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★ピタラス諸島第五、アーレイク島編★

704:ノリリアの話

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 金の扉を通り、塔内の昇降機へと、俺達三人は戻ってきた。

『第七の試練! 終了~!! これにて全ての試練が終了した!!! よって、ここに残っている貴様達は、挑戦者の資格を剥奪され、新たにこの塔の制覇者の資格を与えられる!!!! さぁ、その鍵でもって、最上階へと進むが良いっ!!!!!』

 リブロ・プラタが、いつもの調子で声高高に叫ぶ。
 だけど今の俺には、その言葉が全然嬉しく感じられない。
 ここに、グレコが居ないから……
 心にぽっかりと穴が空いてしまったような感覚に襲われて、俺はギュッと、心臓付近の服を掴んでいた。

「ポポゥ、たった三人だけになるとは……」

 ノリリアは、悲し気な顔で俺とライラックを順番に見つめて、肩を落とした。

 最初は十二人いたはずの塔の探索メンバー。
 それなのに、どんどんと試練に敗れ、脱落していって……
 仕方がない事だと、試練とはそういうものだと、頭では理解出来るものの、精神的にはかなりキツいものがある。
 いつもそばに居てくれたみんなが、居ないなんて……
 俺でもこんな心理状態なのだ、ノリリアはその比では無いだろう。

「ノリリア……」

 かけるべき言葉が見つからない俺。
 しかしながらノリリアは、すぐさま悲し気な顔をキリッとした表情に変えて、試練に打ち勝った証である青い宝玉をライラックに手渡した。

「ライラック、頼むポ!」

 宝玉を受け取ったライラックは、力強いノリリアの言葉に頷いて、中央の柱へと向かう。
 そして、その青の宝玉を、上に「7」と書かれた柱の穴へと埋め込んだ。
 フューンという、パソコンが起動するような音が何処からともなく鳴り響き、ガタガタと昇降機が揺れ始める。
 ライラックは、柱に装着された舵輪型のハンドルに手を掛けて、力一杯回し始めた。

「モッモちゃんは、どうしてこの塔に登ろうと思ったのポか?」

 視線は中央の柱の上部から出る巨大な鎖に向けたままで、唐突にノリリアが問うてきた。

「え? どうしてって……、それは……」
 
 すぐに返事が出来ない俺は、自分が何故ここまで来たのかを考える。

 俺がここへ来た理由……、それは、呪いを解く方法を探す為だ。
 だけども、最初はほんと、軽い気持ちだった。
 光王レイアの導きで、遥か南のパーラ・ドット大陸に向かう途中にピタラス諸島があり、それなら呪いを解く方法が遺されているという塔があるから、ついでだし登ってみよっか! 的な。
 そんな、フッワフワのスフレみたいな、軽い気持ちだった。
 それがいつの間にか、悪魔だの、調停者だのと、複雑になっていき……
 気付いたら、こんなとこまで来てしまっていたのだ。
 
 今現在、俺には、救わねばならない相手が複数いる。
 港町ジャネスコの不思議なお店、その名も万物屋で、五十年以上眠り続けているという真っ白で美しいピグモルのお姫様、プリンセス・スノーリリー。
 それから、コトコ島で待つ、悪魔ハンニに呪いをかけられ眠り続けている、鬼族である紫族の勉坐の手下達数名。
 加えて、ピタラス諸島内海の海上で、ボロボロの船に乗って待っている、元ハイエルフの煙人間達。
 いつの間にか、こんなにも沢山の者達の命を預かっていたのだと、俺ははたと気付かされた。

「……助けたい人が、いるから。助けなきゃいけない人達がいるからだよ」

 俺は、ノリリアの目を真っ直ぐに見て、そう答えた。
 するとノリリアは、ニコッと笑って俺を見た。

「あたちも同じポよ、モッモちゃん。あたちにも、助けなきゃならない……、助けたい弟が、いるのポ」

 そして、ノリリアは話してくれた。
 これまで聞いた事のなかった、故郷の村の話、解呪の魔法を探し求める理由、この塔の攻略を宿願としていた訳を……






 ノリリアの故郷である妖獣むじな族の郷は、ワコーディーン大陸の西端より海を渡って南に位置する、ヨラバ大陸という小さな大陸に存在する。
 大陸のほとんどがドデカイ山であるらしいその大陸の、海に程近いごく僅かな平坦な土地に、アリア小国という国家が存在し、狢族の郷もその国に属しているそうだ。
 ただ、郷は片田舎も片田舎、住人は千人にも満たないという。
 そして、郷の住人のほとんどがノリリアと同じ、一見すると狸のような風貌の狢族であり、ノリリアはその郷長の家の出で……、つまり、ノリリアの父親が、今現在の郷の長を務めているそうだ。

「えっ!? それじゃあ……、ノリリアが次の郷長なの!!?」

「ポポ、あたちじゃないポよ。狢族は基本、家父長制度ポね。あたちには姉が四人いるポが、家を継いで郷長になるのは、あたちの弟ポよ」

 ほう? 家父長制度とな??
 こりゃまた、嫌に古いしきたりですこと。
 それに、末っ子長男姉五人とは……、嫁いでくる将来のお嫁さんは、さぞかしやり辛いでしょうな。
 
