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★ピタラス諸島第四、ロリアン島編★

572:用済み

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「トエト!? えっ!?? どうしてっ!?!?」

 王宮に残ったんじゃなかったの?
 まさか、そっと生贄の儀式に参加してたとか??
 ……え、いたっけか???

 俺たちの前に現れたトエトは、随分と疲れた様子だ。
 生成色のメイド服は泥だらけになり、何かに引っ掛けたのだろうか、あちこちが破れている。

「チャイロ様から、伝言を預かってて……、はぁ、はぁ」

 肩で大きく息をしながら、トエトは俺たちのすぐそばまでやってくると、へたっと地面に座り込んだ。

「おいおい、大丈夫か?」

 構えていた杖を下ろして、ローブの内側から小さな革製のカップを取り出し、その中に魔法で水を生成するカービィ。
 カップを受け取ったトエトは、よほど喉が渇いていたのだろう、その水を一気に飲み干した。

「プハッ……、はぁ、はぁ、はぁ……。ごめんなさい、モッモさんのお仲間様ですね? ありがとうございます。まさか、こんなに距離があるとは思わなくて……」

 額から滴る汗を服の袖で拭いながら、トエトはそう言った。

「どうしてここにいるの? 王宮に残ったとばかり思ってたんだけど……??」

 それとも、チャイロに言われた通り、逃げて来たのだろうか?
 でも、こっちには逃げて来ないよな、普通。
 別の町があるのは南東の方角だし……

「はい、私は王宮に残りました。チャイロ様のお部屋の後片付けを、イカーブ様より命令されましたので」

 よほど暑いのだろう、長袖のメイド服の袖をたくし上げるトエト。
 顕になったその腕には、鱗を剥がれた為に残ってしまった痛々しい傷の痕が無数にある。
 そう、トエトは元奴隷だから……    

「あなた、その傷……?」

 この島の奴隷が、どんな仕打ちを受けているのかを詳しく知らないグレコは、口元に手を当てて驚いている。
 
「モッモさんに、急ぎ伝えなければならない事があるのです」

 そう言ってトエトは、俺の目を真っ直ぐに見つめる。

「チャイロ様……、いえ、イグ様より伝言です。決して戻るな、お前のやるべき事はここには無い、紅竜人にはもう関わるな、今すぐに島から出ろ、そして……、チャイロの友となってくれてありがとう、と」

 トエトの言葉を聞いて、俺は頭が真っ白になる。

 えっと……、え、どういう事?
 チャイロじゃなくてイグから??
 戻るなって、王宮に???
 えと……、えぇ????

「なぁ、さっきからそいつ、なんて言ってんだ?」

 カービィが突然そう言った。

「え? なんてって……??」

 意味が分からず、不審な目をカービィに向ける俺。

「モッモは聞き取れているみたいだけど、私達には分からないのよ。ケツァラ語っていったかしら? 紅竜人の言語。さっきから彼女の話している言葉が、私達には理解できないの」

 グレコの言葉に、なるほどそうだった!と気付いた俺は、トエトが話した事を二人に伝えた。
  
「チャイロって……、イグって王子様の事よね? 伝言って……、いつのものなのかしら??」

 グレコの質問を、今度はトエトに伝える俺。
 完全に翻訳機だな。

「それが……、何故なのかは分かりませんが、生贄として金の箱に入られたはずのチャイロ様が、いつの間にか自室に戻られていたのです。後片付けをしにチャイロ様のお部屋に向かうと、既にそこにいらして……」

 目をパチクリしながら答えるトエト。

「つまり、王宮を出たはずの王子が、いつの間にか自分の部屋に戻ってたって事か? そいで、その王子が、自分の事をイグだって言ったんだな??」

 カービィの言葉をトエトに伝えると、トエトは深く頷く。

「はい、その通りです。最初は何の御冗談かと思いましたが……。でもあれは……、あのお方は、チャイロ様ではありませんでした。姿形は同じでも、全然違う……。お世話をしていた私には分かります。チャイロ様の中に、別の誰かがいました。自らをイグと名乗ったその方が、先程の伝言を私に。生贄の祭壇にいるモッモさんに伝えろと命令されたのです。そしてその者は、チャイロ様のお部屋の窓を、手も足も使わずに一瞬で粉々に割って……。次の瞬間、体が宙に浮いたかと思うと、そのまま目の前がグルグルと回って、気が付いた時にはもう、私はこの森の中に落とされていました」

