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★ピタラス諸島、後日譚★
750:パロット学士の質問
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「さてと……。僕が君に伝えたい事は大方話せたと思う。次は君の番だよ、モッモ君。僕に何か、聞いておきたい事はないかい?」
優しく微笑むアイビー。
だけども俺は、いつも通り、頭の中がパンパンになっておりまして……
聞きたい事は山ほどあるはずなのに、なかなか言葉が出てきません、はい。
「さっき、私達に話してくれた事は、モッモにも伝えたわ。それ以外で……、何かある? モッモ??」
グレコが、聞きたい事があるなら早く聞いちゃいなさい、ってな雰囲気で、グイグイしてくる。
「えと……、じゃあ……、えと…………」
頭の中を整理しようと、俺はこめかみに両手を当てる。
(そんな事したって、大した意味は無いけどね)
「まだ夜は長いポよ、ゆっくり考えて大丈夫ポね、モッモちゃん。珈琲でも淹れるポか」
ノリリアの言葉に、壁に掛けられている振り子時計をチラリと見やる俺。
時刻は午後8時を過ぎているが、暗くなった外からはまだ、騎士団メンバーがあれやこれやと作業している声が聞こえている。
加えて俺は、昼間ずーっと寝ていたわけで……、全然眠くない。
「モッモさんが考えている間に、私がいくつか質問してもよろしいですか?」
パロット学士がアイビーに尋ねる。
「あぁ勿論、構わないよ」
爽やかに答えるアイビーと、鼻息荒くローブの懐からノートとペンを取り出すパロット学士と、完全に横取りされて沈黙する俺。
「ではお言葉に甘えて……。先程の会議で聞きそびれた事がいくつかありまして……、ごほんっ! アイビーさんは、故アーレイク・ピタラス大魔導師の記憶の一部を引き継いでおり、封魔の塔の造りと、その内容についても熟知しておられた、とお聞きしましたが、塔の入り口の脇に存在している、あの石碑についてはどうなのでしょう? ヴァルディア語で書かれた、茶色の岩塊の事です。あれについて、何か覚えはありますか??」
ふむ、どうやらパロット学士は、封魔の塔の入り口の近くにあった、何の変哲も無い茶色い岩に残された、塔の攻略に関する注意書きのようなものについて質問しているようだ。
確か……、あの石碑のおかげで、各島に渡ったアーレイク・ピタラスの弟子達が、塔の攻略に関する鍵を持っていて、それが各島に残されているのではないか、という推測に繋がったわけだよな。
つまり、あの石碑が存在し無かったら、騎士団のみんなも俺達も、この今の現状までは辿り着けなかったという事だ。
「あぁ、あれはね……。予知した己の死が実現されなかったアーレイク・ピタラスが、それまでに見た全ての予知を疑って、それでも尚、未来を信じて残したものさ」
ほう? という事は、つまり……??
