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削り出しと磨き上げ

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   トントン、カツカツ、トン、カツカツ

   実に小気味好いリズムを刻みながら、作業用の敷き布の上で、宝石の周りについた余分な屑石を削り落としていくダッグ。
   金槌と刃の小さいノミを使って、ゆっくりと慎重に作業する。

   キュッキュッ、キュッキュッ、キュッキュッキュッ

   マローはその横で、削り出された宝石を、研磨布で磨き上げていく。
   この後の鑑定作業で、その宝石の粗方の大きさと詳しい種類を見極められるようにする為だ。

   スピーはそんな二人をジーっと見つめ、その手際の良さと息がピッタリ合った仕事ぶりに、羨望の眼差しを向けていた。
   
   ダッグの手元にある工具は、ザッと見ただけでも三十種類以上ある。
   それらを迷う事なく選び、瞬く間に鉱石を削り出すその姿は、職人以外の何者でもない。
   スピーはいつの間にか身を乗り出して、ダッグの手元を食い入るように見つめていた。

   そんなスピーを見ていたダッグは……

「ほれ。これがサファイアだ」

   屑石を削って取り出した青い宝石を、おもむろにスピーに手渡した。
   少しでも勉強になるようにとの、ダッグなりの気遣いである。

   手渡されたその青い宝石を、ジッと見つめるスピー。
   まだ磨かれていないので、かなり表面は曇っているものの、深い青色をしたその石はとても美しい。
   そしてやはり、それを持つ掌に、スピーは言葉では上手く言い表す事のできない暖かみを感じていた。

「おめぇのその服に付いてるのもサファイアだろ?」

   ダッグの言葉に、スピーは自分の服を見る。
   ダッグが言っているのは、先日あの乱暴なヤマアラシに引き千切られた後、ヒロトに魔法で付け直して貰ったあの青い石のボタンの事だ。

「 あ……、そうですね。確か、えっと……。ウルトラマリンサファイア、とかいう名前だったと思います」

「おぉっ!? それは本当かっ!?? ちょっと見」

「ダッグ! 先に仕事してっ!!」

「あ……、はい……」

   マローに叱られて、スピーの服に付いている青い石のボタンを見ようと伸ばした手を、ダッグはスッと引っ込めた。

   鑑定作業は第三工程に移っていた。
   第一工程の道具出しで予め広げていた様々な道具を使って、第二工程の選別で残った鉱石から宝石や金銀銅などを取り出すのだ。
   この工程の呼び名をダッグは、削り出しと磨き上げ、とスピーに教えた。

「あ~もうっ! 多過ぎるんだよっ!! ……あ、ねぇ、スピーにもやって貰えばいいんじゃない?」

   ピコーン! と思いついたように、マローがダッグに提案する。
   
「え? でも……。いやまぁ、そうだな。スピー、磨き上げくらいなら出来るか?」

「出来るでしょ!? さあさあスピー! 研磨布をどうぞっ!!」

   ダッグが少々躊躇う一方、マローは自分の仕事を減らそうと、スピーに研磨布と紫色の鉱石を手渡す。

   研磨布は、表面がザラザラとした特殊な布だ。
   ある程度の力を入れて鉱石を擦れば、工具では落とし切れない細かな屑石を落とすことが出来る。
   ただ、鉱石の種類によっては、絶妙な力加減が必要となる、とても扱いの難しい道具なのだ。

   金銀銅やミスリル、オリハルコンなどの非常に固い金属類や、宝石の中でもダイヤモンドなどの硬度が高いものは、かなり力を入れて磨いても全く問題ないのだが……
   その他の硬度の低い宝石や魔石だと、磨く力が強いと表面に傷を付けてしまう事になり兼ねない。
   宝石においては、その美しさと希少性と共に硬度が価値基準になる為、硬度の低い宝石を多少磨き過ぎて売り物にならなくしたとて損は無い。
   だがしかし、魔石は違う。
   魔石の価値基準は美しさや硬度ではなく、魔力の含有量の多寡による。
   それ故に魔石の場合は、硬度は低いが魔力の含有量が多い為に価値がとても高くなる物も多くあるのだ。

   スピーが磨き上げをする事にダッグが躊躇したのは、即ちそれが理由なのであった。

「これで、磨いていけばいいんですね……?」

「そう♪ キュッキュッと磨くんだよ~」

   笑顔のマローに促され、スピーは恐る恐る、紫色の鉱石に研磨布を当てた。
   そして……

   スッ、スッ、スッ……

「……え? えっとぉ……、スピー? もう少し力を入れてもいいんだよ?」

   笑いながらも、戸惑った表情でマローは言う。

「はい、力を入れるんですね!」

   気を取り直してもう一度。

   スッ、スッ、ス~……

   スピーの行動にマローは固まり、ダッグは「ぶふっ!?」と吹き出した。

「だっはっはっはっ! スピー、おめぇっ! それじゃあ全く磨けてねぇぞぉっ!?」
   
   スピーの持つ紫色の鉱石を指差しながら、大笑いするダッグ。
   スピーが研磨布を使って擦ったはずのその鉱石は、全くと言っていいほど磨けておらず……
   磨けば出るはずの屑石の粉が、一粒も下に落ちていないのだ。
   
「やっぱり、磨けてないですよね……? なんだか、緊張して力が……」

   そう言ったスピーの表情は、緊張で吐きそう、といったかなり深刻なものだった。
 ちなみに、小さな手は小刻みに震えている。

   ピグモル族は、元々が非力な種族である。
   丸い体には筋肉などほとんどなく、仮に筋トレをしたとして、どれだけハードなトレーニングをしようとも、常人以下の腕力しか備わらない体なのだ。
   それが、神が与え賜うたピグモル族の運命なのである。

   そのような事実もありながら、しかしそれ以上に、今回のこの作業にはスピー自身の性格が大いに反映されていた。

   スピーは、一言で言えば真面目だ。
   それはもう、クソが付くほどの大真面目なのである。
   初めて任されたこの仕事、この作業……
   今、自分の手の中にある大事なこの鉱石を傷付けてはいけない、失敗してはならない、という思いからか、全く力が入らずにいたのだった。
   
   そんなスピーの様子を見て、ダッグは更に大笑いし、マローは苦笑いしながら自分の仕事を再開した。
   スピーはというと、自分の不甲斐なさを実感しつつも、任された仕事をやり遂げねばと、再度研磨布を鉱石に当てて……

   ス~、ス~、ス~

   結局、スピーがその紫色の鉱石を研磨布で磨き上げたのは、マローが全ての鉱石の磨き上げを終えるのとほぼ同時だった。
   
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