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★ピタラス諸島第四、ロリアン島編★
587:イグの馬鹿ぁあ〜っ!!!
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『どんなに待っても、あなたは帰ってこなかった。姿を現したかと思ったら、それは別の者だった。必ず帰ってくるって……、迎えに来るって言ったじゃない。なのにどうして?』
頭の中に響くこの声を、俺は以前聞いた事がある。
高く澄んだ、悲しげな女の声。
そう、初めてチャイロに会った日の夜に聞いた、チャイロの夜言の声だ。
『酷い、酷いわ。私の事を必要としてくれる者が、初めて現れた、だからとても嬉しかったのに……。私、あなたの為にずっと頑張ったの。私に出来る事ならば、何でもやった。無理なお願いでも聞き入れて、みんなを守ってきた。なのに……、なのにどうして? あなたは何故、助けに来てくれないの??』
声の主は、酷く動揺しているようだ。
その感情の揺れまでもが、ひしひしと俺に伝わってくる。
そして遂には、見た事のない景色までもが、映像として頭の中に流れ込んできた。
ここは……、荒寥とした土地だ。
ジリジリと照りつける太陽の下、植物は枯れ果て、獣は死に絶えて、飢えに苦しむ紅竜人達の姿がある。
そこへ、一人の男が現れた。
男の体は黒い鱗に覆われ、頭部にはオレンジ色と緑色のグラデーションが鮮やかな羽を生やしている。
そして、その瞳は輝く虹色をしていた。
『来たれっ! この地に恵みをもたらす者よっ!!』
両手を広げ、空に向かって男は叫ぶ。
すると、眩しいほどに太陽が輝く真っ青な空から、一匹の小さな蝶が舞い降りてきた。
蝶はその背に、六枚の美しい紫色の羽を有している。
『美しい君よ、私の声が聞こえるね? 君は今日から、この地を守る女神となる。この地に暮らす者たちに、未来永劫の恵みを与えるのだ。その為の力を今、授けよう』
男は蝶に手をかざし、虹色の光を掌から放って蝶に浴びせた。
すると見る見るうちに、蝶は一人の美しい女へと変貌した。
女は、姿形こそ人に近しいが、その背には紫色の羽を六枚生やし、頭には白い触覚がある。
そしてその大きな瞳は、金色に輝いていた。
戸惑いを見せる女に対し、男はこう言った。
『私の力で、君は生まれ変わった。今度は君の番だ、君の力が必要だ。私の為に、どうか力を貸して欲しい』
そう言うと男は、女の手を取って、優しくキスをした。
女は頬を赤く染めて、嬉しそうに笑い、こくんと頷いた。
……いったい俺は、何を見ているんだ?
なんだこの、妙なラブシーンは??
推測するに、男はきっとイグだ。
瞳が虹色である事がその証拠だ。
となると……、この女がモシューラなのだろうか???
