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鉱石ドラゴン

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   ペシッ、ペシッ

「んあぁ~……、むにゃむにゃ……」

   ペシペシペシッ

「ん~、やめろぉ~い……、まだ眠いぃ~」

   ベシベシベシベシッ!

「痛いってぇ~のぉ~……、やめへぇ……」

   バシバシバシバシバシバシッ!!

「だぁあっ!? 誰だこのぉ!?」

   ガバッ! と飛び起きたダッグの目に映ったのは、自分の体よりも大きな金槌を両手で持ち、頭上高く振り上げて、今にもダッグの頭目掛けて振り下ろそうとしているマローの姿。

「げっ!? 何だよぉっ!?」

   間一髪のところで、それを止めたダッグ。

「やっと起きたっ! ダッグは寝すぎなんだよ!!」

   プリプリと怒るマロー。
   マロー自身も、今の今まで昼寝していたというのに……

「寝すぎっておまえ……、ん? なんだこの声?」

「さっきからずっとなんだよ」

   ダッグとマローの耳に届いているのは……

「やめてっ! やだぁっ! やめてってばっ!! わぁあぁっ!?」

   何かを必死で拒絶する、スピーの声だ。
   どうやら階下にいるらしいが……、バタバタ、ガタガタとかなり暴れている様子。

「何してんだあいつ?」

「心配だよ。見にいこうよ」

   ダッグとマローは揃って階段を降りていく。
   するとそこには……

「やだぁっ!? もうやだってばぁっ!!」

   一階の工房で、部屋中を駆け回るスピー。
   その頭上を飛び回っている何かから逃げているようだが……

「何だありゃ?」

「わかんない。あんな生物、マローは見たことないよ」

   ダッグとマローは二人して、それを見て首を傾げた。

   スピーの頭上をパタパタと飛んでいるのは、とても小さな生き物だ。
   虫にしては大きいが、鳥にしては少し小ぶりである。
   しかし、その姿形はかなり異質だ。
   全身を白い鱗に覆われて、比較的短い手足がついており、更に背中には小さな翼が生えているのだ。
   爬虫類のようにも見えるが……、鉱石のような物が体から生えているところを見ると、どうやら爬虫類でもなさそうだ。

「あっ!? ダッグさんにマローさん!? たっ、助けてぇっ!!」

   階段から覗いていた二人に気付き、スピーは半泣きで駆け寄ってくる。
   しかし、勿論その小さな生き物も付いてきて……

「わわっ!? こっち来んじゃねぇっ!?」

「きゃあっ!?」

   パニックになる2人。
   だがスピーは、足がもつれて階段前でドタン! と倒れ込んでしまった。
   そして……

   パタパタパタ、チョコン

『クゥ~』

   うつ伏せに倒れたままのスピーの柔らかな後頭部に、その小さな生き物は降り立って、満足気に短く鳴いたのだった。





「こいつは……。鉱石オラクルドラゴンじゃないかな」

「鉱石ドラゴン!?」

   午後の散歩から帰ってきたヒロトは、二階の台所でソファーに座って、身動きが取れなくなっているスピーの頭の上にいる、小さな爬虫類風の生き物を見てそう言った。

「鉱石ドラゴンといやぁ、百年ほど前から一匹もその姿が確認されてねぇ、伝説の幻獣種じゃねぇかっ!? いったいそれがどうして……?」

   台所に立ち、今晩の夕食を作りながら、ダッグが驚く。

「鉱石ドラゴンは、鉱脈に卵を産むんだよ。孵化した幼生は、鉱脈に存在する鉱石を食べながら、長い年月をかけてゆっくりと成長する。確か……、大きい物なら、体長1トールほどの物が見つかっているはずだよ。化石で……」

   トールとは、この世界の長さの単位を表す言葉である。
   1トールは、1メートルに匹敵する。

   マローは生物鑑定士であるが故に、そのような事を知識としては知っているものの、生きている鉱石ドラゴンをその目で見るのは初めてだった。
   なので、ヒロトに言われるまでは、目の前にいるこの生物が鉱石ドラゴンだとは思いもしなかったようだ。

「あ、ありましたわ、鉱石ドラゴン……。ダッグの言う通り、百二十年前に隣国の北山で発見されて以来、目撃例が無いようですね」

   台所の机の上で、《世界生物大百科》というとんでもなく分厚い書物を広げて、コルトがそう言った。
   母屋での騒ぎを聞きつけて、温室から戻ってきたのだ。

   コルトの指差すページには、成体の鉱石ドラゴンの図がいくつか描かれているのだが……
   どれもこれも、ドラゴンと呼ぶに相応しく、恐ろしい牙と爪を、大きな翼を有した姿をしている。
   額から背中にかけて、宝石のような鉱石が生えているという特徴は当てはまるのだが……
   つまるところ、それらはスピーの頭の上にいる小さな生き物とは、全く別の生物のように見えた。

   その図を見ながら、コルト、ヒロト、マローは、う~ん? と首を傾げる。
   似ているようで似ていない……、幼生だからだろうか?

「ふむ……。つまりその子は、絶滅したはずの鉱石ドラゴンの生き残り。もしくは、鉱石ドラゴンに似た新種の生物、って事になるね」

   ヒロトの言葉に、スピーは視線を上へと向ける。
   しかしながら、上へ向けたとて、自分の頭の上にいるその小さな生き物を見る事は出来ない。

   スピーが解体した屑石の中から現れたその小さな生き物は、目を開けるや否や、その背に生えている翼をピーンと広げて、羽ばたいて……、柔らかい毛が生え並ぶスピーの頭の上に降りた。
   あまりに突然の出来事、あまりの衝撃に、スピーはパニックに陥った。

   もともとピグモルは、触覚がものすごく敏感だ。
   目に見えないような埃が体に触れただけでも、即座に気づいて払い落とさねば気が済まないほどである。
   頭の上に、得体の知れない生き物が勝手に乗ったとなれば、スピーがパニックに陥ったとて不思議ではない。
   
   しかし、慣れとは怖いものである。
   執拗にスピーの頭に乗ろうとするその小さな生き物に対し、先に折れたのはスピーの方だった。
   そうしてしばらく過ごすうち、そこに生き物を乗せている事を忘れるほどに、スピーはいつも通りリラックスしていた。

「まぁ何にせよ、明日もう一度、宝石モグラ団のギルド本部に出向かないとね」

「あ? 何でだよ?」

「何でも何もないよ。この生き物がなんであれ、ワリオサさんが掘り起こした事に変わりはないんだ。決定権は彼にある」

   ヒロトの言葉に、ダッグは「そりゃまぁ……、そうか……」と小さく呟いた。

「決定権って……、どうなっちゃうのその子?」

   マローが心配気に尋ねる。

「マスターワリオサの意向次第ですわ。このまま山に返すか、飼育師ブリーダーギルドに引き渡すか、それとも……」

「……それとも、何なの?」

「幻獣種、もしくは新種を発見したとして、国の学会に研究対象として売りつけるか、ですわ」

   コルトの言葉に、マローのみならずスピーも青褪める。

「そんな、売りつけるなんて……。せめて、山に返せないんですか!?」

   そう言ったスピーに対し、ヒロトは首を横に振る。

「それは、僕たちが決める事じゃない。現時点では、その子はワリオサさんの所有物だ。その子の今後を決めるのはワリオサさんだ。だから明日、その子を連れてもう一度、宝石モグラ団のギルド本部に行く。いいね、スピー」

   ヒロトの言葉にスピーは、どうしてか悲しい気持ちになって、俯く事しか出来なかった。
 
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