「あたちの生家であるポーの一族は、代々郷長を務めてきた家柄なのポ。次の弟の代でちょうど八十代目……。ま、なんとも言えない、古臭い考えが常習の郷ポよ」

 ノリリアのその、うんざりしたような言い方からして、郷の風習には飽き飽きしているようだ。
 なるほど、それでノリリアは、家を飛び出てフーガで魔導師になったってわけか?
 ……気のせいかもしれないけど、ポーの一族って、なんかどっかで聞いた覚えがあるな、うん。

「それで……、ノリリアの助けたい相手が、その弟さんなんだね? 弟さん……、何か呪いにかかってるの??」

「ポ、今はまだ、弟に呪いは降りかかっていないポ。けれど、それも時間の問題ポね。あたちの父親は、あたちが郷を出る前に既に、下半身のほとんどが動かせなくなっていたポから」

 ほう? お父さんに呪いがかかっているのか??
 それで……、何故弟さんにまで???

 不思議そうな顔をしていたのであろう俺に、ノリリアは続けて説明してくれた。

 なんでも、ノリリアの生家であるポーの一族とやらは、その昔、郷を守る為に邪竜と戦った一族らしく、その邪竜を倒した際に、呪いを受けたのだという。
 それは、末代まで続く恐ろしい呪いで……

「代々家を継ぐ男は、その寿命に関係なく、家を継いだその瞬間から、肉体の石化が始まるのポ。あたちのお祖父様は大往生で、200歳まで生きたポが、体の外側のほとんどが石と化し、動けなくなって……。最後は体の内側にある心臓までもが石化した事で、亡くなってしまわれたのポ。そして、お祖父様がお亡くなりになられた翌日から、お父様の石化が始まったポよ」

「そ、それじゃあ……、まさか……。お父さんの次は、弟さんが……?」

「恐らく、そうなるポね」

 な……、なんちゅう恐ろしい呪いだ。
 体が石になって、動けなくなって、最後は心臓までもが石になって、死んじゃうなんて……

「弟は……、アランは、生まれつき体が弱くて、呪いにかかる前に何度も死にかけてるポ。それなのに、もしこのまま、お父様が亡くなって、次はアランに呪いがうつったら……。間違いなく、アランは数年でこの世を去ってしまうポね。跡取りも残せないままに……」

 うおぉ……、ヘビーだね、なんちゅうヘビーストーリーだよ。
 俺の旅の目的とか、さっきのフワッフワな動機とか、並べちゃいけないほどにヘビーだわ。

「……え? あれ?? じゃあさ、例えばなんだけど……。跡取りがいなくなったら、その後はどうなるの???」

 不謹慎だと思いつつも、俺は尋ねた。
 ノリリアのお父さんが亡くなって、弟さんが子供を持たないまま亡くなったら……、呪いは終わるのだろうか?

「分からないポよ。分からないポが……。これまで千年近く、邪竜の呪いは続いてきたポ。それほどまでに深い怨念だと考えると、跡取りが居なくなったからといって、そこで呪いが終わるとは考えにくいポね。何かもっと恐ろしい事が、ポーの一族以外の、郷に暮らす者達に降りかかるんじゃ無いかと、あたちは考えているポ」

 うぉおおっ!?
 考え得る中でも最悪の結末だけど有り得そうだなっ!!?
 そうなったら、郷は全滅……、狢族が絶滅する事になるのではっ!?!?

「だけど、そうはさせないポよ」

 ノリリアはそう言って、ふっと笑みをこぼした。

「あたちは、ここまで来た。仲間は減ってしまったポが……。あたちだけでも塔の天辺に辿り着ければ、後は何とでも出来るポね。あたちは必ず、解呪の術を習得して、郷に帰り、みんなを……、ポポポ、アランを救うポ。その為にここまで来たのポ。あと少し……、あと少しポ」

 武者振るいだろうか?
 胸の前で組んでいるノリリアの手が、微かに震えている。
 その目はジッと頭上を見据え、ズンズンと近付いている天井へと向けられていた。

 ここへ来た時には、全く見る事の出来なかった天井。
 それがもう、すぐそこまで迫っている。
 ようやく俺達は、ここまで来たのだ。
 沢山の解呪の術が遺されているという、塔の最上階へと。

 隣で震えるノリリアに対し俺は、この瞬間に心に思った事を、素直に口にした。

「大丈夫。みんな、ここには居ないけど、すぐそばに居る。それに……、僕もいる」

 ハッとした表情で、視線を俺へと向けるノリリア。
 そんなノリリアに向かって俺は、世界最高のピグモルスマイルでこう言った。

「大丈夫! もう試練は終わったんだ。僕達は、無事に塔を攻略した!! それに、さっきリブロ・プラタが言ってたでしょ? 僕達はもう挑戦者じゃなく、制覇者なんだって……。だから大丈夫!!! 必ず解呪の魔法を手に入れて、みんなの元へ戻ろう!!!! そして、弟さんを助けよう!!!!!」

 俺の言葉にノリリアは、つぶらな瞳を潤ませながら、決して泣くまいと唇を噛み締めて、コクコクと何度も頷いていた。
 
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