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★虫の森、蟷螂神編★

77:やっぱり、ポポも……

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 ドワーフの洞窟を出発した、その晩。
 日が落ちて、真っ暗になった森の中、俺とギンロはキャンプをする事にした。

 いつもはグレコがテキパキと準備をしてくれるので、何をどうすればいいのか、少し迷ったが……
   ギンロと一緒に、グレコがやっていた事を思い出しながら、グレコに借りた簡易テントを立て、焚き火を焚き、見様見真似で料理をした。
 それなりの見栄えの夕食が出来たものの、調味料の配合が上手くいかず、なんだか薄味で、味気なくて……
 ギンロは食べてくれたけど、作った本人である俺は食が進まなかった。
 グレコが共に旅をしてくれている事の有り難みを、鍋に残った具材を見つめながら、ひしひしと俺は感じていた。

 今現在、森の中は静かで、以前と変わりないように思えるが……
   昼間、ここに至るまでの道のりでは、そこら中に様々な種類の虫型魔物が徘徊していて、かなり穏やかではない様子だった。
   俺たちの活躍により、森の主であるカマーリスはいなくなり、配下であった鎌手の虫型魔物もほぼ死滅。
 よって、これまで身を潜めて暮らしていた他の虫型魔物の動きが、活発になっているようなのだ。
 そこかしこで、新たな縄張り争いだろうか、虫型魔物同士の戦闘が繰り広げられていて、森の中は血生臭い匂いに満ちていた。
 しかしながら、例によって、虫型魔物の返り血を浴び、その臭いが体に染み付いているギンロが一緒なので、虫型魔物が不用意に此方に近づいて来る事は無く、特に襲われたりする事は無かった。

   夕食後、世界地図を広げて、ぼんやりと眺める俺。
   俺たちの現在地を示す白い光が、地図上でチカチカと点滅している。

   ここまで来れば、明日の昼までにはダッチュ族の里へと辿り着けるだろう。
   しかし、そこには誰かいるだろうか?
 俺が行く意味は、果たしてあるのだろうか??
   あの惨状の中、ポポは、生き延びているのだろうか……???
 
   最悪の事態が頭をよぎり、ズーンと暗くなる俺。
 すると……

「モッモ。少し、話をしようか」

 俺の隣に座るギンロが、声を掛けてきた。

「え? あ……、うん」

   二人きりになってからは、ほとんど口をきいていなかったので、ちょっぴりドギマギしちゃう俺。

 ここへ来るまでの道中、ギンロは驚くほどに無口だった。
   いや、もしかしたら本当は、これまでもずっと無口だったのかも知れない。
   いつもは俺とグレコがペラペラお喋りしていたもんだから、気付かなかっただけなのかも……

 ギンロはふーっと大きく息を吐き、背筋をピンと延ばして、真っ直ぐに俺を見ている。

 ……急に改まった様子で、どうしたんだろう?
 何か大事な話なのかな??

 俺は世界地図を鞄にしまい、ギンロの方を向いて、出来るだけ姿勢が良く見えるように座り直した。

「モッモ、お主は以前、我に尋ねたな。我の種族……、我が何者なのか? と」

「あ、……うん」

 そういや、そんな話をしたっけな。
 その後が忙しかったから、今の今までコロッと忘れていましたよ。

「そして我は答えた。我はフェンリルである。しかし、それは半分である、と」

「うん」

 そうそう、そうだったよ。
 フェンリルで、その半分だって、言ってたねギンロ。
 ……で、それって何? どういう事?

「半分というのは、明確に言うと、我は純粋なフェンリルではない、という事なのだ」

「うん」

 ギンロさんよ、さすがに俺でもそこは理解してますよ。
 勿体ぶった言い方をしなさるな。

「つまりそれは、我が、俗に言う【パントゥー】であるという事だ」

「うん、……うん?」

 ギンロ、今なんてった?
 パントゥー??   
 え……、パンツ???

