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★ピタラス諸島、後日譚★
779:退屈すぎる
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ザザーン、ザザーン、ザザザーーーン
青い空、白い雲、輝く太陽。
頬を撫でる潮風はカラリと乾いていて、嗅いだ事の無い異国の香りを運んでくる。
どこまでも続く大海原はキラキラと煌めき、穏やかな波が揺れている。
「……………はぁ~」
甲板に置かれた樽の上に腰掛けて、目の前に広がる雄大な海を眺めながら、俺は一人溜息をついた。
ヴェルドラ歴2815年、ノヴァの月(11月)の18日、午前10時現在。
商船タイニック号に乗り込み、ピタラス諸島の最後の島であるアーレイク島を出航してから早三日。
船は予定通り、ランダーガン大海を南へと進み、目的の地であるパーラ・ドット大陸を目指している。
そんな中、俺はというと、モヤモヤとした気持ちを抱えていて……
なんだか、燃え尽きちゃった症候群な感じ~。
加えて、ちょっぴり寂しい感じ~。
やる事が何も無くて、つまんない感じ~。
口をへの字に曲げて、甲板の手すりに顎を置き、脱力する俺。
煌めく水面を見つめながら、今日もまた一日中海を眺めて終わるのだろうと予想して、なんとも言えない無気力感と、喪失感に襲われていた。
三日前。
ノリリア達白薔薇の騎士団のメンバーとお別れした俺たちは、導きの腕輪を使って、モグラ獣人ボナークと共に、船がある港町アルーまで戻った。
船長であるザサークとその他の船員達、ミュエル鳥とその飼育担当であるヤーリュとモーブの二人とも無事に合流。
悪魔カイムから救出した魚人ソーム族のルオ、姉のガレッタ、その他大勢のソーム族達とも再会できた。
悪魔カイムに操られたハーピー達の襲撃によって、壊滅的になっていた港町アルーだったが、俺たちが封魔の塔を攻略している間に、ザサーク達の手によって随分と修復されていた。
そもそも、ソーム族は皆体が小さく(俺よりは大きいけどね)、ワニ人間であるダイル族の船員達に比べると、大人と子供かってくらいの体格差がある。
そんなソーム族が暮らす為の家もまた、それほど大きなものは必要無くて、最低限の暮らしが出来るくらいのものであれば、ほんの数時間で造れるそうだ。
旅立つ前は瓦礫の山だったはずのその場所には、平屋ではあるものの、雨風が凌げる家屋がずらりと並んでいた。
その晩は、ソーム族のみんなも一緒になって、盛大な宴が開かれた。
毎度毎度の恒例行事、出航前夜の宴である。
翌日の体に酒が残るから、よせばいいのにとは思うものの、久しぶりに会ったヤーリュとモーブのベースボールコンビとの会話が弾んで、俺も楽しくお酒を飲んだ。
そしてやはり俺は、酒に飲まれてそのまま酔い潰れ、恐らくギンロかティカが船室まで運んでくれたのだろう、気がついた時にはもう夜が明けていて、船は港町から出航した後で……
窓から見える景色は既に、海のど真ん中だった。
ノリリア達がいないと、船の中がとっても静かなんだよな……
波の音を聞きながら、俺はぼんやりとそんな事を思っている。
実際、乗客の減った船内はどこか寂しげで、いつもの賑わいが無い。
勿論、ザサークを始めとし、ライラやダーラ、ビッチェやバスクといった、船員のダイル族達はいるものの、彼らは元々そこまで騒がしく無く、かつ仕事中であるからして、静かなのだ。
ヤーリュとモーブは、以前からそうであったが、ミュエル鳥のいる船内下層二階の船室からあまり出て来ない。
たまに、ボナークとカービィが馬鹿笑いしながら喋っているけど、二人の会話の内容は俺にはちんぷんかんぷんだから、仲間には入れない。
グレコはというと、乗客が減って部屋が空いたからという理由で俺とは別室になり、ずっと一人で部屋に篭って、ノリリアやパロット学士、マシコットから貰ったという書物を読み耽っている。
ギンロとティカは、たまに甲板に出て、ライラックやブリックに教わった筋トレをしているものの、以前のようにやり合う事もなく、静かにしている。
つまり……、うん。
現状、今回の船旅は、俺にとって、大層つまらないものとなっているのであった。
なんだかなぁ……
平和で、穏やかで、良いのだけども……
これまで、本当にいろんな事があったから……、あり過ぎるほどあったから、こんなにも何もない時間が続くと、知らない間に石になってしまいそう……
そんな事を思ってしまうくらいに、この二日間は、時間が有り余って仕方が無かった。
パーラ・ドット大陸までは、順調に航海が進んだとしても、まだ四日ほどかかる予定だ。
あと四日間も、こんな風に海を眺める事しか出来ないなんて……
「退屈過ぎる」
俺は無意識に、ボソッとそう呟いていた。
すると、背後から妙な足音と、声が聞こえてきて……
「YO! YO! モッモ~YO! しけた面してどうしたYO!? 空は快晴、おいらは男性、YO! YO!! 元気出せYO!!!」
独特なリズムでステップを踏み、体を揺らしながら、ノリノリな様子でラップを披露するカービィ。
両手はこう、ラッパーみたいな動きで宙を動いていて、非常に忙しない。
あ~……、違う、こういう騒がしさは要らないんだよ。
ウザ絡みってやつ? 今はやめてよ、余計にテンション下がるわ。
てか、おいらは男性って……、知ってるわっ!
