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★ピタラス諸島第四、ロリアン島編★

562:致死量

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 むしゃむしゃむしゃ……、ごっくん!

「ふぅ~。お腹い~っぱい♪」
 
 パンパンに膨らんだ、狸のようにまん丸なお腹をポンッと叩いて、俺は満足気にそう言った。
 歯の隙間に詰まっている残りカスを爪で器用に取り除きながら、木箱の隙間から外の景色を覗き見る。
 様々な植物が鬱蒼と茂るジャングルのような森が、そこには広がっていた。
 
 俺は今、王都より北の森に存在するという奈落の泉、そこにある生贄の祭壇へと向かっている。
 周りには、鎧を身に付けた大勢の兵士や、白いローブを纏った大臣達、黄金の揺り籠に乗って運ばれている九人のお姫様達の姿があるが、誰も俺に気付く気配はない。
 何故ならば、予定通りに、兵士が運ぶ供物の入った木箱の中に隠れているからだ。
 これがもう、なんというか……、めちゃくちゃ快適なのだ。
 
 チャイロに、ティカの事と今後の事を軽く説明した俺は、下階で兵士が用意していた供物の木箱の中にまんまと転がり込んだのだが……
 俺が入った箱の中は、何やらポップコーンのような見た目の、甘くて芳ばしい香りのする食べ物で溢れ返っていた。
 恐らく穀物の一種だと推測できるのだが、それにしてはあまりにも魅力的な香りを放っていた為に、小腹が空いた俺は思わずパクリと食べてしまったのだ。
 するとまぁ、これの美味しいこと美味しいこと。
 外側はサクサクしているのに、真ん中にはトロリと甘い蜂蜜のような物が含まれているではないか。
 もやはこれは、前世でいうところのキャラメルポップコーンだ。
 誰も気付かないのをいいことに、俺はゆらゆらと揺れる木箱の中で、一人優雅におやつタイムを楽しんでいるのでした。

 ふふふん♪ 快適快適~♪
 供物なんて嫌だ! とか思っていたけれど、この移動方法を選んで正解だったなほんと、うん。
 こんな、毒蛇や毒虫がそこかしこに潜んでいそうな森なんか、絶対に歩きたくないもんね。

 供物を入れた木箱は七つもあって、一つにつき二人の兵士が配され、全部で十四人の兵士が木箱を担いでいる。
 たぶんだけど、俺の同類が入っている箱もあるようで……
 どこからともなく、血濡れた野鼠の生々しい死臭が漂ってきているのだ。
 間違ってその木箱に入らなくて本当に良かったと、俺は心から思っていた。
 
 ……それにしてもチャイロのやつ、なんだかガラリと雰囲気が変わっていたな。
 口調もそうだけど、雰囲気が大人みたいだった。

 先ほどのチャイロの様子を思い出す俺。
 トエトに、王宮を出て王都を離れろと告げたチャイロは、続けて俺にこう言った。

「ずっと前から知っていた。けれど、これまでは分からなかった。北の森の、あの石柱が立つ場所……。あそこがきっと、生贄の祭壇がある奈落の泉なんだ。そしてあそこには、何かが……、誰かがいる。見えるんだ。ずっと前から見えていた。まらで手招きしているかのような、黒い影が……」

 チャイロはそう言って、窓の外に広がる森に一本だけ存在する、赤茶けた石柱を指差していた。
 勿論、チャイロが見えるという黒い影など、俺には見えなかった。

「きっと、誰かを呼んでいるんだ。何かを伝える為に……。僕の目的は、モシューラを救う事。その為に泉に沈み、扉を開く鍵を探す……。モッモ、改めてお願いするよ、どうか力を貸して欲しい」

 チャイロの大きな虹色の瞳に真っ直ぐ見つめられ、覚悟を決めた俺はこくんと頷いたのだった。

 ……で、今に至るのだが、ポップコーンのせいでかなり寛いでしまっている為に、俺にはさっきまでの緊張感がまるでない。
 絶対にチャイロを守らなくちゃ! とか、ティカを助けなくちゃ! とか、俺がなんとかしなくちゃ! とか思ってピリピリしていた気持ちは、どこかへ飛んでいってしまっている。
 グレコも来てくれる事だし、まぁ何とかなるだろう! と、かなり楽観的になっていた。
 
 生贄の祭壇に向かう御一行は、王宮を出て金山の王の道を下り、王都の南より森に出た。
 そしてグルッと東回りに迂回して、今現在は王都の北側の森へと到達している。
 太陽の位置からして、時刻は恐らく午後2時頃だと思われるが……、なかなかに皆さんノンビリと歩かれているから、まだしばらくはかかりそうだな。

 体の下に敷き詰められているポップコーンの山に寝そべって、腕枕をする俺。
 腹も膨れたので、到着するまで一眠りしようか? と思ったその時だった。
 耳元で、ピンクなあいつの声が聞こえた。

「こちらカービィ、こちらカービィ。モッモ隊員、応答せよ~」

 へあ? このタイミングで??

