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★虫の森、蟷螂神編★

79:ウルトラハイパーお怒りモード

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「だはぁ~! 疲れたっ!!」

   羽ペンを机に放り投げ、大きく伸びをする俺。
 窓の外は薄暗く、西の空がオレンジ色に染まっている。
   冒険の書に、これまでの旅路を記録していたところ、すでに日が暮れてしまったようだ。

 手が疲れたっ!
 もう駄目だ、もう書けないっ!!
 これ以上書くと、手がもげるっ!!!

   自室を出て台所へ向かうと、母ちゃんが忙しそうに大量の料理を作っていた。
   無理もない、食べ盛りの子どもが、いっきに二十一羽も増えたのだ。
   今頃は村中で、料理ができるピグモルたちが、総出で夕食を作っているはずだ。

   遡ること数時間前、本日の正午過ぎ。
 無事にテトーンの樹の村の導きの石碑までテレポート出来た俺達は、まっすぐ村の中へと入っていった。
   ダッチュ族の子供達は、体格こそピグモルと変わらないが、初めて見る生物には違いない。
   それに、今回はギンロも一緒だったので……

「ぎゃっ!? 化け物ぉおっ!!?」

「またぁあっ!?!?」

「いやぁあぁぁぁーーーーー!!!!!」

   案の定、ピグモル達は皆驚き、慌てふためいて、村はプチパニックに陥った。
 あちこちに逃げ惑うみんなを、俺とグレコでなんとか落ち着かせて、事の経緯をざっくり説明。
 すると、やはりピグモルは、種族性として皆心が優しいのだろう、揃っておいおい泣き出してしまって……

「私たちで、この子たちを育てようっ!」

「そうさっ! 種族の違いなど関係ないっ!!」

「みんなで一緒に、ここで暮らしましょう!!!」

「いいですよねっ!? 長老!!?」

「我が村へようこそ! ダッチュ族の子らよ!! 今宵は歓迎の宴じゃあっ!!!」

「わあぁぁああぁぁぁっ!!!!!」

   と、いうわけだ。

   まぁ……、見ていて、ちょっぴり、こいつらアホか? とも思ったが……
   なんとか事が穏便に運んだのだから良しとしよう。

   家の外に出ると、グレコとギンロが広場の端に腰を下ろして、わいわいと宴の準備をするピグモルたちを楽しそうに眺めていた。

「グレコ! ギンロ!!」

「あらモッモ、用事は終わったの?」

「うん、もう終わった~」

 テクテクと、二人の元に歩いて行く俺。
 するとギンロが、何やら感慨深げな表情で、俺にこう言った。

「モッモよ、ここは良い村であるな。皆が優しく、親切で、心が和む……。お主がそのように真っ直ぐな心根を持ち、勇気と正義に満ち溢れている理由が、我にはよく理解出来た。この村でならば、ダッチュ族の子らも安心して、心穏やかに暮らせよう。我は、ここへ至るまで、このような光景が見られるとは、全く想像だにしていなかった。お主のこれまでの選択が、皆を幸福へと導いたのだ。モッモよ、お主の選んだ道は、真に正しかったという事である。さすがは時の神の使者であるな、恐れ入った」

 凛々しく微笑み、ゆっくりと言葉を紡ぎながら、俺の事を最大限に讃えてくれるギンロ。
 まさか今、そんな風に褒められるとは思っていなかった俺は、照れ臭いやら嬉しいやらで、涙目になってしまう。

 やだやだっ!
 最近すぐ泣いちゃうな俺ってばよっ!!
 恥ずかしいぃいっ!!!

「そ、そんな……、そんな事言われると……。もうっ! 照れちゃうよっ!! へへへ~♪」

 俺は、涙がこぼれ落ちる前にささっと拭き取って、ヘラヘラと笑って見せた。

 さてさて、肝心のポポ達はどこにいるのだろう? と、視線を巡らせると……
   ダッチュ族の子供達は皆、広場の一箇所に集められ、何やら長老の話を熱心に聞いているではないか。
 子供達は、口をぽかんと開けながら、ペラペラと何かを語る長老を、食い入るように見つめている。
   しかしまぁ……、間違い無く言葉は通じていないので、熱心に聞いていると言うと語弊があるな。
   おそらく、何言ってんだこいつ? 的な感じだろうか。

 ドンマイ長老!
 完全なる語り損だねっ!!

