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★ピタラス諸島第五、アーレイク島編★

603:お手並み拝見

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「うぉおぉぉおおぉぉぉぉ~っ!!!」

「ギャギャアァァアアァァァ~ッ!!!」

 ガキーンッ! ガキンッ!! ガキンッ!!!
 ガッキィイーーーンッ!!!!

 晴天の青空の下に鳴り響く、金属と金属がぶつかり合う音。
 
「おぉおっ!? いいぞいいぞっ!!?」

「押されてんぞギンロ~!?」

「いけっ! いけぇっ!!」

 周囲の囃立てる声に、更にその音は激しくなっていく。

 ガキンッ! ガキンッ!! ガッガッ、ガッキィイーーーン!!!

 ……うわぁ~、やべぇ~、ひぇえぇぇ~。

 飛び散る火花、急所ギリギリを掠めていく刃。
 目の前で繰り広げられる、「お手並み拝見」という名の殺し合いに、俺は少々冷や汗をかいていた。

 作戦会議終了後、本日は特にやる事もないので、船室でゆっくり休もうと思っていたところ……

「ティカ殿……、いや、ティカよ。甲板にて、我と手合わせ願いたい」

 ニヤニヤとした悪~い顔で、ギンロがティカに声を掛けたのだ。

「やろう」

 こちらも、ギラギラとした様子で了承したティカ。
 二人は揃って、意気揚々と、甲板へと続く階段を上って行ってしまった。

「お!? なんか面白そうだな。モッモ、行ってみようぜ!!」

 カービィに誘われるまま、俺も甲板へと向かったのだが……

 双剣を手にしたギンロと、槍を手にしたティカは、かれこれ小一時間ずぅ~っと、やり合っている。
 互いに一歩も譲らぬその攻防は、もはや生死をかけた戦いだ。
 その一撃一撃が、首元や脇腹といった急所を狙っており、一歩間違えればどっちかが死んでしまうだろう。
 口を半開きにしたまま、俺はヒヤヒヤしっぱなしだった。

 甲板で仕事をしていたはずのダイル族の船員達は、突如として始まった二人の攻防を目にして、いつの間にか煩いギャラリーへと化している。
 見るからに血の気が多そうなダイル族達は、今朝の二日酔いでグッタリしていたのが嘘みたいに、これまでにない盛り上がりを見せていた。
 そして、そこにブリックとライラックの筋肉馬鹿二人と、何故だかモーブとヤーリュも加わって、みんな好き放題に騒ぐ始末。
 甲板はもう、なんていうか……、格闘技の会場みたいになっていた。
 
 ティカは、王宮の地下牢で一度瀕死になっていた時に、カービィの薬を飲んだ事によって体が変化し、普通の紅竜人よりも一回り体が大きくなっている。
 つまり、ギンロより頭一つ分ほど背が高く、腕も長い。
 加えて、手にしている武器が槍だから、かなりリーチが長いのだ。
 甲板の中央に仁王立つティカに、ギンロは方々から攻め込むものの、ティカは元々瞬発力が良く、動きもめちゃくちゃ俊敏なので、間合いを詰めるのも容易では無い。
 ギンロが手にしている二本の魔法剣は、さほど長さが無いので、至近距離まで近付かない限りは相手を倒せない。
 しかし、ティカがそれを許すはずもなく……
 結果、決着がつかないまま、今に至る。

 あわわわわ! 危ねぇっ!?
 い、今、ギンロの毛が舞ったぞっ!??
 さすが蛮族同士の戦いだ、まるで次元が違う……
 けどさ、そろそろ終わりにしとかない?
 二人とも、疲れたでしょ??
 そろそろ止めておかないと、本当に死人が出るんじゃ……???

 俺がそんな風に心配し始めたその時。

 ガキンッ!? パリーーーン!!!

「はっ!?」

 なんと、ティカの持つ槍の刃が、真っ二つに折れてしまったではないか。
 
「ギャッ!?」

 紅竜人らしい鳴き方で驚きの声を上げて、ティカは槍を引っ込める。
 するとギンロは、しめたっ! とばかりに間合いを詰めて、姿勢を低くして、ティカの懐へと潜り込んだ。
 そして、下方から剣を上へと突き上げ、ティカの首元の数センチ手前で止めた。

「ひぃっ!? ギンロ、何もそこまでしなくても!!?」

 ビックリして、両手で目を覆う俺。
 すると隣にいたカービィが立ち上がって……

「武器の破損により、この試合は引き分けっ!」

 手を上げて、叫んだ。
 周りのギャラリーからは、ピューピューという口笛と、二人を讃える言葉が投げ掛けられる。
 ギンロもティカも全身が汗でビッチョリで、肩で大きく息をしていて、相当疲れたようだ。
 
