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★ピタラス諸島第五、アーレイク島編★

733:そろそろお開きにしようぜぇ?

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「国王だ……。ウルテル様……?」

 混乱した様子で呟くマシコット。
 そのお顔の炎は小さくなっていて、先程までの勢いが嘘のように鎮まってしまっている。

「国王様……? これはいったい、どういう事なのです?? 何の目的があって、このような事をっ!?」

 かなり動揺しながらも、ハッキリとした口調で問い掛けるインディゴ。
 しかし、杖を持つその手は震えていた。

 他の騎士団メンバーも同様に、戸惑い、狼狽えて、先程までの気迫が綺麗さっぱり消え去ってしまっている。
 それほどまでに、この目の前に現れたクトゥルーの正体が魔法王国フーガの現国王ウルテルであるという事実は、皆にとって衝撃的だったようだ。
 かくいう俺も、頭の中がグルグルと回っていて……

 えっ!? クトゥルーって、フーガの王様だったの!??
 待って待って待って……、いろいろおかしくないか……?
 そもそもノリリア達は、フーガの王様直々の依頼で、ピタラス諸島の調査に乗り出したんだよな??
 じゃあ……、そこから???
 そこからずっと、俺達はみんな、クトゥルーに翻弄されていたと!?!?

 言葉を失う俺達に対して、国王ウルテルの姿となったクトゥルーは、優しげな笑みを讃えながらこう言った。

『ふむ……、皆が混乱するのも無理は無い。しかしこれは、最初から決められていた事。即ち運命なのだ。受け入れる他、お前達に道は無い。さぁ、杖を下げよ。平伏し、我にこうべを垂れるのだ』

 さっきまでとはまるで別人のような物言いに、俺は違和感を感じると共に寒気を覚えた。

 本当に、クトゥルーが、フーガの王様なのか……?
 だったら、今までのは全部、何だったんだ??
 何の為にこんな……???

 ギンロに担がれたままの、傷だらけのノリリアとアイビーを見つめ、俺の心は沈黙する。
 もはや理解の範疇を越え過ぎている。
 全ての意味が、分からなさ過ぎて……

 俺と同じ思いなのだろう、騎士団の皆は士気が削がれたような顔をして、そっと杖を下ろし、魔導書を閉じようとした……、その時だ。

「はっ! おまいが国王だって!? 嘘も大概にしろっ!! この化け物めっ!!!」

 カービィが叫んだ。
 その目はクトゥルーを睨み付け、杖の先を真っ直ぐに向けて、魔導書には虹色の光が宿っている。
 今にも攻撃を仕掛けそうなカービィに対して、
 
「カービィさん!? 相手は国王ですよっ!?? 杖を下ろしなさいっ!!!」

 そう言ったのはカナリーだ。
 天使のような美しい顔で、カービィをキッ!と戒めた。

「アホ抜かせっ! よぉ~く見てみろっ!! あいつ、チンチンねぇ~じゃねぇかぁっ!!!」

 めちゃくちゃ真面目な顔で、叫ぶカービィ。
 その言葉に、周りの俺達は一瞬の間、沈黙してしまう。

 チ……、チンチンだとぉっ!?
 そこぉおっ!!?
 国王かどうかの判断そこなのぉおっ!!??

 カービィの、理解し難い判断基準によって、ここにいる全員がますます混乱していく。
 そんな中、今度は俺の隣にいるグレコが……

「仮にあいつが国王だとして……、許せるの? ノリリアとアイビーをこんな目に遭わせたあいつを、みんなは許せるの!? 私は絶対……、絶対許さないわよっ!!!」

 何やらめちゃくちゃヒートアップした様子で、黒い荊の矢を魔力で生成し、キリキリと音が鳴るほどに力を込めて、魔法弓を構えているではありませんか。

 だっ、駄目だよグレコ! 
 相手は王様なんだよ!?
 そんな、矢で射っちゃ……、いや、さっきもう射っちゃってるねあんたっ!!?
 今更だねっ!!??

「グレコに、同意。敵は、排除する」

 カウンターを食らったはずなのに、ピンピンしているティカが立ち上がる。

 ちょっと待ってティカ!
 今立て込んでるから、参戦するのはちょっと待って!!

