとしているコハクに比べて、爬虫類が苦手な俺は少しだけ気持ちが萎えていた。
「あ。ねえ、あれ」
コハクの人差し指がさす方を見る。
「ああ、海だな」
民家を避けて路上駐車し、藍色が飛沫を上げきらめく水面を眺めた。地元民しか知らなそうな小さな海岸を選んだのは、コハクが十分に楽しめるようにと考えたからだ。人慣れしていないヒューマノイドなんて本当に手が掛かる。
素足のコハクが踵の折れたスニーカーを履き、声を弾ませる。
「出てもいい?」
「ああ、このパーカー着て行けよ」
助手席から白色のラッシュガードを渡すと、いつもの数倍の速さで受け取り、車を出て行った。白い砂浜をぐんぐん駆けていく後ろ姿を見ながら、助手席からモバイルバッテリーを一つ、トランクから日傘とビーチサンダルを二つ取り出して、コハクを追いかけるる。
コハクは波打ち際に履いたばかりの靴を放って、素足を水に浸していた。
「おいおい何の為に靴履いたんだよ。身体の中に水入るだろ」
呆れながらコハクの靴を波から遠ざける。コハクは髪に天使の輪を作りながら、見たことないほど顔を綻ばせていた。屈んで水を掬い、あちこちへ投げ飛ばして、水面が弾けるのを面白がっている。
「こっちに掛けるなよ」
熱された磯の匂いを肺いっぱいに取り込み、閉じ込められていた車内の冷えた空気を一つ残さず吐き出すと、徐々に体が海に馴染んで、広大な胎内に埋め込まれていく気分になった。俺も靴と靴下を波から遠ざけて置き、ビーチサンダルに履き替える。水に膝まで浸かっているいるコハクの傍に向かうと、俺の気配を察している筈なのに腰を曲げて水面を見ながら、じっと動かず、と思ったらいきなり振り返り眉根を寄せた。
「あなたが来たから魚が逃げた」
「魚いたのか。良かったな」
「あなたのせいだ」
「悪かったよ」
再び視線を彷徨わせ始めたコハクに倣い、浅い海の底をを見回すと、コハクの背後二メートル先で黒い影が動いたのが見えた。
「あっちにいるぞ」
屈んでいたコハクが腰を伸ばす。俺の視線の先をじっと見つながらゆっくりと近付き、恋焦がれるように魚の動きを目で追う。俺たちの他に誰もいない。ウミネコが澄んだ空のと雲の狭間で、また岩礁で羽を休めながら、甘い声で鳴いている。生物だらけのこの空間で、作り物の小さなヒューマノイドは人間に似せた体で人間のように動いていた。俺よりもずっと、人間らしく。
「捕まえられない」
「網ないとな。今度持ってくればいい」
うん、と目を伏せて、コハクはしゃがみ込み、鳩尾の高さまで水に浸かった。波が動く度にコハクの体が攫われていく。俺はその二の腕を掴んだ。
「あんまり深くまで入るなよ。内部が浸水したら大変なことになるぞ」
「冷たくて気持ちいいんだ。ここは暑いから、冷やさないと動けなくなりそうなんだよ」
「そうだけど。それ以上入るなよ。コンピュータは体の上の方にあるから」
「気を付けるよ。ねえ、今度はカニを探そうよ」
ザブザブと水滴を滴らせて海から上がるコハクを見て、着替えを持ってきておいて良かったと、自宅で念入りに準備と確認をした自分を称えた。
岩場まで歩くコハクの後ろに付きながら、砂と海藻がビーチサンダルや足首に纏わりつく感触に顔を顰めた。
しかし、俺より砂まみれのコハクの足取りは軽い。連れて来て良かった。甥が所望していたプレゼントを誕生日に献上し、大喜びされた過去を思い出す。甥よりも成熟しているし、無気力で小生意気だが、それでも共に過ごしていれば愛着も湧くし、普段退屈そうにしているだけの表情筋を動かしてやりたいと思ったのだ。連れて来て本当に良かった。
ハーフパンツのポケットから携帯を取り出しコハクに向ける。シャッター音に気付き、コハクが振り向いたところで再び画面をタップを押した。
「何してんの」
「海を撮ったんだよ」
「そう」
先に岩場に着いたコハクは、毛先を岩の上に引き摺りながら目を凝らしていた。岩の隙間や石の下にいるんだ、と教えると素直に石をどかし始め、すぐに短い悲鳴のような声を上げた。