「ふぅ……。思った通り、いや思った以上の手練れであるな、ティカ」

 ティカの首元から剣を離して、ギンロは満足気にそう言った。

「くっ……。武器が、壊れた。だから、負けてない」

 若干悔し気な表情ながらも、刃先が折れた槍を下ろすティカ。

 お……、終わった……
 ふぅ~、良かった良かった、何事も無く終わって……

 安堵の息を吐くと共に、俺はへなへなとその場に座り込んだ。





「ユーザネイジアってのは、別名安寧あんねいの木って呼ばれる樹木だ。だが、そんな穏やかな呼び名に反して、その木になる果実は恐ろしい毒素を含んでいる。一口齧って飲み込むと、途端に意識を失って、そのまま呼吸が止まって死に至るんだ。だから世連(世界共和連合の略)の指示で、百年ほど前から伐採が開始されて、フーガのあるアンローク大陸と、おいら達の暮らしていたワコーディーン大陸には、もうユーザネイジアは一本もねぇはずだ」

「そうなんだ。それが……、アーレイク島に残っていたと?」

「んだな。ボナークは、魔導師では珍しく捕獲師キャプターの資格を持ってんだ。年も五十手前だったはずだし、経験も知識も豊富だ。そんなボナークが言うんだから、アーレイク島にある巨木はユーザネイジアで間違いねぇだろう」

「ふむ。その……、巨木っていうのは、どれくらいの大きさなの? かなりでかいの??」

「実を付けてるってんだから、かなりでかいだろうな。ユーザネイジアは他の樹木と違って、結実までに相当な時間を要する。長さにしておよそ百年。つまり、樹齢百年の木でないと、ユーザネイジアは実を付けねぇんだ。百年以上成長を続けるんだ、たぶんだけど……、やばいくらいにでかい」

「マジか……」

 語彙力はさておき、カービィの真剣な眼差しに、俺はゴクリと生唾を飲んだ。

 ギンロとティカのお手並み拝見が終わった後、ギャラリー達が居なくなった甲板で、大の字になって寝転ぶギンロとティカの横に座って、俺とカービィは話し込んでいた。
 さっき、ノリリアが言っていたユーザネイジアという言葉が、心の隅になんだか引っかかっていたのだ。
 何か、大事な事を忘れているような……?

「しかし、ザサーク殿は何故その果実を買い取っておるのだ? ダーラ殿は、医者に売っていると言っていたが……??」

 話をちゃんと聞いていたらしいギンロが、空を見たままの格好でそう問い掛けた。

「ユーザネイジアの実は猛毒を含んでいる。それはつまり、一瞬で死ねるという事だ。苦しまず、この世を去れる……。安寧の実と呼ばれるユーザネイジアの実は、安楽死に使われる薬の原料になるんだよ」

 なんとっ!? 安楽死!??
 なるほど、それで……、ん? はて?? 安楽死???

「つまり……、死にたい者が、口にするという事か?」

「んだな。けど、医者が使うとなると、それはもはや最終手段だ。手の施しようのない患者に、せめて苦しまずに済むように与えるんだろうよ」

「なるほどな……。しかしそれならば、いくら猛毒とはいえ、有効に使う手立てがある故に、全てを伐採せずとも良かったのではないか?」

「いやいやギンロ、事はそう簡単じゃねぇよ。正しく使える奴ならまだしも、悪用する奴も世の中には少なからずいるからな。今でこそ全部伐採されちまって、安楽死の薬を作る事も出来なくなったけど、一昔前は、安寧の実は市場に普通に流通していたらしい。それを暗殺に使う輩も少なくなかったそうだ。果ては、生活苦を理由に、ユーザネイジアを使って自殺する奴が増えちまった国や地域があったらしくてよ……。だから世連は、ユーザネイジアの実の採取及び売買を禁止して、ユーザネイジアそのものをこの世から根絶させようとしたのさ。……ま、ピタラス諸島に残ってたんだから、その計画は失敗に終わってるわけだけどな」

「なるほど……。世の中とは、実に複雑だな」

「んだ。おいら達の頭のようにはいかねぇよ」

 ギンロとカービィの会話を聞きながら、俺は思い出していた。
 ユーザネイジアという言葉、安寧の実という言葉を、何処で聞いたのか……
 そして、誰の口から聞いたのか……

「その時がきたら、ちゃんとグレコに全てを打ち明けます」

 彼女は俺に、ユーザネイジアの実をとってきて欲しいと頼んだのだ。
 五百年も生きた彼女は、自分はもう十分に生きた、だからこの世を去りたいのだと言っていた。
 それは、グレコの母ちゃんであるブラッドエルフの巫女様、サネコの言葉だった。
 
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