「あの化け物が国王じゃと? それが真実ならば、フーガはどうなっとるんじゃ……??」

 ツルツル頭に冷や汗を垂らしながら、テッチャが呟く。
 此方は足がガタガタと震えており、怖くてその場から動けないようだ。
 つまり、特に心配はしなくて良さそうだ。
 問題は……、あっちだな。

 そう思って、俺はチラリと視線を向けた。
 魔法陣の外側に立つ、毛むくじゃらのあいつ。
 両手に魔法剣を握ってはいるものの、アイビーとノリリアを担いでいるし、さすがに無茶はしないと思うのだが……
 獲物を狙う野獣が如きその鋭い視線は、真っ直ぐにクトゥルーに向けられており、大きな口は威嚇しているかのように吊り上がっていて、真っ白な牙が覗いている。
 そして「グルルルル~」という、犬科の動物が怒っている時にするあの鳴き声が、小さいながらも俺には聞こえているのだ。

 ギンロ! ステイッ!!
 その場でステイだよっ!!!

『ははははは、威勢が良いな。しかし、そのような戯言は、自らの地位を危ぶめるぞ? カービィ・アド・ウェルサーよ』

 グレコやその他の事は完全無視して、カービィに話し掛けるクトゥルー。
 さっきまでの触手タコ姿も気持ち悪かったけど、見知らぬおじさんが厭らしくニヤニヤと笑う様は、それはそれでなんとも不気味である。
 
「地位だと!? おいらに地位なんかねぇよっ!!!」

 ドーンと胸を張るカービィ。

『そうか? ならばこうしよう……。国王に対する貴様の無礼な態度、その謀反によって、貴様が属するアド家を貴族会から除籍し、全ての貴族特権を未来永劫剥奪する!!! くくくくっ……、さぞかしアド家は迷惑であろうなぁ~??』

 ビシッ! とカービィを指差して、クトゥルーは叫んだ。
 その言葉に、騎士団メンバーは皆、口を大きく開けて固まっている。
 皆言葉にこそ出さないが、「なんて事だ!?」っていう感じの表情で、驚愕しているのだ。

 だがしかし……、俺には、クトゥルーが何を言っているのか、全くもって意味が分からない。
 
 アド家? 貴族特権??
 いったい何の話をしてるんだ……???

 クエスチョンマークが頭の上に多発する俺。
 しかしながら、そんな俺の事なんか全く気にしてないカービィが、
 
「そんなハッタリが通用するとでも思ってんなら大間違いだぞっ! おまいからは魔力のカケラも感じられねぇっ!! そんなおまいが、魔法王国フーガの頂点に立つ国王であるはずがねぇんだよっ!!!」

 さっきのチンチン発言が信じられないくらい、至極まともな見解を返したではないか。
 そしてそれは、完全に的を得ていたらしい。
 俺には、相手に魔力があるのか無いのかなんて全く分からないけれど、騎士団メンバーはカービィの言葉にハッとした表情になっている。
 恐らく皆、カービィの言うように、目の前のクトゥルーからは全く魔力を感じていないのだろう。

「そうだ……。国王ならば、もっと凄まじい魔力を放っているはずだ」

 ロビンズが、誰に言うでもなく口にする。

「その通りです。ならばやはり、あの者は偽物……。国王の姿に化けるなど、言語道断です!」

 チリアンはそう言って、怒りを込めた瞳でクトゥルーを睨み付けた。

 他の騎士団メンバー達も、互いに目と目を合わせて頷き合い……
 徐々に、皆の心に怒りの炎が湧き上がっていくのを、俺は感じていた。

「モッモ!!!」

「ひゃいっ!?」

 突然カービィに名前を呼ばれ、俺は驚いて裏声になり、ついでに小さくジャンプした。

「確認だが、あいつが神代の悪霊、クトゥルーなんだよなっ!?」

「えっ!? う……、うんっ!」

 めちゃくちゃ今更な確認だな!
 むしろ今まで、あいつの事何だと思ってたんだっ!?

「じゃあっ! あいつは国王なんかじゃねぇっ!! 偽物だぁあっ!!!」

 カービィの言葉に突き動かされるかのように、騎士団メンバーの皆に士気が戻る。

「みんなっ! モッモ君とカービィさんの言葉を信じようっ!! 構えっ!!!」

 号令をかけるマシコットと、それに従って、杖と魔導書を構える騎士団メンバー。
 皆が再び、臨戦体制となった。

『ふふふふふ……、ふははははははははっ!!!』

 ヒィイィィッ!?
 今度はクトゥルーが突然笑い出したっ!!?