妙な歌詞を自作すんじゃねぇよっ!!
ジトっとした目で、カービィを睨む俺。
すると、その後ろから、筋トレを終えたギンロとティカがやって来て……
「今日も、天気が良いな」
空を見上げながら、近所のおばさんみたいな事を言うギンロ。
「モッモ、暇なら君も少しは鍛えたらどうだ? 武器の一つも扱えぬようでは、この先、生き残れないぞ」
遠慮なく俺をディスるティカ。
二人とも、筋トレの後だからして、大層汗臭い。
お願いだから、今すぐお風呂に入ってきてくれませんか?
存在がむさ苦しいカービィと、匂いがむさ苦しいギンロとティカの三人に囲まれて、俺はなんとも言えない気持ちになる。
これまでは、白薔薇の騎士団に女性メンバーが沢山いたから、さほど気にならなかったのだけど……
俺のパーティーには、グレコしか女性がいないのだ。
それはつまり、今後は、今までに比べて、パーティー内のむさ苦しさ度合いが数段アップするという事に他ならない。
むさ苦しい旅かぁ……、嫌だな。
まぁでも、ここにテッチャがいない事が唯一の救いだ。
テッチャがいると、それだけでむさ苦しさが二倍になるからね。
そんな事を考えながら、怪訝な顔をしている俺を、それぞれのキョトン顔で見つめる三人。
すると今度は、コツコツという、聞き覚えのある軽やかな足音が聞こえてきて……
「わぁ~! 本当に、気持ちの良い天気ね!!」
大きく伸びをしながら、グレコがやってきた。
おぉグレコ! 君を待っていたんだよ!!
見てよ、俺を取り囲むこいつら……、むさ苦しいんだっ!!!
「ようやく読み終えたのだな?」
汗臭いギンロが問い掛ける。
「えぇ、あらかたね。故郷の隠れ里で学んだ事は決して間違っていなかったけど、やっぱり新しい情報を取り入れる事は大事ね、知らない事ばかりだった……」
大海原の向こう側、遥か遠くにある水平線を見つめながら、グレコはそう言った。
「んまぁ~、情報なんてもんは、時間の経過と共に続々と出てくるかんな! 全部を追いかけてると大変だ!! だから、グレコさんが知らなくても仕方が無いYO!!!」
やんわりとグレコをフォローするカービィ。
だけども、言葉の語尾がラップ調なのが、めっちゃ不愉快だな。
「自分、読む。後で、貸せ」
相変わらず、命令口調なティカ。
そろそろ、ちゃんとした丁寧なヴァルディア語を覚えないと、後々困ることになるぞっ!?
「良いわよ。でも、全部公用語で書かれているから……、読めるの?」
ティカの命令口調に、多少はイラッとしたのだろう。
グレコはそう言って、意地悪そうにニヤリと笑った。
「読める。読む……、話すより、得意だ」
ニヤリ笑いを返すティカ。
負けず嫌いは健在である。
「あらそ? なら頑張ってね。で……、モッモはここで何してるの?? そんな所に座って……。海に落ちたら大変でしょ、降りなさい」
うっ!? くそぅ……
なんか、さらっと怒られちゃったよおい。
グレコに叱られて、樽の上から降りる俺。
だけど、樽から降りた所で、やりたい事も無ければ、やらなければならない事も無く……
行きたい場所も無いし、部屋に戻ってもつまらない。
どうすればいいのか分からず、俺はその場に立ち尽くす。
するとグレコは膝を折り、姿勢を低くして、俺の目をじっと見つめた。
そして……
「モッモ、たまにはね、ボーッとしてても良いのよ。旅に出てからここに来るまで、ずっと大変だったから無理ないけど……。何もやる事が無い日があったって良いでしょ? 生きている中で、暇な時間があったって良いのよ」
そう言って、イタズラに笑うグレコ。
グレコは、俺が悩んでいる事など全てお見通しのようだ。
まぁね……、そうなんだけどもさ。
ほら、ここに至るまではさ、ずーっと、走り続けてきたわけじゃない?