 森の中に落とされてたって……、何それ? どういう事??
 トエト、金山のてっぺんにある王宮からこの北の森まで、落とされたって事???
 それでまぁ、よく無事だったねぇ~。

 トエトの説明を、端折りながらグレコとカービィに伝える俺。

「なるほど、そうきたか……」

 腕組みをしながら、カービィがぽつりと呟いた。
 その表情は納得しているようで、どこか焦っている様にも見える。
 額から、冷や汗だろう滴が一つ、流れ落ちていた。

「何がなるほどなの? 何か分かったの??」

「うん。どうやらその王子は、本当の本当に、旧世界の神の蘇りだって事だよ」

 ……は? 何言ってんだよカービィ。
 チャイロがイグで、更にはそのイグが旧世界の神であり、神代の悪霊と呼ばれる者である事は、ちゃんと事前に説明したはずだろ??
 なのに、何を今更……???

 カービィの言葉に、俺もグレコも怪訝な顔をする。

「いや、二人が言いたい事は分かってる。けど、おいらにしてみりゃ、出来れば間違いであって欲しかったんだよ」

「間違いって……、何が?」

「モッモを疑ってたわけじゃねぇが、たまにいるんだよ。自分の事を過大に呼称して、相手をビビらせようっていうセコい奴がさ。旧世界の神だなんて言うから、今回もその類かなって思ってたんだけど……、どうやらイグは本物らしい」

 あ、なるほどそこか。
 俺を疑っていたわけじゃなく、俺が騙されてるかもって疑ってたわけね?
 確かに、自分で自分の事を神様だのなんだの言う奴なんて、普通に考えりゃ怪しいわな。
 ……けどそれだとさ、全部鵜呑みにしてきた俺が馬鹿みたいじゃないか、こんにゃろめ。

「どうしてそう思ったの?」

「うん。グレコさんには言ってなかったけど、王宮を出てからここへ来るまで、金の箱の中には確かに、生き物の気配がちゃんとあったんだ。でも、特段すげぇ力を感じたとかそんな事はなかったから、大した奴じゃねぇえんじゃねぇかって思ってたんだけど……。だけど、宰相によって火をつけられた後、燃えカスには残骸が一切残ってなかっただろう? まさかとは思ったんだが……。王子は、ここから王宮の自室まで、自力で空間転移したんだと思う」

「空間転移って……、モッモの、導きの腕輪を使った時みたいな?」

「そうだ」

「でも……、そんな事が可能なの?」

「そこなんだよ、グレコさん。普通に考えれば、あの状況で空間転移魔法を行使する事はまず不可能だ。空間転移魔法は空間に大きな穴を空けるから、あんな小さな箱の中でそれをやってのけるのは無理だ。ましてや、魔力がほとんど無い種族の、魔法なんざ習った事のない小さな子供が、杖も魔導書も無しに空間転移魔法を行使するなんて、不可能中の不可能、まず有り得ねぇ。トエトさんだってそうだ、気付いたら森にいたんだろ? 恐らく王子に空間転移させられたんだよ。他者を空間転移させるのも、同じく高度な魔法だ。それに、フーガの上級魔導師でも、空間転移できる距離には限界があるからな。ここから王宮までとなると……、うん、無理だ、絶対に無理、遠過ぎる。だから……、王子の伝言の通り、おいら達はもう用済みだ」

 え? は?? 用済み???
 なんでそうなった????
 どういう事なの?????
 さっぱり意味が分からん……

「用済みって、どう……、!? あ、分かったわ、カービィの言いたい事! つまり、そういう事なのね!!」

「そういう事だ☆」

 お互いに納得した様子で、うんうんと頷き合うグレコとカービィ。

 え? ……いやいや、おい待て。
 二人で話し合って、二人で完結してるんじゃないよ、こんにゃろめ。
 俺はまだよく理解出来てないよっ!?

