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★オーベリー村、蜥蜴神編★

89:シシとエッホ

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「金はいらんえ」

「え? でも、一泊二食付きで10000センスって……??」

「あれは、お前さんらが良心的な輩かを見定める為に言っただけだえ。金を払おうともせん奴なんぞ、家に入れるわけにはいかんでのぉ」

   朝食後、宿代を払おうとしたグレコに対し、シシ婆さんはそう言った。
   
   なるほど、確かにそうだよね。
   見ず知らずの相手を泊めるんだもの、それくらいの警戒心は必要だ。

   しかしながら、タダで一泊二食付きはとてもじゃないが気が悪いので、俺たちはエッホさんの仕事を手伝う事にした。
   餌を食べて元気いっぱいの、カウーの乳搾りだ。
   
   産まれて初めての乳搾り!!!

   と、ウキウキしていたのだが……

「お前さんは無理じゃの、体が小さすぎるべ、手が届かん」

   エッホさんにそう言われて、俺はトボトボと母屋に戻り、シシ婆さんの手伝いをしようと声をかける。

「シシお婆さん、何かお手伝いします!」

「ほ? ほっほっ、小さいのに偉いのぉ~」

   うっ……、みんなで小さい小さい言わないでよぅ……

「時にお前さん、そのズボンの花はなんぞえ? 萎れておるのぉ」

「あ、これは……」

   俺は、萎れたままのマンドラゴラの花をサッと隠す。
   だが、既にシシ婆さんは気付いてしまっているので、隠したって意味がない。
   そっと茎を引っ張って、ズボンのポケットからマンドラゴラを抜き出す俺。
   マンドラゴラは、見るからにぐったりしてて、その可愛らしい顔はとても苦しそうだ。

「おやまぁ!? マンドラゴラかえっ!?? 久しく見ておらんが、まぁ珍しいっ!!!」

「え? シシお婆さん、マンドラゴラを知ってるんですか??」

「知ってるも何も、そこの森の入り口に、マンドレイクがたっくさん生えておるえ? 若い頃は、あれを採りに森へよく足を運んだえ。マンドレイクは高値で売れるでのぉ。しかし、マンドラゴラと間違えた日にゃもう、三日三晩寝込んだ事もあるぞえ。懐かしいのぉ。なんだか元気がなさそうだけんど……、水でもあげてみるかえ??」

   シシ婆さんの提案で、水を張った深めのお皿に、そっとマンドラゴラを浸してみる。
   すると、見る見るうちに、お皿の水を吸い取って、マンドラゴラはパチっと目を開けた。

   わわっ!? 鳴いたりしないだろうなっ!??

「ジェジェジェ~♪」
 
   鳴きはしたものの、それはとても可愛らしい声で、俺もシシ婆さんもホッコリと和む。

「良かったのぉ、危うく枯れてしまうところじゃったえ。なんとも可愛らしいのぉ。ララによぉ似ておるえ~」

「ララ?」

「んだぁ~、昔飼ってたマンドラゴラの名だえ。マンドラゴラは、そらもう大きな声で鳴くえ、飼えるなぞ思うておらんかったが……。ある時、たまたま引っこ抜いた一匹に懐かれてのぉ。しばらく飼っておったんだえ」

   ふ~ん……
   じゃあ、たまにあるんだな、魔物であるマンドラゴラがこうやって、誰かに懐くっていうのは。

「そのララは今どこに?」

「薬にして売ってしもうたわえ」

 えっ!? えぇ~!??

 予想外の結末に、口をあんぐりと開けて、驚きを隠せない俺。

「マンドレイクよりも、マンドラゴラの方がもっと高値で売れるでの。さすがに生きとる間は気が引けたんじゃが、数年したら枯れてしもうての。それから売りに出したけ、あんまり金にはならんかったのぉ」

   あ……、良かった。
   てっきり、シシ婆さんがやっちまったのかと……
   いやまぁ、それもあるんだろうけどさ。
   余りにも残酷だし、シシ婆さんはそんな事をするようには見えないから……

「お前さん、知っとるかえ? マンドレイクに心が宿ったものが、マンドラゴラとなる。そこから更に、大事に大事に育てると、【マンドリアン】という言葉を話す妖精となる……、と聞いたことがあるのぉ。私にはそこまではできんかったが、お前さんは出来たらええのぉ」

   ほう? マンドリアンとな??
   全くもって聞いた事が無いが……、本当に、魔物が妖精になれるのか???