故郷のテトーンの樹の村を旅立ってから、今日まで、本当にずーっと、忙しかったじゃない??
なんかね、こうもやる事が何も無いってなると、あまりにも手持ちぶたさというかね。
でもまぁ、暇で悩むって……、よくよく考えたら、贅沢な話だよな。
「やる事が無いのなら、自分が武術の稽古を付けてやろう。暇なのだろう? 今からどうだ?? ん???」
めっちゃ悪い顔して、挑発してくるティカ。
武術の稽古なんて、絶対やだねっ!
袋叩きにされて終わりじゃんかっ!?
「モッモよ、暇であれば、我と共に、ダーラ殿の甘味を頂きに行こうぞ! モッモがいると、ダーラ殿が甘味を多く出してくれるのだ」
安定の甘党ギンロ。
小さな俺がいると、お菓子がたくさん貰えるから助かるってかぁ~?
そんなに甘いものばっか食べてたら、虫歯になるし、太るよっ!?
「んまっ! パーラに着いたら嫌でも忙しくなるからよっ!? 今のうちに、のんびりしとこぉ~ぜぇ~♪」
ラップ調では無いものの、言葉尻が歌になるカービィ。
しばらく、このマイブームが続くんだろうな、ふぅ……
内容はさておき、四人が四人共、それぞれに俺の事を気にかけてくれてるんだなって、思った。
グレコの言う通り、たまにはのんびりも良いよね。
ティカの言う武術の稽古は嫌だけど、ギンロのお誘いには乗ってもいいかな。
カービィは……、うん、カービィはいいや。
少しばかり、気持ちが晴れる俺。
どうせ、暇なのもあと四日程度なのだ。
四日間くらい、船の上で何もせずぐ~たらしてても、バチは当たらないだろう。
「じゃあ、僕……、ん?」
のんびりする宣言をしようとした俺の耳に、妙な雑音が響いた。
ゴゴゴゴゴーっという、下の方から何かが湧き上がってくるような(海の上なのに?)、不気味な音だ。
そして……
ズズズッ………、ズゾォオォォーーーーーン!!!!!
「わわわっ!?」
「キャッ!??」
「なんだぁあっ!?!?」
地響きのような爆音と共に、船体が左右に大きく揺れた。
船の外側では、水が上へと駆け上がる、山のように巨大な水柱が出現している。
なななっ!?
何っ!??
何が起きたのっ!?!?
よろめくグレコ、それを支えるティカ、すっ転がるカービィ。
俺はというと、ギンロが咄嗟にヒョイと小脇に抱えてくれたので、転倒を免れた。
しばらくの間、船はグラグラと左右に揺れていたが、徐々にその揺れは収まっていき、水柱も消えて……
「んなっ!? なんだありゃあっ!??」
カービィが、海上を指さして叫んだ。
突如として出現したそれに、目をまん丸にして固まる俺たち。
えっ!? でっ!!?
でっかぁあっ!?!?