「では、あれを残したのは、故アーレイク・ピタラス大魔導師自身であったという事ですな???」
「そういう事だよ。アーレイクは、クトゥルーと一戦交えた後、己の浅はかさをまざまざと思い知った。求める未来が訪れないかも知れないという、それまでに感じた事の無い恐怖もね……。だから彼は、僕達がここまで辿り着けるようにと、とても分かり易いヒントを残したわけだよ」
ふむ、なるほどね~。
「なるほどなるほど。しかし、そうなると……、一つ疑問が残りますな。何故、故アーレイク・ピタラス大魔導師は、塔の内部調査に向かう人数を十二としたのでしょう? 何か意味があっての事なのでしょうか??」
「そうだね。結論から言うと、アーレイク・ピタラスは、十三人目を塔の中へ入れたく無かったんだ。その理由は至極簡単だ。彼が見たいくつかの未来の中で、十三人目の挑戦者が、クトゥルーだったからさ。となると、塔を守る為には、最初から塔に入れる挑戦者の数を十二人に定めればいい、そう考えたんだろうね。残念ながら、その作戦は上手くはいかなかったけどね」
ふむふむ、なるほどね~。
「なるほどなるほど。では、次の質問に……。封魔の塔の建設に関してですが、ドワーフ族の故コチャン・ベナフグ・デタラッタ氏。彼が、封魔の塔の建設の全責任者であった……、これは間違いありませんか?」
「うん、そうだね。設計に建設、材料調達やその他細々とした事まで、全てコチャンが請け負ってくれた。だけど、コチャンはあくまでも、サルバトルの一員として、力場の封印の為にこの塔を造ると言っていた。ユディンの事や、アーレイクの時の神の使者としての役目、調停者として成そうとしている事に関しては、あまり首を突っ込みたく無いと言っていたよ。それでも、あれだけの塔を建ててくれた……。コチャンには、感謝しても仕切れないという強い思いが、アーレイクの中にはあったようだね。だからだろうな、アーレイクは、封魔の塔の完成と共に、コチャンをここから逃している。その後の戦いに、彼を巻き込まない為にね。だから……、その後のコチャンの行方は、僕にも分からないんだ」
ふむふむふむ、そうだったのか~。
「なるほど、そうだったのですね。テッチャさんからコチャン氏の話を聞きまして、それとなく予想はしていたのですが……。恐らく彼は、ここを去った後に、世界各地で様々な建造物の建設を行ったはずです。未だ造り手が解明されていない幾つかの謎の遺跡……。その造りや装飾が、この封魔の塔と非常に似通っている物が、私の知っている限りでは数箇所ありますので。それでですね……、これは今回のプロジェクトとは関係の無い質問になるのですが……。故コチャン・ベナフグ・デタラッタ氏は、秘密結社サルバトルの一員であった。それ故に、この封魔の塔以外にも、力場と呼ばれるものの封印に関わった可能性があると……、私はそう考えているのですが、どうでしょう?」
「大いに有り得る話だね。だけども、さっき言ったように、コチャンがここを去った後の事は分からない。だから断言は出来ないよ。加えて、この島に来るまでに、彼が何をしてきたのかも、僕には分からない。この封魔の塔以外にも、サルバトルの活動の一環で、力場の封印に関わっていたか否かも定かじゃ無い。ただ一つだけ、コチャンのポリシーというか……、自分の中にルールがあってね。自らが造り上げた物には、決して、自らの痕跡を残さない事。コチャンはそれを徹底していたよ。ドワーフ族の職人は、自らが造り上げたものに印と呼ばれる証を残す事が世間一般的に知られているが、コチャンはこれを一切し無かった。恐らく、自らの身の上……、次期国王という身分だというのに、秘密結社サルバトルに組みしている事で、祖国に迷惑をかけたく無かったんだと思う。五百年前の当時から、サルバトルの活動には、決して良い噂が無かったからね。デタラッタ王国の名を汚さないように、コチャンは自らの創作物には一つも印を残さなかったんだ。だが逆に考えると、数百年前の建造物で、封魔の塔のそれと似通った造りのもので、尚且つ造り手の印が見当たらない物ならば……、コチャンの創作物である可能性が高いと、僕は思うよ」
ふ、ふむふむ……、なるほどねぇ……
ちょっと、アイビーの説明が長過ぎて、何言ってるのか最後の方分からなくなったぞ。
「なるほど、確かに……。となると……。帰国後に、幾つかの遺跡を調査する必要がありますな。それで……、あ、そうそう、そうですよ。その力場についてなのですが、現在のフーガの学会では、その存在すら認識されていないはず……。そもそも力場とは、具体的に何なのでしょう? 高濃度の魔素の集合体であると、ノリリアは表現しておりましたが……」
そう言って、キッチンで珈琲を淹れるノリリアに、チラリと視線を向けるパロット学士。
「ポポゥ、集合体というか……、もはや結晶のようにあたちには見えたポよ。魔素がこう、ギューッと一箇所に集まって、石みたいになって……」
おにぎりを作っているかのような手の動きをしながら、ノリリアはそう言った。
こう、ギュッギュッて、しています。
「力場については、僕も詳しくは分からない。アーレイクの記憶も曖昧でね。だけど、力場が最初に確認されたのは、フーガの王都フゲッタだ。第74代国王ゾロモンが起こしたあの事件……、フゲッタ上空に突如、魔界へ繋がる大時空穴が発生したのは、近くに力場の存在があったかららしい。それで……、フゲッタに出現した力場は、王都内で一時的に魔素濃度が高まったからだと、サルテルは定義していたはずだよ。つまり、力場は魔素濃度が高い地域に自然発生するものなんだ。それだというのに、その全てを崩壊の陣で消滅させるなんて、出来るわけが無い……。確かに、現在のフーガの学界は勿論、一般市民に等しい一介のギルドの僕達には、知る由もないものだろう。だけど、国王とその側近、五大貴族の君主などは、恐らくその存在を知っているはずさ。表に出さないだけでね」
ふむ、トップシークレットってやつですかな?
