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★ピタラス諸島、後日譚★

779:退屈すぎる

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 ザザーン、ザザーン、ザザザーーーン

 青い空、白い雲、輝く太陽。
 頬を撫でる潮風はカラリと乾いていて、嗅いだ事の無い異国の香りを運んでくる。
 どこまでも続く大海原はキラキラと煌めき、穏やかな波が揺れている。
 
「……………はぁ~」

 甲板に置かれた樽の上に腰掛けて、目の前に広がる雄大な海を眺めながら、俺は一人溜息をついた。

 ヴェルドラ歴2815年、ノヴァの月(11月)の18日、午前10時現在。
 商船タイニック号に乗り込み、ピタラス諸島の最後の島であるアーレイク島を出航してから早三日。
 船は予定通り、ランダーガン大海を南へと進み、目的の地であるパーラ・ドット大陸を目指している。

 そんな中、俺はというと、モヤモヤとした気持ちを抱えていて……

 なんだか、燃え尽きちゃった症候群な感じ~。
 加えて、ちょっぴり寂しい感じ~。
 やる事が何も無くて、つまんない感じ~。

 口をへの字に曲げて、甲板の手すりに顎を置き、脱力する俺。
 煌めく水面を見つめながら、今日もまた一日中海を眺めて終わるのだろうと予想して、なんとも言えない無気力感と、喪失感に襲われていた。

 三日前。
 ノリリア達白薔薇の騎士団のメンバーとお別れした俺たちは、導きの腕輪を使って、モグラ獣人ボナークと共に、船がある港町アルーまで戻った。
 船長であるザサークとその他の船員達、ミュエル鳥とその飼育担当であるヤーリュとモーブの二人とも無事に合流。
 悪魔カイムから救出した魚人ソーム族のルオ、姉のガレッタ、その他大勢のソーム族達とも再会できた。

 悪魔カイムに操られたハーピー達の襲撃によって、壊滅的になっていた港町アルーだったが、俺たちが封魔の塔を攻略している間に、ザサーク達の手によって随分と修復されていた。
 そもそも、ソーム族は皆体が小さく(俺よりは大きいけどね)、ワニ人間であるダイル族の船員達に比べると、大人と子供かってくらいの体格差がある。
 そんなソーム族が暮らす為の家もまた、それほど大きなものは必要無くて、最低限の暮らしが出来るくらいのものであれば、ほんの数時間で造れるそうだ。
 旅立つ前は瓦礫の山だったはずのその場所には、平屋ではあるものの、雨風が凌げる家屋がずらりと並んでいた。

 その晩は、ソーム族のみんなも一緒になって、盛大な宴が開かれた。
 毎度毎度の恒例行事、出航前夜の宴である。
 翌日の体に酒が残るから、よせばいいのにとは思うものの、久しぶりに会ったヤーリュとモーブのベースボールコンビとの会話が弾んで、俺も楽しくお酒を飲んだ。
 そしてやはり俺は、酒に飲まれてそのまま酔い潰れ、恐らくギンロかティカが船室まで運んでくれたのだろう、気がついた時にはもう夜が明けていて、船は港町から出航した後で……
 窓から見える景色は既に、海のど真ん中だった。

 ノリリア達がいないと、船の中がとっても静かなんだよな……

 波の音を聞きながら、俺はぼんやりとそんな事を思っている。
 実際、乗客の減った船内はどこか寂しげで、いつもの賑わいが無い。
 勿論、ザサークを始めとし、ライラやダーラ、ビッチェやバスクといった、船員のダイル族達はいるものの、彼らは元々そこまで騒がしく無く、かつ仕事中であるからして、静かなのだ。
 ヤーリュとモーブは、以前からそうであったが、ミュエル鳥のいる船内下層二階の船室からあまり出て来ない。
 たまに、ボナークとカービィが馬鹿笑いしながら喋っているけど、二人の会話の内容は俺にはちんぷんかんぷんだから、仲間には入れない。
 グレコはというと、乗客が減って部屋が空いたからという理由で俺とは別室になり、ずっと一人で部屋に篭って、ノリリアやパロット学士、マシコットから貰ったという書物を読み耽っている。
 ギンロとティカは、たまに甲板に出て、ライラックやブリックに教わった筋トレをしているものの、以前のようにやり合う事もなく、静かにしている。
 つまり……、うん。
 現状、今回の船旅は、俺にとって、大層つまらないものとなっているのであった。

 なんだかなぁ……
 平和で、穏やかで、良いのだけども……
 これまで、本当にいろんな事があったから……、あり過ぎるほどあったから、こんなにも何もない時間が続くと、知らない間に石になってしまいそう……