『面白い……、実に面白いなぁ、魔導師達よぉ~。一筋縄じゃいかねぇってのも悪くねぇ~』

 さっきまでの、いかにも国王じみた喋り口調をやめて、元の雰囲気に戻ったクトゥルーは、虹色の瞳を煌めかせながら、その視線をカービィに向けた。

 カービィは、魔力が無い俺でも分かるほどに、己の中にある魔力をどんどん高めていっている。
 その証拠に、身体中からピンク色をした魔力のオーラが溢れ出し、周囲には風など吹いていないというのに、纏っている白いローブがフワフワとなびいているのだ。
 握り締めた杖の先からは眩い光が溢れ、宙に浮かぶ魔導書は虹色の光を放ちながら、ひとりでにパラパラとページがめくられていた。

『けどなぁ、カービィ……。お前、偉そうな事言ってるけどよぉ~、これまでに一度でも、守りたいものを守れた事、あるのかぁ~?』

 ニタニタと笑いながら、舐め回すようにカービィを見つめるクトゥルー。

「何が言いてぇっ!? ハッキリ言いやがれぇっ!!?」

 怒りのボルテージが最高潮に達しているのか、いつもより数段大きな声で噛み付くカービィ。
 するとクトゥルーは……

『いいのかぁ? ここにはジオーナもトゥエガもいないぜぇ?? お前が暴走したら、誰が助けてくれるんだろうなぁ~??? もし、ここにいる誰も、お前を止められなかったら……。次はいったい、何人が死ぬんだろうなぁ~????』

 クトゥルーの言葉に対しカービィは、一瞬時が止まってしまったかのように、呼吸を止めた。
 そして、ほんの少しだが、高めていたはずの魔力が、揺らいだように感じられた。

「おまい……。なんで、知ってんだ……?」

 独り言のように呟くカービィ。
 その額には、大粒の汗が浮かんでいる。

「カービィ!? しっかりしなさいっ!!?」

 動揺するカービィに向かって、グレコが叫ぶ。
 すると今度は、グレコの事をじっと見つめるクトゥルー。
 そして……

『ふ~ん、ブラッドエルフねぇ……。だったらお前、知りたくねぇか? 血を求めずに済む方法をよぉ~。そしたらよぉ、お前の里の仲間達も、ぜぇ~んぶ救える。今ここで俺の配下に加わるなら、その呪いを解く方法、教えてやってもいいぜぇ~??』

 ニヤリと笑いながら、そんな事を口走ったでは無いか。
 グレコは、表情こそ変えないものの、ごくりと生唾を飲み込んだ。

『はははっ! そうだよなぁ~? どんだけ強がっててもよぉ~、結局のところ、一番可愛いのは自分だよなぁ~?? はっはっはっはぁっ!!』

 声を上げて笑うクトゥルー。
 グレコも、カービィも、クトゥルーの言葉にギリギリと歯を食いしばった。

 奴が何に面白味を感じ、何故嬉々としているのか、俺には全くもって理解不能だ。
 しかし今、一つだけ理解した事がある。
 こんな状況……、魔導師に周りを囲まれて、杖を向けられて、普通ならば絶体絶命な状況であるにも関わらず、クトゥルーは余裕なのだ。
 それ即ち、まだ己に勝機があるのだと、クトゥルーが感じている事に他ならない。

『モッモ~、お前の冒険ごっこにもう少し付き合ってやりてぇ気持ちもあるが……、そろそろお開きにしようぜぇ?』

 そう言ってクトゥルーは、俺を見てニヤリと笑った。
 そして、両手を高々と広げて、叫んだ。

『さぁ~、時は来たぁ! 今ここで再び、魔界へと繋がる穴を開こうじゃねぇかぁっ!! そうして始まるんだ、新たなる時代が……。カオスの名に相応しい、混沌とした世界を、この俺が創り上げるんだぁあっ!!!』

 その声は、まるで拡声器を使ったかのようにどデカい音量で、周囲に響き渡った。
 ビリビリと空気が波打ち、耳の奥がツーンと痛くなって、思わず顔をしかめる俺。
 ……と、次の瞬間!

「うぉっ!?」

「くぅうっ!??」

「あぁあぁぁっ!?!?」

 周りのみんなが、次々に呻き声を上げながら、両手で頭を押さえてその場にうずくまり出したではないか。

 どっ!?
 どうしたのっ!??
 みんなぁあっ!!??
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