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第2話:お前なんかに負けないぞっ!
しおりを挟む馬車に揺られること小一時間。
ディーナを含め、ローザンの斡旋で選ばれたミドヌー討伐隊の一行は、港町セレッセの西にあるスレーンの森にほど近い、小麦畑へとやって来た。
夕日に照らされて金色に輝く小麦畑は広く、風にそよぐその景色はとても美しい。
「よくぞいらっしゃいました! さぁさ、こちらへ!」
農夫のような恰好をした男が討伐隊を迎え、小麦畑の近くに建てられた馬鹿でかい屋敷へと案内する。
「依頼主が金持ちだって聞いてたから、期待はしてたが……。これほどまでとはなぁ……」
同じ馬車に乗っていた、屈強な体つきの男が感嘆の声を上げる。
無理もない、およそ平民には考えられないような大きさの、荘厳な屋敷が目の前にあるのだから。
王都においても、これほどの豪邸を構える事ができるのは、上級貴族以外にはいないだろう。
決してお上品とは言えない討伐隊の一行は、その大柄な体格や猛々しい顔つきには似合わないオドオドとした様子で、屋敷の大扉から中に入った。
屋敷の中は豪勢以外の何ものでもなく、みながみな息を飲み、目を見張った。
大理石の床に、壁にはいかにも貴族らしいクロスが貼られ、絵や壺などの見るからに高価な品々がそこかしこに飾られている。
あまりの光景に、普段は態度がでかいであろう討伐隊の者たちも、小さくなって通路を進む。
しかし、ディーナだけはいつものように、ひょうひょうとした態度で、キョロキョロと辺りを見回していた。
なんだか妙な臭いがするなぁ~、そんな事を思いながら……。
農夫のような恰好をした男は、討伐隊を屋敷の裏にある離れの東屋に通した。
この東屋もまた素晴らしい造りで、どこをどう見ても、貴族の一邸宅としか思えない大きさだ。
入口すぐ近くには応接室のような、洒落たソファーと暖炉のある部屋があり、奥へと続く廊下には赤い絨毯が敷かれている。
そして、大勢での宿泊も可能であろう、個室が幾つも並んでいた。
「長旅ご苦労様でございました。申し遅れましたが、私の名はドルクと申します。この屋敷、しいてはここら一帯の小麦畑の管理を全て任されている者です。皆様がここにいらっしゃる間、お世話をするよう主人より賜っておりますので、何なりとお申し付けください。え~、部屋の数は人数分ございますゆえ、一人一室お使い下さいませ。奥には簡単ながら浴室も完備しておりますので、どうぞご自由にお使いください。食事は本館の一階、先ほどお通りいただいた廊下の左側、一番奥の部屋をお食事場所として用意させていただきました。炊事担当の者はそこに常時待機しておりますので、その者になんなりと……。え~それではですね……。先に、お名前を記録させていただきたいと思いますので、申し訳ございませんが、一列に並んで頂けますか? お名前を記録された方から順に、好きなお部屋に入ってください。その後は、日が暮れた後に、玄関ホールに集合でお願い致します」
ドルクと名乗った農夫のような恰好の男は、小さなメモ帳と羽ペンを片手にそう言った。
何もかもに圧倒されてしまっている討伐隊の者たちは、おとなしく列になって並び、名前を告げて、各々思う部屋へと入っていく。
最後に残ったのはもちろん、ディーナだった。
ふらふらと応接室を歩き、なんだか凄いところだなぁ~と思いながら、いつものようにぼやっとしていたのだ。
「あの~。……あなた様も討伐隊の方でございますよね?」
遠慮がちに声を掛けたドルクに向かって、ディーナは無表情で頷く。
「では、お名前をよろしいでしょうか?」
「……ディーナだ」
「……? ディーナ様? それだけ、ですか?」
おそらくは、ラストネーム、苗字を求めているのだろう。
しかしながら、孤児であったディーナにはそれがない。
こういう時は決まって、マリスクのを勝手に使うのがディーナの基本である。
「ディーナ・オード」
「あ、はい。オード様ですね、承知いたしました。では、お部屋へどうぞ」
愛想の良い笑顔で頷いたドルクに向かって軽く会釈をし、ディーナは部屋へと入った。
……う~んと、これはなんだろうな?