 そんな事を思ってしまうくらいに、この二日間は、時間が有り余って仕方が無かった。
 パーラ・ドット大陸までは、順調に航海が進んだとしても、まだ四日ほどかかる予定だ。
 あと四日間も、こんな風に海を眺める事しか出来ないなんて……

「退屈過ぎる」

 俺は無意識に、ボソッとそう呟いていた。
 すると、背後から妙な足音と、声が聞こえてきて……

「YO! YO! モッモ~YO! しけた面してどうしたYO!? 空は快晴、おいらは男性、YO! YO!! 元気出せYO!!!」

 独特なリズムでステップを踏み、体を揺らしながら、ノリノリな様子でラップを披露するカービィ。
 両手はこう、ラッパーみたいな動きで宙を動いていて、非常に忙しない。
 
 あ~……、違う、こういう騒がしさは要らないんだよ。
 ウザ絡みってやつ? 今はやめてよ、余計にテンション下がるわ。
 てか、おいらは男性って……、知ってるわっ!
 妙な歌詞を自作すんじゃねぇよっ!!
 
 ジトっとした目で、カービィを睨む俺。
 すると、その後ろから、筋トレを終えたギンロとティカがやって来て……

「今日も、天気が良いな」

 空を見上げながら、近所のおばさんみたいな事を言うギンロ。

「モッモ、暇なら君も少しは鍛えたらどうだ? 武器の一つも扱えぬようでは、この先、生き残れないぞ」

 遠慮なく俺をディスるティカ。
 二人とも、筋トレの後だからして、大層汗臭い。
 お願いだから、今すぐお風呂に入ってきてくれませんか?

 存在がむさ苦しいカービィと、匂いがむさ苦しいギンロとティカの三人に囲まれて、俺はなんとも言えない気持ちになる。

 これまでは、白薔薇の騎士団に女性メンバーが沢山いたから、さほど気にならなかったのだけど……
 俺のパーティーには、グレコしか女性がいないのだ。
 それはつまり、今後は、今までに比べて、パーティー内のむさ苦しさ度合いが数段アップするという事に他ならない。
 
 むさ苦しい旅かぁ……、嫌だな。
 まぁでも、ここにテッチャがいない事が唯一の救いだ。
 テッチャがいると、それだけでむさ苦しさが二倍になるからね。

 そんな事を考えながら、怪訝な顔をしている俺を、それぞれのキョトン顔で見つめる三人。
 すると今度は、コツコツという、聞き覚えのある軽やかな足音が聞こえてきて……

「わぁ~! 本当に、気持ちの良い天気ね!!」

 大きく伸びをしながら、グレコがやってきた。

 おぉグレコ! 君を待っていたんだよ!!
 見てよ、俺を取り囲むこいつら……、むさ苦しいんだっ!!!

「ようやく読み終えたのだな?」

 汗臭いギンロが問い掛ける。

「えぇ、あらかたね。故郷の隠れ里で学んだ事は決して間違っていなかったけど、やっぱり新しい情報を取り入れる事は大事ね、知らない事ばかりだった……」

 大海原の向こう側、遥か遠くにある水平線を見つめながら、グレコはそう言った。

「んまぁ~、情報なんてもんは、時間の経過と共に続々と出てくるかんな! 全部を追いかけてると大変だ!! だから、グレコさんが知らなくても仕方が無いYO!!!」

 やんわりとグレコをフォローするカービィ。
 だけども、言葉の語尾がラップ調なのが、めっちゃ不愉快だな。

「自分、読む。後で、貸せ」

 相変わらず、命令口調なティカ。
 そろそろ、ちゃんとした丁寧なヴァルディア語を覚えないと、後々困ることになるぞっ!?

「良いわよ。でも、全部公用語で書かれているから……、読めるの?」

 ティカの命令口調に、多少はイラッとしたのだろう。
 グレコはそう言って、意地悪そうにニヤリと笑った。

「読める。読む……、話すより、得意だ」

 ニヤリ笑いを返すティカ。
 負けず嫌いは健在である。

「あらそ? なら頑張ってね。で……、モッモはここで何してるの?? そんな所に座って……。海に落ちたら大変でしょ、降りなさい」

 うっ!? くそぅ……
 なんか、さらっと怒られちゃったよおい。

 グレコに叱られて、樽の上から降りる俺。
 だけど、樽から降りた所で、やりたい事も無ければ、やらなければならない事も無く……
 行きたい場所も無いし、部屋に戻ってもつまらない。
 どうすればいいのか分からず、俺はその場に立ち尽くす。