   しかしながら、今のところ俺には、そこまでの感情は無い。
 興味が全くないわけでは無いが、なんていうかこう、フワッとした情報だなって……
 シシ婆さんには悪いが、あまり信憑性が無さそうな話なので、どこぞのポケモンマスターを目指す少年のように、「このマンドラゴラを、必ず、マンドリアンに進化させるぞ!」とは思えなかった。
 だけど……

「ジェジェ~♪」

   お皿の中で、ニパニパと笑うマンドラゴラを見ていると、しばらくは面倒を見てもいいかな~って、思ったりして。
 俺は自然と、マンドラゴラに向かって微笑んでいた。









「お前さん、ダッチュ族を知っとるかえ?」

「えっ!? どうしてダッチュ族のことを!??」
 
 エッホさんの口から出た、ダッチュ族という言葉に驚くグレコ。

「おぉっ!? 知っているかえ!?? 南から来たって言っとったで、もしかしてと思ったんだぁ~。あいつら、元気かえっ!?!?」

 テンションが上がるエッホさん。

「あ、えっと……。はい、私の知っているダッチュ族たちは、元気ですよ」

 無理矢理な作り笑顔で、グレコはそう返事をした。

   さすがに、「虫型魔物によってほぼ全滅しました」とは言えないだろう。
   確かに、ダッチュ族の生き残りであるポポたちは、テトーンの樹の村に暮らしていて今も元気なのだから、グレコの言葉は嘘ではない。
 だけどもやはり、これ以上この話を深掘りしたくは無いのだろう、グレコはスッと視線を横へとずらしていた。

 現在、シシ婆さんに別れを告げて牧場を後にした俺たちは、エッホさんの馬車に乗せてもらい、猫型の獣人が暮らすという小さな村を目指している。
   俺とギンロは荷台に乗り、グレコは馬の手綱を持つエッホさんの隣に腰掛けている。

 馬は……、完全に、俺の知っている馬ではない。
 頭には角が生えているし、大きな口からは収まりきらない大きな牙がはみ出ている。
 どんな動物に似ているのかと問われれば、強いて言うならば、さいだな。
 でっぷりとした体格に、硬くて丈夫そうな灰色の体表、そして足はかなり太くて短くて、とてもじゃ無いが馬には見えない姿であった。

「そうかえそうかえ! いんやぁ~、二十年ほど前だったかの? おいがまだ子どもの頃に、北から流れて来たダッチュ族達を、牛舎で匿ってた時期があったでの。なんでも、恐ろしい異種族に追われてるとかで、命からがら逃げてきたとか言っとった。あの森に入ると言うた時にゃ、親父と必死で止めたんだが……。そうかぁ~、生きておったかぁ~、良かった良かったぁ~」

 満面の笑みを讃えるエッホさん。
 なんだか胸が痛みます……

「その……、ダッチュ族を追っていた異種族っていうのは、どういう奴らだったんですか?」

 ふと気になって、荷台から尋ねる俺。
 すると前に座るグレコが、ダッチュ族の話題はやめなさいっ! て感じで、俺に睨みを効かせてきた。
 
 おぉ、しまった……、怖いよぅ……

「おいも、詳しい事は知らんでよ。けんど、卵と女が狙われたと言うておったのぉ。なんでも、ダッチュ族の卵には『かるちうむ』とかいうものが入ってて、それが肥料や薬に使えるとかなんとか……」

   かるちうむ……、かる……、あっ! カルシウムか!?
   なるほどそういうことか。
   確かに、鳥の卵の殻にはカルシウムが豊富で、畑の肥料になるって聞いた事があるぞ。
   けど、薬ってのは、さすがに無理があるんじゃないか?
 カルシウムなんかで、いったい何の薬を作れるってんだ??
 骨を丈夫にする薬……、とか???

「じゃあ、エッホさんのおかげで、彼らは生き残れたんですね……。ありがとうございます」

   グレコはお礼を言って、ぺこりと頭を下げた。
   エッホさんは、ちょっぴり不思議そうな顔をしていたけれど、可愛いグレコに感謝されたので、嬉しそうに照れていた。

   しかしまぁ、あれだな。
   卵の殻にカルシウムが含まれているという事を知っている輩が、この世界にもいるってわけだ。
   なかなか科学が進んでいないと、そんなの分からないはずだが……
 こんな、神様とか精霊とか、エルフとかフェンリルが存在しているようなファンタジックな世界に、果たして科学など存在するのだろうか?
 もしも、この世界に科学が存在するとして、その科学を発展させている、或いは発展させていた種族は、どのような種族なのだろうか??
 俺が思い付く、科学を発展させる種族といえば、人間以外には無いのだけれど……

 そもそも、この世界に人間はいるのだろうか?
 昨晩グレコは、この大陸に人間はいないって言っていたけど……、裏を返せばそれは、別の大陸には人間がいる、という事だろうか??
 例えば、ギンロが暮らしていた、アンローク大陸とか……???
 ギンロに聞けばいいのだろうが、残念ながら彼は今、心地良い荷馬車の揺れのせいで夢の中だ。

 む~ん…………、まだまだ分からない事、知らない事だらけだな、俺ってばよっ!
   
   自分の無知を再確認する俺。
 他にも聞きたい事、考えたい事がいろいろあったのだが……
 ゆらゆらゆらと揺れる荷馬車、そして隣には眠るギンロ。
 グレコとエッホさんはまだ何かを話しているようだが、だんだんと声が遠くなっていき……
   知らぬ間に俺は、スヤスヤと寝息を立てていた。
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