「となると……。ノリリア、報告書は如何にして……?」
パロット学士の問い掛けに、出来上がった珈琲をカップに注ぎ終えたノリリアは、胸を張ってこう言った。
「勿論、ありのままを書くポよ! 国王や五大貴族しか知り得ない存在なんて、知らないポ!! あたちは、見たものを、見た通りに報告するポね!!! それで誰が困ろうと、知ったこっちゃ無いポッ!!!!」
ノリリアの言葉に、パロット学士は苦笑いし、アイビーは「はははっ!」と声を上げて笑った。
「ま、まぁ……、ノリリアがそうしたいのなら、止めはしませんが……、オッホン! では、最後の質問に……。ふぅ……、最後の質問は、学士としてではなく、私個人の……、あなたの友であるパロット・ガジェットからの質問です」
それまでとは少し声色を変えて、パロット学士は問い掛ける。
「アイビー・ルフォシリアン。私が白薔薇の騎士団に入団して以降、あなたとはかれこれ10年以上を共に過ごしてきました。その中で、あなたの秘密を知らなかった事は大変遺憾であり……。いえ、あなたを責めたいわけじゃ無いのです。ただ、自分が情け無くて……」
俯き、膝の上でギュッと拳を握り締めるパロット学士。
気まずい空気が流れるものの、アイビーは決して、パロット学士から目を背けない。
「ですが、問わずにはいられません。あなたは、私達の仲間ですか? これまでも、これからも……?? アイビー・ルフォシリアン、今後あなたは、どうなさるおつもりでしょうか???」
泣きそうな顔で、アイビーを見つめるパロット学士。
ノリリアも、ギュッと口を真一文字に結んで、その答えを待つ。
するとアイビーは……
「うん……、そうだよね……。ずっと一緒にいたのに……、黙っていて、ごめんなさい。正直なところ、僕はこれまで、みんなとは必要以上に関わらないようにしてきたんだ。親しくなり過ぎ無いように、自分なりに壁を作って……。その理由は、いつか、失ってしまうかも知れないから……。アーレイク・ピタラスの記憶の中にある、沢山の未来予知、その情景……。それら全てに、仲間の死が存在した。僕自身の死も、何度も見てきた。だから……、怖かったんだよ。仲間を亡くし、絶望する事が、怖かった……」
目に涙をいっぱい溜めながら、話し続ける。
「けど、あの時……、悪魔カイムの攻撃を受けて、僕が重傷を負った時。これまでしてきた僕の行動は、何一つ意味が無かったのだと、ようやく気付いたよ。興奮状態になるほど、怒ってくれたノリリア。必死に命を救おうとしてくれたロビンズ、サン、エクリュ。それに、他のみんなも、あんなに心配してくれて……。僕は気付いてしまった。既にもう、みんな、僕の大切な仲間だったんだって」
ポタリ、ポタリと、テーブルの上に零れ落ちるアイビーの涙。
次々に流れ落ちるその涙と共に、堰を切ったように、アイビーは本音を話し始める。
「だから……、だから僕は、一人で塔に向かったんだ。僕みたいな、力の無いハーフエルフ如きに、神代の悪霊であるクトゥルーをどうにか出来るはずが無いって、頭では分かっていたけれど……。でも、どうにか自らの死のみで済む未来を……、僕以外のみんなを救う事の出来る未来を選ぶ為に、僕は……。でも、それも駄目だった。七つの試練を乗り越えて地下に向かえるのは、モッモ君一人だけだと思っていた。だけどそこには、ライラックに化けたクトゥルーと、人質になったノリリアがいた。どの未来が進行しているのか、もはや僕には理解出来なかった。でも、ユディンの口から、五百年前の真実を聞いて……、アーレイクが生き延びたのは、彼の未来予知が外れたわけじゃなく、ユディンがアーレイクを心の底から友達だと思っていたからだったんだって、知った。