 聞き慣れない言葉に、俺は自然と首を傾げていた。

「ぬ? パントゥーを知らぬか?? パントゥーとは、異なる種族の間に産まれた者の事を言う。つまり、父と母が、同種族で無い事を指すのだ。我は、フェンリルを父に、他の種族を母に持つ、いわゆる混血のフェンリルなのだ」

「あ~……、なるほど!」

   そうか、つまり……、雑種ってやつだな、うん。

 一人納得した俺は、満足気にうんうんと頷く。
 そんな俺を見て、ギンロは……

「……なんとも思わぬか?」

 どこか不安気な表情で、そう尋ねてきた。

「へ? なんともって??」

   ギンロの問い掛けの意味が分からず、間抜けな声を出す俺。
 そんな俺を見つめるギンロの表情は、なんだかいつもより曇っていて……

「もともとフェンリルは、人化の術を使う魔獣族。故に、普段の姿は巨大な狼の如き獣の風貌であるが、時に人の姿になる事も出来る。しかしながら、我はこの様な半人半獣の姿が常。自ら告白せぬ限りは、我がフェンリルのパントゥーであると見抜く輩は限りなく少ないであろう。ドワーフ族のボンザ殿のように、どこぞの獣人と見紛われる事がほとんどである。しかしながら、曲がりなりにもフェンリルである我は、この姿形の他に、人化も獣化も会得しておる。よって、人化の術を行使する際は、我の年と相応の人の姿へと変わる事が出来る。が……、獣化の術を行使したとて、我はパントゥー故、完全なるフェンリルにはなれぬ。つまり我は、純粋なフェンリルに比べると……、その………」

   あ~……、う~~………、ん~~~?
 だから、え~っと…………??
 もしかして、あれだろうか、雑種だとやっぱ差別とか、そういうのがあるのだろうか???
   パンツ……、いや、パントゥーに対する蔑視とか、嫌煙する感じが、世間一般的な反応……、みたいな????

 ギンロの不安気な様子からして、恐らくそういう事なんだろうなと、俺は推測する。
 自信無さげに俯き、尻尾をシュンと垂らしているギンロのその姿は、出会ってから一番カッコ悪くて、頼り無い。
 だけども何故か、その姿に親近感が沸いた俺は、まったりとした気分でギンロを見つめている。
 あんなに強いギンロでも、こんな風に、自分に自信が無くて落ち込んだりするんだな~、なんて思いながら……

 しかしまぁ残念ながら、ギンロが心配している事は、俺にとっては全く重要ではない。 

「つまりギンロは、半分はフェンリルだけど、半分はフェンリルじゃない……、って事だよね? それが何か問題なの?? 僕はなんとも思わないよ。だって、ギンロはギンロでしょ???」

 俺は、努めて明るい声で、そう言ってみた。
 
 ギンロが、本当はフェンリルだとか、半分だとか、そんな事はどうでもいいんだ。
 確かに、何の種族なのかな~? って、気になってはいたけども……、それはただの好奇心であって、差別をしたり、蔑んだりする為では決して無い。
 それに、何の種族だって、ギンロはギンロだ。
 優しくて、強くて、カッコイイ剣士!
 だから、ギンロが思っているような不安は感じなくてもいいよって、伝えたくて……

「僕は、今のまんまのギンロが好きだよ!」

 世界で最も愛らしいピグモルスマイルで、俺そう言った。
   するとギンロは、驚いたのか、大きな口を小さく開けたまま固まって、その大きな目をシパシパと何度も瞬きした。

 ……しばしの沈黙。
 俺の反応が予想外だったのだろう、瞬きはしているものの、ギンロは時が止まってしまっているかのように動かない。
 その様子を見て、今度は俺が焦り始める。

 あっ!? 
 まさかとは思うけど、愛の告白だと思われたかっ!!?
 違うっ! 違うぞギンロ!!
 俺は断じて、ノーマルだからなっ!!!

 俺が一人、心の中で冷や汗を流していると……

「そうか……。感謝する、モッモ」

 凄く安心した様子でギンロは微笑み、彼の時間が動き出した。
 その表情を見て、どうやら変な解釈はされていないようだと、俺もホッと一安心した。

「してモッモよ、明日の事だが……」

 おおうっ!?
 切り替えが早いですねギンロさんっ!!?
 別に良いけどねっ!!!?

「これより先、お主にとっては、酷な現実を目の当たりにせねばならぬやも知れん。我も希望を捨て切れぬ故、ここまで来たが……。森の様子から鑑みるに、状況はかなり厳しいであろう」

 ギンロの言葉に、今度は俺が沈黙する。
 
 なんとなく分かってはいた事だが、改めてそう言われると、なかなかにキツいものがある。
 ギンロの言葉、現状の分析は、恐らく正しいだろう。
 正しいからこそ、分かっているからこそ、辛い……

「しかし、これだけは忘れるでないぞ。この先、如何なる結果が待っているにせよ、誰も、悪く無い。全ては自然の摂理、抗えぬ事もある……。故に、お主を責めたりはせん。我も、グレコもな……。故にお主も、決して、己を責めるでないぞ、モッモ」