確かに、巨大な怪物紛いな姿ではなく、この女の姿ならとても美しいな。
そこから先は、断片的な映像が頭の中に流れてきた。
イグより与えられた力で、日照り続きの大地に恵みをもたらし、緑溢れる楽園へと変貌させ、女神と崇められるモシューラの姿。
その楽園で、イグとモシューラが仲良く暮らす日々。
しかしいつしかイグは歳を取り、この世を去ってしまう。
息を引き取る間際に、イグがモシューラに何かを伝えたようだが、俺の耳にその声は届かなかった。
モシューラは一人ぼっちになった。
悲しみと寂しさに押し潰されそうになりながらも、恵みの女神であるモシューラは、自らを頼る紅竜人の為に力を尽くした。
絶滅の危機に瀕していたはずの紅竜人は、モシューラの助けにより、その後みるみる繁栄していった。
やがて、大地の化身と呼ばれる恐ろしい怪物が、モシューラと紅竜人が暮らす楽園へとやってくる。
そこへ現れたのが、新たなるククルカンの再来だ。
イグに似通った風貌の男の登場に、モシューラの心は高鳴った。
しかし、その男はイグでは無かった。
イグに似た、別の誰か……
モシューラは酷く落胆した。
何十年、何百年と、モシューラはイグを待った。
だがイグは現れず、モシューラの心は次第に病んでいった。
それに呼応するかのように、紅竜人の間では疫病が流行り始めた。
次々と死んで行く紅竜人達を眺めながら、モシューラは何も出来ずにいた。
数年後、ククルカンの再来を名乗る者が現れた。
遂にイグが帰ってきたのだと喜んだのも束の間、モシューラの願いはまたしても打ち砕かれる。
イグと似たような風貌を持つものの、その者は女だったのだ。
その女は、蔓延した疫病を治す術を紅竜人に示し、その功績により、初めての女王となった。
モシューラの心は、ますます病んでいった。
『約束したのに……、どうして? あなたは私の事を、忘れてしまったの??』
いつしかモシューラは、自分でも気付かぬうちに邪神へと化していた。
自らの体から流れ出る瘴気にも気付かず、穢れた力を使い続け、紅竜人の国は次第に傾き始める。
そんな折、大陸が大きく割れて、見知らぬ風貌の子供が国へとやってきた。
変わった衣服に身を包み、白髪で、同じように白い獣耳を持つ少年……、ロリアンだ。
『どうしてこんな事をするの!? 私は、ずっと紅竜人達を守ってきたのにっ!??』
暗い穴の中から、モシューラが叫ぶ。
見上げた先にいるのは、苦悶の表情を浮かべるロリアンと、王冠を被った紅竜人の男。
「蛾神モシューラ……。あなたはもう、穢れてしまっているのです。僕にはあなたを浄化する力がありません。ごめんなさい……。こうするしかないのです!」
ロリアンの言葉を最後に、閉じられていく穴。
『待って! 嫌よっ!! 酷い、あんまりだわっ!!! こんな事……、こんな事って……。酷い、酷過ぎるわ。ロリアン……、今に見てなさい。イグが必ず、迎えに来てくれる。イグが必ず! 迎えに来てくれるんだからっ!! イグは必ず、私を迎えに来るっ!!!』
真っ暗闇の中で、モシューラは叫んでいた。
「モッモ!? 聞こえてるっ!!? モッモ!?!?」
「はっ!? ここはっ!!?」
耳元で聞こえた声に、俺はハッと我に帰る。
「モッモ!? 大丈夫!!? 生きてるのっ!?!?」
声の主はグレコだ。
絆の耳飾りを使って交信してきているらしい。
「生きてるっ! 大丈夫っ!!」
慌てて返事をする俺。
何が起きたんだ?
さっきのはいったい……??
モシューラの、過去の記憶だろうか???
状況が分からず、辺りを見渡す俺。
今俺がいる場所は、間違いなくモシューラの頭頂部だ。
黒い毛がまるで草のように生茂る、地獄の草原。
目の前にあるのは、白い綿毛のような巨大な触覚。
それを切断しようとしたところまでは覚えているが……
根元を握った瞬間から、俺の意識はモシューラの記憶に支配されてしまっていたらしい。