船の外側、海に浮かぶのは、巨大な貝殻。
ピタリと口が閉じたそれは、いわゆる二枚貝のような形をしている。
外殻は白く、ゴツゴツとしていて、所々に海藻や珊瑚が付着している。
大きさは規格外で、ここから見えるだけでも、横幅はタイニック号の2倍はありそうだ。
そしてなんと、その巨大な貝殻の上に、何やら見知った者が座っていて……
「ギンロ様~~~!」
ギンロの名を呼び、大きく手を振るその子は、いつぞやの港町でお世話になったあの子だ。
「ぬ? ……なっ!? まさかっ!!? フェイア殿っ!?!?」
目を白黒させて驚くギンロ。
俺も、何が何だか分からず、口をパクパクするしかなくて……
「きゃ~~~!! ギンロ様ぁ~~~!!!」
ギンロに名前を呼ばれた事が嬉しかったのか、彼女はより大きく手を振りながら、その美しい尾鰭をバタバタと動かしていた。
青い空、白い雲、輝く太陽。
頬を撫でる潮風はカラリと乾いていて、嗅いだ事の無い異国の香りを運んでくる。
どこまでも続く大海原はキラキラと煌めき、穏やかな波が揺れている。
「……………はぁ~」
甲板に置かれた樽の上に腰掛けて、目の前に広がる雄大な海を眺めながら、俺は一人溜息をついた。
ヴェルドラ歴2815年、ノヴァの月(11月)の18日、午前10時現在。
商船タイニック号に乗り込み、ピタラス諸島の最後の島であるアーレイク島を出航してから早三日。
船は予定通り、ランダーガン大海を南へと進み、目的の地であるパーラ・ドット大陸を目指している。
そんな中、俺はというと、モヤモヤとした気持ちを抱えていて……
なんだか、燃え尽きちゃった症候群な感じ~。
加えて、ちょっぴり寂しい感じ~。
やる事が何も無くて、つまんない感じ~。
口をへの字に曲げて、甲板の手すりに顎を置き、脱力する俺。
煌めく水面を見つめながら、今日もまた一日中海を眺めて終わるのだろうと予想して、なんとも言えない無気力感と、喪失感に襲われていた。
三日前。
ノリリア達白薔薇の騎士団のメンバーとお別れした俺たちは、導きの腕輪を使って、モグラ獣人ボナークと共に、船がある港町アルーまで戻った。
船長であるザサークとその他の船員達、ミュエル鳥とその飼育担当であるヤーリュとモーブの二人とも無事に合流。
悪魔カイムから救出した魚人ソーム族のルオ、姉のガレッタ、その他大勢のソーム族達とも再会できた。
悪魔カイムに操られたハーピー達の襲撃によって、壊滅的になっていた港町アルーだったが、俺たちが封魔の塔を攻略している間に、ザサーク達の手によって随分と修復されていた。
そもそも、ソーム族は皆体が小さく(俺よりは大きいけどね)、ワニ人間であるダイル族の船員達に比べると、大人と子供かってくらいの体格差がある。
そんなソーム族が暮らす為の家もまた、それほど大きなものは必要無くて、最低限の暮らしが出来るくらいのものであれば、ほんの数時間で造れるそうだ。
旅立つ前は瓦礫の山だったはずのその場所には、平屋ではあるものの、雨風が凌げる家屋がずらりと並んでいた。
その晩は、ソーム族のみんなも一緒になって、盛大な宴が開かれた。
毎度毎度の恒例行事、出航前夜の宴である。
翌日の体に酒が残るから、よせばいいのにとは思うものの、久しぶりに会ったヤーリュとモーブのベースボールコンビとの会話が弾んで、俺も楽しくお酒を飲んだ。
そしてやはり俺は、酒に飲まれてそのまま酔い潰れ、恐らくギンロかティカが船室まで運んでくれたのだろう、気がついた時にはもう夜が明けていて、船は港町から出航した後で……
窓から見える景色は既に、海のど真ん中だった。
ノリリア達がいないと、船の中がとっても静かなんだよな……
波の音を聞きながら、俺はぼんやりとそんな事を思っている。
実際、乗客の減った船内はどこか寂しげで、いつもの賑わいが無い。
勿論、ザサークを始めとし、ライラやダーラ、ビッチェやバスクといった、船員のダイル族達はいるものの、彼らは元々そこまで騒がしく無く、かつ仕事中であるからして、静かなのだ。
ヤーリュとモーブは、以前からそうであったが、ミュエル鳥のいる船内下層二階の船室からあまり出て来ない。
たまに、ボナークとカービィが馬鹿笑いしながら喋っているけど、二人の会話の内容は俺にはちんぷんかんぷんだから、仲間には入れない。
グレコはというと、乗客が減って部屋が空いたからという理由で俺とは別室になり、ずっと一人で部屋に篭って、ノリリアやパロット学士、マシコットから貰ったという書物を読み耽っている。
ギンロとティカは、たまに甲板に出て、ライラックやブリックに教わった筋トレをしているものの、以前のようにやり合う事もなく、静かにしている。
つまり……、うん。
現状、今回の船旅は、俺にとって、大層つまらないものとなっているのであった。
なんだかなぁ……
平和で、穏やかで、良いのだけども……
これまで、本当にいろんな事があったから……、あり過ぎるほどあったから、こんなにも何もない時間が続くと、知らない間に石になってしまいそう……
そんな事を思ってしまうくらいに、この二日間は、時間が有り余って仕方が無かった。
パーラ・ドット大陸までは、順調に航海が進んだとしても、まだ四日ほどかかる予定だ。
あと四日間も、こんな風に海を眺める事しか出来ないなんて……
「退屈過ぎる」
俺は無意識に、ボソッとそう呟いていた。
すると、背後から妙な足音と、声が聞こえてきて……
「YO! YO! モッモ~YO! しけた面してどうしたYO!? 空は快晴、おいらは男性、YO! YO!! 元気出せYO!!!」
独特なリズムでステップを踏み、体を揺らしながら、ノリノリな様子でラップを披露するカービィ。
両手はこう、ラッパーみたいな動きで宙を動いていて、非常に忙しない。
あ~……、違う、こういう騒がしさは要らないんだよ。
ウザ絡みってやつ? 今はやめてよ、余計にテンション下がるわ。
てか、おいらは男性って……、知ってるわっ!
