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★ピタラス諸島、後日譚★

780:白亜の大貝

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「おいおいおい……、嘘だろ? マジかよ??」

 戸惑う様なその声に振り返ると、ザサークを始めとした船員のダイル族達全員が、甲板に大集合していた。

「ザサーク……、ねぇっ! これってまさかっ!? 伝説のあのっ!!?」

 ダーラの息子で、パントゥーの子ダイル族、パスティーが興奮気味に尋ねる。

「あぁ、間違いねぇ。これほど大きな二枚貝は、世界に二つとねぇよ。これは、白亜の大貝チョーク・ジャイアントクラムだ」

 ザサークの言葉に、ダイル族達は皆、揃ってゴクリと生唾を飲んだ。

 えぇっとぉ~……、何それ?
 チョーク?? ジャイアン???
 
「なんだその、白亜の大貝ってのは?」

 カービィが尋ねる。
 一発で難しい名前を覚えられる所は、カービィの長所かも知れない。

「船乗りに語り継がれる伝説の一つさ。白くて巨大なシャコ貝が、前触れなく海の底から現れて、天変地異を引き起こす……、いわば凶兆だ。実際、この巨大なシャコ貝を見た事があるという船乗りは、その直後に船が大破したり、海獣に襲われたりと、散々な目にあった遭難者ばかりだ。正直なところ、不運な事故や、自然災害に巻き込まれた奴らの妄言とばかり思っていたが……、まさか実在するとは……」

 冷や汗をかきながら、ザサークはそう答えてくれた。

 ふ~ん、そうなんだ~。
 ……え? でも待ってよ。
 今の話だと、この大きな貝が海から現れると、良くないことが起こるんだよね??
 え、それって……、やばく無い???

「最悪じゃないっ!? 早く逃げないとっ!!?」

 グレコがいち早く騒ぎ始める。
 だけど……

「それが……、たぶん、逃げられないよ。さっきまで、あたしが風魔法を使って船を動かしていたんだ。今日は朝から余りにも海が静かで、風がなかったから……。だけどさっき、何故かは分からないけど、魔法陣が消えちゃって……。何度やっても、創り直せないんだ。原因はきっと、あれのせい。だから……、逃げられない」

 怯える目で巨大貝を見つめながら、ライラはそう言った。

 そんな、逃げられないって……、え、この先どうなるの?
 まさか、あの巨大貝が暴れ回って、大時化を起こすとか??
 いやいや、やめてよっ!
 さっき俺、ここから四日間はのんびり過ごすって、決意したばっかなんだ!!
 今から部屋に戻って、昼寝をしちゃおうって、思ってたのに……
 船が難破して、この大海原で遭難なんて……、そんなの絶対に嫌だっ!!!

「来るぞ」

 ティカがボソッと呟いた。

 はんっ!?
 何が来るのっ!!?
 まさか……、攻撃っ!?!?

 慌てて、バッ!と海の方を見る俺。
 だけど、巨大貝には何の変化もなく、海も穏やかなままで……
 すると次の瞬間。

 ジャッパーーーーーン!!!

「ギンロ様ぁーーーーー!!!!!」

 ギャーーーーーーーーー!?!?!?

 海面から勢いよく飛び出してきたのは、先程まで巨大貝の上にいたはずの、人魚のフェイアだ。
 水族館のイルカショーのイルカのごとき素晴らしいジャンピングで、宙へと舞い上がったフェイア。
 その体は、そのままこちらへと落ちてきて……

「ぬぉっ!? フェイア殿っ!!?」

 ギンロが見事にキャ~チッ!

「ギンロ様! 会いたかったですぅっ!!」

 お姫様抱っこされたフェイアは、尾鰭をピチピチさせながら、嬉しそうにギンロに抱きついた。

「なっ!? まさか、人魚かっ!??」

「本物っ!?!?」

 慌てふためき、目を白黒させながら、どよめくダイル族達。
 どうやら彼らは、人魚を見た事が無いらしい。
 俺とグレコとカービィは、フェイアとは顔見知りなので、驚いてはいるものの、そこまで構える事は無い。
 ティカはというと、これまで見た事が無いような、目が飛び出しそうなほどに見開かれた、とても驚いた顔をしながら、その場を動けずに固まっていた。

 人魚のフェイア、彼女とは港町ジャネスコで出会った。
 元々は、ジャネスコの役所っぽい所で働いている、普通のエルフだったのだが、実は人魚でした~って話だ。
(詳細は、★港町ジャネスコ編★を読んでね♪)
 緑がかった肌に、ピンク色のウェーブの髪の毛。
 お顔は以前と変わらず、とてもとても可愛らしいのだが、ちょびっとだけ以前よりも大人びて見える。
 そんなお顔の側面、人間でいうところの耳があるべき場所には魚のヒレの様なものが生えており、首筋にはエラがある。
 腰から下の下半身は、完全魚類のそれで、髪の色と同じピンク色の尾鰭が生えているのだ。

「フェイア殿、何故ここに!? それに、あの巨大な貝はいったい!!?」

 フェイアをお姫様抱っこしたまま問い掛けるギンロ。
 一応、契りを結んだ仲だから、この二人は夫婦なのだが……
 お姫様抱っこしたまま、お顔がめちゃくちゃ近距離で話している様は、側から見るとイチャコラしているバカップルの様にしか見えなくて……
 なんだかこっちが恥ずかしいわっ!