 ギンロの言葉に俺は、涙を流すまいと歯を食いしばる。

 この言葉は、ギンロなりの優しさであり、精一杯の励ましだ。
   自然の摂理、抗えぬ事……、それはつまり、グレコが言っていた、弱肉強食ってやつだ。
 弱者は肉となり、強者に食われる……
 至極当然な自然のあり方であり、変えられない現実だ。
 でも……、それでも俺は、諦めないぞ。
   この目で全てを確かめるまでは、絶対に諦めないぞ。

 俺は、ギュッと唇を噛んで、流れ落ちそうになる涙を仕舞い込んだ。
 泣くのはまだ早い、まだ諦めるなと、何度も何度も自分に言い聞かせながら……








   翌朝、まだ日が登らないうちから、俺とギンロは行動を開始した。
   朝靄が森を包み込む中、北へと歩いて行くこと数時間。
 眼前に、ダッチュ族の里が見えてきた。
   荒らされ放題のその場所には、もはや生きている者は何も存在していない様子だ。

「どうやら……、敵はおらぬようだな。食い物がないと分かって森へ帰ったのだろう」

   辺りを見回し、ギンロはそう言った。

   昨日テレポートしてきた石碑は、里の入り口であった場所に建てられている。
   酷く斜めに傾いているそれは、恐らく、虫型魔物に襲われる最中で、ポポのお母さんが慌てて地面に突き刺したのだろう。
 当時の状況を想像し、俺はなんとも言えない気持ちになる。

   ギンロの言うように、ここには誰もいない。
   耳を澄ましても、何も聞こえてこない。
 風にのってやってくるのは、血の乾いた匂いだけ。
 余りに絶望的な状況に、立っているのがやっとなほどだ。

 だけどそれでも、俺は諦め切れなくて……

「少し離れた場所にある、テトーンの樹まで行ってみよう。ほら、ポポが隠れていた、穴のある樹だよ」

   俺の言葉にギンロが頷いて、俺たちは再び歩き出した。

   この森には、少ないながらも、テトーンの樹が生えている。
   それなりに嗅覚が発達しているのであろう虫型魔物も、獣型魔物と同様、テトーンの樹には近付かない。
 ポポが助かっているとしたら、もうあの場所しか……

 しばらく歩いて行くと、大きなテトーンの樹が現れた。
 根元に穴のあるその樹は、朝日を浴びて、白く輝いているように見えた。

   樹の真ん前に立ち、その穴に向かって、俺は小さく呼び掛ける。

「ポポ? ポポ、いるかい?? 僕だよ、モッモだよ」

   ………返答はない。
   微かに辺りに漂っているダッチュ族の匂いは、以前の残り香なのかも知れない。

   やっぱり、ポポも……

「うっ、うぅっ……。ポポ、ごめんよぉ。ポポぉ~、うあ~ん」

   思わず泣き出してしまった俺に、ギンロが優しく寄り添う。

   せめて、遺体だけでも見つけて、埋葬くらいはしたかった……
   いや、そんなの嘘だ!
   俺は、生きているポポに会いたかった!!
 ポポを救いたかったんだ!!!

「うあ~ん! うあ~ん!! ポポぉ~!!!」

   次第に嗚咽が大きくなる俺。
   虫型魔物に見つかれば攻撃されると分かっているが、俺の気持ちを汲んでか、止めはしないギンロ。
   その優しやが、余計に切ない。

 ……と、その時だった。

「モッモ、あんたなの?」

   不意に、どこからか声が聞こえた。
 聞き覚えのあるその声は、小さくて、震えている。

 この声は……、この声はっ!?
 間違いないっ! きっとそうだっ!!
 この声はっ!!!

「ポッ!? ポポ!!? ポポどこっ!?!?」

 叫ぶ俺。

   涙で滲む景色の中、俺の目はその姿を捉えた。
   ポポの不細工な顔が、テトーンの樹の根元の穴から、ピョコっと出てきたその姿を。

 あああぁあぁぁっ!!!!!

「ポポォオォォ~~~!?!!?」

「モッモ! あぁあっ!! 来てくれたんだねぇっ!!!」

   穴から飛び出して来たポポは、そのままの勢いで俺の体に抱き付き、俺は全力でそれを受け止めた。
 お互いにきつく抱きしめ合い、熱い抱擁を交わす俺とポポ。
   二人とも、涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃで、べちょべちょで、汚くて……
 だけど、そんな事は気にせずに、お互いの無事を喜んで、思いっきり声を上げて泣いた。
   それな俺たちの背後では、ギンロが優しく微笑んでいた。
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