アーレイクがそうだったように、僕も結局は、仲間を信じていなかったんだ。自分一人で、全てを背負って……。またしても僕は、死の間際で、己の浅はかさに気付いたんだ。だけど……、それも違っていた。ノリリアは、あの化け物を前にしても、最後まで付き合うと言ってくれた。その言葉を聞いた時に僕は、心の奥からホッとして、安堵して……。沢山の秘密を隠して、壁を作っていたはずなのに、僕は……。僕も、きっと……、ずっと前から、君達の仲間……、友達だったんだよ。だから、だからね、僕は……。これからもずっと、みんなと、一緒に……、白薔薇の騎士団の、一員で……、みんなの仲間で、いたいんだよ」
涙でグジャグジャになった、アイビーのイケメン顔。
その向かい側では、同じ様にグジャグジャになった、パロット学士。
そして、キッチンに立つノリリアも、可愛らしいお顔がグジャグジャで……
「あ~あ! パロット学士のせいで、みんな泣いちゃったじゃないの!!」
悪戯にそう言ったグレコの目にも、大粒の涙が溜まっていた。
かくいう俺は、人知れず大号泣しており、顔面の毛が全て湿って、ぺたんと顔に張り付いていた。
優しく微笑むアイビー。
だけども俺は、いつも通り、頭の中がパンパンになっておりまして……
聞きたい事は山ほどあるはずなのに、なかなか言葉が出てきません、はい。
「さっき、私達に話してくれた事は、モッモにも伝えたわ。それ以外で……、何かある? モッモ??」
グレコが、聞きたい事があるなら早く聞いちゃいなさい、ってな雰囲気で、グイグイしてくる。
「えと……、じゃあ……、えと…………」
頭の中を整理しようと、俺はこめかみに両手を当てる。
(そんな事したって、大した意味は無いけどね)
「まだ夜は長いポよ、ゆっくり考えて大丈夫ポね、モッモちゃん。珈琲でも淹れるポか」
ノリリアの言葉に、壁に掛けられている振り子時計をチラリと見やる俺。
時刻は午後8時を過ぎているが、暗くなった外からはまだ、騎士団メンバーがあれやこれやと作業している声が聞こえている。
加えて俺は、昼間ずーっと寝ていたわけで……、全然眠くない。
「モッモさんが考えている間に、私がいくつか質問してもよろしいですか?」
パロット学士がアイビーに尋ねる。
「あぁ勿論、構わないよ」
爽やかに答えるアイビーと、鼻息荒くローブの懐からノートとペンを取り出すパロット学士と、完全に横取りされて沈黙する俺。
「ではお言葉に甘えて……。先程の会議で聞きそびれた事がいくつかありまして……、ごほんっ! アイビーさんは、故アーレイク・ピタラス大魔導師の記憶の一部を引き継いでおり、封魔の塔の造りと、その内容についても熟知しておられた、とお聞きしましたが、塔の入り口の脇に存在している、あの石碑についてはどうなのでしょう? ヴァルディア語で書かれた、茶色の岩塊の事です。あれについて、何か覚えはありますか??」
ふむ、どうやらパロット学士は、封魔の塔の入り口の近くにあった、何の変哲も無い茶色い岩に残された、塔の攻略に関する注意書きのようなものについて質問しているようだ。
確か……、あの石碑のおかげで、各島に渡ったアーレイク・ピタラスの弟子達が、塔の攻略に関する鍵を持っていて、それが各島に残されているのではないか、という推測に繋がったわけだよな。
つまり、あの石碑が存在し無かったら、騎士団のみんなも俺達も、この今の現状までは辿り着けなかったという事だ。
「あぁ、あれはね……。予知した己の死が実現されなかったアーレイク・ピタラスが、それまでに見た全ての予知を疑って、それでも尚、未来を信じて残したものさ」
ほう? という事は、つまり……??