「手を出すなよ。シリコンが切れたら水遊び出来なくなるぞ」
「じゃあ捕まえてよ。入れ物無いの?家に連れて帰って飼おうよ」
「やだよ。住み慣れたところから離れるなんて可哀想だろ」
コハクは頬を膨らませて、親指ほどの大きさのカニが逃げたと俺を責めた。
「海好きか?」
しゃがんでカニ探しに集中しているコハクに問い掛けると、「うん」とほとんど上の空で答えた。波に揺れる橙色のブイの列を見ると、イクラの粒々が思い浮かんだ。
「海の近くに住むのもいいな。俺はレトロ派じゃないから自然一色を崇拝しているわけじゃないが、、一緒に楽しめる奴がいるのは悪くない。お前が喜んでるのを見ると気分がいい」
「こんなところにで生活したら潮ですぐに錆びちゃうよ。あなたは僕の体を気にするのに、僕がしたいことを否定しない。人間はみんなそうなの?故障したら面倒臭いと思ってるくせに」
コハクは目線を下げたまま、ゴロゴロと持てる限りの石を転がす。濡れた服が肌に張り付いて、コハクの華奢な輪郭を浮かび上がらせている。コハクの知能は何をプログラムされ、何を学習しているのか、今一つ分からない。他のヒューマノイドのようにプログラムを遂行出来ない、自分の存在理由もわからない、しかしその不明確さがやたらと人間臭く思えて、俺はコハクを嫌いにはなれない。小さな体の中に抱える不安がもしあるとすれば、それを取り除いて安心させたいとも思うし、業者に依頼出来ない筐体の不具合も直してやりたいと思う。ヒナもコタローもサユリもハルも、そういう情を受け、大切にされている筈だ。
コハクの隣に腰を落とす。俺を一瞥して、コハクは岩場にびっしりと張り付いているフジツボをつついた。
「子どもがやりたいと言ったら叶えてやるのが大人なんだよ」
「僕は子どもじゃないだろ」
「毎日一緒にいるんだから家族と変わりないだろ。楽しいならいいじゃねえか、それで。今のところ体も
大丈夫そうだし」
コハクは俺の顔を見て眉を寄せた。
「そういうものなの?」
「そういうもんだ」
岩の陰からカニが横歩きしてきたので、コハクはまた瞳を輝かせてそちらを見た。両手を握って、触るのを我慢しているように見える。代わりにカニの甲羅を持ち上げた。
「わあ、挟まれるよ。裏側こんななんだ。すごい、動いてる」
俺の肩に寄り添い、興奮したように喋るコハクを見て、思わず顔を綻ばせた。岩が日よけになり、少しだけ暑さが緩和されている。燦燦と照り付けられている砂浜とたっぷりとした海を見る。波のさざめく音が脳内の汚れも取り去ってくれそうだ。
カニに飽きると、コハクは再び海に浸かって体を冷やし、俺を標的にして水を掛けてきた。反撃出来ず砂浜に上がる俺を追いかけ、角の取れた流木で砂の上に猫のようなものを描き、それが波によって消えるのを見て満足げな表情を浮かべていた。コンビニで飼っておいたおにぎりを食べる俺の隣でモバイルバッテリーを刺し、大人しくしていたと思ったら、コハクが砂の中から、空と海が混ざったようなシーグラスを見つけて「宝石だ!」と叫ぶので、米粒を吹き出した。
「汚いなあ。ほら、これ。何ていう宝石?」
「お前、それ、宝石じゃない」
不完全に嚙み殺した笑い声に顔を顰め、コハクが俺の肩を拳で叩く。
「ガラスだよ。海の中で揉まれて丸くなったの」
「いや、宝石だね。こんなにきれいなんだから。あなたが知らないやつだ」
堪えられず声を出して笑った。腹を抱える俺の肩を先程より強く叩いて、コハクが「あなたにはあげないからな。これは僕のだ」と胸の前で抱き締めるようにそれを両手で包むの見て、目尻の涙を拭った。
「大事にしろよ。ああ、宝箱買ってやるか」
「絶対にあげないからな」
威嚇するコハクの頭をぐしゃぐしゃと掻き混ぜる。
「分かったよ」
コハクがじっとりと疑わしそうな目つきを寄こすので、俺は再び腹を抱え、コハクは下唇を嚙みながら砂を蹴った。
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