妙な歌詞を自作すんじゃねぇよっ!!
ジトっとした目で、カービィを睨む俺。
すると、その後ろから、筋トレを終えたギンロとティカがやって来て……
「今日も、天気が良いな」
空を見上げながら、近所のおばさんみたいな事を言うギンロ。
「モッモ、暇なら君も少しは鍛えたらどうだ? 武器の一つも扱えぬようでは、この先、生き残れないぞ」
遠慮なく俺をディスるティカ。
二人とも、筋トレの後だからして、大層汗臭い。
お願いだから、今すぐお風呂に入ってきてくれませんか?
存在がむさ苦しいカービィと、匂いがむさ苦しいギンロとティカの三人に囲まれて、俺はなんとも言えない気持ちになる。
これまでは、白薔薇の騎士団に女性メンバーが沢山いたから、さほど気にならなかったのだけど……
俺のパーティーには、グレコしか女性がいないのだ。
それはつまり、今後は、今までに比べて、パーティー内のむさ苦しさ度合いが数段アップするという事に他ならない。
むさ苦しい旅かぁ……、嫌だな。
まぁでも、ここにテッチャがいない事が唯一の救いだ。
テッチャがいると、それだけでむさ苦しさが二倍になるからね。
そんな事を考えながら、怪訝な顔をしている俺を、それぞれのキョトン顔で見つめる三人。
すると今度は、コツコツという、聞き覚えのある軽やかな足音が聞こえてきて……
「わぁ~! 本当に、気持ちの良い天気ね!!」
大きく伸びをしながら、グレコがやってきた。
おぉグレコ! 君を待っていたんだよ!!
見てよ、俺を取り囲むこいつら……、むさ苦しいんだっ!!!
「ようやく読み終えたのだな?」
汗臭いギンロが問い掛ける。
「えぇ、あらかたね。故郷の隠れ里で学んだ事は決して間違っていなかったけど、やっぱり新しい情報を取り入れる事は大事ね、知らない事ばかりだった……」
大海原の向こう側、遥か遠くにある水平線を見つめながら、グレコはそう言った。
「んまぁ~、情報なんてもんは、時間の経過と共に続々と出てくるかんな! 全部を追いかけてると大変だ!! だから、グレコさんが知らなくても仕方が無いYO!!!」
やんわりとグレコをフォローするカービィ。
だけども、言葉の語尾がラップ調なのが、めっちゃ不愉快だな。
「自分、読む。後で、貸せ」
相変わらず、命令口調なティカ。
そろそろ、ちゃんとした丁寧なヴァルディア語を覚えないと、後々困ることになるぞっ!?
「良いわよ。でも、全部公用語で書かれているから……、読めるの?」
ティカの命令口調に、多少はイラッとしたのだろう。
グレコはそう言って、意地悪そうにニヤリと笑った。
「読める。読む……、話すより、得意だ」
ニヤリ笑いを返すティカ。
負けず嫌いは健在である。
「あらそ? なら頑張ってね。で……、モッモはここで何してるの?? そんな所に座って……。海に落ちたら大変でしょ、降りなさい」
うっ!? くそぅ……
なんか、さらっと怒られちゃったよおい。
グレコに叱られて、樽の上から降りる俺。
だけど、樽から降りた所で、やりたい事も無ければ、やらなければならない事も無く……
行きたい場所も無いし、部屋に戻ってもつまらない。
どうすればいいのか分からず、俺はその場に立ち尽くす。
するとグレコは膝を折り、姿勢を低くして、俺の目をじっと見つめた。
そして……
「モッモ、たまにはね、ボーッとしてても良いのよ。旅に出てからここに来るまで、ずっと大変だったから無理ないけど……。何もやる事が無い日があったって良いでしょ? 生きている中で、暇な時間があったって良いのよ」
そう言って、イタズラに笑うグレコ。
グレコは、俺が悩んでいる事など全てお見通しのようだ。
まぁね……、そうなんだけどもさ。
ほら、ここに至るまではさ、ずーっと、走り続けてきたわけじゃない?
