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★ピタラス諸島第四、ロリアン島編★

588:アーン

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 ヴェルドラ歴2815年、ノヴァの月5日。
 ピタラス諸島第四大島ロリアン島にて、蛮族指定種族紅竜人クリムゾン・リザードの王国リザドーニャは、邪神モシューラの暴走により国民の七割が暮らす王都が壊滅、1200年を越えるその長き歴史に幕を閉じた。

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 翌日、正午。

「モッモ~? どう?? 起き上がれそう???」

 扉を開いて中に入ってきたグレコは、俺が横になっている硬いベッドのへりに腰掛けて、心配そうに俺の顔を覗き込む。

「う、う~ん……。まだかなり痛いぃ~。けど、お腹が減ったよぅ……」

 顔をしかめながら俺は答えた。

「分かった。ちょうど外で配給始めたところだから、貰ってくるね!」

 グレコはにっこりと笑って、外に出て行った。
 閉め方が甘かったのだろう、扉は少しばかり開いたままだ。
 扉の隙間から、沢山の紅竜人達が忙しそうに道を往来する姿が見えた。

 彼等は、つい数時間前までは、奴隷という身分だった者たちだ。
 けれど、王都が崩壊し、国が無くなった今、彼らを縛り付け、貶めるものはもう何もない。
 その表情は皆、晴れ晴れとしていた。

 俺が今いる場所は、奴隷の町トルテカの、広さが四畳半ほどしかない小さな赤岩の家の中だ。
 四つ並んだ硬いベッドの上には、俺の他にカービィとノリリア、そしてミルクが横になっている。
 カービィはグーグーといびきをかきながら、ノリリアはムニャムニャと口を動かしながら、ミルクはスースーと寝息を立てながら、三人とも心地良さそうに眠っていた。

 ゆっくりと、そろそろと、体を起こす俺。
 ピキピキと関節が鳴り、鈍い痛みが身体中を駆け巡る。

 ぐぅおぉぉっ!? 
 きょ、強烈ぅうぅぅ~!!!

 現在の俺は、全身打撲によって、身動き一つ取る事すら困難な状態になっている。
 もはや痛くないところを探す方が難しいほどに、体のほぼ全てが、悲鳴を上げているのだ。
 まさしく満身創痍……、あまりの苦痛に俺は白目を向いていた。





 これまでの経緯を、ざっと説明しよう。
 
 モシューラの背から滑り落ちた俺は、地面に落下して全身を強打し、意識を失った。
 その後、近くにいたゼンイの影に救出されて、命からがら皆の元へと戻れたらしい。
 邪神モシューラは、俺が片方の触覚を切り離した直後、気が狂ったかのように暴れ出したそうだ。
 そして再度夜空へと飛び立とうとしたものの、羽は既に焼け落ちて無くなってしまっていた為に、失敗に終わった。
 その後、しばらくその場でジタバタともがいたかと思うと、モシューラの体は徐々に石化していって……
 最後に残ったのは、灰色の石像と化した、巨大な邪神モシューラの死骸のみだった。

 白薔薇の騎士団及び生き残った奴隷達は、すぐさま避難を開始。
 一晩かけて森を歩き、王都より標高が高く、瘴気の影響が少ないと考えられるこのトルテカの町へと移動した。
 そして、夜が明けた。





「はい、お待たせ~。ダーラ特性の煮込み豆のスープ。自分で食べられそう?」

 美味しそうな匂いのするスープの入った深皿を持って戻ってきたグレコに対し、俺は首を横に振る。
 もはや座っているだけで精一杯、腕に全く力が入りませぬ。

「もぉ、仕方がないわねぇ。今日だけ特別よ?」

 そう言って、グレコはベッドのへりに腰かけて、俺にアーンして食べさせてくれた。

 トルテカの町にみんなが到着したのは、昨晩の真夜中だった。
 しかし、トルテカは元々奴隷の町であり、物資に乏しく食料も少ない。
 そこで、比較的元気だったミュエル鳥飼育係のヤーリュとモーブが、そのまま港町ローレまで直行した。
 町に残っていた兵士や町民に現状を伝え、商船タイニック号のみんなにも事情を説明した。
 そして昼前に、沢山の食料や薬を持って、ダーラを始めとした商船タイニック号の船員数名と共に、トルテカの町に戻ってきたのだった。
 今頃ヤーリュとモーブは、一晩中島を駆けずり回っていた疲れから、どこかの建物内で気絶しているに違いない。