すると、俺の目からハラハラと、勝手に涙が溢れ始めたではないか。
しかも、なんだかめちゃくちゃ心が苦しい。
寂しくて、悔しくて、どうしようもない気持ちでいっぱいで、胸が張り裂けそうになる。
「うぅ……、ううぅ~」
思わず声を出して泣いてしまう俺。
「どうしたのっ!? モッモ!!? 大丈夫!?!?」
慌てるグレコ。
「どこか痛いのっ!? 怪我したのっ!!? ねぇっ!?!?」
「モシューラ……、モシューラはね、可哀想な子なんだよぉ……」
「はっ!? な……、何言ってるのよ? どうしたの??」
訳が分かるはずもないグレコは、かなり戸惑っている様子だ。
だけど今の俺は、上手く説明する事が出来ない。
まるでモシューラの心が乗り移ったかのように、心の中が悲しみでいっぱいなのだ。
「だって、ずっと待ってたんだ。ずっとずっと、待ってたんだよ。必ず戻るって言ったくせに……、何年経っても、何十年経っても、何百年経っても戻って来なかったんだ。ずっと良い子にしてたのに、頑張ったのにぃ~……。どうして戻って来なかったのさぁ~!?」
おーいおーいと泣き出す俺。
グズグズと鼻をすすり、大粒の涙を流しながら。
「えと……、意味は分からないんだけど、とりあえず……。そこに一人で残ったって事は、モシューラを倒す算段があるのよね?」
「うぅうぅぅ~。あるよぉ~、あるんだけどぉお~……。このまま倒すなんて可哀想だよぉお~! 何も悪くないのにぃいぃぃ~!!」
「あ~……、モッモ、とりあえず落ち着いて?」
「えぐっ! えぐっ!! ひぃ~ん……。イグの馬鹿ぁあ~っ!!!」
「おっと……、うん……。分かった、モシューラが可哀想なのは分かったわ。けどね、それとこれとは話が別。だからね」
「無理だよぉ~っ! 僕には無理だぁあっ!! モシューラを殺すなんてぇえぇぇっ!!!」
自分でもビックリするくらい、情けない声で大泣きする俺。
するとグレコは、ふーっと大きく深呼吸して、静かにこう言った。
「ねぇモッモ。モシューラが可哀想な子なら、尚更終わりにさせてあげましょう。このままじゃモシューラは、世界を滅ぼす邪神に成り兼ねない。ここで私達が止めなければ、モシューラは誰にも止めてもらえなくなるのよ。その昔、ネフェがあのカバ面の河馬神タマスの暴走を止めたように、今度は私達がモシューラを止めてあげないと……。世界を滅ぼす邪神になりたいなんて、モシューラは思っていないはずよ、そうでしょう?」
「うぅっ、うえっぐっ! そ、そりゃ、そうだよぉ……、ひっく」
「でしょう? 神様なら、またいつか、何処かで蘇れるはずよ。その時に世界が滅亡していたら……、それこそ終わりでしょう?? そんな結末を、モシューラも望んでいないはずよ。だからねモッモ、あなたが止めてあげるの。モシューラを可哀想だと思うのなら、ここで止めてあげて。これ以上モシューラを、穢れた邪神に貶めては駄目よ」
「うっ、うっ、そう、だねっ……。ううぅ~……」
グジャグジャと、涙と鼻水塗れの顔を拭う俺。
何度か深呼吸して、心を落ちつかせる。
不思議な事に、一通り泣いたからか、先ほどまで心を支配していた深く大きな悲しみは、綺麗さっぱり消えていた。
そして、妙に胸がスッとしてる事に気付く。
「よし……、よし、やるぞっ! 切るぞっ!!」
ようやく正常になった俺は、今度は両手で黒い包丁を握り締めた。
また触覚を触って、さっきみたいになったら嫌だからね。
「えぇーーーーいっ!!!」
大きく腕を上げて、力一杯振り下ろす。
決して鋭利とは言えない包丁の刃が、触覚の根本を斬りつけると……
『オビャビャビャビャビャビャーーーーーーーー!?!??』
モシューラは、悲痛な叫び声を上げて、大暴れし始めた。
ドカドカと足を踏み鳴らし、ブルブルと全身を震わせるモシューラ。
グラグラと揺れる足元に、俺はしゃがんでいる事すら難しくなって、思わず近くにあった触覚に抱き付いてしまう。
ヤバイッ!?
また泣いちゃうっ!??