「では、あれを残したのは、故アーレイク・ピタラス大魔導師自身であったという事ですな???」
「そういう事だよ。アーレイクは、クトゥルーと一戦交えた後、己の浅はかさをまざまざと思い知った。求める未来が訪れないかも知れないという、それまでに感じた事の無い恐怖もね……。だから彼は、僕達がここまで辿り着けるようにと、とても分かり易いヒントを残したわけだよ」
ふむ、なるほどね~。
「なるほどなるほど。しかし、そうなると……、一つ疑問が残りますな。何故、故アーレイク・ピタラス大魔導師は、塔の内部調査に向かう人数を十二としたのでしょう? 何か意味があっての事なのでしょうか??」
「そうだね。結論から言うと、アーレイク・ピタラスは、十三人目を塔の中へ入れたく無かったんだ。その理由は至極簡単だ。彼が見たいくつかの未来の中で、十三人目の挑戦者が、クトゥルーだったからさ。となると、塔を守る為には、最初から塔に入れる挑戦者の数を十二人に定めればいい、そう考えたんだろうね。残念ながら、その作戦は上手くはいかなかったけどね」
ふむふむ、なるほどね~。
「なるほどなるほど。では、次の質問に……。封魔の塔の建設に関してですが、ドワーフ族の故コチャン・ベナフグ・デタラッタ氏。彼が、封魔の塔の建設の全責任者であった……、これは間違いありませんか?」
「うん、そうだね。設計に建設、材料調達やその他細々とした事まで、全てコチャンが請け負ってくれた。だけど、コチャンはあくまでも、サルバトルの一員として、力場の封印の為にこの塔を造ると言っていた。ユディンの事や、アーレイクの時の神の使者としての役目、調停者として成そうとしている事に関しては、あまり首を突っ込みたく無いと言っていたよ。それでも、あれだけの塔を建ててくれた……。コチャンには、感謝しても仕切れないという強い思いが、アーレイクの中にはあったようだね。だからだろうな、アーレイクは、封魔の塔の完成と共に、コチャンをここから逃している。その後の戦いに、彼を巻き込まない為にね。だから……、その後のコチャンの行方は、僕にも分からないんだ」
ふむふむふむ、そうだったのか~。
「なるほど、そうだったのですね。テッチャさんからコチャン氏の話を聞きまして、それとなく予想はしていたのですが……。恐らく彼は、ここを去った後に、世界各地で様々な建造物の建設を行ったはずです。未だ造り手が解明されていない幾つかの謎の遺跡……。その造りや装飾が、この封魔の塔と非常に似通っている物が、私の知っている限りでは数箇所ありますので。それでですね……、これは今回のプロジェクトとは関係の無い質問になるのですが……。故コチャン・ベナフグ・デタラッタ氏は、秘密結社サルバトルの一員であった。それ故に、この封魔の塔以外にも、力場と呼ばれるものの封印に関わった可能性があると……、私はそう考えているのですが、どうでしょう?」