「ギンロ様に会いにきましたの、うふふふ♪」

 小悪魔っぽく笑うフェイア。
 我慢してはいるものの、その可愛らしさに、むふふな顔になるギンロ。
 ギンロの鼻先を、フェイアが人差し指でチョンチョンと触って、今にもチューしちゃいそうな感じである。

 きゃあっ!? やめてよっ!!?
 急なラブ展開には対応出来ませんわよっ!!??
 
「フェイアさん、久しぶり! とりあえず、こっち座って話さねぇか?」

 カービィが遠慮なく、二人の間に割って入った。
 転がっていた空樽を立てて、椅子の代わりにするらしい。

 カービィ、グッジョブ!
 このままお姫様抱っこし続けてると、二人ともどうにかなっちゃうところだった!!
 珍しくグッジョブだぜ、カービィ!!!

 フェイアを樽の上にゆっくり下ろすギンロ。
 フェイアはちょっぴり残念そうな表情ながらも、素直に樽の上に腰掛けた。

「で……、ありゃ何なんだ? まさかと思うけど、船を沈めに来たんじゃねぇよな??」

 ヘラヘラ笑いながら、物騒な質問を投げ掛けるカービィ。

 なんて失礼な事を言うんだ!? 
 フェイアは友達だぞっ!!? 
 そんな事、するわけ無いだろっ!?!?

 と、俺は思ったのだが……
 ザサークを含め、ダイル族の船員たちは皆揃って表情が硬く、非常に緊迫した様子である。

 まさかとは思うけど……、え?
 フェイア、この船、沈めたりしないよね??
 そんな酷い事しないよね、ね、ね???

 俺のちっちゃなマイハートが、ドキドキし始める。

「私にその様な力はありません。ですが、女王様にはそれが可能です。だから、粗相のないようお願いします」

 フェイアはそう言って、何故か俺を見つめた。
 何故か、俺を……、何故?

「モッモに、用か?」

 固まっていたはずのティカが動き出し、偉そうな態度で、片言で尋ねた。

「はい、その通りです。モッモさん、女王様があちらでお待ちです。私と一緒に来て頂けますか?」

 フェイアに問い掛けられて、俺はフリーズする。
 あちら、と言ったフェイアの手は、明らかに、海上にある巨大貝を指差しているのだ。
 つまり俺に、今からあそこへ行けと……?
 え?? 無理、やだよ。

「女王様って……、人魚族の? どうして人魚族の王が?? モッモに何の用なのかしら???」

 フェイアとは顔見知りだからして、いつもよりかは優しい声色ながらも、ぐいぐいとグレコが尋ねる。
 するとフェイアは、少し困ったような顔をしてこう言った。

「詳しい事は、私からは何も言えません。だけど……。ごめんなさい、モッモさんに拒否権は無いんです。来て頂けないと、この船は沈む事になってしまいますから」

 ニコッと笑ってそう言ったフェイアに対し、俺たちは皆、顔面蒼白で固まった。
 
 海上に浮かぶ巨大な二枚貝、その名も白亜の大貝。
 そこで、人魚族の女王様が、俺を待っている。
 拒否すれば、このタイニック号は、沈められてしまう。
 そんなの、そんなのって……

「モッモ! さっさと行ってこい!!」

 ザサークが、いの一番にそう言った。
 船を沈められるのは困る!!! そう言った心の声が聞こえてきそうな顔をしている。
 
 いやまぁ、気持ちは分かるんだけども……
 俺にも感情ってものがあってね?
 あそこには行かない方がいいって、第六感的な何かが告げてるんですよ。
 だからね、出来たら行きたく無いんですけど……、ね??

「フェイア殿、我らも同行して良いか? モッモ一人では、その……、危険ゆえ」

 俺の心配をしてくれるギンロ。
 さすがは守護者、頼りになるぜっ!
 ……えっ!? いやでも、待て待て待て。
 それだと行く事が前提ではっ!??
 行く事はもう決まっちゃってるわけ!?!?

「はい、それは勿論。しかし、女王様は気難しい方なので……。先ほども言いましたが、くれぐれも粗相の無いように、お願いしますね」

 そう言ってフェイアは、今度はカービィを見た。
 俺たちの中で、一番粗相を働きそうなのはカービィだものな、仕方が無い。

「んあ? オッケーオッケー☆」

 軽い返事をするカービィ。
 めっちゃ不安だ~。

「じ……、自分も……。い、行くっ!」

 ティカは、言葉ではそう言っているものの、いつになく顔が強張っている。
 恐らく、場所が海の上だから、ちょっぴり怖いのだろう。

「また訳の分からない展開になったわね……。はぁ……。モッモ、仕方が無いわ、行きましょう!」

 小さく溜息をつきながらも、腹を括るグレコ。
 もうこうなりゃ、行くしか無さそうだぞ。

 俺は、ドキドキする胸に手を当てて、カタカタと震える前歯をギュッと噛み締めながら、こくんと小さく頷いた。
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