「はい、モッモで~す」

 ごろ寝したままの格好で、俺は答える。
 カービィが絆の耳飾りで交信してきたのだ。

 ……てか、モッモ隊員ってなんだよ?
 カービィめ、また変なごっこモードなのか??

「おお、モッモ隊員、無事で何よりだ。こちらは予定通り、本隊とは別行動を開始した。モッモ隊員が潜入中の敵陣の行進を秘密裏に尾行中である。なお、こちらはおいら様隊員とグレコさん隊員の二名のみである。ギンロ隊員には訳あって本隊に残ってもらった」

「あ~……、うん、分かった」

 めちゃくちゃ分かり辛いわ!
 普通に喋れよっ!!

「では! 後ほど!!」

「ちょっ!? ちょっと待てぇ~いっ!!!」

 一方的に報告して、交信を切ろうとしたカービィに対し、俺は思わずそう叫んだ。

「ん? なんだ?? 今、中から声がしたか???」

「そんな馬鹿な。気のせいだろう?」

 しまった!? 気付かれた!??

 外からそんな声が聞こえて、危うく兵士達にバレるところだったが、彼等が歩みを止める事は無さそうだ。
 肝を冷やした俺は、小声で話し始めた。
 
「ちょっと、聞きたい事があるんだけど……」

「んあ? なんだ??」
 
 間抜けな声でカービィが尋ねてくる。

「あのさ……。僕の鞄の中に入っていた、紫色の三角形の小瓶の事なんだけど」

「三角形の小瓶? おお~、あれがどうかしたか??」

「あれってさ、何なの?」

「何なのって……、あれは、おいら様特製の劇薬だ!」

「げっ!? 何それっ!?? の……、飲むと、どうなるの?」

「それは分からねぇ。まだ試作段階だしな! どうなるかは飲んでからのお楽しみだ!!」

 うひゃ~!? マジかぁっ!??
 試作段階って……、もしかして、いやもしかしなくても、ティカに飲ませたのはまずかったか?

「モッモ、おまいまさか……、飲んだのか?」

「い、いやぁ~……、僕は飲んでないんだけど……。めちゃくちゃ怪我した紅竜人がいて、その人に……、飲ませちゃった、ははは」

「なっ!? ……どうだった?」

 ゴクリと生唾を飲み込むカービィ。

「どうだったって聞かれても……。なんか、こう……、体がボコボコなって、白目向いて、泡吹いてた、けど……?」

「おおぅ、それはなんと……。やっぱり濃度を上げ過ぎたか。致死量超えちまったなぁ……。で、そいつは死んだか?」

「しっ!? 死んでないよっ!!」

 何ちゅう事を聞くんだこいつはっ!?
 不謹慎めっ!!
 てか、致死量超えたって、死んじゃうような薬だったのあれ!??
 そんなもの、内緒で俺の鞄に入れるんじゃないよっ!!!

「お? 死んでないのか?? なら成功か!?」

 いやぁ~……、何をもって成功なのか、俺には全然分からないんだけど。

「一応、回復はしたっぽかったけど。すっごくお腹が空いたとかで……、僕は危うく食べられかけたよ」

 挙句、彼は化け物のようになって、共食いに走りましたよ。
 あれを成功と言っていいのかどうなのか……、いや、不成功だろう。

「なはははっ! おまいが食われそうなのはいつもの事だろうっ!?」

 はぁんっ!? 何ちゅう事を言うんだこいつはっ!??
 あんな恐ろしいもん作った事を謝れ! 反省しろっ!!

「あれ、いったい何なのさ? 劇薬って言った?? 何に使うつもりだったの???」

「ん? ほら、おいらこの間、ローズと戦ってヘロヘロになっちまっただろ?? これから先、もしあんな風になった時の為に、魔力も体力も瞬時に全回復するような薬が欲しいなって思って。普通の回復ポーションの五十倍の回復量と、エリクサーの二十倍の魔力補充量を可能にする薬を作ったのさ。まぁ……、本当はやっちゃ駄目なやつなんだけどな。フーガでやったら確実に捕まるな、なははは」

 五十倍に、二十倍だと?
 そんなの飲んで大丈夫なのか??
 しかも、捕まるって……、かなり駄目なやつじゃないのか???

「それって、完全に違法薬物じゃないの?」

「ん? まぁ、そうとも言うな、なははははは!」
 
 カービィこの野郎…… 
 頭がおかしい奴だとは知ってはいたけど、まさか違法薬物を自主作成してしまうほどヤバい奴だとは、さすがの俺も想像してなかったよ。

「まぁとにかくだな……。王子様もおまいも、おいら様がちゃんと助けてやっから、心配すんなっ! なはははははっ!!」

 まったく、違法薬物を作った分際で……、どの口が言ってんだか!
 ほんと、頼みますよぉっ!!
 
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