「モッモ、ポポ達の寝床の事だけど、広場の近くに枯れ草や落ち葉を集めて作っておいたわ。とりあえず……、ね」

「あ、そうなの!? ありがとうグレコ!」

 俺が一心不乱にカキカキしている間に、そんな事をしてくれていたのねっ!?
 さすがです、ありがとうっ!!!

「しかし、明日にでも何かしらの住処を整えてやらぬとな。さすがに野晒しでは、卵が冷える。今は皆がそれぞれ抱えているようだが、ずっとあのままでは疲れてしまうであろ」

「あ~、確かに……」

 ギンロが言うように、冷えは卵に良く無いのだろう、ダッチュ族の子供達は、まだそれぞれに卵を抱いたままの状態で、皆一生懸命に温めている。
 あのままでは、いずれ子供達は疲れてしまうだろうし、何か良い方法を考えてあげないと……
   
「じゃあ明日は、みんなで建築作業だね!」
  
「なら、テッチャを呼びに行きましょ。彼ならきっと、ダッチュ族の子供達にぴったりの家を考案してくれるはずよ。事前に話をしておかないと……。それに、せっかくの宴だしね♪」

 お酒を飲む仕草をして、悪戯に笑うグレコ。
 どうやら今夜も飲み明かす予定のようです。

「そうだね! ギンロも一緒に行こうよ!! テッチャを紹介するよ!!!」

「ふむ……、行こうか」

 俺とグレコとギンロは、テッチャを宴に誘うべく(明日からの相談もね)、賑やかな広場をそっと後にした。








   小川を越えた、村から少し離れた場所にあるテッチャの家に、俺たち三人は向かう。
 テッチャが何度も村へ行き来しているのであろう、森の中には、今までは無かった一本道が出来上がっていた。
 道を歩きながら、俺はふと思う。

   そういえば、帰って来てからまだ、ガディスを見てないな。
   まさかとは思うけど、また長老に頼まれて、タイニーボアーを狩りに行ってるんじゃないだろうなぁ?
 ガディスのやつ、ピグモルが好き過ぎて、みんなに甘々だからなぁ~。

   なんて考えていると、前方の木立の間が、突然ガサガサと音を立てて……

「妙な匂いがすると思って来てみれば……。貴様、ここが我が領地と知っての愚弄か?」

   グルルルル~、という唸り声と共に、ガディスが姿を現した。

 わっ!? ビックリしたぁあっ!!?
 暗くて黒いから気付かなかったよっ!
 てか……、何故そんなところにっ!!!?
   ……にしても、久しぶりに見るとやっぱりでかいなぁっ!!
   迫力ありすぎっ!!!
   てか……、なんで怒ってるのぉっ!!???

 突然姿を現したガディスは、何故だかハイパーお怒りモードである。
 全身の毛が逆立っており、唸る口元からは鋭い牙が覗いている。

「や……、やぁガディス! たっ!! ただいまぁ……」

   出来るだけ陽気に、いつも通りに挨拶したつもりだったが、語尾が小さく消え入りそうになる俺。
   グレコも、いつもと違うガディスの様子に、少しばかり後退る。

 なんで? なんで怒ってんだ??
 いったいどこ見て……、はっ!?!?

 ガディスの視線は、真っ直ぐに、俺の真後ろに向けられている。
 そこに立っているのは、即ちギンロ。
   ガディスはどうやら、ギンロを威嚇しているようなのだ。
 
   そうかっ! ギンロもフェンリルだから!?   
 だからこんなに怒っているのかっ!!?
 連れて来たのは、まずかったかっ!?!?

 あせあせ、アワアワとする俺。
 すると、俺の後ろに立っていたギンロが、スッと前に出てきて……

「貴殿の領地への勝手なる侵入、お赦し願いたい。訳あって立ち入らせてもらったが、貴殿に対する敵意は全く無い、この通りである」

 深く深く頭を下げて、お辞儀をするギンロ。
 その礼儀正しい振る舞いに、俺はなんだか違和感を覚えた。

 ギンロは良い奴だけど、なんていうかこう、他者に軽々しく頭を下げたりしないはずだ、たぶん。
 しかも、ガディスの事を「貴殿」なんて呼んだりして……、畏まり過ぎではなかろうか?
 まさかと思うけど、何か、訳有り……??

 ギンロの言動を深読みする俺。
 そして、頭を上げたギンロは……

「時に……、貴殿は、誇り高きフェンリルが一族、黒狼こくろうガディス殿、であるか?」

   全く物怖じせず、ガディスと正面から向き合い、ハキハキとした口調でそう尋ねた。

 おっと、ギンロはガディスを知っているのかっ!?
 何故っ!??