故郷のテトーンの樹の村を旅立ってから、今日まで、本当にずーっと、忙しかったじゃない??
なんかね、こうもやる事が何も無いってなると、あまりにも手持ちぶたさというかね。
でもまぁ、暇で悩むって……、よくよく考えたら、贅沢な話だよな。
「やる事が無いのなら、自分が武術の稽古を付けてやろう。暇なのだろう? 今からどうだ?? ん???」
めっちゃ悪い顔して、挑発してくるティカ。
武術の稽古なんて、絶対やだねっ!
袋叩きにされて終わりじゃんかっ!?
「モッモよ、暇であれば、我と共に、ダーラ殿の甘味を頂きに行こうぞ! モッモがいると、ダーラ殿が甘味を多く出してくれるのだ」
安定の甘党ギンロ。
小さな俺がいると、お菓子がたくさん貰えるから助かるってかぁ~?
そんなに甘いものばっか食べてたら、虫歯になるし、太るよっ!?
「んまっ! パーラに着いたら嫌でも忙しくなるからよっ!? 今のうちに、のんびりしとこぉ~ぜぇ~♪」
ラップ調では無いものの、言葉尻が歌になるカービィ。
しばらく、このマイブームが続くんだろうな、ふぅ……
内容はさておき、四人が四人共、それぞれに俺の事を気にかけてくれてるんだなって、思った。
グレコの言う通り、たまにはのんびりも良いよね。
ティカの言う武術の稽古は嫌だけど、ギンロのお誘いには乗ってもいいかな。
カービィは……、うん、カービィはいいや。
少しばかり、気持ちが晴れる俺。
どうせ、暇なのもあと四日程度なのだ。
四日間くらい、船の上で何もせずぐ~たらしてても、バチは当たらないだろう。
「じゃあ、僕……、ん?」
のんびりする宣言をしようとした俺の耳に、妙な雑音が響いた。
ゴゴゴゴゴーっという、下の方から何かが湧き上がってくるような(海の上なのに?)、不気味な音だ。
そして……
ズズズッ………、ズゾォオォォーーーーーン!!!!!
「わわわっ!?」
「キャッ!??」
「なんだぁあっ!?!?」
地響きのような爆音と共に、船体が左右に大きく揺れた。
船の外側では、水が上へと駆け上がる、山のように巨大な水柱が出現している。
なななっ!?
何っ!??
何が起きたのっ!?!?
よろめくグレコ、それを支えるティカ、すっ転がるカービィ。
俺はというと、ギンロが咄嗟にヒョイと小脇に抱えてくれたので、転倒を免れた。
しばらくの間、船はグラグラと左右に揺れていたが、徐々にその揺れは収まっていき、水柱も消えて……
「んなっ!? なんだありゃあっ!??」
カービィが、海上を指さして叫んだ。
突如として出現したそれに、目をまん丸にして固まる俺たち。
えっ!? でっ!!?
でっかぁあっ!?!?
船の外側、海に浮かぶのは、巨大な貝殻。
ピタリと口が閉じたそれは、いわゆる二枚貝のような形をしている。
外殻は白く、ゴツゴツとしていて、所々に海藻や珊瑚が付着している。
大きさは規格外で、ここから見えるだけでも、横幅はタイニック号の2倍はありそうだ。
そしてなんと、その巨大な貝殻の上に、何やら見知った者が座っていて……
「ギンロ様~~~!」
ギンロの名を呼び、大きく手を振るその子は、いつぞやの港町でお世話になったあの子だ。
「ぬ? ……なっ!? まさかっ!!? フェイア殿っ!?!?」
目を白黒させて驚くギンロ。
俺も、何が何だか分からず、口をパクパクするしかなくて……
「きゃ~~~!! ギンロ様ぁ~~~!!!」
ギンロに名前を呼ばれた事が嬉しかったのか、彼女はより大きく手を振りながら、その美しい尾鰭をバタバタと動かしていた。
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※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しております。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
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