「ほへぇ~。美味しぃ~」
 
 久しぶりのダーラの料理は、俺の五臓六腑にジュワァ~ンと染み渡り、なんとも言えない安心感を俺に与えてくれた。

「さっき、偵察に行っていたギンロとロビンズとパロット学士が戻ったんだけど……。王都はもう駄目ね。周辺の森も、この先百年は足を踏み入れないほうがいいだろうって、パロット学士が言っていたわ」
 
 邪神モシューラの暴走によって、リザドーニャ王国の都であるチーチェンの町は、濃い瘴気に包まれた後、その全てが腐り落ちて壊滅。
 そこに暮らしていた紅竜人はほぼ全滅して……、その数およそ五万人、あまりに多くの命が犠牲となった。
 王都内部及びその周辺の森は、瘴気に犯され腐り果てているらしい。
 残念な事に、瘴気を完全に消しさる方法は存在しない。
 よって、この先百年、或いはもっと長期間、王都とその周辺で生き物が暮らす事は不可能だろうという事だった。
 
「そっか。でも……、うん、その方がいいと思う。あんなとこ、住めないよ絶対」

「そうね。あそこまで酷いとさすがにね……。まぁ、土地は他にもあるし、何とかなるわよね」

「うん、大丈夫だよ、きっと。しばらくは大変だろうけど……、心配はいらないよ。紅竜人達はみんな、図太いから」

「ふふっ、それもそうね」
 
 すると、建物の扉が開いて、何やら慌てた様子のギンロが駆け込んできた。

「モッモ、起きておるか!?」

「ふぁっ!? 起きてますっ!!」

 朝方、ようやく目を覚ましたらしいギンロは、やはり軽い脳震盪のみで済んだらしくピンピンしてた。
 よって朝一から、ロビンズとパロット学士を背に乗せて、王都周辺の偵察に出掛けて、ついさっき帰ってきたそうだが……
 うん、さすが体力馬鹿だね、めちゃくちゃ元気そう。

「ティカ殿が目を覚まされたぞ!」

「はんっ!? マジでっ!!?」

 突然の朗報に目を見開く俺。

「うむ、行くか!?」

「う、うんっ! 連れてって!!」

 自力で歩けない俺は、ギンロに抱っこされて、建物の外へと向かう。
 グレコも後からついてきた。

 二つ隣の、大きな赤岩の建物に入っていくギンロ。
 そこは以前、剥ぎ場と呼ばれていた、奴隷の子供達が鱗を剥がされていた場所だ。
 地面には、長年に渡って溶け落ちた、薬蝋の匂いが染み付いている。
 こちらは内部が非常に広いので、重症な者達を集めて、さながら診療所のようになっていた。
 建物の中には所狭しとベッドが並べられ、沢山の紅竜人が治療を受けていた。

 チャイロによって、王宮にいたはずの奴隷達は、そのほとんどが高台の森へと空間転移させられていた。
 ただ、奴隷達の中には、死は免れたものの、瘴気を浴びた事で体の一部が腐ってしまったり、また反乱時に負傷した者などが沢山いたのだ。
 ベッドには、見るからに具合が悪そうな紅竜人ばかりが横になっている。
 
「あそこだ」

 ギンロの指差す先を見やる俺。
 視界に入ったのは、見覚えのある凛々しいお顔と、黒い痣が目立つ筋肉質な体。
 裸の上半身にはグルグルと包帯が何重にも巻かれていて、それだけで怪我の深刻さを物語っているものの……
 そこにいる紅竜人は、俺を見るなりニコリと笑った。

「モッモ! 良かった、生きていたのだな!!」

 俺を見た紅竜人が、みんな揃って口にするその台詞。
 俺が小さくて非力で頼り無いから、すぐ死んじゃうってみんな思っているのだ。
 全くもって失礼極まりない言葉だけど、今はそれすら嬉しく感じられる。
 ティカの元気そうなその言葉に、俺はグワァッ! と気持ちが昂り、感情が抑えられなくなって……

「ティ、ティカ~~~!? そっちこそぉっ!! よ、よか……、良かったぁあぁぁ~!!!」

 俺は、全身が痛むのも忘れてティカに飛び付き、ボロボロと大粒の涙を流しながら、鼻水塗れになって泣き笑いした。
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