「ほぉ? 我を知っておるのか?? 知りながら、それでもこの地に足を踏み入れるとは……。貴様、舐めた真似をしてくれる」

   怒りを露わにし、更に威嚇するガディス。
   
   やばいっ! やばいぞっ!?
   今ここで、魔獣大戦争が勃発するのかっ!??
   頼むっ!! それだけはやめてくれっ!!!
 巻き添いくらって死んじゃうからぁっ!!!!

   するとギンロは、サッと膝を降り、頭を下げて、ガディスに対して跪いた。
 そして……

「我が名はギンロ! アンローク大陸の【ビーストバレイ】より、貴殿を探しにここまで参った!! どうか、我の話を聞いて頂きたい!!!」

   大声でそう言い放ったギンロの言葉に、ガディスは威嚇をやめた。
 が、しかし……

「ビーストバレイだと? 益々気に食わんっ! その姿、その匂い……。貴様、いったい何者だ!? 真の姿を見せよっ!!」

   ウルトラハイパーお怒りモードになり、再び吠えたガディス!!!
   ひえぇえぇぇっ!!!!
 怖すぎるぅっ!!!!!

 あまりの迫力に、ビビり過ぎてちびる事すら出来ない俺。
 隣のグレコも、目を見開いて立っている事しか出来ないようだ。

   なになに!? 何がどうなってるのんっ!??
   ビーストバレイ? 真の姿??
   何の話ですかぁっ!!??

   すると、跪いていたギンロがさっと立ち上がり、ゴソゴソと上の服を脱ぎ始めたではないか。

   ……はっ!? ええっ!??
 なんで今なのっ!?!?
 破廉恥っ!?!??

 訳の分からないその行動に、目を高速でパチクリする俺。
   そんな俺の目の前で、腰巻だけを残し、全身を露わにしたギンロのその姿は、およそ俺が想像していたものとはかけ離れていた。

 あ……、あれ?
 ギンロのやつ、どうなってんだ??
 なんで、半分くらい、人間みたいなの???

 ギンロのその姿は、とても異質だ。
   顔や手足は、青みがかった銀色の毛が生えた狼のような姿なのだが、膝から上の太腿、肘から上の二の腕、首から下の上半身は、毛がない白い肌が見えている。
   まるでそれは、人間のそれにそっくりで……

「ギンロ、あなた……、パントゥーだったの?」

   隣のグレコが小さく呟く。

   パンツ……、いや、パントゥーは、この間ギンロが言っていた言葉だ。
   半分フェンリルで、半分が他の種族、いわゆる雑種ってこと。

「我が父の名はローガ。我が父は、ガディス殿、貴殿の兄である。我は、ガディス殿の甥に当たる者、そして……」

 ギンロは、両手の拳をギュッと握りしめて、全身から何か、青白い光を放ち始めた。

   なっ!? なんだぁっ!??

   ギンロの体は、その皮膚が大きく波打ち始める。
   毛のない白い肌に、青みがかった毛が生えて来たかと思うと、みるみるうちにギンロの体が膨らんでいって……
 そこには一匹の、美しい青銀色の毛並みをした狼が現れた。

「我が母の名はコレユキ。【氷国ひょうこく】の産まれの【雪女ゆきめ】にて……。即ち、我はパントゥー。見ての通り、我は、半魔獣である」

   先ほどまで、人間のように二本の足で立っていたギンロが、ものの数秒で、ガディスと同じような四足歩行の獣の姿に変化してしまったのだ。
 俺が驚いたのなんのってもう……

 はぁあああぁぁぁぁぁぁっ!?!?!?

 あんぐりと開いた口が、全く閉まりそうにない。

 ギンロ!? あんたっ!!?
 なんっ、なんっ、なんっ……、何なのいったい!?!?

   毛色こそ違えども、ふさふさと長い尻尾を揺らして四本足で立つその姿は、魔獣フェンリル以外の何者でもない。
   しかしながら、ガディスとは顕著に違う部分があって……

「ローガめ……、今更、何用で我の元へせがれをよこしたのだ? それも、奴が最も嫌う半魔獣だと?? ふっ……、ふふっ、ふはははははっ! はははははははっ!! わぁ~はっはっはっはっ!!!」

   耳まで裂けそうなほどに大きく口を開け、大声で笑うガディス。
 フェンリルの姿になったギンロのその体は、およそガディスの四分の一と、とても小さなものだった。
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