「あの……。僕、全然分からないんだけど……? 何が、どう……??」

 不審な顔で尋ねる俺に対して、カービィはゆっくりとこう言った。

「旧世界の神ってのは、復活すると世界を滅ぼすと言われているほど恐ろしい存在なんだ。そんな奴がまさか本当に復活しただなんて、正直おいらは信じてなかった。だけど、こっから王宮までの距離を空間転移したとなると、そんな事が出来るのは、それこそ神のみだ。という事はつまり……、チャイロっていう王子は、本当の本当に、神代の悪霊イグである、って事になる」

 ……うん、だってチャイロが自分でそう言ってたからさ、そうなんでしょうよ。
 そんなのは俺だって分かってるよ。
 俺が聞きたいのは、なんで俺たちが用済みなんだ? って事よ。

「まだ分かってないようだけど……。モッモ、今すぐここを離れましょう。もうこの国に関わるのはお終い。王子様を助けるのも、悪魔を倒すのも諦めましょう」

「えぇっ!? な、何言ってんのさっ!??」

 正気かグレコ!?
 そんなの、そんなのって……、全然意味分かんないっ!!
 なんでそんな事言うのさ!??

「よく考えなさいよモッモ。ここから王宮まで、いとも簡単に空間転移出来ちゃう相手に、私達の助けなんか必要だと思う?」

 へあ? え?? あ……
   それは……、そう言われてみれば、た、確かに……

「それだけじゃねぇ。王宮には邪術師ムルシエと、悪魔アフープチ、更には邪神までいるときた。そんなところにわざわざ戻るなんざ自殺行為だ。悪魔だけならまだしも、そんなに大勢の敵からおまいを守り通せるほど、おいらは強くねぇ」

 カービィに、いつになく気弱な言葉を、いつになく真剣な表情で言われると、なんだか一気に信憑性が増すな。
 旧世界の神だとか、神代の悪霊だとか、全然知らないから分からなかったけど……
 チャイロ、いや、イグって、相当ヤバい奴らしい。
 
「けど、でも……、それじゃあ、みんなはどうするの? ノリリア達とギンロは、今王宮に向かってるんだよね??」

「向かってるどころか、もう着いてるだろうよ。もしかしたら、謁見も始まってるかも知れねぇ」

「え!? もうっ!?? ……え、早くない? まだイカーブ達は王宮に戻ってないんじゃないの?? 王都からここまで来る時、結構時間かかったでしょ???」

「んだな、二時間近くかかった。けどなモッモ、あいつらがここを離れてからもう軽く二時間経ってんだ。たぶんだけど、モッモが泉の底の異空間の中で過ごした時間と、外の時間とでは、随分と時の流れに差があるんだろうよ。儀式の後なら帰りは荷物も少ねぇからな、紅竜人の奴らはもう王宮に着いてるはずだ」

「えぇっ!? そうなのっ!??」

 今夜は新月で、空に月が見えないから油断していた……
 まさか、二時間も泉に沈んでいたなんて……

 てか、もっと早く言えよカービィこの野郎っ!
 そんなに時間が経ってるなんて思ってもみなかったわっ!!
 なんなら、体感だとまだ30分くらいしか経ってない感じだったわっ!!!

「とりあえず、絆の耳飾りでギンロに連絡してみるわ。状況をノリリアに伝えてもらって、すぐさま撤退しないと……。もうロリアンさんの遺産は手元にあるんだから、あそこに用はないはずよ」

 うっ!? 確かにそうだなっ!??
 けど……、でも……、本当に、それでいいの???

 絆の耳飾りに手を当てて、ギンロの名を呼ぶグレコ。
 焚き火の火を消して、出発の準備を始めるカービィ。
 その横で、迷い、悩む俺。

 このままここで、トンズラこいたとして……
 ロリアンと結んだ約束はどうなる?
 悪魔を倒す、邪神と化したモシューラを倒す、そしてイグをなんとかする。
 俺は、消えゆくロリアンに、そう約束したのだ。
 それを何一つ守らないまま、逃げ出していいのか……?

 不安と焦り、モヤモヤとした煮え切らない気持ちが溢れてきて、グルグルと頭の中で渦巻く。
 そんな俺の目の前では、トエトが一人俯いて、ハラハラと涙を零していた。
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