しかし、その心配は無用だった。
根元の一部に切り込みが入った触覚は、俺が掴まった事によって傷口が更に裂けて、俺の体の重みでブチブチっと音を立てながら、完全に頭から切り離されてしまい……
「ひっ!? 嘘っ!?? いやぁあぁああぁぁぁ~~~!?!?」
抱き付いた触覚もろとも俺は、モシューラの頭頂部から滑り落ち、真っ黒な瘴気の海へと落下していった。
視界の端で、灰色の影が揺らめくのが見えた。
頭の中に響くこの声を、俺は以前聞いた事がある。
高く澄んだ、悲しげな女の声。
そう、初めてチャイロに会った日の夜に聞いた、チャイロの夜言の声だ。
『酷い、酷いわ。私の事を必要としてくれる者が、初めて現れた、だからとても嬉しかったのに……。私、あなたの為にずっと頑張ったの。私に出来る事ならば、何でもやった。無理なお願いでも聞き入れて、みんなを守ってきた。なのに……、なのにどうして? あなたは何故、助けに来てくれないの??』
声の主は、酷く動揺しているようだ。
その感情の揺れまでもが、ひしひしと俺に伝わってくる。
そして遂には、見た事のない景色までもが、映像として頭の中に流れ込んできた。
ここは……、荒寥とした土地だ。
ジリジリと照りつける太陽の下、植物は枯れ果て、獣は死に絶えて、飢えに苦しむ紅竜人達の姿がある。
そこへ、一人の男が現れた。
男の体は黒い鱗に覆われ、頭部にはオレンジ色と緑色のグラデーションが鮮やかな羽を生やしている。
そして、その瞳は輝く虹色をしていた。
『来たれっ! この地に恵みをもたらす者よっ!!』
両手を広げ、空に向かって男は叫ぶ。
すると、眩しいほどに太陽が輝く真っ青な空から、一匹の小さな蝶が舞い降りてきた。
蝶はその背に、六枚の美しい紫色の羽を有している。
『美しい君よ、私の声が聞こえるね? 君は今日から、この地を守る女神となる。この地に暮らす者たちに、未来永劫の恵みを与えるのだ。その為の力を今、授けよう』
男は蝶に手をかざし、虹色の光を掌から放って蝶に浴びせた。
すると見る見るうちに、蝶は一人の美しい女へと変貌した。
女は、姿形こそ人に近しいが、その背には紫色の羽を六枚生やし、頭には白い触覚がある。
そしてその大きな瞳は、金色に輝いていた。
戸惑いを見せる女に対し、男はこう言った。
『私の力で、君は生まれ変わった。今度は君の番だ、君の力が必要だ。私の為に、どうか力を貸して欲しい』
そう言うと男は、女の手を取って、優しくキスをした。
女は頬を赤く染めて、嬉しそうに笑い、こくんと頷いた。
……いったい俺は、何を見ているんだ?
なんだこの、妙なラブシーンは??
推測するに、男はきっとイグだ。
瞳が虹色である事がその証拠だ。
となると……、この女がモシューラなのだろうか???