 するとグレコは膝を折り、姿勢を低くして、俺の目をじっと見つめた。
 そして……

「モッモ、たまにはね、ボーッとしてても良いのよ。旅に出てからここに来るまで、ずっと大変だったから無理ないけど……。何もやる事が無い日があったって良いでしょ? 生きている中で、暇な時間があったって良いのよ」

 そう言って、イタズラに笑うグレコ。
 グレコは、俺が悩んでいる事など全てお見通しのようだ。

 まぁね……、そうなんだけどもさ。
 ほら、ここに至るまではさ、ずーっと、走り続けてきたわけじゃない?
 故郷のテトーンの樹の村を旅立ってから、今日まで、本当にずーっと、忙しかったじゃない??
 なんかね、こうもやる事が何も無いってなると、あまりにも手持ちぶたさというかね。
 でもまぁ、暇で悩むって……、よくよく考えたら、贅沢な話だよな。

「やる事が無いのなら、自分が武術の稽古を付けてやろう。暇なのだろう? 今からどうだ?? ん???」

 めっちゃ悪い顔して、挑発してくるティカ。
 武術の稽古なんて、絶対やだねっ!
 袋叩きにされて終わりじゃんかっ!?

「モッモよ、暇であれば、我と共に、ダーラ殿の甘味を頂きに行こうぞ! モッモがいると、ダーラ殿が甘味を多く出してくれるのだ」

 安定の甘党ギンロ。
 小さな俺がいると、お菓子がたくさん貰えるから助かるってかぁ~?
 そんなに甘いものばっか食べてたら、虫歯になるし、太るよっ!?

「んまっ! パーラに着いたら嫌でも忙しくなるからよっ!? 今のうちに、のんびりしとこぉ~ぜぇ~♪」

 ラップ調では無いものの、言葉尻が歌になるカービィ。
 しばらく、このマイブームが続くんだろうな、ふぅ……

 内容はさておき、四人が四人共、それぞれに俺の事を気にかけてくれてるんだなって、思った。
 グレコの言う通り、たまにはのんびりも良いよね。
 ティカの言う武術の稽古は嫌だけど、ギンロのお誘いには乗ってもいいかな。
 カービィは……、うん、カービィはいいや。

 少しばかり、気持ちが晴れる俺。
 どうせ、暇なのもあと四日程度なのだ。
 四日間くらい、船の上で何もせずぐ~たらしてても、バチは当たらないだろう。

「じゃあ、僕……、ん?」

 のんびりする宣言をしようとした俺の耳に、妙な雑音が響いた。
 ゴゴゴゴゴーっという、下の方から何かが湧き上がってくるような(海の上なのに?)、不気味な音だ。
 そして……

 ズズズッ………、ズゾォオォォーーーーーン!!!!!

「わわわっ!?」
「キャッ!??」
「なんだぁあっ!?!?」

 地響きのような爆音と共に、船体が左右に大きく揺れた。
 船の外側では、水が上へと駆け上がる、山のように巨大な水柱が出現している。

 なななっ!?
 何っ!??
 何が起きたのっ!?!?

 よろめくグレコ、それを支えるティカ、すっ転がるカービィ。
 俺はというと、ギンロが咄嗟にヒョイと小脇に抱えてくれたので、転倒を免れた。

 しばらくの間、船はグラグラと左右に揺れていたが、徐々にその揺れは収まっていき、水柱も消えて……

「んなっ!? なんだありゃあっ!??」

 カービィが、海上を指さして叫んだ。
 突如として出現したそれに、目をまん丸にして固まる俺たち。
 
 えっ!? でっ!!?
 でっかぁあっ!?!?

 船の外側、海に浮かぶのは、巨大な貝殻。
 ピタリと口が閉じたそれは、いわゆる二枚貝のような形をしている。
 外殻は白く、ゴツゴツとしていて、所々に海藻や珊瑚が付着している。
 大きさは規格外で、ここから見えるだけでも、横幅はタイニック号の2倍はありそうだ。
 そしてなんと、その巨大な貝殻の上に、何やら見知った者が座っていて……

「ギンロ様~~~!」

 ギンロの名を呼び、大きく手を振るその子は、いつぞやの港町でお世話になったあの子だ。

「ぬ? ……なっ!? まさかっ!!? フェイア殿っ!?!?」

 目を白黒させて驚くギンロ。
 俺も、何が何だか分からず、口をパクパクするしかなくて……

「きゃ~~~!! ギンロ様ぁ~~~!!!」

 ギンロに名前を呼ばれた事が嬉しかったのか、彼女はより大きく手を振りながら、その美しい尾鰭をバタバタと動かしていた。
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