「大いに有り得る話だね。だけども、さっき言ったように、コチャンがここを去った後の事は分からない。だから断言は出来ないよ。加えて、この島に来るまでに、彼が何をしてきたのかも、僕には分からない。この封魔の塔以外にも、サルバトルの活動の一環で、力場の封印に関わっていたか否かも定かじゃ無い。ただ一つだけ、コチャンのポリシーというか……、自分の中にルールがあってね。自らが造り上げた物には、決して、自らの痕跡を残さない事。コチャンはそれを徹底していたよ。ドワーフ族の職人は、自らが造り上げたものに印と呼ばれる証を残す事が世間一般的に知られているが、コチャンはこれを一切し無かった。恐らく、自らの身の上……、次期国王という身分だというのに、秘密結社サルバトルに組みしている事で、祖国に迷惑をかけたく無かったんだと思う。五百年前の当時から、サルバトルの活動には、決して良い噂が無かったからね。デタラッタ王国の名を汚さないように、コチャンは自らの創作物には一つも印を残さなかったんだ。だが逆に考えると、数百年前の建造物で、封魔の塔のそれと似通った造りのもので、尚且つ造り手の印が見当たらない物ならば……、コチャンの創作物である可能性が高いと、僕は思うよ」
ふ、ふむふむ……、なるほどねぇ……
ちょっと、アイビーの説明が長過ぎて、何言ってるのか最後の方分からなくなったぞ。
「なるほど、確かに……。となると……。帰国後に、幾つかの遺跡を調査する必要がありますな。それで……、あ、そうそう、そうですよ。その力場についてなのですが、現在のフーガの学会では、その存在すら認識されていないはず……。そもそも力場とは、具体的に何なのでしょう? 高濃度の魔素の集合体であると、ノリリアは表現しておりましたが……」
そう言って、キッチンで珈琲を淹れるノリリアに、チラリと視線を向けるパロット学士。
「ポポゥ、集合体というか……、もはや結晶のようにあたちには見えたポよ。魔素がこう、ギューッと一箇所に集まって、石みたいになって……」
おにぎりを作っているかのような手の動きをしながら、ノリリアはそう言った。
こう、ギュッギュッて、しています。
「力場については、僕も詳しくは分からない。アーレイクの記憶も曖昧でね。だけど、力場が最初に確認されたのは、フーガの王都フゲッタだ。第74代国王ゾロモンが起こしたあの事件……、フゲッタ上空に突如、魔界へ繋がる大時空穴が発生したのは、近くに力場の存在があったかららしい。それで……、フゲッタに出現した力場は、王都内で一時的に魔素濃度が高まったからだと、サルテルは定義していたはずだよ。つまり、力場は魔素濃度が高い地域に自然発生するものなんだ。それだというのに、その全てを崩壊の陣で消滅させるなんて、出来るわけが無い……。確かに、現在のフーガの学界は勿論、一般市民に等しい一介のギルドの僕達には、知る由もないものだろう。だけど、国王とその側近、五大貴族の君主などは、恐らくその存在を知っているはずさ。表に出さないだけでね」
ふむ、トップシークレットってやつですかな?