確かに、巨大な怪物紛いな姿ではなく、この女の姿ならとても美しいな。
そこから先は、断片的な映像が頭の中に流れてきた。
イグより与えられた力で、日照り続きの大地に恵みをもたらし、緑溢れる楽園へと変貌させ、女神と崇められるモシューラの姿。
その楽園で、イグとモシューラが仲良く暮らす日々。
しかしいつしかイグは歳を取り、この世を去ってしまう。
息を引き取る間際に、イグがモシューラに何かを伝えたようだが、俺の耳にその声は届かなかった。
モシューラは一人ぼっちになった。
悲しみと寂しさに押し潰されそうになりながらも、恵みの女神であるモシューラは、自らを頼る紅竜人の為に力を尽くした。
絶滅の危機に瀕していたはずの紅竜人は、モシューラの助けにより、その後みるみる繁栄していった。
やがて、大地の化身と呼ばれる恐ろしい怪物が、モシューラと紅竜人が暮らす楽園へとやってくる。
そこへ現れたのが、新たなるククルカンの再来だ。
イグに似通った風貌の男の登場に、モシューラの心は高鳴った。
しかし、その男はイグでは無かった。
イグに似た、別の誰か……
モシューラは酷く落胆した。
何十年、何百年と、モシューラはイグを待った。
だがイグは現れず、モシューラの心は次第に病んでいった。
それに呼応するかのように、紅竜人の間では疫病が流行り始めた。
次々と死んで行く紅竜人達を眺めながら、モシューラは何も出来ずにいた。
数年後、ククルカンの再来を名乗る者が現れた。
遂にイグが帰ってきたのだと喜んだのも束の間、モシューラの願いはまたしても打ち砕かれる。
イグと似たような風貌を持つものの、その者は女だったのだ。
その女は、蔓延した疫病を治す術を紅竜人に示し、その功績により、初めての女王となった。
モシューラの心は、ますます病んでいった。
『約束したのに……、どうして? あなたは私の事を、忘れてしまったの??』
いつしかモシューラは、自分でも気付かぬうちに邪神へと化していた。
自らの体から流れ出る瘴気にも気付かず、穢れた力を使い続け、紅竜人の国は次第に傾き始める。
そんな折、大陸が大きく割れて、見知らぬ風貌の子供が国へとやってきた。
変わった衣服に身を包み、白髪で、同じように白い獣耳を持つ少年……、ロリアンだ。
『どうしてこんな事をするの!? 私は、ずっと紅竜人達を守ってきたのにっ!??』
暗い穴の中から、モシューラが叫ぶ。
見上げた先にいるのは、苦悶の表情を浮かべるロリアンと、王冠を被った紅竜人の男。
「蛾神モシューラ……。あなたはもう、穢れてしまっているのです。僕にはあなたを浄化する力がありません。ごめんなさい……。こうするしかないのです!」
ロリアンの言葉を最後に、閉じられていく穴。
『待って! 嫌よっ!! 酷い、あんまりだわっ!!! こんな事……、こんな事って……。酷い、酷過ぎるわ。ロリアン……、今に見てなさい。イグが必ず、迎えに来てくれる。イグが必ず! 迎えに来てくれるんだからっ!! イグは必ず、私を迎えに来るっ!!!』
真っ暗闇の中で、モシューラは叫んでいた。
「モッモ!? 聞こえてるっ!!? モッモ!?!?」
「はっ!? ここはっ!!?」
耳元で聞こえた声に、俺はハッと我に帰る。
「モッモ!? 大丈夫!!? 生きてるのっ!?!?」
声の主はグレコだ。
絆の耳飾りを使って交信してきているらしい。
「生きてるっ! 大丈夫っ!!」
慌てて返事をする俺。
何が起きたんだ?
さっきのはいったい……??
モシューラの、過去の記憶だろうか???
状況が分からず、辺りを見渡す俺。
今俺がいる場所は、間違いなくモシューラの頭頂部だ。
黒い毛がまるで草のように生茂る、地獄の草原。
目の前にあるのは、白い綿毛のような巨大な触覚。
それを切断しようとしたところまでは覚えているが……
根元を握った瞬間から、俺の意識はモシューラの記憶に支配されてしまっていたらしい。
すると、俺の目からハラハラと、勝手に涙が溢れ始めたではないか。
しかも、なんだかめちゃくちゃ心が苦しい。
寂しくて、悔しくて、どうしようもない気持ちでいっぱいで、胸が張り裂けそうになる。
「うぅ……、ううぅ~」
思わず声を出して泣いてしまう俺。
「どうしたのっ!? モッモ!!? 大丈夫!?!?」