部屋に入ったディーナは首を傾げる。
それもそのはず、部屋の中はまるっきり、お嬢様使用だったのだ。
家具の大きさは問題ないが、装飾品は全てピンク色でまとめられ、ベッドの脇には可愛らしい人形まである。
きっと、子ども用の部屋なのだろうが……。
生憎、ぼんやりしていたディーナにはこの部屋しか残されていなかった。
しかしまぁ、眠るに問題はないだろう。
あまり深く考えずに、ベッドに横になり、ディーナは束の間の休息をとるのであった。
日が沈み、夜の闇が広がり始める頃、討伐隊の一行は屋敷の玄関に集合していた。
全員が集まると、玄関ホールの中央にドルクが立ち、今回の依頼内容についての詳しい説明が始まった。
「お集まり頂きましてありがとうございます。今回皆様にお越し頂きましたのは、魔物、ミドヌー討伐のためでございます。先週より、小麦畑の南の端にて被害が出ておりまして、およそ三トンの小麦が収穫不可能という事態となってしまいました。え~、ミドヌーは体格も大きく、気性も荒いため、一介の使用人である私どもでは手におえず、皆様にお越し頂いた次第でございます。ミドヌーが姿を現す時間帯は、私どもの調べでは夜の十一時から明け方の四時でございます。皆様には、昼夜逆転した生活を送って貰わねばなりませんが、私どもも精一杯お手伝いさせて頂きますので、どうぞよろしくお願い致します。え~、そしてですね、港町セレッセの国営軍駐屯所所長であるローザン様より、カミ―・レイスン様が今回の討伐隊の隊長として動くようにとのご伝達がありましたので、ここからはレイスン様のご指示に従って頂くよう、お願い致します」
ドルクの長い説明に、大きな欠伸をしていたディーナだったが、レイスンという名を聞いて、獣耳をピンと上に立てた。
ドルクに代わって出てきたのは、銀色の鎧に身を包んだ、整った顔立ちの長身の男。
腰には大層な剣を装備し、手には同じく銀製の兜を持っている。
「俺の名前はカミ―・レイスン。普段は南の町ビリザードで魔物討伐の指揮をとっている。今回、ミドヌーが出現したとの報告を受け、ここに派遣された。この依頼は一般市民からの要請によるものだが、国としても野生のミドヌーの生息地をこれ以上広げる事は芳しくない。迅速に、事を終息させたいと思う。みなにも協力をお願いする。それでは早速だが、さすがに野生のミドヌー相手に一人で立ち向かうのは馬鹿がやる事だ。二人一組でペアを組んで、畑の警護、およびミドヌーの討伐に当たって貰おうと思う。今ここで、適当だと思う相手とペアを組んでくれ」
カミ―・レイスンと名乗った男の言葉に従って、討伐隊の者たちは騒めきながら、適当な相手をペアを組み始める。
そんな中ディーナは、どうしてあいつがここにいるんだ? といった目でカミ―を見つめる。
すると、ディーナの視線に気づいたのか、カミ―がディーナに近付いてきた。
「久しぶりだな、ディーナ。その時代遅れの軍服を着ている奴など、お前以外この世にはいないぞ。ん? なんだその顔は? 同じ馬車に乗っていたというのに、俺がいる事に気付かなかったのか? 相変わらず間抜けな奴だな」
整った顔立ちに似合わない物言いで、カミ―は話し掛けてきた。
「久しぶり。お前は……、大きくなったな」
ディーナの言葉にカチンときたのか、カミ―は表情を歪める。
国営軍所属の軍人、カミ―・レイスン。
彼とディーナは、いわば幼馴染だ。
マリスクに引き取られ、軍の中で育ったディーナとカミ―が出会ったのは、ディーナが十八歳、カミ―がまだ十歳でチビの頃だった。
マリスクの部隊に所属するウェイ・レイスンがカミ―の父親で、カミ―はよく軍の駐屯所に遊びに来ていたのだ。
少年時代のカミ―はやんちゃで、歳の近いディーナに勝負を挑んでは、手加減を知らないディーナにギッタギタにされて負けていた。
いつしかそれがカミ―の闘志に火をつけて、現在、国営軍南部隊副隊長、兼、魔物討伐部隊隊長という地位まで上り詰めたのだ。
つまりは、簡単に言えば、カミ―はディーナに只ならぬ敵対心を持っている、という事だ。
「俺も今年で二十七だ。あの頃と同じだと思うなよ? 武術だって、剣術だって、お前よりずっと鍛えたんだ! もう絶対に、お前なんかに負けないぞっ! 俺が国営軍に入隊するや否や除隊しやがって……。見てろよっ!? ミドヌーだって、俺が全部仕留めてやるんだからなっ!」
普通にしていればイケメンの部類に入るであろう顔を思い切り変顔にして、子どもっぽい言葉を残し、カミ―はディーナの元を去って行った。
別に悪い奴ではないのだが……、厄介な奴だな、とディーナは思うのだった。
「あのぉ……。僕とペアを組みませんか?」
カミ―の後姿を見ていたディーナに、何者かが声を掛けた。
辺りをキョロキョロと見回すディーナ。
しかし、その視界に声の主は映らない。
「あのっ! ここです! ここですっ!」
何やら下の方から聞こえてくるようだと、ディーナは思い切り俯いた。
するとそこには、ディーナの半分ほどの身長しかない、可愛らしい顔の男の子が立っている。
「僕、リーフエルフのペチェと言います! ペチェ・クラウスです! 僕とペアを組んでくれませんか!?」
ペチェと名乗った男の子は、小さなミントグリーンの瞳を輝かせて、ニコリと笑った。
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