「となると……。ノリリア、報告書は如何にして……?」
パロット学士の問い掛けに、出来上がった珈琲をカップに注ぎ終えたノリリアは、胸を張ってこう言った。
「勿論、ありのままを書くポよ! 国王や五大貴族しか知り得ない存在なんて、知らないポ!! あたちは、見たものを、見た通りに報告するポね!!! それで誰が困ろうと、知ったこっちゃ無いポッ!!!!」
ノリリアの言葉に、パロット学士は苦笑いし、アイビーは「はははっ!」と声を上げて笑った。
「ま、まぁ……、ノリリアがそうしたいのなら、止めはしませんが……、オッホン! では、最後の質問に……。ふぅ……、最後の質問は、学士としてではなく、私個人の……、あなたの友であるパロット・ガジェットからの質問です」
それまでとは少し声色を変えて、パロット学士は問い掛ける。
「アイビー・ルフォシリアン。私が白薔薇の騎士団に入団して以降、あなたとはかれこれ10年以上を共に過ごしてきました。その中で、あなたの秘密を知らなかった事は大変遺憾であり……。いえ、あなたを責めたいわけじゃ無いのです。ただ、自分が情け無くて……」
俯き、膝の上でギュッと拳を握り締めるパロット学士。
気まずい空気が流れるものの、アイビーは決して、パロット学士から目を背けない。
「ですが、問わずにはいられません。あなたは、私達の仲間ですか? これまでも、これからも……?? アイビー・ルフォシリアン、今後あなたは、どうなさるおつもりでしょうか???」
泣きそうな顔で、アイビーを見つめるパロット学士。
ノリリアも、ギュッと口を真一文字に結んで、その答えを待つ。
するとアイビーは……
「うん……、そうだよね……。ずっと一緒にいたのに……、黙っていて、ごめんなさい。正直なところ、僕はこれまで、みんなとは必要以上に関わらないようにしてきたんだ。親しくなり過ぎ無いように、自分なりに壁を作って……。その理由は、いつか、失ってしまうかも知れないから……。アーレイク・ピタラスの記憶の中にある、沢山の未来予知、その情景……。それら全てに、仲間の死が存在した。僕自身の死も、何度も見てきた。だから……、怖かったんだよ。仲間を亡くし、絶望する事が、怖かった……」
目に涙をいっぱい溜めながら、話し続ける。
「けど、あの時……、悪魔カイムの攻撃を受けて、僕が重傷を負った時。これまでしてきた僕の行動は、何一つ意味が無かったのだと、ようやく気付いたよ。興奮状態になるほど、怒ってくれたノリリア。必死に命を救おうとしてくれたロビンズ、サン、エクリュ。それに、他のみんなも、あんなに心配してくれて……。僕は気付いてしまった。既にもう、みんな、僕の大切な仲間だったんだって」
ポタリ、ポタリと、テーブルの上に零れ落ちるアイビーの涙。
次々に流れ落ちるその涙と共に、堰を切ったように、アイビーは本音を話し始める。
「だから……、だから僕は、一人で塔に向かったんだ。僕みたいな、力の無いハーフエルフ如きに、神代の悪霊であるクトゥルーをどうにか出来るはずが無いって、頭では分かっていたけれど……。でも、どうにか自らの死のみで済む未来を……、僕以外のみんなを救う事の出来る未来を選ぶ為に、僕は……。でも、それも駄目だった。七つの試練を乗り越えて地下に向かえるのは、モッモ君一人だけだと思っていた。だけどそこには、ライラックに化けたクトゥルーと、人質になったノリリアがいた。どの未来が進行しているのか、もはや僕には理解出来なかった。でも、ユディンの口から、五百年前の真実を聞いて……、アーレイクが生き延びたのは、彼の未来予知が外れたわけじゃなく、ユディンがアーレイクを心の底から友達だと思っていたからだったんだって、知った。アーレイクがそうだったように、僕も結局は、仲間を信じていなかったんだ。自分一人で、全てを背負って……。またしても僕は、死の間際で、己の浅はかさに気付いたんだ。だけど……、それも違っていた。ノリリアは、あの化け物を前にしても、最後まで付き合うと言ってくれた。その言葉を聞いた時に僕は、心の奥からホッとして、安堵して……。沢山の秘密を隠して、壁を作っていたはずなのに、僕は……。僕も、きっと……、ずっと前から、君達の仲間……、友達だったんだよ。だから、だからね、僕は……。これからもずっと、みんなと、一緒に……、白薔薇の騎士団の、一員で……、みんなの仲間で、いたいんだよ」
涙でグジャグジャになった、アイビーのイケメン顔。
その向かい側では、同じ様にグジャグジャになった、パロット学士。
そして、キッチンに立つノリリアも、可愛らしいお顔がグジャグジャで……
「あ~あ! パロット学士のせいで、みんな泣いちゃったじゃないの!!」
悪戯にそう言ったグレコの目にも、大粒の涙が溜まっていた。
かくいう俺は、人知れず大号泣しており、顔面の毛が全て湿って、ぺたんと顔に張り付いていた。
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