慌てるグレコ。
「どこか痛いのっ!? 怪我したのっ!!? ねぇっ!?!?」
「モシューラ……、モシューラはね、可哀想な子なんだよぉ……」
「はっ!? な……、何言ってるのよ? どうしたの??」
訳が分かるはずもないグレコは、かなり戸惑っている様子だ。
だけど今の俺は、上手く説明する事が出来ない。
まるでモシューラの心が乗り移ったかのように、心の中が悲しみでいっぱいなのだ。
「だって、ずっと待ってたんだ。ずっとずっと、待ってたんだよ。必ず戻るって言ったくせに……、何年経っても、何十年経っても、何百年経っても戻って来なかったんだ。ずっと良い子にしてたのに、頑張ったのにぃ~……。どうして戻って来なかったのさぁ~!?」
おーいおーいと泣き出す俺。
グズグズと鼻をすすり、大粒の涙を流しながら。
「えと……、意味は分からないんだけど、とりあえず……。そこに一人で残ったって事は、モシューラを倒す算段があるのよね?」
「うぅうぅぅ~。あるよぉ~、あるんだけどぉお~……。このまま倒すなんて可哀想だよぉお~! 何も悪くないのにぃいぃぃ~!!」
「あ~……、モッモ、とりあえず落ち着いて?」
「えぐっ! えぐっ!! ひぃ~ん……。イグの馬鹿ぁあ~っ!!!」
「おっと……、うん……。分かった、モシューラが可哀想なのは分かったわ。けどね、それとこれとは話が別。だからね」
「無理だよぉ~っ! 僕には無理だぁあっ!! モシューラを殺すなんてぇえぇぇっ!!!」
自分でもビックリするくらい、情けない声で大泣きする俺。
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「ねぇモッモ。モシューラが可哀想な子なら、尚更終わりにさせてあげましょう。このままじゃモシューラは、世界を滅ぼす邪神に成り兼ねない。ここで私達が止めなければ、モシューラは誰にも止めてもらえなくなるのよ。その昔、ネフェがあのカバ面の河馬神タマスの暴走を止めたように、今度は私達がモシューラを止めてあげないと……。世界を滅ぼす邪神になりたいなんて、モシューラは思っていないはずよ、そうでしょう?」
「うぅっ、うえっぐっ! そ、そりゃ、そうだよぉ……、ひっく」
「でしょう? 神様なら、またいつか、何処かで蘇れるはずよ。その時に世界が滅亡していたら……、それこそ終わりでしょう?? そんな結末を、モシューラも望んでいないはずよ。だからねモッモ、あなたが止めてあげるの。モシューラを可哀想だと思うのなら、ここで止めてあげて。これ以上モシューラを、穢れた邪神に貶めては駄目よ」
「うっ、うっ、そう、だねっ……。ううぅ~……」
グジャグジャと、涙と鼻水塗れの顔を拭う俺。
何度か深呼吸して、心を落ちつかせる。
不思議な事に、一通り泣いたからか、先ほどまで心を支配していた深く大きな悲しみは、綺麗さっぱり消えていた。
そして、妙に胸がスッとしてる事に気付く。
「よし……、よし、やるぞっ! 切るぞっ!!」
ようやく正常になった俺は、今度は両手で黒い包丁を握り締めた。
また触覚を触って、さっきみたいになったら嫌だからね。
「えぇーーーーいっ!!!」
大きく腕を上げて、力一杯振り下ろす。
決して鋭利とは言えない包丁の刃が、触覚の根本を斬りつけると……
『オビャビャビャビャビャビャーーーーーーーー!?!??』
モシューラは、悲痛な叫び声を上げて、大暴れし始めた。
ドカドカと足を踏み鳴らし、ブルブルと全身を震わせるモシューラ。
グラグラと揺れる足元に、俺はしゃがんでいる事すら難しくなって、思わず近くにあった触覚に抱き付いてしまう。
ヤバイッ!?
また泣いちゃうっ!??
しかし、その心配は無用だった。
根元の一部に切り込みが入った触覚は、俺が掴まった事によって傷口が更に裂けて、俺の体の重みでブチブチっと音を立てながら、完全に頭から切り離されてしまい……
「ひっ!? 嘘っ!?? いやぁあぁああぁぁぁ~~~!?!?」
抱き付いた触覚もろとも俺は、モシューラの頭頂部から滑り落ち、真っ黒な瘴気の海へと落下していった。
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